第28話 変人と傑物
ギルドを出た真也は今後のギルドとの関係をどうするか考えていた。ルードの店は言われなくともやるつもりだ。アランは良い人だが組織があれでは今の良い関係も何れ駄目になるのは目に見えている。
天音の事もあるので金稼ぎの手段を減らしたくは無いが、食い散らかされる訳にもいかない。思考はどんどん酷い方向へ向いていっている。
天音は真也の怒りに反応して身体を硬くしている。いくら自分に向けられたものではないと分かっていても、怒っている人の近くに居るのは嫌なものだ。
ちなみに冷静な時の真也ならここまで考える事はしない。現時点において商業ギルドとの縁切りはどう考えても不利益しか生まないからだ。つまり今は旅の疲れとくだらないやり取りのおかげで全く冷静ではないと言う事だ。その度合いは目立たないという目標も忘れているのだから相当だ。そんな状態の真也に後ろから声がかかった。
「ノ、ノルさん、お待ち、くだ、さい」
真也がその声に振り返ると肩で息をしているアランが目に入ってきた。その姿を見て、やっぱりこの人は優秀だと真也は思う。
「おや、お久しぶりですアランさん。どうしたんですかそんなに急いで」
形だけの笑みを浮かべて真也は挨拶をする。アランを見てそれなりに機嫌が直った真也だったが、分かっている事を聞く辺り、まだ元には戻っていない事は明白だ。アランはそんな真也を見て、大分怒ってるなと感じた。普段ならそんな言い回しを真也はしないからだ。
アランはこれによって真也が受付の事について許すつもりは無いと感じた。ギルド内の早急な再教育を誓ってからアランは息を整えていつも通りの笑みを浮かべて真也に話しかける。
「お久しぶりです。いえ、二階の窓からそれらしい人影が見えたものですから、職員に確認して急いで出てきたのです。到着は明日だと聞いていましたが随分早い到着ですね」
アランは受付の事に触れずに話を進める。双方受付の事は了解の上なので機嫌を悪くした元凶を思い出させても意味が無いからだ。
「ええ、この子を早く休ませてあげようと思いまして。この子は弟子のアマネです。天音、こちらはお世話になった商業ギルドのアランさんだ」
「……初めまして」
「はい、初めまして。これからよろしくお願いいたします」
天音は真也に抱かれたまま顔を向けて挨拶をしてすぐ顔を元に戻す。アランはそんな天音に丁寧に挨拶を行った。
「お弟子さんがいらっしゃったのですね。気が付きませんでした」
「ええ、見ての通り人に慣れていないものですから。少しずつ慣れさせようと思っています」
それを聞いたアランは受付に対して心の中で罵声を浴びせる。弟子ならば見て経験させる為に連れ回すのは当たり前の事だ。騒いだと言うならともかく、身内を一方的に否定されれば不愉快になるのは誰でも同じだ。
つまりアランには真也の返答は『教育がなっていない』と言われた事になる。そしていつもの通り、真也はそんな高等技能は使っていない。真也からすればアランに受付の事をぶつけても仕方がないからだ。
「成程、では依頼されていた自宅候補に案内しましょう。お前達、この方は私が頼んで王都にわざわざ来て頂いた人だ。今後失礼が無いように憶えておきなさい」
アランは丁度到着したギルド職員からファイルを受け取ると職員達に真也との関係を伝える。それを聞いた職員達は顔を青ざめさせてぎこちなく挨拶してくる。嫌がらせをしているとしても、上司がわざわざ呼んだ客を追い返したのだから当然の反応と言える。たとえ真也の方にも大型の使役魔を建物内に入れたという非があってもそんな事は関係ない。その程度も分からない者は商業ギルドに長くいる事は出来ない。
「そうですね、そうしましょう。静かなところだと良いのですが」
職員達に軽く挨拶を返して、真也はこの件はこれで終わりという意味を込めて笑みを浮かべる。アランもそう受け取ったが、それではいおしまいとしてはいけないのが許してもらう方の立場というものだ。アランは頭痛の種が増えた事に心の中でため息をついて、真也達と共に走竜車に乗り込み現場に向かった。
「ここが一番条件に合う物件です」
アランが案内した場所は一言で言うと廃墟だった。付いてきた職員達はなぜアランがこんなところに連れて来たのか理解出来ずに混乱している。謝罪するなら良い物件を割り引くものではないのかと考えている。それなら後で嫌がらせの種に出来る。
紹介したアランはいつも通りの笑みを浮かべているし、真也の方はこの状況を見ても怒っている様には全く見えない。天音は真也に抱き上げられてしっかりと顔を隠している。
アランからすれば今までの付き合いで真也が求めるものは豪華さではないと見抜いている。なのでここに一番に案内したのだ。当然問題物件だが真也が拘るのはそこではないと分かっている。
真也が要求した事は、周囲に人気が無く、広く、安い物件だ。そのためには問題があっても構わないと言われている。さすがにアランもいきなり問題物件を突きつけるほど豪胆ではない。予算も提示されているので後は選ぶだけにしてある。それにわざわざ嫌がらせをされる種を蒔く必要も無い。
「見事に廃墟ですね。住む分には問題ないのですか?」
紹介された所は周囲を塀で囲まれていて立派な門扉がある。中に入ると奥にはオードの町で借りた家程度のちょっとした家があり、それ以外の場所は草が生い茂っている。そこには建物の基礎らしきものが埋まっているように真也には見える。奥は町の外壁なので位置的にかなり町外れになる。
「ええ、奥の家はきちんと掃除していますので大丈夫です。見ての通り敷地自体が広いので少々の事では周囲に音は届きません。値段も問題物件という事で格安です」
アランは変わらない笑みで説明を続けている。説明を聞いた職員達の思いは同じだろう。『そんな事を言って良いのか』と。もちろん真也をこっそり確認したが、職員達には説明を聞いて面白がっている様に見えた。
「その問題というのは何ですか?」
真也の問いにアランは何と答えるかと、後ろの職員達は固唾を呑んで見つめている。今の所真也の表情は普通の範囲内だ。職員達の緊張を知らないかのようにアランはあっさりと回答する。
「ええ、理由は不明なのですが、長く住んでいると体調が悪くなるのです。敷地から出て休めば回復する程度ですが、おかげさまで呪われていると大評判です」
アランは笑顔のままで淀みなく答えた。職員達は『大評判じゃねえ!』と言う突っ込みを心の中で入れながら真也の反応を見る。普通ならここは怒る所だ。
真也はアランの答えににこやかに頷いている。実は敷地に入った時点で森羅に【解析】をお願いしている。森羅は真也達から離れて光が見えないように周囲を解析して、その結果を既に伝えている。なので真也にとっては問題ない事は既に分かっている。そのためこの情報は真也にとって安く購入出来る好条件でしかない。
「なるほど、それは楽しみですね。値段はどの程度なのでしょう」
平然と値段を尋ねる真也を見て職員達は燃え尽きている。こう言う客と付き合えるから出世できるのかと感心した目をアランに向ける者もいる。とんだ勘違いだ。そんな職員達を放置してアランと真也は良い雰囲気で商談を続けている。
「通常、この規模の取引価格は二百万Aを超えます。ここは元々貴族や富豪等が住む土地なので高いのです。ですが噂の為に誰も買わないのでなんと五万Aまで下がっています。税金は年間一万Aです。今年度分はおまけでギルドが負担します。他の物件となりますと、次に安い物件の購入金額は五十万Aです」
ギルドにとってここは最大の不良物件なのだ。なので売れるのなら金貨一枚程度のおまけは全く問題にならない。むしろ褒められる。
当初ここにはとある貴族が別荘を建てていたのだが、長年放置していた事もあって取り壊して立て直す事にしたのだ。
取り壊した後、奥にある家を従業員用の家として邸宅を作る作業員が寝泊りする為に先に建てられた。そして本宅を建てようとした時にバタバタと作業員が倒れ始めたのだ。呪われているとの噂がすぐに王都中に広まった。
そのことを知った貴族は責任を請け負った店に押し付け、土地を無理矢理売りつけた。困った店はギルドに相談して土地全てと引き換えに借金を半分肩代わりしてもらう。以来百年、ギルドとしてもまさかここまで売れないとは思っていなかった。引き受けた責任者は閑職にまわされ、不遇のまま一生を終えた。
実は貴族はこの事を知っていて改築を決めたのだ。そうでなければ王都の屋敷を放って置くはずが無い。昔、同じような事が起こり住めないので放置していたのだ。この時は住んでいた者を地方にそっくり移動したので悪い噂が立つ事は無かった。
だが所有しているだけで金が掛かるので、土地を処分する為に屋敷の建築終了時まで問題がなければ支払いを二割増やすが、問題を起こせば土地を買い取れと契約書に買取の条件を入れ計画を実行した。
普通ならこんな条件は怪しむ所だが、商業ギルドに所属していない個人商店で貴族に逆らえる者はまずいない。だまし討ちをすれば名誉に関わるのでそんな事はしないだろうとの思い込みもあった。そして何もしないのに二割り増しになるとの馬鹿な思いもあった。なので安易に契約を交わし、騙されたという訳だ。
この件は『情報収集を怠った側が悪い』と言うのが主だった貴族の反応だ。貴族社会はもっと陰湿なのだから当然の反応である。何せ本当の事を言わなかっただけで、嘘は言っていない。
当然商業ギルドもこの詐欺同然の手口に気が付いていたが、被害にあったのは加盟店ではない事もあり、噂についても担当者は本気にせず、広大な土地が半額で手に入れる事が出来る儲け話があると、つい色気を出してしまったのだ。
何と言っても百年分の税金で儲けは既に無いと同じだ。ギルドとしては持っているだけで高額の税金が掛かるので無料でも良いから売りたい所だったが、噂が広まって全く売れない。実に困った物件がこれであった。真也にしてみれば出入りは他人に見えない様に行うつもりなので、どんな噂があろうと問題は無い。
「なるほど、お買い得ですね。ではこれに決めましょう」
そう言って真也は天音を地面に下ろして金貨を取り出すとアランに渡す。地面に下ろされた天音は真也にしがみ付きながら陰に入って職員達から隠れている。
アランは金貨を受け取ると既に用意していた契約書を取り出して真也に渡した。アランにとっては真也と交わす契約はいつも即決なので慣れた事だが、見ている職員達にとっては契約書がここに有ること自体が信じられない事だ。
アランから渡された契約書を読んでサインを入れアランに返し、鍵を受け取る。職員達はもはや呆然とそれを見ている。
「店のほうは順調ですか?」
「ええ、ルードさんが到着して早速準備を始めました。今から向かいますか?」
アランの問いに真也は首を横に振る。
「いえ、やる事があるので顔見せは予定通り来月にします。見るとそっちをやりたくなりますからね。それまでは打ち合わせ通りお願いします」
「分かりました。ルードさんには到着を伝えておきます。それともう一つ」
アランは真也に近づくと耳元で囁く。
「魔道具の製作者の事をギルドに問い合わせてきた者が貴族以外で居ました。もちろん断りましたが、もしかするとそちらに行くかもしれません」
真也は笑みを浮かべたまま話を聞いている。内心は面倒事が起きそうでうんざりしていた。用件を伝え終えたアランは真也から離れるとお辞儀をする。
「それではこれで失礼いたします。本日はお買い上げありがとうございました」
挨拶を交わしてアランと職員達は出て行った。その後で真也はくっついて離れない天音を連れて入口に行き、門扉を閉めて鍵を掛ける。真也はとりあえず面倒事は後回しにして早速住むための作業に取り掛かった。
走竜車の中では誰も口を開かずに黙っている。アランは職員達が説明をして欲しいと思っている事を分かっていたが、あえて無視していた。説明するには真也の事を言わねばならず、そんな事は真也が望んでいないと分かっているからあえて話し掛けるなという態度を取っているのだ。それに嫌がらせを好んでするような者に教える事ではない。
商業ギルドに到着するとアランは走竜車の片付けと通常業務に戻るように指示を出し、報告のために足早に中に入っていく。これ以降、アランに嫌がらせをするものは少なくなっていき、一年も経つ頃には殆どいなくなっていた。百年も売れなかった物件を、来てから一月も経たずに売った者を馬鹿にすればどうなるか分からない者はさすがに少なかった。
この事でアランは真也に出会えた事に感謝するが、わざわざ伝える事はしなかった。真也としても伝えられても困っただろう。世の中というのは持ちつ持たれつなのだから。




