第27話 王都到着
次の日、予定通り荷車を収納して最初は楓に乗って出発する。天音は荷車がリュックに入っていく様子を目を丸くして見つめていた。真也は当然その反応を期待して、あえて詳しく説明していなかった。悪い大人である。
今は楓に二人で乗って駆け足程度の速さで街道を進んでいる。真也としては本当は姿を隠して移動したいのだが、王都に入る際にその手の魔法を検知する何かがある場合、急に出てくると騒ぎになるので今回は実績作りの為森羅以外は姿が見えるようにしている。
二人の乗り方は鞍を置いて前に天音が横座りして後ろから真也が支える形にしている。森羅は真也の肩の上だ。念のために障壁を張っているので落ちても怪我をする事はない。それ以前に落とすような挙動を楓がするわけが無いが。
今日も天気はよく晴れ、暖かい日差しが降り注いでいる。時折すれ違う探索者と思われる人達は使役魔として走り蜥蜴を使用している。捕まえやすく頑強な走り蜥蜴は一般的な移動手段だ。通常愛玩目的が多い黒山犬に乗っている真也達は注目の的だ。そのため天音は顔を真也の胸に埋めて顔を隠している。そんな仕草もかわいいなと真也は馬鹿なことを考えながらゆっくり移動している。
日程ではもう一日かかる予定だったが、寄り道を途中で止めたので最終的には一日早く王都に到着することになった。
「もう少し行くと街道の合流地点だからもっと人が増えるはずだ。そして更に行くと王都に到着だ。大体昼前には到着出来るから家を購入したらゆっくりする事にしよう」
真也は天音に声をかける。天音は頷いて真也にしがみ付く力を強める。天音にとって真也達以外はまだ自分を嫌う人達と同じなのでその視線が怖いのだ。真也はその事に気が付いていない。精々人見知りしてる程度の認識だ。さすがにこれは感覚の問題なので分かれと言う方に無理がある。
しばらく進むと街道が合流し、行き来する人も多くなる。やがて遠方に王都をぐるりと囲む巨大な外壁が見えてくる。高さは十m程ありその外には建物は何も無い。この周囲の脅威が未だに現実である象徴のようなものだ。何故ならば危険が無ければ外で寝泊りする者が必ず居るからだ。
真也は街道に繋がっている門に近づく。門には列が出来ていて商人とその他に分かれている。商人の列は二列あり、一列は検査に時間がかかっているようで中々動かない。その列を横目で見ながら一番端の順調に動いている商人の列に並ぶ。
周りから笑うような気配と視線が有ったが、真也は気にせずに順番を待っている。天音は今では両手で真也に抱きついている状態だ。さすがにここまでくれば真也も天音が怖がっている事を理解したが出来たのは外套で隠す事くらいだ。
しばらくすると前方で言い争う声が聞こえたがすぐに止む。検査を受けていた商人が周りに笑われながら引き返してきて動いていない列の後ろに移動した。
やがて真也の番が来ると、真也は楓の上から降りて門番に近づいていく。天音は鞍の上で外套に包まれて完全に隠れている。周りを見ると周囲の商人達のにやけ顔と門番の呆れ顔が真也の目に飛び込んできた。門番が真也にぶっきらぼうに問いかけてくる。
「ギルド証を提示しろ」
真也は無言無表情で腕輪を門番に提示する。提示された門番とそれを見た周りの商人は驚いた顔で固まっている。真也はわざと周囲を見渡してからにやりと周囲に向けて嘲りの表情を浮かべ、固まっている門番には真面目な顔で声にわざと怒りを滲ませて告げる。
「いつから私が商人ではないと勘違いしていた? 商談があるから呆けていないで早く仕事をしろ」
実に尊大な口調で言い放つ。門番は慌てて手続きを行い、真也は王都の中に足を踏み入れる。周囲はしばらく静まり返ったままだった。
種明かしをすると、まずこの列は商業ギルド専用だ。それを知らない田舎者は空いているからと列に並び、追い返される。これは半ば恒例行事となっている事だ。そこにのこのこと商人に見えない真也が並んだので、追い返されるのを笑うために周囲の人は黙っていたのだ。
真也はこの事をアランに予め教えられてたので周囲の反応を心の中で笑っていた。かといって笑われて愉快な訳でも無いし、天音も怯えていたので実に大人気ない態度を返してしまったのだ。真也は謝罪はしないが反省はちょっとだけした。ちょっとだけだが。
「まったく不愉快な目にあった。この程度で大丈夫なのか、この国は? まあ良い、関係ない事だ」
腹に溜まった不快感を吐き出すように真也は呟く。実際何かを蹴飛ばしたくなるくらい不愉快だった。
(『それより森羅、どうだった?』)
(『はい、予想通り探知系の魔法がありました。私の魔法ならすり抜け可能な程度ですが、楓と桜では無理な位です。周囲に居た人達の記憶に楓と桜の事は残ったと思いますので目的は達成したと思われます』)
森羅の答えに真也は頷く。これで楓と桜をつれて町に行っても大丈夫だ。念のため姿を現したまま商業ギルドまで歩いていこうとしたが、やはり使役魔としての黒山犬は珍しいのか注目が集まっている。真也は天音を抱き上げ、鞍をこっそりとしまうと足早に商業ギルドへ向かった。
歩いていて真也が思った事はオードの町より臭う事だ。人口が多い事と周囲を壁で覆っているので臭いが抜けないのだ。天音の為に早急に何とかしようと真也は思った。
三階建ての大きな商業ギルドに真也達が連れ立って入るとざわめきが走る、受付に行くと空いている席に女性が居たのでそこに行きアランを呼び出してもらう。
「こんにちは。私はノルと申します。アラ……」
「申し訳ありません。使役魔は外の荷車置き場にお願いします。それと子供は宿にでも預けてからもう一度来てください」
女性は笑みを浮かべて真也の声を遮って告げる。その目は田舎者を馬鹿にした目だ。そういう所は良く気が付く真也は目を細めて女性に質問を返す。ちなみに今の楓と桜は二m程の大きさだ。
「それは何故だ? 理由を言ってくれ。それとア……」
「大きい使役魔を中に入れるだけの空間がありませんし、中が汚れるからです。それにここには子供を預かる場所はありません。分かりましたら早く置いてきて下さい」
女性はそんな事も分からないのかという表情を浮かべ、またもや真也の言葉を遮って理由を述べる。分かったか田舎者めと声が聞こえそうな勢いで女性は真也に告げ、その顔には嘲笑が浮いている。
真也にとって天音はもちろん、楓と桜はもはや使役される魔物ではない。大切な家族である。それと門の所で不愉快な目にあったので、いつもなら気が付いて楓と桜には待っていてもらう所を連れて来てしまったのだ。
真也は女性の言葉で自分の失敗に気が付いたが、嘲りの目と口調で完全に臍を曲げてしまった。苛立っていて冷静ではなかった事も原因だが、普段であればこの程度は飲み込む事が出来る。だが今は気が立ち、しかも一方的に嘲われたので我慢出来なかった。目立つというのに実に大人気ない。
「楓、桜、小さくなれ。ついでに身体を綺麗に浄化しろ」
真也の抑揚の無い声に楓と桜は光りながら身体を縮めて二十cm程度の大きさに変わる。その後、真也の上に魔法で上り、両肩にしがみつく。森羅はリュックの上に移動している。
周囲に居た人達は驚きの声をあげている。今見た事は使役魔が魔法を高いレベルで扱える証だからだ。つまり見た目は黒山犬だが中身は別物の可能性があると思ったのだ。上位個体に成長した使役魔は役に立つのでその主を粗略に扱う者はあまり居ない。
真也は驚いている女性に顔を向け、強く睨んで声に怒りを乗せて短く告げる。
「このギルドの考えは良く分かった。失礼する」
真也に睨まれた女性は息を飲み込み身体を恐怖で震わせている。もう少しすれば泡を吹いて倒れそうなくらい恐怖を感じている。周囲の人も呼吸が出来なくなるような圧迫感を感じていた。真也は気が付いていないが、今の真也が本気で睨めば人を殺せるほどである。
普段は森羅が魔力を制御しているのでこんな事にはならないが、今は森羅がわざと緩めている。門のときは相手をはめる事が目的だったので何もしていなかったが、主を馬鹿にした相手を見過ごすほど森羅はやさしくはない。
真也はすぐに踵を返して足早に出て行く。扉が閉まると室内の空気が緩み、誰もが止めていた息を吐いた。
睨まれた女性は解放された安堵感からそのまま気絶し、出してはいけない物を出してしまっていた。ギルド内には上位個体を二頭も所持する実力者を怒らせてしまったという雰囲気が漂っている。他の客も黙ってしまっている。
「どうする、あれ……」
「どうするって、どうするんだよ」
「誰かを訪ねて来たように聞こえたぞ。確か、ア……何とか」
「それじゃ分からないぞ……」
受付の後ろのほうに居た職員がこそこそと話しをしている。実際、アから始まる名前は何人も居る。気絶した人は誰も気が回らずに放置されている。そんな異様な雰囲気に包まれた一階に、二階からアランが降りてきて男性職員に声を掛ける。
「どうしたのです。何かありましたか?」
声を掛けられた職員は最初普通に答えようとしたが、何かを思いついたのか嫌な笑顔で報告を行った。
「あ、アランさん。……実はですね、先程二頭の使役魔と子連れのお客様が受付に来たのですが、受付が子供と使役魔を預けて出直して来いというようなことを頭ごなしに言いまして、お客様は怒って帰ってしまったんです。その……、怒らせた後でその方の使役魔は上位個体ということがわかったのでどうしたら良いかと……。それでその方はアの付く名前の職員を訪ねて来たようなのですが、アランさんは心当たりがないですか?」
にやけてアランに報告したその職員からは困らせてやろうという意図が丸見えだった。実はアランは今まで田舎者がいきなり上司になったという認識で地味な嫌がらせを受けていたのだ。当然アランは完璧に対処するか無視していた。
それを聞いたアランは内心でため息をつく。どうしたらもなにも、追いかけて謝罪する以外何があると言うのかと思う。長老達からは鍛えてくれと言われていたが、この程度も出来ないとは思っていなかった。第一嫌がらせする暇があるなら働けと言いたい。アランは男性職員を真剣な表情で見つめると、事態の収拾に取り掛かった。
「今までその方を見た事がある者はいるのですか? いないなら特徴を言ってください」
「いえ、今まで見た事はありません。特徴は金髪碧眼で、普通の身長で見た目は少し太っています。背中に見た事のない大きなバッグを背負っていました。子供も同じで六歳くらい、使役魔の見た目は黒山犬です。今は小さくなって肩に乗っています」
ここで分からないと言えば無能を晒す事になるので男性職員は正直に特徴を話す。しかしその態度は慇懃無礼と言って良いものだった。
男性職員の言葉にアランの脳裏に真也の姿が映る。子供や使役魔の事は知らないし来る予定は明日のはずと考えながら、もしそうならまずいどころの話ではないと思い、急いでギルドを飛び出す。
「私が探してきます。命令します。あなた達も外に出てその人を探しなさい」
アランは女性職員が気絶して残念な状態になっているのに気が付いていたが放置した。馬鹿に優しくする理由が無いためだ。その辺の思考は真也と似ている。
ギルドを出たアラン達は左右を見渡して真也の姿を探す。命令に面と向かって逆らうほど職員達は愚かではない。さぼりはするが。
「あ! いました!」
アランが男性職員の指差す方向を見ると、幸運?な事にかなり遠くに特徴的なバッグと使役魔を背負った姿を見つける。職員達は今回は見つけて面倒を押し付けようという魂胆があるので隠す事はしなかった。
「命令します。あなた達は私の机の上に置いてある邸宅売り物件のファイルを持ち、走竜車を出して全力で私を追いかけて来なさい。それ以外は一切しなくてよろしい」
そう言うとアランは背中に嫌な汗をかきながら全力で走り出した。くだらない騒ぎを起こし、命じなければ動かない職員達に悪態をつきたくなったのは仕方がない事だろう。




