第32話 狩りの考え方
あの後、天音はポーチを肌身離さず持ち歩くようになった。真也が与えた本も収納して暇があれば読むようになっている。
あれから真也は天音に暗号言語として日本語も少しずつ教えている。天音の吸収力は凄まじく、五日程度で会話が成立するようになり、今では中学生レベルの教科書を与えても、内容は理解出来ないが読む事は出来る様になった。実に羨ましいと外国語が赤点すれすれだった真也は思った。
天音には真也の記憶から掘り出した教科書の他に小説や漫画も与えている。魔法を使う上で想像力を高めるためと純粋に息抜きのためだ。魔力制御も順調で、森羅は後一月もあれば安全域に到達すると予測している。
それを聞いた真也は才能の塊だなと感心した。今更他人の才能に嫉妬する歳でもないし、天音は嫉妬する対象でもない。第一、師を越える事が出来ない様に弟子を育てる意味が無い。
ちなみにこの世界の人間では、師が弟子に嫉妬して叩き潰す事が良くある。そのため弟子も最後まで学ばずに独立するのがほとんど全員という事になり、技術の継承が完全に行われないのである。ルードはある意味稀な師匠に出会えた訳だ。この為、継承が種族単位で行われているドワーフとの技術の差が開いていくのである。
それはさておき、現在真也達は王都から歩いて三日ほどかかる山岳地帯の、更に奥地に足を踏み入れている。ここには下位ながらも竜種が棲んでいる所で、真也は『真銀鋼鎧竜』を狩に来たのである。
この竜は見た目は巨大なごつごつした蜥蜴で、空は飛べないが全身を真銀製の鱗で覆われており、物理攻撃も魔法攻撃も半端なものは全く通用しない。通常、探索者は罠を仕掛けて弱った所を止めを刺すようにしている。
大きさが五m程度から十mを超えるものまで様々いるので一概に言えないが、うまくいけば一人が五年暮らせるだけの素材が手に入る。しかし大抵は欲を掻いて大きい竜を狙ってしまい返り討ちに遭う。それでも狩る者が絶えない魔物だ。
目的の場所まで到着した真也と天音は、楓から下りると二人とも揃って周囲を見渡す。行動は一緒だが目的は違う。天音は竜がいないか探しているのだが、真也は他に人が居ないか確認している。獲物は巣穴に隠れているのか物音ひとつしない。
「森羅、どうだ?」
「大丈夫です。反応はありません」
真也の短い問いを森羅は正確に把握して答える。天音はそのやり取りを聞いて首を傾げている。もちろん『竜がいない』と勘違いしたからだ。そんな天音の頭を撫でながら頷いて、真也は呟く。
「予想通り、この辺りまでは探索者は来ないようだな。まあ、奥に行けば囲まれる危険も増大するから、悠長に罠を仕掛けている余裕が無いのが分かる者以外は生き残れないか」
それを聞いて天音は先程の会話の意味が分かり、成程と頷いている。真也はそんな天音の頭をポンポンと叩いてまた撫でる。天音は撫でられて嬉しそうにしている。
この場所は獲物が多く生息するが、戦闘の音に気付いた他の竜をどうにかする手段を持たないと、すぐに囲まれて死ぬ事になる所だ。そのため通常の狩場は竜を単独で狩る事が出来る外縁部に集中している。
真也が来る途中で見かけた狩の方法は、まず深く穴を掘り下に金属杭を設置して上を覆い隠す。次に真銀鋼鎧竜をおびき出して穴に落とす。落ちたら自分の体重で腹に杭が突き刺さるので、弱るまで監視しながら放置して、動かなくなったら止めを刺すという実に長い手順の、おびき出して穴に落とす所だった。
その探索者達は六人のグループで、罠を設置したのは良いが誘い出してきた真銀鋼鎧竜の大きさを見誤り、穴を抜け出されて全員返り討ちにあっていた。真也は天音に失敗の原因を説明しながら通過してきた。助けるような事はしない。他者の命を狩りに来ているのだから、死んでも自業自得と真也は思っている。
当然その考え方は天音に伝えている。助けた場合の利点と欠点も合わせて説明した。簡単な事では無いからじっくり考えて良いとは言っていても、師の考え方が影響しないはずが無い。それでも真也は天音には出来るだけ真っ直ぐに育ってほしいと思っている。
さて、真也が何故そんな危険な真銀鋼鎧竜を狩りに来たかというと、試作品の店用魔道具が完成したので構成素材を改良するためだ。
試作品は大部分を木で作っていたが、ここまで複雑にすると売る事も出来ないし、破損や盗難防止用に外側から拘る事にしたのだ。
真銀で作れば滅多な事では壊れないし、物凄く高価にする事が出来る。つまり販売出来ない理由になるのだ。まさか真銀を魔道具の核として使用していないとは誰も思わない。実際は記述制御式の核にして防衛手段を追記出来るようにするだけで、動作には全く関わらない予定だ。
ちなみに上得意のお客様には特別に真銀製の特注会員証を発行する予定だ。こちらは発行枚数も少ないので森羅が手作りする。これを売り払うような人は、そもそも上得意になるはずが無いので転売の心配もしていない。されたら出入り禁止にするだけだ。
「さて、これから真銀鋼鎧竜の狩を行います。この竜は真銀の鉱脈を食べて自分を強化しています。特性上物理も魔法も半端な攻撃は通用しません。従来の狩り方では準備に膨大な時間が掛かり、失敗すれば来る時に見た様に簡単に全滅してしまいます。それでは他にどの様な狩り方が考え付きますか」
真也がいつもの様に天音に問題を出す。最近の天音は来る前に予習してくるので、最初のような事にはなっていない。それを見て残念と思う真也はとても悪い大人である。
天音は首を傾げ、指を頬に当てて考えていたが、すぐに考え付いたのか笑みを浮かべて、最初の頃とは違ってはっきりと答えを言ってきた。
「音に弱いとありましたから、こう、鍋などを叩いて大きな音を近くで鳴らして動きが鈍くなった所を、槍で口めがけてグサリと」
天音は身振りを交えて説明する。中々考えていると真也は思う。ちらりと天音に目を向けると、真也を見る天音の目には大きな期待が浮かんでいる。真也は天音の案を真面目な顔で頷きながら聞き、内容を検討してから答えを返す。
「中々良い考えだね。欠点として、最初の足止めの危険と、音に対する個体毎の耐性の違い、槍を刺すまでの難易度、刺した後死ぬまで時間が掛かる事があるけれど、熟練者なら狩れない事もない」
それを聞いた天音は落ち込んでしまった。欠点だらけで実際は使えない事を指摘されたからだ。答えを聞けば穴だらけなのが良く分かった。そんな天音の頭を撫でながら真也は回答を付け足す。
「要は近付かなければ十分通用するという事だよ。ちょっと実演してみよう。森羅、お願い」
真也は先程の天音の方法を使って狩りを行う様に、森羅に指示を出した。真也の予想では森羅なら簡単にこなしてしまうはずだ。最初から全てを肯定しても成長しなくなるし、否定だけでは嫌気がさす。先程の答えが鞭ならば、これから森羅が行う事は、天音の回答が実現不可能な事では無いと証明するための飴だ。
「分かりました。今回は魔法を使いますが、道具と武器でも流用可能です。それでは始めます」
森羅は巣穴に真也の幻影を飛ばしてその位置で鍋を叩いたような音を鳴らす。最初は何も反応が無かったが少々時間が経過した後、巣穴から八m程の大きな真銀鋼鎧竜がのっそりと這い出てきた。その顔は寝起きを起こされて不機嫌そうに見える。竜の目が幻影を捉えた事を確認した森羅は、上手に幻影を動かして竜の口が真也達に見える様に誘導する。
そして十分距離があるうちに、耳を塞ぎたくなる程の強烈な音波を竜に叩きつける。その音に驚いて少し開いた口の中めがけて、地面から作った石の槍を素早く五本程叩き込む。口の奥に入るように軌道を変えて放たれた槍の一本が心臓まで到達し、獲物は短い時間で絶命する。
絶命した真銀鋼鎧竜に森羅は近づき素材を剥ぎ取り、いつも通りリュックに放り込む。戻ってきた森羅を見て真也は説明を続ける。天音はぽかんとした表情をしている。巣穴から竜が出てきてから終了まで三十秒も掛かっていないのだから当然だろう。
「このように遠距離から魔法で音を炸裂させ、開いた口めがけて槍を勢い良く射出すれば十分狩る事が出来る。注意点は驚いた時に口を閉じる事もあると言う事と、竜が大勢いない所でやらないと他の個体を引き寄せてしまう所かな。今みたいに」
その言葉に天音が周囲を見渡すと、他の巣穴から六体の真銀鋼鎧竜が這い出てきていて、いつの間にか囲まれていた。真也達は隠蔽障壁で隠れているので竜達には認識出来ないが、血の匂いは残っているので大分荒ぶっている。
天音は怖くなって真也にしがみ付いた。その目には少し涙が浮かんでいる。そんな天音をかわいいと思う真也は物凄く悪い大人である。真也は天音の頭を撫でると、落ち着いた声で森羅に指示を出した。
「森羅、全部やって良いよ」
「分かりました。波動術式起動」
森羅は真銀鋼鎧竜の頭部に対して、攻撃を加えた部分がへこむほどの強烈な衝撃波を六体に対して同時に放つ。それだけで六体の真銀鋼鎧竜は倒れ、絶命する。『硬いものには衝撃波』は定番と言って良い。実際通常の狩で弱った所で行う止めはハンマー等による撲殺だ。今回森羅が行った事はそれを強烈に実行したに過ぎない。
「このように衝撃系統の魔法を使えれば簡単に狩る事が出来る。威力はそれなりに必要だけれどね。資料を見ると衝撃系統は地味な事もあって使い手が皆無と言って良いらしい。だから苦労して危険な狩り方をしているという訳だ。まあ、研鑽を怠ったのだから自業自得だね。天音はしないだろうけど、下らない理由で使う魔法を選別する者には近付かない様に。分かった?」
真也の言葉にコクコクと頷く天音。まだ真也にしっかりとしがみ付いたままだ。森羅はその間に素材を回収して収納している。ちょっとやり過ぎたかなと思いながら帰路に着く真也だった。




