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第34話 不幸?

 真也が王都に来てから一月が過ぎた。慌しく行った準備も一段落し、真也はそろそろ店に顔を出そうと天音を連れて町に出かける事にした。


 まだ天音は他人に慣れない所があるが、改善させる意味もあるので連れ出している。もちろん一人にする気は全く無い。どんな時でも必ず楓か桜が傍に居るようにしている。真也は野菜や果物を買いながら移動し、店の前に到着すると楓と桜を小さくして天音の肩に乗せて手を繋いだ。


 天音は不安なので両手で真也の手を握っている。そんな天音に微笑みながら、店の扉に手を掛けて扉を開けた。


 店は大きな通りに面した二階建てで、窓越しに見える店内もかなり広い。オードの町にあった店の三倍はある。改装は終了していて看板には布が掛けられていた。そんな準備中の店に真也は正面の扉を開けて中に入る。すると中に居る従業員らしき人物からいきなり突き刺すような視線を向けられ、ついでに金切り声で罵声も浴びせかけられた。


「ちょっと! ここはまだ営業していないのよ! 業者ならきちんと裏から来なさいよ! ほらとっとと出て行きなさい!」


 真也がきちんと声の方向を向くと、気の強そうな顔をした若い女性二名が真也を睨んでいた。顔立ちは普通の基準で言えば良い方だが、先程の金切り声で真也には性根が腐っている様に感じられたので逆に醜く見える。


 その隣にはティリナが居て、暗い顔で下を向いて落ち込んでいる。先程の金切り声と共に入ってきた真也の事に気が付いていないのだから相当だ。天音はすっかり怯えて真也にすがり付いている。これだけでも敵認定するのには十分な理由だが、理由が分からない状態でいきなり相手を攻撃するほど真也は『まだ』我を失っていない。


 確かに大きなリュックを背負っていたり、容姿や服装等の見た目で客には見えないかもしれない。それでもこの応対はありえないと真也は思う。


(色々と問題ありだが、落ち着こう。そう、ここは冷静に対処するのが『大人』というものだ。天音もいるからいきなり実力行使は教育上大変よろしくない。平常心、平常心……)


 そんな事を念じながら、真也は安心させるために怯える天音の手を握り返す。そして王都には失礼な女しか住んでいないのかと嘆きながら、真也は金切り声を無視してティリナに明るく声を掛ける。この時入ってきた扉は閉めるのを忘れているので大きく開け放たれている。つまり思っているほど冷静では無い。


「ティリナさん、お久しぶりです。ルードさんはいらっしゃいますか?」


「……あ、ノルさん! お久しぶ……」

「ちょっと! あんたの知り合いならきちんと出入口くらい教えておきなさいよ! だから田舎者は困るのよ! 大体子連れで来るなんて馬鹿なんじゃないの。馬鹿の子供なんて入れないでちょうだい!」


 女その一がティリナの言葉に被せて嘲りの表情を浮かべてなにやら吠える。その二も同じ事を言っているように真也には聞こえる。真也の耳には既に内容は入ってこない。


 その時、天音の耳に頭上で『プチッ』と言う音が聞こえたような気がした。不思議に思って真也を見上げると、そこには実に良い笑顔を浮かべている真也がいた。そして肩の上にいた森羅が静かに天音の頭の上に移動してくる。天音は何かを言われた訳でもなかったが、何故かしっかり掴んでいた真也の手を離して無言で数歩横に移動した。その顔に浮かぶ表情を言葉にすると『君子危うきに近寄らず』だろうか。かなり聡い。


 実は真也には分かりやすい逆鱗がある。それは家族を理由なく馬鹿にされた時だ。もちろん理由があっても敵認定する事には変わりは無いが、自分に落ち度があった場合はまだ耐える事が出来る。それなりに自覚して気を付けてはいるが、大抵忘れていた時に不意打ちされるので反省しても中々直らない。今回は自分も運営に参加している店の事だったので、抑える必要を感じなかったと言う理由もある。


 先程の金切り声で何かが切れた真也は、ティリナとの会話に邪魔なので原因を排除する事にした。先程決めた『大人の対応』は既に頭の中からは消え去っている。


 天音を置いて素早く二人に歩み寄ると、抵抗する間も与えずに両手で二人の胸元を掴む。そのまま回れ右をして、開いている扉めがけて片方ずつ容赦無く放り投げて、店の外に捨てる。真也は大分力が上がっているので、この程度は難なく出来る。もちろん自覚して行った訳ではない。


 二人は顔から地面に落ちて実に素敵な状態になった。その後立ち上がってなにやら吠えてきたので真也が睨みつけると、きゃんきゃんと泣きながら逃げ出していった。ちなみに森羅は真也が睨んだ時に、一瞬魔力制御を緩めると言う技をこっそりと使っている。もちろん睨まれた対象以外は誰も気が付かなかった。


「それで、あれは何ですか? ずいぶん躾がなっていないようでしたが」


 原因を排除したために冷静さを取り戻した真也は『平常心、平常心』と心の中で唱えながら、顔には笑みを浮かべてティリナとの会話を再開する。その頃には天音は真也の後ろにくっついていた。森羅は真也の肩の上だ。


 ティリナは先程まで暗い表情をしていたが、真也の笑みを見てやっと淡い笑みを浮かべた。


「あの人達は、……ギルドから紹介された従業員です。五日ほど前に来たのですが、あの通りでさっぱり言う事を聞いてくれなくて困っていました。ありがとうございます」


 ティリナは頭を下げて礼を言う。真也はそれを聞いて首を傾げる。アランの仕事にしてはお粗末過ぎるので後で確認しようと思った。


「とりあえずルードさんをお願いします。この子の紹介もしたいので」


 ティリナは真也の後ろに隠れている天音を見つけると、微笑んで真也を奥に案内する。奥に行くとルードが立ったまま腕組みをして難しい顔で待っていた。


「おう、久しぶり。迷惑掛けたな」


「お久しぶりです。とりあえず最初に紹介しておきます。弟子のアマネです。天音、こちらは私の知り合いでルードさんとティリナさんだ」


「おう、よろしくな」

「よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」


 それぞれ挨拶が終わったところで向かい合わせで席に着き、真也は手をテーブルの上に組んで先程の事を改めて尋ねる。


「それで、あれは何ですか。ギルドの紹介との事でしたが随分お粗末な人達でしたね」


「あれか。あれはな、ギルドの紹介と言うのは本当だ。ただ、今アランは王都に居ないようでな。本当にアランが紹介した者なのか確認がとれないんだ。職人のほうは直接連れてきたから問題無いんだがな」


 ルードはそう言うと腕組みをして首を捻る。真也と同じ疑問をルードも抱いていた。すなわちアランにしてはお粗末過ぎると。真也はそれを聞いて今後の対応を検討する。


「ティリナさん、あの二人には二度と店の敷居を跨がせないでください。もし来た場合は手加減無用で追い払って良いです。この店にあのような馬鹿は不要ですから。ギルドには私から直接抗議しておきます。一応形式的に雇い主は私ですからね」


 何も言わないでいた場合、真也が居ない時にあの二人が戻ってくれば恐らくティリナは何も出来ないと考え、予め店舗の上位者として命令を与えておく。こうしておけば大抵の人は迷わずに行動出来る。


「わかりました。ありがとうございます」


 ティリナはほっとした様子で礼を言う。だいぶ嫌な目にあってきた様で目に見える形で表情が変わった。ティリナの方はこれで大丈夫と判断を下して真也は次にルードに顔を向けた。


「しかしルードさんも良く放っておきましたね。怒鳴っていてもおかしくないと思うのですが」


 真也の知っているルードは、あのような輩が大嫌いなはずだった。なので純粋に疑問に思い尋ねた。ルードはその質問に真面目な顔で返答する。


「一応店側はティリナに全部任せてあるからな。頼るまでは黙っておく事にしていた。何でも口を出せば良いものでも無いからな。ティリナにとっても良い経験になったはずだ。言葉の通じない人が居ると肌で実感しただろうからな」


 なかなかきつい教育方針だと真也は思うが、確かにこう言う事は口で言っても中々信じてもらえない事だと納得する。それに見ているルードが辛くないはずが無い。納得した真也は頷いて立ち上がる。


「では私は今からギルドに行って抗議をして来ます。その間アマネをお願いします。人見知りなので自分からは話をしないと思いますが、とりあえず普段着と下着を十着程見繕っていてください。天音、二人は良い人だから大丈夫だ。楓を置いて行く。一時間程度で帰って来るから、おとなしく着せ替え人形になっていなさい」


 不安そうに見上げる天音の頭を微笑んで撫で、言い聞かせるようにしながら楓を胸元に抱かせる。争いが起きるかもしれない場所に連れて行くよりは、ここで大人しくしていた方が楽だろうと判断したのだ。この辺りはまだまだ判断が甘い。理解が速く聞き分けが良かろうが、まだ親が恋しい小さな子供である事を忘れている。


 そのまま真也は桜を連れて足早に商業ギルドに向かった。それを見送ったティリナは立ち上がると天音の近くに寄ってしゃがむ。


「えっと、アマネちゃん? それじゃあ服を選ぼうか。お姉さんについて来てくれるかな?」


 ティリナは目線の高さを合わせて天音に優しく話しかける。小さい子の世話は村で飽きるくらいしてきたので大分さまになっている。


 話かけられた天音はと言うと、楓をぎゅっと抱きしめ無言で俯いている。その目には涙が浮いている。抱かれて身動きが取れない楓は、仕方が無い子だという目を天音に向けている。


 全く反応されなかったティリナは、困って『どうしましょう?』という目をルードに向けた。ルードは当然肩を竦める事しか出来る事は無い。ティリナはノルさん早く帰ってきてと心の中で願った。果して真也が帰ってくる前に服を選び終える事は出来るのだろうか。






 真也は店を出ると桜に乗って急いで商業ギルドに向かった。これは追い出した馬鹿が先に抗議すると面倒事が増えるためだ。物事というのは後出しの事柄を中々信じてもらえないものだ。


 真也達は隠蔽障壁を張り隙間を縫うように走り抜け、瞬く間に商業ギルドに到着した。真也は小さくなった桜を肩に乗せると早足でギルドに入る。中を見渡して、落ち着いた雰囲気を確認した真也は先行出来たとほっと息をついた。


 受付を見ると、家を買った時にアランについてきた男性が居たので丁度良いとそこに向かい、用件を告げる。


「おはようございます。アランさんはいらっしゃいますか?」


 男性は真也を見ると顔を少々引きつらせたが、二呼吸程度で持ち直した。まだまだよのうと真也は思うが顔には出さない。


「おはようございます。申し訳ありません。現在アランは出張しており、帰りは本日夕刻の予定となっております。用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 真也は少し考え、広めていた方が良いと判断し、周りに聞こえるように話し始める。


「出張ですか。ちなみにいつから王都に居なかったのでしょう」


「十日前からとなります」


 真也は頷く。これで疑念の一つが解消された。


「成程、実は先程私が出資している知り合いの店に顔を出したのですが、五日程前にギルドから紹介されたと言う従業員に大変失礼な応対をされたのです。ギルドは何を考えてあの様な人物を紹介したのかと言う抗議と、アランさんにお願いしていた案件だったのですが、アランさんにしては手抜かりが過ぎるので、いったい何があったのかと聞きに来たのですよ」


 それを聞いていた男性職員は、誰が見ても『大変だどうしよう』と感じる表情になった。周りの職員は何があったと聞き耳を立てている。この職員はアランから真也が大切な客と紹介されているので、下手な対応は出来ないと思っている。そして真也がわざわざ最初にアランの不在日時を確認した意味を、きちんと理解した。


「そ、それは申し訳ありません。大至急調査致します」


 男性職員は慌てた心が戻らないようで、少々つっかえながら返事をした。こうなっても仕方が無い。真也の威圧を知る職員としては、震えないだけましと言える。真也はそれを見て、ギルドぐるみでは無いようだと判断する。


「はい、よろしくお願いします。それとその従業員は店の外に放り出したので、もしかしたらこちらに抗議に来るかもしれません。それに関しては店に迷惑が掛からないようにして下さい。それと店としては遡って二人とも懲戒処分にします。後はそちらで全て対処して下さい。よろしいですね?」


「は、はい、承りました。重ね重ね、申し訳ありません」


 職員は深々と頭を下げる。アランの指導が効いて来たのか、当初来た時より随分良くなっていると真也は感じた。


「それではアランさんによろしくお伝えください。失礼します」


 真也は抗議にわざと柔らかい言葉を使った。これを気にしていないと取るような間抜けは、少なくとも事件に無関係な職員の中には居ない。事実、応対した職員は真也の意図を正確に読み取っている。即ち、『今回の事は無かった事にするから、迷惑をかけるな』と言う事だ。


 真也はやんわりと用件を伝えると足早にギルドを後にする。ここで鉢合わせになるのは面倒だからだ。真也は必ずあの二人はギルドにねじ込んでくると確信している。大騒ぎになると分かっているので急いで用事を済ませたのだ。


 今頃ギルド内では何かしらの対処をするために動いているだろうと真也は思っている。先に抱いた印象を覆すことは難しい。そしてあの二人はきっと金切り声で怒鳴るように抗議すると予想している。


 アランから大切な客と言われている真也の、落ち着いてきちんとした抗議と比べた時、職員は果してどの様に思い、物事を判断するのか。


 真也は実に楽しそうな笑みを一瞬浮かべたが、すぐに普通の表情に戻してゆっくりと通りを歩いていく。その笑みを見た者は、幸いにも森羅と桜以外誰もいなかった。


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