第03話 確認
「次は荷物の確認……、そういえば大量の荷物を背負っていたはずなのに、ずいぶん背中が軽い……」
やっと重要な異変に気が付く真也。背中にリュックの感触はあり、簡易テントの重みはあったので今まで気が付かなかったのだ。意識が冷静である事と、注意力があるという事は同じではないのだろう。
「……悩んでも仕方がない。おろして確認しよう」
再びため息をつき、手帳を胸のポケットに入れてからリュックを下におろし、改めてリュックを眺める。上部に取り付けた簡易テントはあるが、朝にはパンパンに膨らんでいた肝心のリュックはずいぶんやせ細ってしまっていた。
「まずはサイドポケットから」
そう言いながらリュックについているポケットの中身を確認していく。幸いにもポケットに異常はなく、出し入れをしながら順次確かめる。最初に大きなブルーシートを取り出し地面に広げ、その上に並べていく。
「ブルーシートが一枚、折り畳みナイフに携帯食料が八つ、水のペットボトル五百ミリリットルが三本、ごみ入れ用の透明ビニル袋が十枚、簡易救急セット一つ、裁縫道具一式、タオル一枚、ライター二つ、LEDライト一つ、油性ペン三本。……全部あるな。とりあえず今日の分の水と食料は気にしなくて良くなったのは大きいな」
心配事の一つが解消されたので、ほっとする真也。
「さて、肝心の部分を確認するか。……この状態だと空っぽだとは思うけれど、念のため」
リュックの一番大きな収納部を開け、ゆっくりと覗き込む。そこには真っ暗な空間が広がっていた。予想していたリュックの内側は見えない。光が頭上から差し込んでいるので、暗くて見えないということでは無い。写真ならば、その部分をわざと黒く塗りつぶしたような、通常ではありえない光景がそこにあった。
真也はしばらくそれを眺めていたが、顔を上げ地面から親指程の石を一つ拾い油性ペンで『実験』と記入し、リュックの中に放り込み耳を澄ます。
しばらく動かずに何か音がするか気を付けていたが、石がリュックの底につく音すら聞こえない。
次にリュックをひっくり返し、石が出てくるか確かめる。
……ポトリ。
先ほど入れた石が普通に出てきた。リュックを戻し、出てきた石を確認する。特に変化は見られない。文字もきちんと書かれている。
真也は石を下に置き立ち上がると、周囲にある草の所まで行き、根ごと引き抜く。ついている土を落とし、リュックの所に戻って中に放り込む。当然音は聞こえない。
ゆっくり十を数えてからリュックをひっくり返し、出てくるか見る。
……パサ。
草は問題なく出てきた。拾って異常がないか、ひっくり返して確認するが、変化を見つけることはできなかった。
石を拾い、草と、ついでに油性ペンも一緒にリュックに入れる。とりあえず、ただひっくり返す。すると何も出てこない。
「……石出ろ」
……コロリ。石が出てきた。
「草、ペン」
……パサ、ポト。最初に草が、続いてペンが出てきた。異常はなさそうだ。
「……長い棒があれば良かったんだが、無いものはしょうがない。まあ、大丈夫そうだし、手をいれてみるか」
そう呟くとリュックを元に戻し、深呼吸をする。そして左手を未確認空間に近づけていく。
ゆっくり左手の人差し指を入れてすぐに引っ込める。異常なし。第二関節まで入れてそのままにする。変化なし。引き抜いて確認。異常なし。手首まで入れる。変化なし。動かす。何もなし。肘まで入れ、外側に当たるように曲げる。触れるものは無い。引き抜く。異常なし。と、次々に空間の確認を行う。
「収納と取り出す間に物品には変化無し。収納したものは取り出そうとしなければ出てこない。手を入れても身体に異常はないし、触れるものは存在しない。この結果から予想できる物は、よく魔道具として出てくる空間拡張バッグになっているというのがとりあえず考えられる。ということは……」
真也は再びリュックの中に手を入れ、朝に準備して入れた物を思い浮かべる。
(とりあえず着替えを出そう……)
品物を念じながら手を動かすと、布のような感触のものに触れたため、掴んで外に出す。するとそこには肌着が一枚しっかりと存在していた。
「成功だ! よし、何故か知らないけれど便利リュックになっているのがこれで確定した。とりあえず思い出して全部だそう。……着替え、種、調味料、乾燥麹……、……ノミ、カンナ、金槌……、……ねじ切りセット、ペンチ、プライヤ……、……望遠鏡、顕微鏡……、……黒歴史三冊……、……釣具セット、包丁各種……、……以上かな?」
広げたシートの上には隙間なく出した品物が置かれている。よく見なくても何のために持ってきたのか分からない物が結構ある。これだけあれば相当な重量になっていたはずである。これらを背負って普通に歩いていたのだから、見た目より体力があるようだ。
真也は出した品物を一つ一つ順番に指差し、忘れ物が無いか頭の中にある準備した物のリストと照合していく。
「おそらくこれで全部だな。……とりあえず一旦休憩しよう」
きりが良いのでここで休憩することにし、靴を脱いでシートに上がり目の前に置いてある本を持ち上げシートの上に座る。空を見上げれば太陽も高い位置に鎮座している。腕時計を見ると時刻は午後二時。多少進んでいるように感じるが、とりあえず放っておく。
視線を移動し、手に持った分厚い本に向ける。表面は黒く、背表紙にのみ金文字で題名が書かれている。座った脇にも同じ装丁の本が後二冊置いてある。これは唯の分厚い本ではない。同じ内容の本は存在せず、唯一無二の品物。大枚をはたいて『創った』本。
……これを人はこう呼ぶ……黒歴史と。
「思い切って処分するために持ってきたけれど、まったく、何が幸いするか分からないな」
これらの本にはそれぞれ背表紙に『法の理』、『技の礎』、『知の泉』と書かれている。『法の理』には自分が考えた魔法【術理魔法】を、『技の礎』には調べた現代知識をそれぞれ記載してある。『知の泉』は全てのページが白紙であるが、これは知りえた情報の自動登録機能と、加工または製作した道具を記録し、複製するという機能を脳内設定しているためである。
脳内設定はもっとあるが、一番は三冊には意識があり実体化すると小さな女の子の姿になるという、たくさんの小説にも使われている良くある設定だ。当時流行った漫画にかわいいお手伝い妖精が出てきたことも影響している。いわゆる若さゆえの過ちというものだ。
なにはともあれ、少なくとも『技の礎』は役に立つ事だろう。
作った当時を思い出し、苦笑しながら表紙を開いて最初のページを見る。そこには手帳と似ている文があった。
『泉よ理よ礎よ、共に在りて大いなる意思を現せ』
「製本した当時は自画自賛したものだけれどね。初回起動に詠唱を行うのは男のロマンだ!とか。……泉よ理よ礎よ、共に在りて大いなる意思を現せ……か。韻を踏んでいれば良かったな」
昔を懐かしみながら、文を読み上げる。すると、二呼吸ほど時間が過ぎたとき突然本が輝き始め、頭の中に声が響き渡る。
『詠唱による統括意思体の起動要請を確認。詠唱者を確認中……完了、正所有者と認める。要請を受諾、統括意思体の第三封印までの解放を承認。第一封印解放、所有者との共有領域を構築……』
「……へ?」
声と同時に三冊の本が頭上二m程に浮かび上がり、真也を中心に正三角形を作るようにそれぞれが頂点に移動する。本から光の帯が伸び、正三角形を描き出す、その後、本からページが飛び出し、球形を描くように回転し、竹ひごを編み合わせて球形にした細工物のような形を作る。その球形の中で本の光が強まり、真也に降り注ぐ。
真也はその突然始まった現象に対して、口を開けた間抜けな顔で見続けている。
『共有領域構築完了。第二封印解放、制御術式展開……』
真也の頭の中に大量の文字が下から上へと流れる光景が映る。その中には魔法陣のような物もみえたが、あまりの速さに形を認識することができない。
『制御術式展開完了。術式構築確認……、完了、異常無し。第三封印解放、統括意思体【森羅】起動』
頭上で光を放っていた本が中央に集まり、一つとなる。球形を構成するページは光に変化し、形状は線から面となって本を覆いその姿を隠す。完全に球面に変わると、三十cm程の大きさになり真也の目の前まで降下してきた。
「……」
理解を超える事態に固まっていた真也は、光球が手の届く範囲に近づいたことによってやっと思考が回復し始める。今の現象を考えようとしたとき、光球が解け拡散する。
現れたのは黒髪を腰まで伸ばし、巫女服を着た身長十五cm程の小さなかわいらしい女の子。静かに開かれた黒色の瞳で、またもや口を開けた間抜け顔で見つめる真也を見つめ返し、小さな口を開いて真也に呼びかけた。
「統括意思体【森羅】起動終了、現在正常に稼働中。主様、おはようございます。指示をどうぞ。」
無表情、感情が全く乗らない平坦な声を向け、口を閉ざす。双方身動きもせずに見つめ合っている。静寂が辺りを支配し、聞こえるのは時折吹く風によって揺れる草の音のみ。
一分程過ぎ、ようやく真也が女の子に声をかける。
「……おはようごさいま……す?」
色々残念な第一声でした。