第29話 情報収集
アラン達が帰った所で、真也は住まいの改造に着手する。天音はまだ真也の横にしがみ付いているが、既に表情は落ち着いたものに戻っている。
「さて、面倒事は来てから考える事にしてさっそく取り掛かるか。森羅、結界構築。外からは中が今と変わらなく見える様にしてくれ。後、侵入者は洗脳してから帰して良い。その後敷地内を浄化。外の臭いが中に入らないように浄化を継続してくれ」
これは大規模に改造するので万が一見られて騒ぎになるのを前もって防ぐためと、人の住居に無断で侵入する以上、危険は承知の上だろうと思っているからだ。殺せば帰らない事で怪しまれるが、当たり障りの無い報告が入るなら中々気が付きにくい。真也としては背後関係を探る事に手間を掛ける気は全く無い。そして藪を突きたくないので洗脳後は放置する予定だ。
「分かりました。幻影術式、結界術式起動、精神術式を結界に組込。浄化術式起動」
森羅はまず敷地を幻影で覆い、外から中の様子を見る事が出来ない様にした。これで派手に何かをしても気付かれる事はない。
次に結界を展開する。これは塀との距離を僅かに離して、完全に侵入する為に降りると結界に触れるようにしている。今回は触れた途端に気絶する事になるおまけが結界には付いている。自然の鳥などは通す安心設計だ。当然使役魔は通さない。気絶後は即座に精神を改造して洗脳し放逐する。
最後に結界内部を浄化する。もちろん永続効果だ。言われない細かいところもきちんと森羅は自主的に行っている。真也は敷地内が浄化されて臭いが消えた所で次の作業に入る。
「よし、良いな。次は整地だ。奥の家を残して役立つ素材以外は一箇所にまとめて分解するか焼き尽くせ。その後奥の家から門まで道を作ってとりあえず外は終わりだ」
「はい、分類術式、元素術式、改変術式起動」
森羅が魔法を使用すると真也達が居る所を起点として波紋状に光が広がっていく。光が通過した後には石で出来た立派な道が出来ていた。あれだけ生えていた雑草や埋まっていた建物の基礎はもうどこにも無い。天音はその様子を驚いて見つめている。
真也は天音と手を繋いで奥の家に歩いていく。到着して中に入るが、従業員用という事だったのでやはり手狭に感じた。来客用に掃除だけする事にして、奥の部屋に普段暮らす家の入口を設置した。
「よし、とりあえず休む準備は出来た。昼食を食べて出かけてこよう。天音は昼寝していなさい。疲れているだろうからね。楓は天音と一緒にいて守ってやってくれ」
楓は尻尾を振り了承の意思を返し、天音は頷いて昼食の準備のため居間に移動する。天音は真也と別行動になるのは不安だが、まだ外は怖いので家の中にいる方の気持ちが勝っている。そのため不満もなく了承した。
昼食を終え、天音を寝かしつけた真也は森羅と桜を連れて町に出る。目的地は王立図書館だ。アランに聞いた話ではかなりの蔵書量との事だった。真也は桜に乗ると森羅の案内で図書館まで移動する。位置は事前に教えられていたので【探索】で取得した地図と照らし合わせれば簡単に分かる。ちなみにこの時の移動はしっかり隠蔽障壁で姿を隠している。
「大きいねえ……」
図書館に到着した真也が一番に感じたことがその大きさである。役所関係の建物が集まっている所に図書館もあるのだが、どう見ても他の建物より三倍は大きい。外から見た階数も三階は確実にありそうだ。
「議事堂までは行かないけれど、日本の地方にある図書館より確実に大きいぞ。さすが王都と言ったところか。桜、小さくなって。森羅、隠蔽解除」
桜は小さくなって真也の肩に乗る。その後木の陰に移動して森羅が隠蔽を解除し図書館に入る。受付があるのでそこで手続きをして入館する。その時に受付の女性が真也を見て不思議そうな顔をしたが、特に会話をする事は無かった。
この図書館は商業ギルドに所属していれば入館料は百Aで済む。未所属の場合は千A掛かる。この世界における本は全て手書きで安いものではないから当然の処置と言えるが庶民には高い。要するにある程度裕福でないと利用しなくなる様にしているのだ。もちろん貸し出しはしていない。
中に入ると良くある吹き抜け等は無く、広い部屋に本棚が立ち並び、魔道具の明かりのみが周囲を照らしている。案内図を見ると中央に閲覧用のテーブルがあり、そこに本を持っていき読む事になっている。
中は表で感じた様にかなり広く、意外に人の気配が無い。見かけるのはいかにも魔術士という格好をした人だけだ。つまり真也はとても目立つ。
真也はそれを見て、だから受付の時変な顔をされたのかと思った。どうやら蔵書量はあっても利用者はかなり限定されているらしいと考えながら作業に移る。
「森羅、前と同じ様に端から記録していって。俺は見たい物を探して読んでるから。今回は人が居るから見つからないようにね」
「分かりました。それではいってきます」
森羅が離れていってから真也は館内案内を見て、調べたい本を探して読み始める。
(うん、忌み子については推測しか載ってないな。まあ、呪われてまで研究しようとは思わないだろうから仕方がないか。ただ呪いの症状が載っていたのは助かる。どうやら森羅の予想通り、魔力による体調不良が主な原因だな。他の物もあるが、こじつけの域を出ないからこれで確定だろう。
しかし魔力による変調が知られていないのは何故なんだ? 普通分かるだろうに。強い魔物がいる所は間違いなく空間の魔力量が多いはずだから気が付かないはずがないと思うんだがな。)
真也の疑問はもっともだ。原因としては、まず強い魔物が出る所には強い人しか行かない。強い人は耐久力も大きいので気が付かない。魔物の瘴気に当てられるということが経験則として伝わっているが、それを自然の魔力と結び付けて考える人がいないのだ。そして一般の人は場所によって空間の魔力量に偏りがあると思っていない。
次は、たとえ研究者が気が付いても秘匿するので世に出回らない。知識が広く継承される環境がないので失われる確率も高い。そもそも大抵の魔術士は一人で研究するので進展も遅いしある程度で満足してしまう。このように見事な悪循環が形成されてしまっているのだ。
この図書館にある蔵書も最新のものではなく、広まって隠す価値が無くなった物を収蔵している。利用価値がある物は相変わらず世の中に出回っていない。
時の王の中に知識の継承の重要性に気が付いた者がいてこの図書館が作られたが、完成前に夭折してしまいその意思が理解されぬまま現在まで来ているのが現状である。
分かりやすく言うと、知識は財産なので手放す者が居ないという事だ。
(それとやはり忌み子は教えていないのに言葉を話す事が出来る様だな。理由までは書いていない。と言うより分からないのか。今更良いか、支障ないし。しかし殺されると封鎖領域が出来るのは分からないな。強い拒絶が場に刻み込まれて出来上がるのが一番可能性があるが、ずっとと言うのは無理がある。外部要因が必要なんだが……、そこまでは書いていないな。まあ早急に情報が必要と言う訳ではないから、天音が成長してからお願いして実験をするか)
真也はそこで忌み子について切り上げると次の本を読み始める。次は魔術士についてだ。
(今まで出会ったことがないから最大でどの位の事が出来るのか分からないんだよな。……ふむ、ここにある資料を読んだ限りでは伝説と呼ばれる人物で外壁を吹き飛ばす程度か。どうやら物語のように一晩で町を滅ぼしたとかの力は無いようだ。これなら気にする必要は無いか。よくある学院の様なものも魔術士系のギルドも無い様だし、個人レベルの研鑽ではたかが知れているからな。よし、気にしない事にしよう)
もっと大きな規模の事を行える森羅がいるので、魔術士については放置する事にした。何かあっても問題にならない程度の力と真也は判断した。
(それにしてもこの情報から考えると、召喚はかなり複雑で高度な魔法のはずだから現在の発展度では出来るとは思えない。……不世出の天才が現れたのかもしれないな)
真也としては当初もっと魔法が発展していると思っていたが、今まで見た魔法関連の事はどれも個人レベルで終わる物ばかりで組織として動いていないと感じている。どこかに矛盾を感じるが、真也にとっては都合が良いので藪をつつく様な事は特にしない。
これも前述通り秘匿体質によって発展が阻害された一例である。
(次は作られている魔道具の種類だな。収納バッグのように高価な物はあるのに、明かり等の生活品が少ないのは儲けが無いからと分かっている。……戦闘関連品が思ったより多いな。買うのは探索者や貴族が殆どだから当然か。やっぱり家電の様な物は殆ど無いな。この路線なら既存と競合しないから今のままで行こう)
真也の魔道具作りの基本的な考えは『日曜大工で作る事は出来るが、面倒くさいから買える価格なら買おう』と思う部分を探して作り、売る、である。
(色彩に関しては人間以外では黒髪黒目は普通に居るし特に悪い訳では無い様だ。ただし、人間には片方はいても両方の組み合わせは存在しなかった。それが初めて記録に残る歴史に現れたのが二百年前。二百年前に滅ぼされた国が他国の侵略に使用した部隊の構成員が黒髪黒目だった。操られて死ぬ事を恐れないその部隊が暴れた為に、周辺国は相当な被害を受けた。強靭な肉体と高い魔力を持ち、ひたすら暴れた黒髪黒目は魔人と呼ばれ恐れられたようだ)
真也はこの情報に着目する。所謂定番と呼ばれるものが書かれていたからだ。
(この事件以降、黒髪黒目の組み合わせは人間以外の種族でも忌避されるようになったようだな。この国も被害を受けた国だから伝承が残されているのか。現在、滅んだ国は周辺国で傀儡を立てて統治している。魔人のその後は書かれていない。……なんとなく怪しい記述だな。もしこれがそうなら召喚系の話でも最悪に近い物じゃないかこれ。部隊という事はあれ以外にも召喚を行った可能性があるな。時間軸がかなりずれているのが気になるが、頭の隅に置いておこう。しかし何で異世界人は全員大きな魔力を持っているんだろう? 世界を移動する時に変質するのだろうか。……まあ今更どうでも良いか)
異世界人が大きな魔力を持つ理由は、世界の狭間を通過する時に大量の魔力を魔法陣から受け変質するからである。世界を飛び越えた衝撃で多少足りなくなった自分の情報を魔力で補っているのだ。そしてそのままの状態で世界に入れば存在が固定され、魔力が定着する。
ちなみに滅んだ国の名はシーヴァラス王国。滅んだ統一帝国の正当な後継国と本人たちは言っていた。そのため元から周辺国に対して尊大で、馬鹿な時は属国扱いした時もあった。
それでもそれまで存続出来た理由はそれなりに国力があった事、占領すれば周辺国全てに隣接してしまう立地だった事、そしてそんな馬鹿を平気で言う国民を抱える事をどの国も嫌がったからだ。
隣接するなら交易に有利ではと思うかもしれない。残念ながらどの国も極論では仮想敵国なのだ。魔物の脅威があり、友好国だから攻めて来ないと考える者は馬鹿としか言いようが無い。滅ぼす前までは緩衝地帯として利用していたと言う訳だ。だから今は色々と大変なのだ。
戦争を仕掛けた理由は古代統一帝国の復活。馬鹿な理由である。さすがにこれは見逃せないと周辺国全てが同時に攻め込んで滅ぼした。正式に自国に組み込まなかったのは面倒を極力避けるためである。
(探索者についてはオードとあまり変わりないみたいだな。一般の評価はあまり高くない。これは仕方が無いか。店に来た人達も身なりに気を使っている人は少なかったからな。調べた結果との差はそんなに無いようだ)
元々荒くれ者を野放しにしない方策として仕事を回している経緯があるので、どんなに性格が良くても色眼鏡で見られる事もある。要するに通常は他の職を見つけるまでの繋ぎの様な物で、憧れる職業ではない。もちろん好んで探索者になっている者もいるし、代々続けている者もいる。
真也はオードにいる探索者を観察した結果、やり方が結構大雑把で偏りがあると感じている。これは長く続ける者があまりいない事と、上手な方法は利益に直結するので他者に教えない事が理由にある。そのため経験の継承が行われない悪循環が出来ている。
真也は次々と資料を読んで情報を集めていく。魔物の素材で使えそうな特徴を持つ物があるかも調べる。この世界では不要な素材でも真也には使える素材があるからだ。良い例がまだら鬼蜘蛛の糸袋だろう。そんな事を調べていると知らないうちに結構な時間が経ち、閉館の時間がもうすぐ来る頃になった。そろそろ帰るかと思っている時に真也の所に森羅が戻ってきた。
(『主様、この建物にある蔵書は全て記録しました』)
真也はその報告に驚いたが、森羅がわざわざ嘘を言う理由が無いので頷いて立ち上がり図書館を後にする。
今では森羅の腕も上がり、普通の物品なら触れるだけで情報を記録出来る。今回は立ち止まらずに流れるように触っていったため記録を終えることが出来たのだ。記録時の光を幻影魔法で隠す小技も使っている。
桜に乗って帰りながら真也は今後の方針を考える。やる事は多いが大至急の物は今の所はない。
「天音用に収納バッグを作りたいな。ただ材料がな……。この近くでとれる良質な素材は……、爪もぐらが良いか。ついでに他の魔物も狩ってこよう。この周辺には面白い魔物が多いからな。天音も連れて行って気晴らしをしよう」
真也は脳内で情報を検索し、予定を組んでいく。途中で市場に寄って食材を集める事も忘れずに行う。今日は何にしようと考えながらゆっくりと家路についた。




