第31話 贈り物
家に到着後、天音は魔力制御の練習を引き続き行っている。真也は台所に行き早めの夕食の準備に入る。
「今日は肉が大量に手に入ったから、から揚げにでもするか。蛙も蜥蜴も鶏肉に似ていると聞くし、たぶん大丈夫だろう」
真也はリュックから泥蛙と沼蜥蜴の肉を取り出し、一口サイズに切り分けていく。軽く塩を振って放置し水気を出してからふき取る。下味として酒、醤油、葱モドキを摩り下ろした物を混ぜた物に漬け込み、一時間位放置する。本当は生姜のようなものがあれば良かったが、見つけていないので葱で代用する。
漬けている間に野菜を刻んで添え物と野菜スープを作る。出汁は食べる事が出来る魔物の骨がらを以前に煮出して保存してある物を使う。収納すれば腐らないので時間があるときに大量に作って鍋ごと保存していたのだ。
基本的に魔物は食べる事が出来る部位以外は毒なので、この世界ではわざわざ使いようのない骨から出汁を取るという事を試すものが居なかった。
普通に動物の骨から出汁を取っていてもおかしくないのにその調理法は知られていない。肉屋でも骨はゴミとして捨てられていた。真也が見た限りでは料理もあまり発展していない。
この点は魔物という脅威が身近にあるから中々心の余裕が生まれないと言う理由がある。そして資料からの情報では飢饉と言えるものも無い。
これは薬草の事を考えれば理解出来る。一日あれば生えてくるのだから。要するに骨まで工夫して食べる必要が無いから挑戦する者が出ないのだ。そしてもちろん個人で工夫しても隠すので大抵はそのまま失われると言う悪循環を繰り返している。
ちなみに体液や血液が毒の魔物は食べる部位が無い。完全に抜くことが出来ないためだ。実は森羅は採取時にきちんと毒抜き用の浄化をしているので普通は捨てている部分も取ってあったりする。
スープが出来上がったら鍋のまま横によけておく。後は肉を揚げてから温め直せば良い。
片栗粉はじゃがいものような物があったのでそれから作成している。きちんととろみが付くから問題ない。食用油は普通に売っているので癖の無いものを買ってきている。ただ、それなりに値段がするので揚げると言えるような使い方はしないようだ。食堂でも揚げ物は見たことが無い。原価が高くなるからだろうと真也は推測している。
真也は前もって設計して森羅が作っておいた揚げ物用の鍋に油を張り、火にかける。油の温度が上昇するまでに肉に衣を付け、丁度良い温度になったのを確かめてから肉を静かに投入する。
油の中で踊る肉をじっと見ながら丁度良い頃合いで一度取り出す。火を少々強くして、取り出した肉が落ち着いた頃にもう一度投入する。衣が良い色になったら取り出して油を切るため網の上に乗せる。
スープを温め直し、から揚げの油が切れたら大きな皿に移して居間に持っていく。声を掛けた訳でも無いのに持っていく前から食事の準備が出来ていて、涎を垂らしていた子供が居たのはきっと幻覚だろう。
スープを深皿に入れて、平皿に野菜を盛り付け、から揚げを入れる。余ったから揚げの大皿はコタツの中央に置いておく。これまた作っておいたソースモドキを置いて席に着く。香辛料が手に入らないのでソースの味が足りないが、とりあえずまずくはない。
真也は楓と桜用に肉を置いて席につき、いただきますの合図で食べ始める。天音は最初何もつけずに食べ、次にソースを付けて食べている。から揚げを口に含んでいる時の天音はとても幸せそうだ。
森羅は自分用のから揚げを小さく刻んで食べている。こちらは特に表情に変化はないが箸は止まらず動いている。その様子を見て味は問題ないようだと真也も食べ始める。
「ふむ、どちらも油っぽさを抜いた鶏肉みたいな味だな。脂っこいのが好きな人には物足りないだろうけど俺には丁度いいな。元々脂身は好きじゃないからな。パサパサという訳でもなくきちんと肉汁も出ているからこっちの方が鶏肉より好みかも」
真也は泥蛙と沼蜥蜴の肉を味わいながら焼き鳥風味も良いかと次の料理を考える。一つ目をゆっくり味わい、さあ二つ目と思い箸を伸ばすとなにやら視線を感じたので顔を上げてそちらを見る。そこには自分の分を食べ、大皿の二人分を完食して、スープを飲み干し、真也の皿を物欲しげに見つめる狩人がいた。
「……」
「……食べて良いよ」
視線の圧力に負け真也がから揚げの皿を差し出すと天音は目を輝かせて受け取り、最後の余韻を楽しむべくゆっくりと食べていく。それを見ていた真也は森羅に目を向け確認を行う。
(『森羅、天音がかなり大量に食べているけれど問題ないのか?』)
今の天音の食事量は真也の二倍以上である。
(『はい、大丈夫です。むしろもう少し多くても良い位です。天音は今まで満足に栄養を取った事が無い様で、身体も生命維持のために特化した形になっていました。今は十分栄養を得る事が出来ますが身体は飢餓を覚えているのでそれに対抗するために身体を再構成しているのです。一月もあれば落ち着くと思います』)
真也は森羅の返答に考え込む。が、気にしない事にした。天音に関する変な事は今に始まったわけではないし、命に関わる事では無いようだからだ。
(『異常で無ければ良いや。ありがとう。これからも気に掛けてやってくれ』)
(『はい、分かりました』)
そうこうしている内に天音が食べ終わったので片付けを行い、風呂に入って夜の行動に移る。天音は引き続き魔力制御の練習を、真也は天音用の収納バッグを作る事にした。森羅は天音を見ながら真也の手伝いだ。
「さて、天音用の収納バッグを作ろう。といってもバッグでは不便だから腰につけるポーチにしよう」
真也は図面を描きながら仕様を決定していく。普通の安いバッグは口より大きいものは入れられないが、更に小さいポーチがそれでは何の役にも立たないからここは改良する必要がある。
考え方は物体が収納空間に触れたときに小さくなって吸い込まれるようにして、生命体は吸い込まれないようにすれば良い。この辺りは『時間停止に耐えられない生命体』と区別を設定すれば問題無い。
付与する概念は『空間拡張』『重量無視』『入出制御』『時間停止』『自動修復』。沢山詰め込むと収納空間が小さくなるからここまでにした。これでも十分高性能だ。
素材は爪モグラの皮を使い、内張りにまだら鬼蜘蛛の糸袋から作った防水シートを張り、外側には角兎の毛皮を使う。蓋の止め具に魔石を加工して使い、鍵代わりにする。新しく考えた『所有者登録』『防犯』を付与する事によって万が一の盗難に備える。『防犯』は所有者から一定距離離れると『泥棒!』と大声が延々とポーチから出るシンプルなものだ。
「まあ、こんなものか。もっと良い素材が手に入ったら改良する事にしよう。森羅、これお願い」
「分かりました。改変術式起動」
取り出しておいた素材が光り、図面通りのポーチが出来上がる。ベルトに通して固定すれば落とす事も無い。一応取り外しを簡単にするために取り付け部分は紐でも固定出来るように作ってある。
「……うん、問題ないな。天音、すこし良いかい?」
真也は出来上がったポーチの機能を確認して、天音を呼ぶ。呼ばれた天音は何だろうという顔をして近づき、真也の前に座る。真也は止め具の魔石を捻り、合言葉を日本語で言うと天音にポーチを差し出す。
「『登録待機』。天音、この部分を指で触って」
天音が真也が差し出したポーチの点滅している魔石に触れ、しばらくすると魔石から日本語で『登録完了』という声が流れ、点滅が終了する。天音は声が聞こえた時点でびっくりして手を引っ込めて押さえている。そんな天音を見て真也は微笑みながら止め具を元に戻し、ポーチを天音に渡す。
「はい、昼間のご褒美だよ。そんなに容量は無いけれど収納バッグになっているから見た目より物は入るよ。それと家の中程度なら大丈夫だけど天音から一定距離離れると大きな声が出るから、なるべく近くに置いておくように」
「……ありがとうございます」
受け取った天音はお礼を静かに言うが声には嬉しさがにじみ出ている。真也はそんな天音の頭を撫でる。
「用件は以上で終わり。中断させて悪かったね」
天音は首を横に振ると元の位置に戻っていく。真也が遠目で見ていると明らかにポーチが気になるらしく集中出来ていないように見える。真也は喜んでもらえたようだと安堵し、森羅に怒らない様に伝えておく。森羅は天音をちらりと見て頷く。嬉しそうにしている所に水を差すことも無いと分かったようだ。
「さて、次に移ろう」
真也はリュックから魔道具の試作品を取り出すと作業にかかる。出した魔道具は店で使うレジの試作品だ。客寄せの方法として真也はポイント付きの会員証の発行を考えている。最初はまずいかと思ったが、データ収集の魔道具は商業ギルドの会員証である腕輪等に既に使われているので大丈夫と判断した。
魔道具の核は一度作成すると概念を追加出来ないので当初は情報の集積は出来ないと思っていたが、商業ギルドの腕輪の事を思い出して実験した所、最初から収集する様に組み込めば大丈夫という事が分かった。
そこで真也は魔道具の核をパソコンの機材の部分と定義して、その中に情報を自由に入力してその記述文を実行するという核を作り出した。先程の所有者登録と防犯はこれの簡易版だ。今までの核では密度不足で変則的な使い方をしなければ発動出来なかったが、良い魔石が手に入ったので一つで出来るようになった。
この考え方はコンピュータを知っている真也には違和感がないが、知らない人は思いつかない方法だ。商業ギルドの腕輪も作成後に機能を追加する事は出来ない。
情報の表示は黒い板を背にしてその領域内に文字が表示されるように工夫した。見た目は板の上に文字が書かれているように見える。
入力装置はキーボードを採用した。これは手書きの読めない文字では用を成さないからだ。こちらの文字でキーを配置してその下に敷いた板状の魔道具が押されたキー情報を本体に送る仕組みだ。試作品の素材は魔石を加工したが、後で爪モグラの皮に変えるつもりだ。キーのバネには糸袋の代用ゴムを採用している。
認識装置は以前作った鍵の応用で作成した。会員証等をプレートの上に置くとその物体に魔力が供給され記録された情報をプレートに送信する。プレートはその情報を本体に送る。
情報を分類する札の素材には魔物の骨を加工して作る。必要な魔力は外部から供給するし、簡単な情報の送信と記録さえ出来れば事足りるので素材は何でも良いのだ。後は本体の方に札の記録に対応する詳細情報を登録しておけば使い終わった札の使いまわしが出来るし、再度札の情報を書き換える魔道具があれば誰にでも新たに作成する事が出来る。要するにバーコードの様なものだ。
真也はあらかじめルードから種類を聞いていたので必要な初期情報はすでに入力してあるし、札も種類毎に百個用意してある。量は多いが小さいのでそんなにかさばらない。表には分類のための文字が記載されているので見れば必要な札がひと目で分かる。札の新規作成と更新を行う魔道具も準備した。
そして本体は送られてきた情報を集約し、分類して記録する。命令文は日本語で作成し、表示はこちらの言葉で行われるので命令を改変される心配は無い。価格情報等の詳細情報の入力はルードとティリナのみ許可にして、他の顧客情報等は店員が入力出来るようにした。改変ログはこっそり記録しているのでごまかしは出来ない。
この本体で一番時間が掛かっているのがパソコンで言えばオペレーティングスステム(OS)の部分である。作っては実験し、不具合を直しては実験し、と今では膨大な量の命令文が記述されている。簡易版とはいえ一朝一夕で出来たものではない。
そのためこの本体には魔力密度の高い素材が必要になった。買うのも勿体無いので今までは魔力密度の低い魔石を集めて見かけ上高い密度を持った魔石にしたり、外付けハードディスクに見立てて連結するように使用してきたが、あまりの量に辟易し統合するために今回の狩で魔物の魔石を収集する事にしたのだ。ちなみに今現在で本体の魔石は百個近くある。
「とりあえず取ってきた魔石に情報を移し変えよう。どの位必要か分かる?」
「今回の魔石ならば余裕をみて本体で一つ、拡張命令文に二つあれば大丈夫です。残りは情報記録用に回せばバックアップもしやすくなります」
森羅の返答にほっとする真也。本体は設計図に残るが収集した情報は記録した魔石にしか残らない。そのためバックアップは必須なのだが、さすがに何百個も魔石を置く訳にも行かないからだ。
「それは良かった。早速移し変えておこう」
「分かりました。少々お待ちください」
森羅は試作品から設計図に記載されていない情報を抜き取り、設計図を修正する。実験する時はいちいち零から作成せずに実験も兼ねて追加記述で修正していたので真也が作成した設計図は古いものになっているためだ。それに、既に真也ではどこが違うか分からなくなっている。まったく駄目な主である。
「完了しました。現在本体一つ、拡張命令用で二つ、情報記録用に二つ、バックアップに二つ作成しておきました」
「よし、じゃあとりあえずそれは置いといて会員証を作る魔道具の作成に入ろう。……まてよ、その前に一応資料の検証をするか」
真也はリュックから泥蛙の粘液袋を取り出して容器に入れる。一つの袋は直径三十cm、長さ五十cmもの円筒形だ。これの粘液の性質として空気で瞬時に硬化し水に溶けないが、熱には弱いので熱湯に入れるとどろどろになるというものだ。
熱を加える前は透明で石の様に硬く重いが一度熱を加えると色は白くなり強度と重さはプラスチック程度になる。一見使い道がありそうだが、素材の取り難さとそれを使わなくてはならないという物も今の所無いので、わざわざ持ってくる者もいない素材だ。
真也は袋に切れ目を入れて粘液を一度硬化させる。その後容器を加熱して溶かす。容器は加熱実験用の魔道具を作ってそれを使用している。森羅の解析により最適な温度を割り出し、今度は急速冷却で問題ないか検証する。結果は問題なかったのでこの機構を組み込む事にする。カード状にした粘液はそれなりに硬く、粘りもある。落としても割れないので代用プラスチックとして必要十分という事が実証された。
次に真也は溶かした粘液に染料を加え着色してみる。結果は問題なし。これでわざわざ表面に印刷する必要が無くなったので魔道具の方に機構を組み込む事にする。
会員証の表面のデザインは青空の色を基本として針と糸と鋏を意匠化した物を入れ、裏面は若草色にして小さめに店名を入れる。意匠と文字の色は白にして雲と花を連想させる。これは持っていて恥ずかしくなく、明るいイメージを連想させる物という考えで作成された。
「検証も済んだ所で問題点を直して……、こんなものかな? とりあえず実験だ。森羅、お願い」
「分かりました、改変術式起動」
その後、何度か試行錯誤を繰り返し、出来たものは幅五十cm、奥行きと高さが一mの長方形の物体だ。横には出来たカードの受け口と本体組み込み用の魔石があり、上には会員証用の札と粘液を入れる投入口がある。
中身はいくつかの魔道具を組み合わせた物で端末を制御する魔石が本体との通信を行うようになっている。内部の機構は自動修復を制御魔石に組み込んであるのでひとりでに壊れる事もない。
中身はからくり仕掛けの様になっているので壊さないと開けられない様に今回は作成した。ある程度外側が壊されると自壊するように制御魔石には組み込んである。
「早速使ってみたいが……、残念ながらもう遅いから明日にしよう。天音、今日はもう寝よう。……天音? ……どうしよう、あれ」
返事が無いので真也が天音を見ると未だにポーチをじっと見ている事が分かる。渡してから二時間は経過したはずだが、もしかしたらずっとああだったのかと真也は森羅に目を向ける。それを受けて森羅は頷き返す。
「しばらくは制御の真似事をしていましたが集中出来ず、そのうち見るほうが多くなり最後にはああなっていました。さすがに近くで声を掛ければ気が付くのではないでしょうか」
「……まあ、気に入ってくれた事は良い事だ。良しとしよう」
真也は立ち上がると天音の所に行き声を掛ける。天音は盛大に驚き、自分が何をしていたか気が付いて顔を赤らめる。真也は眠る事を告げて寝室に天音を連れて行き、トイレを済ませて眠りに就く。
天音は寝室に置いていた命名のプレートをポーチにしまい、ポーチは頭上に置いて布団に入る。今回もまた中々眠れなかった天音は再び寝入った真也の隣に潜り込む。真也の温かさを感じながら天音は安心して眠りに就く事が出来たのだった。