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第33話 趣味と実益

 山岳地帯から帰ってきた次の日、真也はさっそく居間に陣取って店用魔道具の改良に入る。ちなみに天音は現在勉強中だ。課題を与えれば自力で理解するので真也はかなり楽をしている。実に駄目な師匠である。楓と桜は天音の方に居る。楓と桜にとって天音は群れに加わった新しい子供なので、今では真也より世話を焼いている。そんな状況にちょっぴり寂しく思う真也だった。


 そんな真也に構う事無く、森羅は言われた通り試作品から情報を取得して設計図を更新し、真銀を用いて新たに魔道具を作成する。もちろん内部の魔石は流用している。


 出来上がったのは本体、表示装置モニター入力装置キーボード、認識装置、札作成装置、会員証作成装置、印刷装置プリンター、防犯装置である。どれも目立たないように表面は黒色の粘液加工品で覆っている。入力装置の文字部分は白色を使い、文字がはっきり分かるように加工されている。


 粘液加工品で覆っているのは保護のためもあるが、一番は真銀製である事を隠すためである。ぱっと見ただけで分からなければ、後は見た人が勝手に材質を考えてくれる。真也は出来た魔道具をそれぞれ確認し、その出来に満足する。


「うん、良いね。では早速認識作業に入るか」


 真也はまず本体にある魔石を捻り、『認識待機』と日本語で言う。するとその魔石は点滅を開始する。次に表示装置と入力装置の魔石を同じように捻り、『認識通信』と言う。すると双方の魔石が点滅し始め、表示装置に『表示装置認識完了、入力装置認識完了』と表示が出てくる。他の機材も同じように認識作業を行い、終了後に魔石を捻って元に戻す。 


 その後入力装置を操作して、きちんと各装置を本体が認識しているか確認する。この辺りの操作は、昔のマウスの無い時代のパソコンとあまり変わらない。


「とりあえず認識は問題無い。では一連の作業を通しで行ってみよう」


 真也はまず予め加工しておいた札の情報が本体に入力されているのを確認する。次に自分を使って会員証を作る。作った会員証と札を大きいプレート状の認識装置の上に置き、もう一つの丸い認識装置を握ると本体から『ピッ』と音がして認証完了と表示された。


 真也は認識装置を置いて、画面を見てきちんと会員証と札が認識されているか確認する。その際、札を入れ替えて表示が変わるか確かめたがきちんと動作していた。


 内容を確認して決定を選択すると、印刷装置から内容が印字された紙が二枚同時に出力されてきた。後はこれを見て品物を持って来れば終了だ。


 一連の動作に現時点で不備が無い事を確認した所で、長い苦労が報われたと一人で上を見上げ目を瞑り、無言のままで感慨にふける。しばらくしてから元に戻った真也は一連の作業を終了する。


「それじゃあこれを持って行く事にしよう。森羅、ありがとう、お疲れ様」


「はい、主様もお疲れ様でした」


 先程までの変な真也を見ても森羅は引いたりしない。森羅にとって真也の奇妙な行動は『普通の事』なのだ。なんせ森羅を設定したのは他でもない真也なのだから、この程度は何の問題にもならない。


 真也は装置をリュックに入れると昼食を食べてから午後の作業に移る。相変わらず天音は真也の二倍は食べている。






 午後、真也は庭に出ると作っていた薬草畑に向かう。真也は広い庭の半分を薬草栽培に利用していた。植えられた薬草の葉を手に取りながら、状況を確認していく。


「ふむ、枯れた物は無いな。やはり薬草の栽培に必要なものは地中の魔力だったか」


「そのようです。薬草を植えてから大気中の魔力量が急激に減りましたので、間違いないと思います」


 実はこの屋敷の呪いは土地の一部で少しずつ地中の魔力量が上がり、それが大気に滲み出て来た時に敷地が塀で囲われていたため、出てきた魔力が中々拡散せずに魔力溜りとなって起こった現象だった。真也は過去に地震でも起きて地盤にヒビが入ったのではないかと思っている。


 真也は最初に来た時に、森羅の調査で地中と大気の魔力量が高いと分かっていた。聞いた症状から間違いないと思っていたが、ついでの確認の為薬草を栽培してみた結果、大気中の魔力量が減ったと言う訳だ。現状は噂にある呪いに掛かる者もいない程度まで薄まっている。


 その他に真也は広い庭なので当然の様に水田を作り、種籾を水耕栽培で成長させてから稲を植え付けている。水田のために土の組成を入れ替える程の力の入れようだ。水は魔法で浄化・循環させている。他、雑草に侵略されないように結界を張ったり、肥料を入れたりもしている。


 そろそろ米無しの生活に限界を感じていた真也だった。それに米が無いと麹菌も安定して増やす事が出来ない。他の物では味が変わると真也は思っている。実際の所は試した事が無いから知らないが答えになる。


 真也は森羅に薬草はどうでも良いから稲は絶対に枯らさないようにと言ってある。森羅は敷地内の気温操作から擬似日光まで、植物栽培に必要な事は一通り出来るので真也が世話するより確実なのだ。やっぱり駄目な主である。


「稲の方は問題無い?」


 問いは短いが、真剣さはこちらの方がかなり大きい。顔も真面目になっている。


「はい、現在結界内で順調に生育中です。内部の気温も制御していますので二期作が可能です。その他の細かい部分は資料通りに進めています」


 どうでも良い事だが、参考にした資料の題名は『米・おいしく作る八十八の方法』だ。真也は報告を聞いて収穫が待ち遠しくなった。


 家に入りながら真也は収穫時期の夏を思う。丁度店の開店時期に重なって忙しくなるかもしれない時期だ。去年の忙しさを思い出して真也は顔をしかめる。そんな真也の脳裏に、なんの脈絡も無く夏の日差しに煌く冷たいカキ氷が浮かんだ。


「……食べ物といえば、こちらに来てからカキ氷を食べていないな。去年は忙しくてそれ所じゃなかったから気にならなかったけれど、気が付いたからには作る事にするか。これから暑くなっていくから、今から準備すれば十分間に合うだろう。手動の製造機の作り方は分かるから、後は魔道具として自動化してみよう」


 真也は呟きながら居間に入る。天音は布団で昼寝中だからここには居ない。楓と桜も一緒に眠っている。寝る子は育つと思いながら真也は早速カキ氷製造機の作成に入る。


 森羅はそんな真也の正面に座っている。何時でも材料を取り出して作成出来るように言われなくてもリュックを準備するのはいつもの事だ。そんな細かい事を森羅がきちんと行っている事に真也は全く気が付いていない。男なんてそんなものだ。


「自動化する部分は、製氷と削り出しだけで十分だな。素材は真銀があるから錆を気にしなくても良いのは助かる。魔道具の核にも使える素材だから記述制御式の核にして後で調整可能にしよう。……とりあえず機械部分はこんなものか。後は記述していけば良いな」


 真也はいつも通り、ブツブツと呟きながらさくさくと設計図を書いていく。今回は見本があるから楽なものだ。


「上から水を入れて力場で受け止め氷の塊を作成する。氷が出来たら力場を解除して下にゆっくり落とす。削り出しの所で氷を力場で固定して押し付けながら刃を回転させ下で容器に受ければ完成だ」


 ここまでは基本を改良しただけの物に過ぎなかった。そしてここからいつもの暴走が始まった。当然森羅は止めない。


「……ふむ、一回分の分量をダイヤルで調整出来るようにするか。大盛りにしたい時もあるだろうし、押しっぱなしでは面倒だ。……氷を複数ストック出来るように縦長に作って横にスライドさせても良いな。そちらの方が量を作れるからそうするか。力場で分ければくっつく心配も無いし、氷が出来るまで待つ必要も無い……」


 そんな事を呟きながらどんどん設計図を修正していく。もはや最初の面影は殆ど残っていない。こうしてカキ氷を作るためだけの魔道具の設計図が完成した。


「……よし、これで良いだろう。良い素材は消費魔力量をそんなに気にしなくて良いから楽だ。森羅、お願い」


 当然の様に森羅に作成を依頼する。そこには『材料を準備していたか?』と言う考えは全く存在していない。普通の女性なら既に愛想が尽きている位の駄目具合だが、もちろん森羅はそんな事は気にしていない。言われる前に材料を取り出して準備万端の状態で待機していた。


「はい、改変術式起動」


 いつも通り光が収まった所には縦横一m、奥行き三十cmもある箱が鎮座していた。端に容器を置く所があり、その上に各種調整するボタンやお知らせランプが取り付けられている。箱の中の大部分は氷をストックする場所である。直径十五cm長さ五十cmの氷を最大五本収納出来る。どう見ても家庭用ではなく業務用だ。


 背面にはカキ氷のイラストが色付で描かれ、表面の色は白で統一されている。氷を常に入れておくという事で、重量軽減もしっかり掛けてある。そのためこの大きさでも上部にある取っ手を持てば片手で持ち運ぶ事が出来る。無駄に高性能なカキ氷専用魔道具が出来上がった。


「それでは水を入れて、氷が出来るまでの間にシロップを作るか。今現在で調達出来る果物を摩り下ろしてジュースを作って濃縮しよう。森羅、手伝って。台所に行こう」


「はい」


 真也は森羅の魔法でカキ氷製造機に水を入れると台所に移動する。リュックから去年大量に買っておいた果物を取り出しシロップを作っていく。皮を剥いてしまえば後は森羅が魔法で磨り潰して、濾して、濃縮する。砂糖を入れないのでどちらかと言うと百%濃縮ジュースと言った方が正しい。


 別に真也が皮を剥かなくても森羅は全て行えるが、単に気分の問題である。少しでも自分が作成に関われば気分が違うものだ。そんなこんなで五種類位作ってビンに入れ、余りは収納しておく。





 うきうきと真也が居間に戻ると、何故か皿とスプーンがコタツの上に用意され、涎を垂らした子供が居たのはきっと幻覚だろう。


 真也は苦笑しながら天音に操作方法を説明して記念すべき第一回目のボタンを押させる。天音が緊張しながらボタンを押すと、置かれた容器に上からカキ氷が落ちてきてどんどん積もっていく。天音はその様子を驚きながらも嬉しそうに見つめていた。


 真也は出来上がったカキ氷を取り出し、とりあえず一番甘く出来たシロップを掛けて天音に差し出す。天音はコタツに持って行き座ると、まだかなと言う目で真也を見つめる。真也はまたしても苦笑しながら自分の分と森羅の分を作りコタツに座る。


 いただきますと言って天音は大きく口を開いて嬉しそうに食べ始める。そんな食べ方をすれば当然頭が痛くなり、頭を押さえて奇妙な踊りを踊った。もちろん真也は天音の一連の行動を最初から黙ってにこやかに見ていた。知っていて教えないのだから大変悪い大人である。頭痛もカキ氷の醍醐味であり、それを奪うなんてとんでもない……と言う理由を使わなかったが用意はしていた。本当にとんでもない師匠だ。


 そんな事があったが、カキ氷を気に入った天音はサクサクと全部食べてしまった。天音はおかわりをしたそうだったが、お腹を壊すからと真也は止めさせた。言わなければ確実にトイレの主になっていただろう。夏になればもっとおいしく感じるからと言い、真也は水を足してカキ氷製造機をリュックに収納した。


 念のため真也が天音のご機嫌取りの為に、夕食に天音の好物であるから揚げを作ったのは誰にも言えない秘密である。


 もちろん森羅は全て知っていて黙っているのだ。


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