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第30話 大人の威厳

 帰宅後、夕食と風呂を済ませてから居間に集合し、早速天音の魔力制御の練習に移る。天音の顔は真剣そのものだ。真也も茶化すことなく真剣な表情で教え始める。折角作った研究用の空間は今現在埃をかぶっている。これは単に何となくだ。理由は特にない。


「さて、魔力制御を出来るようになれば、万が一の時に暴走するような事もない。ただすぐには出来ないだろうから気長に考える事。制御方法は森羅が教える。魔法の使い手としてこれ以上の先生はいないからね。森羅も気長に教えてやってくれ。良いかい?」


「「はい、分かりました」」


 森羅と天音は同じ返事を返す。真也はそれに微笑んで森羅に始めるように指示を出した。それを受けて森羅は早速天音に教え始める。


「では始めます。まず腕輪を外して下さい。……はい、次は自分の魔力を把握する事から行います……」


 懸命に森羅が言うことを聞いている天音を横目で見ながら、真也は店舗用の魔道具を考える。しばらくはこんな夜が続きそうだ。


「主様、よろしいですか?」


 真也が魔道具を考えていると森羅が声を掛けてきた。顔を上げ天音を見るとなにやらクッションに埋もれて瞑想の様な事をやっている。


「かまわないけど、そっちは大丈夫なのかい?」


「はい、今は魔力を感じる訓練をしています。長く掛かるのでその間に今日記録した資料で魔力について記述が有りましたので報告したいのです」


 真也は珍しいなと思いながら先を促す。


「この世界の命は魔力の大きさで寿命が変化するようです。魔力の低い人間は六十歳程度が寿命ですが魔術士になると老化が遅くなり二百年は生きるとありました。また、魔力量が一定値を超えると老化が止まるようです。検証は時を待たねばなりませんが、主様と天音の魔力量では確実に不老になっていると思われます」


 真也はその報告に今まで立てた長期計画の変更が必要と思い、ため息をつく。


「何年くらい同じ街にいても大丈夫だと思う?」


「主様だけでしたら大人ですので三十年は大丈夫です。ただ天音は成長後十年が限度だと思います。魔術士となるなら別ですが、一般人としてはこの位だと推測します」


 その推測に真也はまたしてもため息をつく。目立たないためには定住してはいけないと言う事だ。これは地味につらい。いつかは必ず人間関係を白紙にしなければならないと言う事だからだ。


「分かった、ありがとう。とりあえず先延ばしにする。他には何かあった?」


「いえ、ありません。それでは天音の指導に戻ります」


 森羅は天音の前に移動し、解析を掛けながら様子を見ている。真也はその様子を見ながら将来の事について考えるのであった。







 次の日、つい遅くまで頑張って寝坊している天音が起きたところで食事をし、狩りをする為に出かける事にした。王都の外に出て、最初は楓に乗り目的地に走る。天音は怖いのか目を瞑って真也にしがみ付いている。そんな様子に真也は笑いながらも落ちないようにしっかりと鞍の出っ張りを掴む。


 暫く進むとやがて土がむき出しになっている所に到着する。ここが今回の目的地である。真也と天音は楓から下りて狩りを始める。獲物は爪モグラだ。天音は周囲を小動物の様にきょろきょろと見回している。そんな天音を真也は微笑みながら見て、考えていた問題を出す。


「さて今から爪モグラを狩ります。情報として爪モグラは夜行性で音に敏感です。探索者たちの狩りかたは夜にこの辺を歩くと地中から襲ってくるのでそれを避けて倒すのが一般的です。皮が魔道具の素材になるため高値で取引されています。ここで問題です。何故爪モグラは夜行性なのに昼間狩りに来たのでしょうか。決まった正解は無いから自分なりの答えで良いよ」


 突然の真也からの出題に天音は驚く。首を傾げて考えるが慌てているので中々答えが浮かばない。そんな天音を見てかわいいと思っている真也はやっぱり悪い大人である。


「え、えと、明るいから……ですか?」


 自信なさそうに天音は答えを言う。そんな天音の頭を撫でながら真也は答え合わせを行う。


「今回の答えは、夜に来ると荒くれ者の探索者と鉢合わせするので昼間に来たが一番の理由かな。なんせ爪モグラは高値で取引されるから争いになってもつまらないからね。もちろん明るければ狩りやすいからそれも答えの一つだね」


 真也の答えに天音はなるほどと頷いている。普通は天音の歳では理解出来ないよと真也が心の中で突っ込んだのは内緒だ。本当にとんでもない師匠だ。


「さて第二問。昼間は寝ていて地上に出てこない爪モグラをどうしたら狩る事が出来るでしょうか」


「えと、地面を叩いて起こす……ですか?」


 少し考えた後でまた自信なさげに天音は答える。そんな天音の頭を引き続き撫でながら真也は答えを言う。


「正解! まさか当たるとは思わなかったよ。最初の正解という事で後でご褒美をあげよう」


 真也の言葉に天音は嬉しそうに下を向く。そんな天音を見ながら真也は狩りを始めるために森羅に指示を出す。


「森羅、重低音を地面に向けて十秒間照射。出てきたら倒してくれ。楓と桜は待機だ」


「了解、波動術式起動、指向性照射十秒。元素術式起動」


 森羅が地面に向けて魔法を放つとびりびりと足元が震える感覚が地面から伝わってくる。照射を終えてから三十秒程経過したとき、突然地面が盛り上がり爪モグラが五匹姿を現した。次の瞬間には森羅の放った風の刃で頭を切り取られ、素材として分類されてリュックに格納される。現れてからここまで十秒経っていない。天音は森羅の手際の良さに感心している。


「あの、お師匠様。私もいつかあんなふうに出来るようになれますか?」


「ああ、大丈夫だ。素質は十分あるからね。後は練習するのみだ。そのためには魔力を制御出来るようにならないとね。焦らずゆっくりやっていこう」


 興奮気味の天音を撫でながら、怖がらなかったなと真也は天音の様子を観察する。どうやら思った以上に精神年齢が高いらしいと真也は考え、あまり変な子供扱いはしない方が良いなと思う。真也は天音を楓に乗せ、自分も乗り込む。


「では次の獲物に行こう。楓、出発」


 真也達は次の目的地に移動を開始する。移動している間もちらほらと魔物が出てきたが森羅によって瞬殺されている。当然素材の回収も忘れずに行う。魔物にとって真也達は走る災厄だっただろう。


 途中、人の反応があった場合は迂回しながら進む。それでも次の目的地には昼前に到着する事が出来た。


 真也達の目の前は湿地帯が広がっている。一部は底なし沼になっているので用が無い者は寄らない場所となる。ここには水生の薬草があり、高値で取引される。普通は来るのに歩いて一日かかる場所なので品薄なのだ。半日もかからずに来た楓の速度がどれだけ速いか良く分かるだろう。


 ここには薬草採取とその株の入手、それとここにしかいない魔物の素材を取りに来たのだ。ここに居る魔物は『泥蛙』、『沼蜥蜴』だ。蛙は肉と皮と粘液袋、蜥蜴は肉と皮が素材となるが、町から遠く高価でもないのでわざわざそれを目的に来る者はいない。


 第一どちらも体長が三m程で飛び道具が表面の粘液と皮の硬さで効きにくいので、それなりの腕前でなければ返り討ちにあう程の強さだ。習性をきちんと調べてこない探索者が遠距離から攻撃していたら、いつの間にか囲まれて死ぬのは風物詩と言って良いくらいだ。


「さて、ここは薬草の採取が主な目的になります。ここに出てくる泥蛙と沼蜥蜴は体長三mと大きく、意外に俊敏です。どちらも攻撃を受けると仲間を呼ぶ習性があり、殲滅出来ない場合は死ぬ事になります。攻撃方法は蛙が硬化する粘液を飛ばして相手の動きを封じるのに対して、蜥蜴は素早く近づき鋭い牙が生えた口で獲物を沼の中に引きずり込みます。それでは問題です。どうすれば安全に薬草を採取する事が出来るでしょうか」


 爪モグラの時と同じように真也は天音に問題を出す。天音は先程と同じように首を傾げながら唇に小さい拳を当てて考えている。悩む姿はやっぱりかわいいと思う真也はかなり悪い大人である。


「えっと、見つからないようにこっそり移動する……です」


 やはり自信なさげに答えを言う天音。そんな天音の頭を撫でながら真也は答えを言う。


「着眼点は良いね。後はそこから更にどうすれば見つからずに移動出来るか思いつけば答えの一つになるよ。方法としてはあえて別の場所で騒ぎを起こして空白地帯を作り出すとか、寄って来ない様な薬を周囲に撒くとか色々ある。

 けれど魔物の習性を知らなければ有効な手を打つ事は出来ない。ゆえに情報は絶対に疎かにしてはいけない事なんだ。物事を進める時は臆病な位が丁度良いんだよ。何も考えずに突っ込むのは勇敢なのではなく単なる馬鹿だ。命を惜しむ事は悪いことでは無いよ。勇敢と称えられて死ぬくらいなら臆病者と言われても生き残る方を選びなさい。良いね?」


「はい、分かりました」


 天音は真也の言葉に素直に頷いている。


「但し、勘違いしてはいけない事がある。それは勇敢に戦い死ぬ事を選んだ者でも、臆病者と呼ばれる事を選んだ者でも、自らの意思で行動を選択した者を愚かと嘲笑ってはいけないという事だ。世の中にはどうしてもその選択をしなければならない時がある。だから笑ってはいけない。良いね?」


「……はい」


 天音は真也の教えにきちんと考えてから神妙に頷く。


「要するにそんな極端な選択肢しかないような状況にならないように、事前に勉強をして情報を集めておけという訳だ。勉強というのは役に立つかどうかではなく、己の選択肢を増やす為にするのだから色々な事を学びなさい。どんなくだらない事でも、それがいつか自分を助けるものになるから」


 真也は笑みを浮かべて天音の頭を撫でる。天音は頷きながら真也に言われた事を忘れないように心に刻んだ。


「それでは勉強はこの辺にして、早速薬草採取に移ろう。今回はとても酷い方法で採取を行います。良い子は決して真似をしてはいけません。森羅、準備は良いかい?」


「はい、大丈夫です。いつでもどうぞ」


 真也の問いかけに森羅は気負うことなく答える。楓と桜は念のためいつでも移動出来る様にしている。そんな様子を天音は固唾を呑んで見つめている。


「では作戦開始」


 真也の合図と共に森羅が沼地に衝撃波を叩き込む。すると沼の中から泥蛙と沼蜥蜴が次々と現れる。


「探索術式起動、対象座標固定、元素術式起動」


 森羅が魔法を発動すると姿を現した魔物も、隠れている魔物も全て目の前に現れた氷の槍に口の中から頭に抜けるように刺し貫かれた。その数は優に五十は超えている。周囲に動くものが居なくなったのを見て森羅は術式を解除した。


「これでこの辺りには蛙も蜥蜴も居なくなった。今なら安全に薬草を採取出来るという訳だ」


 天音はあまりの力技に口を開けてぽかんとした顔をしている。確かにこれは酷い。真也はその様子を見て微笑みながら解説を行う。


「薬草の採取には沼に入らなければならないから船を使うか魔法で水の上を歩くしかない。泥に嵌ったら身動き取れなくなるからこの点も注意が必要だ。今回は森羅が居るから問題にならないけれど、本当ならここは事前の準備をきちんとしないと来れない場所だよ。情報がいかに重要か良く分かるだろう?」


 天音はコクコクと頷いている。まだ驚きから回復していないようだ。


「よし、では森羅、薬草と素材を採取して帰ろう」


「はい、分かりました。少々お待ちください」


 森羅はそう言うと沼の上に飛んでいき、採取をする。それを見ていた天音は首を傾げ、真也に質問する。


「お師匠様、最初から今のようにすれば魔物を倒す必要は無かったと思うんですけど……」


 天音は単純に沼に入らなければ危険は無いのではと思い聞いている。そんな天音を真也は考える事は良い事だと思いながら答えを返す。


「残念ながら、泥蛙は沼の上を飛ぶ獲物に向けて粘液を吐き出すんだ。だから何もしないで沼の上に行くとあっさり撃ち落される事になる」


「……はい、分かりました」


 天音は答えに納得して再び森羅を見つめる。森羅はと言うと大分薬草と素材を採取したので戻ってくる所だ。森羅の周囲には採取した薬草と素材が大量に浮かんでいるので隠蔽せずにいれば遠目に見ると新たな魔物に見えるかもしれない。


 今真也達は隠蔽障壁を展開しているので仲間以外からは認識されない。つまりその場合は植物や素材の塊が岸辺でいきなり消えたように見えるのだ。もちろんそんな手抜かりをする森羅ではない。


「主様、魔物からいくつか魔石を入手出来ました。それと沼の中にもあったのでついでに採取してあります」


 森羅の報告に真也は喜ぶ。魔物から出る魔石は良質な物が多いのだ。


「おっ、それは良かった。材料も集まったし、これで魔道具完成の目処が付いたな。さて、それでは昼食を食べてから帰る事にしよう」


 真也はリュックから昼食を取り出し配る。内容はパン生地を平らに伸ばして薄く焼き、それに手作りハムの薄切りと野菜を挟んだサンドイッチモドキである。無発酵のパン生地だが薄く焼いたのと作りたてを入れて来たので顎が疲れるほど硬くは無い。天音には少々硬かったようだが、水と一緒に食べたので完食する事ができた。ちなみに真也の二倍食べている。


 食べ終えると今度は桜に乗って家路に付く。楓に対抗心を持ったのか恐ろしい速度で駆け抜け、二時間程で到着した。天音は走っている間、ずっと目を瞑って真也にしがみ付いていた。真也も出来るなら目を瞑ってしまいたかったが、落ちるとまずいので断念して冷や汗をかきながら鞍にしがみ付いていた。


 大人には守らなければならない威厳というものが有るのだ。それを守るために真也は頑張った。






 実は森羅が落ちないように真也達をしっかりと固定していたのは内緒である。世の中には知らないほうが幸せな事が沢山有るのだ。


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