第26話 忌み子
朝、真也が目覚めると天音が腕を抱きしめて隣で眠っていた。しばし混乱したが、同時に起きた森羅が寝てからの事を真也に教えたので落ち着く事ができた。天音はしっかり真也の腕にしがみ付いていたので真也は天音を起こさずに抜け出す事を断念して起こす事にした。
起きた後は布団を片付け、真也は台所に行き、その他は居間で食器を並べる等、朝食の準備をする。その他のリーダーは森羅である。
真也は台所で朝食を作り始める。リュックからこの世界で買った穀物類を取り出し、一度洗って水を張った鍋に投入して煮込む。
煮込んでいる間に熊肉と猪肉を取り出して熊肉はミンチに、猪肉はミンチと他に大きく切り分けておき、ミンチは二種類を混ぜる。葱の様な野菜も細かく刻んでミンチに混ぜ、それに醤油と砂糖を加えて、中火にかけて混ぜながら火を通す。水気が飛んで火が通ったら二つに分け、一つはスリコギで更に細かくしていく。
穀物の煮込みが完了し、出来た粥と作ったそぼろモドキを共に居間に運んでいく。居間の方はすでに準備は終わっていたようで、天音はコタツに入って森羅と共に待っていた。真也はコタツの上に鍋を置き、皿に粥をよそって細かくしたほうのそぼろモドキを天音に渡す。楓と桜には猪の生肉の塊を置く。
真也のいただきますの声で食べ始める。天音には真也がそぼろモドキを好みの量粥に入れる事を教えて食べさせた。そぼろモドキは真也には少し薄味だったが、天音には丁度良い様でおかわりもしたので真也はもう大丈夫と判断した。
森羅のおかわり分まで天音が食べてしまったので、真也には森羅がちょっと悲しそうにしている様に見えた。料理は作る都度森羅が記録しているので気に入った物があればそのうち自分で作るかも知れない。
食事が終わり、食器を片付けてから出発する。今日まで天音は大事を取って家の中でおとなしくしている。天音は字が読めたので本を何冊か複製し暇つぶしになればと与えている。
真也は御者席で森羅と一緒に天音の事を話し合う。外から見れば真也がおとなしく座っている様にしか見えないように一方透過型の【幻影】魔法を使っている。
「今の所、資料にあるような呪いは無いけれど、何か特殊な事で気が付いたことは何かある?」
真也の感覚では特に何も無いと感じているが、それが正しいかは分からない。そして当然の事ながら、その手の事は森羅の方が詳しいので普通に尋ねている。
「現状で把握しているものは、回復速度と魔力量です。具体的に言いますと、回復速度は天音は一日で歩けるようになりましたが、同じ状態に普通の人がなった場合、歩けるようになるまで最低で一週間はかかると思われます」
真也は頷きながら聞いている。物凄い異常性がある事を聞いている訳だが、自分に害がある訳でも無いのでその点は全く気にしていない。個性の一つで片付ける。考え方の重点が常人と違う一例である。
「次に魔力量ですが比較を主様としか出来ないので主様を基準にします。現在主様の約一%程の最大魔力量を持っています。一応予測ですが現在の主様の魔力量はこの世界の一般的な人間の十万倍程度と見ています」
真也はその報告に思わず思考が停止してしまった。多い事に関しては特に否定しないが、今更喜ぶ事でもない。既に真也はその部分を通り過ぎている。
「……多分多いとは思っていたがそんなにあったのか。いつかきちんと計測しないと駄目だな。しかしまあ、案外呪いと言われていたものは物語に良くある単なる魔力暴走だったりしてな。それで悪意に常に晒されているから精神が休まる事も無く、周囲の悪意によって死んでいく。確か呪われていたよな?」
真也は単なる思いつきとして会話に出す。森羅はその話を検討し、ありえる事として推測を話す。
「ありえる事だと思います。この世界の人は全員能動的に魔法を扱えますので、一人一人は僅かな悪意でも多数が思えば大きな呪いとなります。よほど方向性が揃わなければ効果は出ませんが、現状では排斥の方向で統一されているので、天音に纏わりついていた悪意はそれが原因の可能性が大きいです」
何とも天音にとって生き難い世界だと真也は思う。
「まあ今は色彩を変えているから問題ないだろう。呪いも解除出来るし深刻に考える事でも無いか」
「はい、そちらは気にするほどではありません」
「……何か他に問題があるのか?」
真也は森羅の言葉に引っ掛かりを覚え、思案顔で聞き返す。森羅は頷き、忌み子が与えると言われている呪いについて話し始める。
「今朝の天音は十分元気になっています。これは魔力が生命維持を肩代わりして急速に身体を回復させていたからですが、今朝から食事によって生命維持が十分出来るようになったようで、余った魔力が身体の外に漏れだして来ています。今は普通の人の発散量の二倍程度ですが、最大魔力量を考えると最終的に普通の人は近くに天音が居るだけで身体に変調を来たす様になる位発散されるはずです。おそらくこれが忌み子の呪いの正体だと思われます」
「ほう、そうなのか。意外に単純な理由だな。まあ得てしてその手の話の真実はそんなものか。詳しい事は後で調べる事にしよう。……あれ、それなら俺の魔力は天音より多いのに何で今まで騒ぎになっていないんだ?」
森羅の推測に真也は納得しかけて、自分も対象になっていないとおかしい事に気が付いた。真也の記憶では特に対策をした覚えはない。
「主様の魔力は私が制御していますので漏れ出す事はありません。一応主様の影響規模を分かる範囲で言いますと、私が起動する前は当然制御されずに周囲にかなり発散していました。その時は魔物ですら遠くに逃げ出す程度です」
ここで明かされる新事実に真也は驚く。確かに不思議に思っていたのだ。目覚めてから出発するまでかなりの時間が経過していたのに周囲には虫の一匹も見かけなかった。それなのにしばらく歩くと何処に隠れていたと言いたいくらい魔物に遭遇したのだから。
眠っていた時間も考えると、何も対策をしていなければ目覚める前に死んでいなければおかしいくらいあの草原に魔物はいた。
何にしても、やはり真也はもう森羅無しでは生きられない身体になっていた。この事実に真也は軽くへこむが、今は天音をどうするか考えなければと頭を振って気持ちを切り替える。
「まあいいや、とりあえず天音の事を何とかしよう。このままでは町に入ることが出来ないからな。さて、何かあるか……。最善は自分で制御する事なんだが、すぐには無理だ。訓練はするとして制御出来る様になるまでの繋ぎをどうするか……。森羅、魔力を封印するのと外部に吸引するのとどちらが良いと思う?」
「外部に吸引の方が天音に負担が掛かりません。封印は解除時に暴走する恐れがありますし、身体も弱くなるのでしない方が良いでしょう」
真也の質問に淀みなく答える森羅。森羅は天音を解析しているので簡単に判断できる。真也は気が付いていないが、解析で得ることが出来る情報は普通の人が耐えられない位莫大な量だ。真也が閲覧する時は森羅が必要な部分だけを表示している。
「となると魔道具を作るか。といってもな、魔石に蓄積させても意味ないしな。大抵は宝石に魔力を溜めるのがお約束なんだが……。金はあるから一応実験してみるか。……いや駄目だ、魔石以外の魔道具素材が無いのを忘れていた。まずい、どうしよう……」
行き詰って頭を抱える真也。新しい事がそんなに簡単に出てくるならば誰も苦労はしない。うなりながら暫く考えたが、全く案が出てこない。
「駄目だ、出てこない。……休憩しよう」
真也はため息をついて思考を止める。何も考えずに街道を眺め、荷車を引く楓と桜を見る。どちらも疲れた様子も無く、決めた速度で走るので順調に日程を消化している。森羅はそんな真也の隣に座って真也を見つめている。
「そういえば初めて魔道具を作ったときも行き詰まったんだよな。あの時は確か魔石の容量が足りなくて全く使い物にならなかったんだっけ。楓と桜のおかげで良い方法が思いついて何とかなったんだったな。一度突破口が見えたら魔力吸収による回復速度増加もすんなり出て……」
真也は最初の苦労を思い出して苦笑していたが、唐突にあることを思いついて独り言を止める。漫画ならば背後に稲妻が走っただろう思考の衝撃が真也を襲う。
「……俺はいつから魔石に込めた概念を発動させるのに魔石の魔力が必要と思っていたんだ?」
「資料にはより高度な概念を発動させるには魔力密度が高くなければならないとあります」
真也の独り言に森羅が答える。それを聞いた真也の中には次々と別の方法が浮かんできた。
「そう、そうだ。最初の資料に書いてあったからそう思ったんだ。そして実験をして電池の様だと感じた。だからか」
真也は真剣な表情でリュックから魔石をひとつ取り出し右手に握りこむ。
「魔石は内蔵電池だ。今までは足りない分を補うために充電時間が短くなるようにして、出来るだけ省エネを実現して更に複数個で回して不足分を補っていた。だから魔力密度が低い魔石には多くの概念を込める事が出来なかった。正確には『多く入れても使い物にならないから入れない』だ。そうなると魔道具を電気機器と考えたとき、その機器を電池以上の出力で動かすためにする事は……」
真也は脳内で設計図を描き、それを概念として握りこんだ魔石に流し込む。込めた概念は『魔力結晶転換』と『発散魔力吸収』だ。
「……AC電源をコンセントに差し込む。電池ではなく発電所から電気の供給を受ければ良い。森羅、この魔石を【解析】していてくれ。それと俺の発散魔力を問題ない程度に解放してほしい」
「分かりました。解析術式起動。魔力制御を緩めます」
森羅が魔力制御を緩めると真也の身体から魔力が強く発散し始める。すると握っていた魔石が淡い光を放ち始めた。
『魔力結晶転換』は魔力密度の研究中に思いついた。その時は魔力量が全く足りずお蔵入りしていた方法だ。原理は吸収した魔力を結晶化して魔石を結晶体に変換していくと言うものだ。必要魔力量が計測できないほど大きい。
『発散魔力吸収』は先程思いついた方法だ。ただの魔力吸収では大気に含まれる分も吸収されて効率が悪い。消したいのは発散魔力なのであえてそれだけに限定して吸収効率を上げる。
「……どうかな、うまくいっているか?」
「はい、魔力結晶転換の発動までは至っていませんが発散魔力の吸収と言う目的は十分達成しています。ただ、このままでは魔石の魔力耐久強度が足りないのでもうじき壊れると思います」
森羅の言葉に真也が魔石を注意して観察すると、徐々に細かいひびが入って来ているのが分かった。驚いてどうしようかと処理に迷っているうちに魔石は一瞬強く輝き、粉々になった。
「今のは崩壊前に障壁で隔離したので大丈夫でしたが、本来は崩壊による魔力暴走で爆発します。今程度でも人ひとりは吹き飛ばす威力が十分あります。この方法は取扱いに難がありそうです」
森羅は何でもない事のように言っているが、人が吹き飛ぶ威力をあっさり封じているのだ。その技量は計り知れない。真也は驚きから立ち直ると再度検討を行う。
「そうだな。危険物を身に着けさせる訳にはいかないからな……。だが考え方はこの方向で合っているはずだ。単純な解決方法は発動まで崩壊しない位耐久強度が高い魔石を使うことだが、今は無いから現実的ではないな」
真也は額を指で叩きながら良い案が無いか考える。
「……よく考えれば今回の魔道具は魔力に対する耐久力が高ければ良いのだから、保有魔力密度は関係ない。となると手持ちで一番耐久力がある物を使って結晶化を任意空間に行うようにしてみるか。ふむ……、なら集めた魔力が外に逃げないように包み込んでそこを結晶化の空間にすれば良いか。ついでに密度がどんどん高くなるように組み込み一定密度で取り外してまた再結晶を行うようにすれば、やり過ぎで爆発することもないだろう。森羅、手持ちで一番魔力耐久強度が高いものはどれになる?」
真也は脳内で設計図を書きながら使える素材を森羅に尋ねると、森羅は首を斜めに傾けて答える。
「現在の手持ちで最も魔力耐久強度の高いものは満月熊の毛皮です。但しこちらはあくまでも皮なので物理強度がどちらかと言うと低い方です。それに珍しいので目立ちます。なので兼ね合いを考えると大牙猪の牙が最適だと思います」
森羅の返答に考え込む真也。言われてみればその通り。物理的に脆いと魔道具としての機能に支障がでる。いくら間に合わせとはいえ丈夫なほうが良い。当然目立つのは論外だ。
「ふむ、では牙で作ろう。大きいから足りない事は無いな。となると多少仕掛けを凝った物にするか。結晶化空間は隠して蓋で開閉出来るようにして、普段はただの装飾の無い腕輪に見えるようにしよう。……こんなものか。森羅、お願い」
「分かりました。改変術式起動」
真也が設計図を作っているうちに森羅がリュックから取り出して用意していた素材が変形して腕輪になった。それを真也は自分の手首にはめて具合を確かめる。森羅は解析担当だ。
「魔力耐久強度は大丈夫です。ただ肌との接触部分が少ないのでその分効率が落ちています」
「……そういえば定番のサイズ自動調整を入れ忘れていたな。消費魔力量を気にしなくても良いのに意識が変わっていないな……。ついでだ、自動修復も追加しよう。……呪い払いと状態異常消去もつけるか」
そうして何度か改良を繰り返して腕輪は一応完成した。出来上がったのは厚みが三cm、長さが五cm程もある、角が無く丸く加工された乳白色の装飾が一切無い腕輪だ。
結晶を収納する部分は腕輪の外周五分の二を占め、上部に蓋を設けて小型の可動金具を使い蓋を跳ね上げる仕掛けにした。蓋の部分は腕輪に一体化しているように加工しているので、よく見ないとどこが蓋か分からない。
その他起動スイッチとして腕輪をはめると魔力の吸収を開始し、外すと停止する様にした。その方が分かりやすいからだ。
今回の腕輪に込めた概念は『発散魔力吸収』『サイズ自動調整』『自動修復』『自動障壁』『呪い払い』『状態異常消去』『空間密閉』『魔力結晶化』『結晶魔力密度増加』だ。前から順番に優先して発動する。普通の素材でこれだけの内容を単独で発動出来る素材はまず見つからない。膨大な魔力の消費が前提なので調子に乗った部分もある。
「これでとりあえず良いな。間に合わせとしては十分だ。両手に付ければ片方ずつ外す事が出来るしな」
「はい、現状はこれで十分間に合います。後は訓練で制御するか違う素材で作れば成長しても大丈夫でしょう」
真也としては間に合わせの品物だが一応装飾品としてそれなりに見えるように加工したつもりだ。みすぼらしいと思われたのでは天音がかわいそうだからだ。
「よし、もうじき昼になるし、良い所で止まってご飯にしよう。楓、桜、と言う訳でよろしく」
楓と桜はその言葉に速度を上げて道を進み、二十分程で休憩場所を発見して停止した。森羅が結界を張って全員で家の中に入る。
居間で本を読んでいた天音は中に入ってきた真也を見て、本を閉じて真也の所に歩いていく。真也は寄ってきた天音の頭を撫でながら、用件を伝える。
「お腹空いただろ、昼食にしよう。後、これをあげる。使い方は腕に付けるだけだ」
「……ありがとうございます」
天音は受け取った腕輪を大事そうに胸に抱いた後、両手に腕輪をはめた。森羅が天音に近づいて腕輪と天音に【解析】魔法をかける。
「間に合わせの物だから壊れても気にしなくて良いよ。森羅、どんな感じだ?」
「大丈夫です。発散魔力は順調に吸収されています。強度も問題ありません」
解析を終えた森羅は真也の肩に戻る。天音は真也と森羅のやり取りを不思議そうに聞いている。
「天音の方も特に具合が悪くなったとかは無いね?」
「はい、大丈夫です」
「それは天音が周囲に発散している魔力を吸収する魔道具だよ。これから魔力の制御方法を覚えるまでは外さないように気を付けること。良いかい?」
「はい、分かりました」
天音は頷いて腕輪を撫でる。真也は蓋の開け方を教えると昼食を作るために森羅と一緒に台所に移動する。天音はその間に食器をコタツに出して準備をする。待っている間、真也に聞かなければならない事を何と切り出すか考えながら待っている。
台所に来た真也は町に居た時に作っておいたうどんをリュックから取り出して茹で、たれを作って準備をする。出汁は釣った魚を森羅の魔法で滅菌してから日光で乾燥させた物を使う。オードの町には干物が売っていなかったので自分で作った。森羅のおかげで腐らないので大分楽に作る事が出来た。醤油は持ってきたものを複製して使う。具は焼豚風味の猪肉と葱モドキだ。醤油以外はこの世界の材料で再現している一品だ。
天音用にフォークを持って居間に戻る。楓と桜にはいつも通り肉の塊を切り分けて与える。いただきますの合図で食べ始める。真也は食事中に天音の視線を感じていたが、見ても視線をそらすのでとりあえず食事を終えてからにしようと食べる方に集中する。
天音は出された物を見てどうやって食べるのか困惑していた。真也と森羅は二本の棒を使って器用に食べている。自分にはフォークが出されていたのでちらちらとこれで良いのかなと真也を見ながら少しずつ食べていく。
やがて食事を終えて食器を片付けてから居間に集合した時、天音が真也に遠慮がちに声を掛けて来た。
「あの……、聞きたい事があります。今良いですか?」
「ん? ああ、良いよ。何かな?」
緊張しているように見える天音に微笑みながら真也は優しく聞こえるように返事をする。
「……あの、名前、何と呼べば良いですか?」
天音はそう言うと顔を微妙に赤らめて下を向く。理由は分かる。今さらな質問だからだ。真也の方はそう言われればとその事に気が付き、考える。
年齢的にお父さんと呼ばれてもおかしくは無いが、真也の一身上の都合で却下する。次はおじさん、お兄さんだが、これも却下する。他人の疑惑の目が向けられる呼び名にするほど神経は太くない。それ以外で身内であることがすぐに分かる呼び方は真也は一つしか思い浮かばなかった。
「そうだな、これから天音には色々教える事になるからお師匠様にしよう。これなら一緒にいても他人から不審に思われることも無いからね」
「はい、分かりました。お師匠様、私を助けて頂き、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
天音は言いそびれていたお礼の言葉をやっと言うことが出来てほっとした。真也はと言うとお師匠様と呼ばれたことに感激して震えている。楓と桜はそんな真也を何となく生ぬるい目で見ているような気がするが気のせいだろう。森羅はもちろんその程度の事は気にしない。
暫くして感動から立ち直った真也が行動開始を宣言する。その声には今まで以上にやる気が込められている。
「よし、問題が解決した所で出発しよう。明日は街道の合流地点に差し掛かるから目立つ荷車を収納して楓と桜に乗って移動することになる。良い所まで到着出来たら野営に入ろう。天音は今日まではこの中で待機して、明日から外に出て移動するからしっかり休んでおくこと。では行動開始」
真也の言葉にそれぞれ頷いてばらけていく。その後は特に何事もなく野営地に到着し、普段通り過ごしてから眠りについた。
森羅は自分以外が寝静まった後に起きだして外に出る。野営地の周りには何人かの人が動いている。野営した当初は離れていたので真也には報告しなかったのだが、時刻が真夜中を過ぎた辺りで近づいてきたので出てきたのだ。野営地には隠蔽結界があるので外部から見つかる事は無い。森羅は大気を操作して会話を拾う。
「おい、本当にこの辺なんだろうな、野営の火も見えねえぞ!」
「信じてくださいよ。この辺りに来た時にパッと消えたんでさ。あれはきっと魔道具を使ったに違いねえですよ。手に入れることが出来れば高く売れますよ。……使えない馬鹿共が」
「馬鹿言ってねえで早く探せ。魔物避けもただじゃねえんだ。せっかく間抜けな商人が街道を自分から外れたんだ。効果が切れる前に荷車ごと奪ってずらかるぞ」
他にも話を聞くが、どう考えても盗賊の類だろうと森羅は結論を出す。そして目的は真也達で間違いない。盗賊の類は滅多に出ないとアランは言っていたが、いないとは言っていない。この盗賊たちは立派な荷車なのに一台だけで街道を外れた『間抜け』を見つけて襲いに来たのだ。中々手際が良いのは疑問だが、今は関係ない。
「……問題ないですね。時空術式、元素術式起動」
森羅は呟くと魔法を発動する。次の瞬間、各々の盗賊を中心に黒い空間が展開し、盗賊達は驚く間もなく消滅する。森羅は空間隔離を行い空間内で盗賊達を焼き尽くしたのだ。森羅は残りがいない事を確かめてから家に戻り、真也の懐で眠りにつく。
森羅にとって魔物も人も、主に危害を加えるならば同列の存在でしかない。主が休んでいる今は、いちいち判断を仰ぐこと無く『処理』を行う。一応真也が目立つことを避けているので、処理しても問題ない者達か確認はしている。
真也ならば危険が無いなら放っておくだろう。殺人を忌避する価値観を持つ者ならば覚悟はしていると言ってもわざわざ殺しに行く事はしない。そして何れ後ろから刺されて殺される事になる。ここはそんな世界だ。
知らないうちに危険が排除されている事を真也が知る時は、おそらくやってこないだろう。




