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第25話 新しい家族

 朝、真也が起きた時にはまだ女の子は眠っていた。森羅にお守りを任せて、起こさない様に台所に行き朝食の準備をしてから女の子を見に寝室に行くと、既に起きていた様で目を開けて真也を見つめてきた。頭上にいる森羅には気が付いていない。真也は女の子に近づいて座り、微笑んで挨拶をする。


「おはよう、身体は動かせるかい?」


 女の子は身体を動かそうとするがうまく力が入らないようだ。女の子は真也を見つめて何か言いたそうにしている。真也が首を傾げると森羅が女の子の口元へ移動して声を聞く。森羅を見た女の子は最初驚いたが、直ぐに落ち着いて小さな声で森羅に用件を伝える。森羅はその後真也の元へ行き耳に口を寄せ囁いてきた。


「トイレに行きたいそうです」


 その報告に何が言いたいのかなと考えていた思考が一瞬固まるが、真也が出来る事など一つしかない。


「……あー、森羅お願いできる?」


「はい、大丈夫です。では行ってきます」


 森羅は魔法で女の子を浮かせると一緒にトイレに向かう。女の子は身体が浮いた事に驚いたが真也と森羅の会話を聞いていたのでされるがままになっている。


 それを見ていた真也は女の子の姿が見えなくなるとため息をついた。いくら小さいとはいえ女の子だから真也には出来る事と出来ない事がある。それにあの女の子は真也の見た限り、こちらの言う事をきちんと理解している様に見える。となるともう羞恥心を持っていてもおかしくはない。というか真也には十分持っている様に見えた。


「……しばらくは森羅に頼むしかないか。しかしこんな所に落とし穴があるとは思わないぞ普通。……森羅がいて良かったよ本当に。まあ嘆いていても始まらない。帰ってきたら食事をして出発だ。楓、桜、今日は昨日遅れた分速度を上げてくれ。ただ、無理はしなくて良いよ」


 楓と桜に指示を出し、日程を変更する。しばらくして戻ってきた女の子に砂糖入り果物ジュースと回復薬を飲ませて寝かしつける。森羅には結界を解除した後は女の子に付いていてもらう事にして、真也は御者席に座り、楓と桜に合図をして出発する。


 今日は晴れていた事と寄り道をしなかったので予定より進んだ所で野営に入った。懸念していた追跡者の姿も見えなかったので、これなら明日からはゆっくり移動できると真也は安堵する。


 女の子の方は回復速度が物凄く速く、夕方頃には一人で動けるようになっていた。真也は内心で驚いていたが顔には出していない。そして元気になるのは良い事だと結論を出し、特に追求する事はしていない。


 動けるくらいになったので食事もスープだが肉系の物を食べさせる事にした。浮いた油は一応取ってある。これで良ければ明日はこの世界の穀物粥にしようと真也は思っている。


 服の方は残念ながら替えが無いので、森羅が元々着ていた服を記録して複製している。調べたら結構良い布だったのでしばらくこれで良いかとなった。見事に男の思考である。食事を終えて風呂に入り、落ち着いたところでいつまでも名前も分かりませんでは具合が悪いので女の子と話をする事にした。


 ちなみに女の子の風呂はもちろん森羅に任せてある。全員で居間に集まり真也と女の子は向かい合わせにふかふかなクッションに座る。真也は胡坐で女の子はぺたんと正座を崩した形だ。森羅と楓と桜は二人の横に並んで座っている。森羅は正座である。全員が位置に付いたところで、真也はまず女の子の状態を再度確認するところから始めた。


「森羅、解析結果に問題はないか?」


「はい、まだ低いですが生命維持に問題ありません。回復速度が常人よりかなり速いので明後日には普通になると思います」


 問題無しとの報告に真也は真面目な顔で頷いて今後の方針を決めていく。その様子を女の子は不安そうに見つめている。


「ふむ、それなら良いか。森羅、俺達の変化を解除してくれ」


「分かりました。変化術式を解除します」


 森羅が魔法を解除すると、真也達に掛けられていた色彩の変化が元に戻り、黒髪黒目の本来の姿が現れた。それを見た女の子は驚いて目を丸く見開いている。変化を解除した理由は、真也としてはこれから一緒にいるのだから隠す必要が無いと判断したからだ。真也は驚いて固まっている女の子に微笑んで優しくゆっくりと話し掛けた。


「まず自己紹介をしよう。俺は最上真也。この小さい子が森羅。こっちの子達が楓と桜だ」


 真也の紹介に森羅はよろしくお願いしますと答え、楓と桜は尻尾を振って答えた。しかし女の子の視線は真也に注がれたままだ。真也はその様子に何か変な事でもしたかと心の中で首を捻ったが、とりあえず切りが良い所まで話を進める事にして、話を続けた。


「それで君の名前を教えて欲しいのだけど、何て名前なのかな? ……って、何で泣いてしがみ付かれているのかな~?」


 女の子は真也の話の途中で突然動いて真也に飛び付いた。そして顔を真也の胸に押し付けてなき始めてしまった。


 真也は女の子の突然の行動に訳が分からなくなっている。飛び付くようにしがみ付かれて泣かれる理由に、何のヒントも無くたどり着けるほど経験豊富では無い。


 ちなみに女の子は今まで自分以外に見た事がない黒髪の『同族』が目の前に突然現れて、優しくされたものだから嬉しくて泣いてしまったのだ。


 補足するとこの世界では黒髪は居ない訳ではないがとても珍しい。女の子としては、今まで自分に優しくない人達は髪の色が違う人達だったので、自分と同じ色を持つ『同族』なら受け入れてもらえると思っていたのだ。もちろんこれは女の子の一方的な思い込みだ。


「ええと、どうすればいいんだ森羅?」


 真也はしがみ付いて離れない女の子の頭を撫でながら森羅に助けを求める。実に情けない姿だが、そんな事で幻滅するような感性を森羅は持ち合わせていない。むしろ頼られて喜ぶ方だ。


「落ち着くまで待つしか無いと思います」


「そ、そうか、それしかないか……」


 森羅の助言?により真也はおとなしく女の子が落ち着くまで頭を撫でながら待つ。やがて落ち着いたのか女の子は顔を上げて真也を見つめる。そこには金色の瞳が光を受けて輝いていた。真也は綺麗な瞳だなと思いながら微笑んで先程の質問を優しく繰り返す。


「名前を教えてもらえるかい?」


「……ないです」


 女の子は顔を真也の胸に埋めて小さく答える。それを聞いた真也は首を傾げて確認する。


「ん? ナイが名前なのかな?」


 真也の問いに首を振り、顔を上げて改めてしっかりと答える。


「名前、ありません。知らないです」


 女の子は答えた後、また真也の胸に顔を埋める。その答えに真也は驚いた。この位の歳なら自分の名前が分からないという事はまず無い。女の子はずいぶんしっかりしているようなので、忘れたと言うのも考え辛い。となると今までこの子の周囲にいた者達は意図的に名前を付けていないと言う事になる。


 それを聞いた真也はこの時点でやっと女の子の綺麗な金色の瞳が、何について書かれていたものに載っていたかを過去の会話と共に思い出した。


(金色の瞳、思い出した。この子は『忌み子』だ。だから名前も付けられずにあんな所に捨てられていたのか。やっぱり胸糞悪くなる話だ。となると近くに居た荷車は関係者か? やはり追いかける事が出来ないようにして正解だったな。……ん? 隔離されて育てられたのに何でこんなに流暢に話せるんだ? 誰も言葉をかけなければ話せる様になるはずがない。この辺りが忌避される原因のひとつなのかもな。まあ良いか。王都に着いたら詳しい資料があるだろうから調べる事にしよう。となると後の懸案は名前か。何が良いかな……)


 真也にとって忌み子と言われても資料の上の存在でしかない。腕の中に居る女の子は言われるような存在には思えないし、呪いの様なものが今現在放たれていれば森羅が気が付かないはずがない。現状で直接的な被害が無い以上、わざわざ忌避する理由にはならない。


 真也は名前が無いなら自分が贈れば良いと考えて女の子を見る。女の子は若干不安そうに真也を見上げている。そんな女の子の頭を微笑みながら撫でていると、唐突に名前を付ける前に確認しなければならない大切な事を聞き忘れていた事を思い出した。


「いくつか確認したい事が有るけれど、言いたくない事は言わなくて良いから出来るだけ答えて欲しい。分かった?」


 真也の優しい問いかけに女の子は無言で頷く。それを見た真也はゆっくりと微笑みながら質問を始める。


「まず、帰る所はあるかい? あれば送っていくよ」


「……無いです」

 

 女の子は悲しげに俯いて首を横に振る。これは真也の予想通り。この子は自分の現状を把握していると真也は確信した。『分からない』ではなく『無い』。普通この位の子供で帰る場所が無いとは言わない。普通は親の居る所が帰る場所だ。


「じゃあ次、俺達と一緒に来ないか? 要するに一緒の家族にならないかと言う事だけれど、どうかな?」


 真也は女の子の頭を優しく撫でながら、わざとこちらから求めている形で質問した。『なっても良い』の場合、女の子は別れる事を選択すると思ったからだ。


 真也の予想では、おそらく今まで要らぬ者として周りに居た人々は接していたと思われる。普通の子供ならどう聞いても大丈夫だろうが、この妙に大人な女の子は真也が同じようになるのを恐れて遠慮するだろうと考えた。


「……良いの?」


 小さな声で女の子は真也を見つめながら尋ねる。真也はもっと優しく微笑んで肯定する。


「当たり前だろ。なって欲しいからそう聞いているんだから。家族になってくれるかい?」


 女の子は小さく頷いて真也に顔を埋めて再び泣き出す。真也は女の子の頭を撫でながら落ち着くのを待って、それから話を切り出す。


「それじゃあ俺から名前を贈らせてもらうけど良いかい?」


 女の子は真也をしばらく見つめていたが、小さく頷いて返事をする。


「……はい」


「よし、じゃあちょっと待ってて。森羅、『これ』を作ってくれないか」


 返事を聞いた真也は脳内で図を描き、森羅に伝える。森羅は頷いてリュックから材料を取り出して【改変】の魔法を用いて一瞬で作成し、真也に渡す。女の子はその様子を驚いた表情で見つめていた。そして真也は受け取った物を女の子に渡す。


「はい、これが君の名前だよ。読み方は『あまね』と読むんだ」


 女の子は受け取った物をじっと見つめている。それは手帳サイズの白い厚紙に花びらが散っている模様の透かしを入れて、黒文字で『天音』と大きく描かれている。表面は汚れないように原料として透明ビニル袋を使用してラミネートの様に処理している。五mm程の厚みにして角は丸くしているので怪我をすることはない。


「それじゃあ天音、これからよろしく」


「はい……、よろしくお願いします」


 天音は受け取ったプレートを胸に大事そうに抱いて、真也に縋り付く。また泣き出しているのを見ながら真也は静かに頭を撫でる。落ち着いた所で森羅に【変化】魔法を全員にかけてもらう。天音は色が変わった自分の髪を不思議そうに見ていた。


「これは目立たない様にするために必要な事だから、気にしないように。こうしておけばいつでも逃げだせるからね。世をうまく生きるための処世術という訳だ。分かった?」


「はい、大丈夫です」


 きちんと理解して天音は返事をする。渡された鏡を見ると真也と同じ金髪碧眼になっている。返事を聞いた真也は、やっぱり理解力が高いと感心していた。


「さて、随分遅い時間になったし、明日もあるからもう寝よう」


 真也は全員を引き連れて寝室に移動して布団を真也用と天音用の二組敷き、トイレを済ませてから眠りにつく。布団は大人用の予備なので天音には大きいが、特に今まで支障は出ていない。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


 真也は大きな問題が解決した安堵感もあり、すぐに意識は闇に飲まれていった。森羅はいつも通り真也の懐で、楓と桜は真也の頭の上と空いている横で眠っている。


 天音は布団に入ったもののまだ興奮して眠れないので、暗い中で自分の名前が書かれたプレートを見つめながら何度も撫でている。天音にとってこれは自分だけの為に作られて、贈ってもらった初めての物だった。


 しばらくそうしていたが、ふと隣の真也を見る。外で出会った時の事は良く覚えていない。朦朧とした意識の中で、温かい何かに縋りついた様な気がするだけだ。意識がはっきりしたのは今朝起きてからだった。不思議な事に他の人から感じていた嫌な感覚を全く覚えなかった。むしろもっと傍に居たいと思ってしまった。今まで生きていて、そんな感覚は初めてだった。


 これは無意識の領域で周囲の情報を読み取り、真也が自分に対して全く忌避感を持っていない事を察知して、生きるために本能が庇護者を求めていたからだが、そんな事は自覚していないから分からない。森羅の【解析】も物質はともかく、本人が自覚していない受動的な能力まで把握する事は困難だ。


 天音はそのままじっと真也を見つめ続ける。初めて自分を受け入れてくれた大切な人。自分を嫌う人達と居た時に想像し、夢見ていたが諦めた『家族』だ。首元には森羅が顔を埋めて眠っている。


「……」


 天音は静かに真也の布団に侵入して腕に抱きつく。そして真也の温かさに安心しながら深い眠りについていく。その寝顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。





 明日からはきっと新しい日が始まるだろう。


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