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第24話 春の旅路

 慌しく過ごした冬も終わり、春になった。あれから何度か打ち合わせを行い、事前に準備する事はほぼ決めてある。後は現地で調整するだけだ。


 アランは一足先に王都へ行き下準備を始めている。ルードとティリナは店を閉めて真也より早く王都に向かっている。真也はというとニフィスのために大量に薬草を採取して渡した後で遅れて出発した。貸家は現状回復して解約してある。きっと次に借りる人は喜んでくれるだろうと笑みを浮かべる真也だった。


 王都までの所要日数は真也の荷車で八日ほどだ。普通の商人は五日程度で行き来するが、資金は渡してあるので真也が急ぐ必要は無い。今は四日目の昼である。道中は時に魔物を狩るために寄り道し、ついでに薬草採取と魔石を補充している。


 アランから最近は魔物の被害が多くなってきていて、襲撃で滅んだ村もあるとの事だったので注意をしていたが、脅威と呼べる魔物には出会わなかった。


 作成した荷車の旅は快適である。家を持って移動しているのだから当然と言える。御者席にいても障壁によって中は快適に保たれているのでまだ寒い春の空気も気にせずに済んでいるが、念のため見られて変に思われないように買っておいた外套を上に着ている。森羅はいつも通り姿を隠して真也の横に座っている。


 すれ違う商人達が楓と桜を見て驚くが、当然だろう。今では更に大きくなって二mを超える大きさになっている。手綱は付けていない。口で言えば通じるからだ。


 たまに同じ方向の商人が追い越していくときに嘲りの表情を浮かべていくが、これは真也の荷車の見た目が商人用なのに対してそれを引く使役魔が黒山犬だからである。商人ならば速度や力を重視して使役魔を選ぶ。貴族なら見栄えだ。


 傍から見れば商人用の荷車に愛玩用の使役魔を付けている様なものだ。要するに商人として時間の使い方も知らない馬鹿者と思われているわけだ。


 ちなみに商業ギルドに加盟していない商人は町に入る際に荷物の検査を受ける。これは税をこの時点である程度徴収するためだ。前回こっそり見ていた時はそちらの支払いが別の場所で行われていたので真也は気が付かなかった。


 商業ギルドに加入していれば税の計算は腕輪が行うので目的を確認するだけで入ることが出来る。禁制品の持込が発覚した時は、洩れなく商業ギルドから制裁が下される。


 その容赦の無さは有名で、罪をなすりつけた相手にも下されるので商業ギルド加盟の商人にそのような罠を仕掛けるものは滅多にいない。馬鹿はどこにでもいるので稀に事案が発生するが大抵すぐ解決するので安心?だ。


 道中そんな視線を受けながら気にすることなく予定通りの日程を進んでいる。雨が降って道がぬかるんでも速度が落ちないのだから狂いようがない。これは森羅が荷車全体を魔法で制御しているからである。


 二日目には初日に真也を嘲りながら追い越していった商人が雨で車輪が溝にはまり立往生している横を普通の速度で駆け抜けてきた。当然助けない。車軸が曲がっていたようなので晴れても追いつかれる事はないだろう。


「やっぱり晴れの日は良いな。視界が良好だから景色も楽しめる。森が道と平行してあるけれど反対側は殆どが平原だから遠くまで見渡せるのは最高だ。さて、もうじき待機所が見えてくるはずだけどどうかな?」


 ちなみに王都までは森の外縁部に街道が整備されている。これは森を突っ切ると強い魔物に出会う可能性が高い事と、もっと平原側にしても危険度はさほど変わらないからだ。そして所々に広い待機所が作られている。普通の旅人は集まってここで夜を明かす事を選択する。


 この呟きを聞いた森羅が、真也が地図を確認する前に答える。


「この速度ですと十分程度で到着します。休憩しますか?」


「もうすぐ昼だしね。丁度良いからそこで食べよう。楓、桜、という事でお願いするよ」


 楓と桜は真也に了解の意思を尻尾を振って伝え、速度を少々上げる。本来使役魔には食事は必要ないのだが、真也がずっと与えているのですっかり食いしん坊になっている。


 しばらくすると待機所が見えたのでそこの中央付近に荷車を入れる。他の待機所にはいつも四台程度は荷車が止まっているのにここには隅の方に走竜が繋がれた屋根付きの走竜車一台しかいなかった。


「おや、ずいぶん空いているな。珍しい。ま、じろじろ見られるのは趣味じゃないから好都合だな」


 そう言いながら御者台から降りる。楓と桜は自分で止め金具を外して出てきている。真也が背伸びをして、さあ昼飯だと思っている所に森羅が声をかける。


「主様、あちらに人がいます」


 森羅の指し示す方向を驚いて確認すると、確かに走竜車のいない方の待機所の端に人が横向きに転がっている。薄汚れた外套から長い黒髪が出ている事と大人にしては小さいので女の子と真也は予想する。


「生きてるの?」


「はい、微弱ですが反応があります。直接接触すれば詳細がわかります」


 真也は視線だけを向けて反対側に一台だけ止まっている走竜車を見るが、真也には人の気配は無い様に見える。


「あれには誰か居ないのか?」


「……います。三人程度でしょうか」


 森羅は【探索】の魔法で調べた結果を伝えた。それを聞いた真也は顎に手を当てて考え込む。先に居るのに気が付いていないとは思えないので、わざと放置しているとしか理由が考え付かない。


「……さて、厄介事の予感がする……が、要らないなら何をしても構わないだろう。念のため調べるか」


 ここに他の誰かが居て何かをしようとしていれば、また対象が大人だったら真也は助けずに見捨てていた。誰かが居るならこの世界の決まりでどうにかするだろうし、大人だったら自己責任だ。真也にとって助ける理由にならない。なんといってもここは街中ではないのだから。


 しかし現状は人が居ても見事に見捨てられている。そして対象は子供だ。こんな所に自力で来る訳がない。それでも元気なら見捨てるが、相手は死に掛けである。理由を確認する事くらいはする。面倒を見るかはそれで決める。今の真也には面倒を見ることが出来るだけの資産があるからだ。


 真也は女の子に近づき膝をついて身体を見る。ぱっと見たところでは六歳位で、着ている服は外套と薄手のワンピースの様な物のみでとても汚い。出ている手足は薄汚れ、垢と泥がこびり付いている。口を力なく開け、浅く呼吸している。髪は黒いが、汚れが酷い。顔と手足を見るにがりがりに痩せているので満足に食事をしていないのだろう。薄く開かれた瞳は太陽の光に金色に輝いている。


 女の子は顔を覗きこんだ真也に弱々しく手を伸ばし、服を掴む。と言うより触れたといった方が良い状態だ。開いた口は僅かに動き、微かに声を出す。


「…………」


 真也には聞こえなかったがこれで十分だった。この状態で言う言葉はだいたい決まっている。そして現状に何の不足もなく、助ける事が出来るだけの余裕がある状態で、自力で生きる事が出来ない子供が助けを求めたのだから、自分の出来る範囲でそれに答えたいと思った。


 ただ、その状態にある大人は驚くほど少ないものだ。普通に生活していれば確実にその状態にはならない。だからもし誰かが同じような子供を見捨てても真也は非難しない。共倒れはどちらも不幸になるだけだからだ。


 今の真也なら一人くらいは育てる事が出来る。もしこれ以降で同じ境遇の子が居ても真也は助けない。なぜならもう守らなければいけない者がいるからだ。人を安易に面倒を見ようと思うほど真也は正義感に溢れていない。この女の子は意図した事ではなくても自分で『生きる』事を選択した。だから助ける。


「森羅、この子に最大で【浄化】を掛けてくれ。その後普通の【浄化】を掛け続ける事。それと【解析】して現状を教えてくれ。後は荷車に乗ったら御者席に俺の幻影を投射する事。最後にあの走竜車が追いかけてきたら事故に見せかけて足止めしてくれ。楓、桜、予定変更、出発だ。よさげな野営場所があったら道をそれて隠蔽結界を展開してくれ」


 真也の命令に楓と桜は即座に引き返し、森羅は頷いて魔法を連続して女の子に行使する。


「了解、解析術式、幻影術式起動、浄化術式最大起動、……完了。効果永続でかけ続けます。栄養失調と脱水症状、後は疲労が主な原因のようです。大分弱っているので早急な体力回復の処置が必要です。それと呪いのような悪意が纏わりついていましたが【浄化】で消去済みです」


 森羅の魔法でまばゆい光に包まれた女の子は、光が収まると垢や汚れが浄化されて綺麗な状態になった。その光は外から見えないように上手に隠されている。その女の子を真也は両手で担ぎ上げて荷車に走って戻る。楓と桜は既に準備を終えている。真也が荷車の中に入ると森羅が御者席に真也の幻影を生み出す。それを確認した楓と桜は荷車を動かして街道に戻り、速度を上げて進み始めた。


 真也の荷車が動き出すと、奥に居た走竜車から慌てて人が出てきて真也達を追いかける様に動き始めた。それを【探索】魔法で感知していた森羅は、命令通り車軸の継ぎ目を【時空】魔法で急速に劣化させた。たとえ見えなくても予め認識していればこの程度は片手間で処理出来る様になっている。


 結果として、追いかけ始めた走竜車は待機所を出る辺りで車軸が折れ、追いかける事が出来なくなり真也達を見失った。もちろん人為的に行われたとは気が付かなかった。その後、真也達は順調に道を進んだ。途中すれ違う者が何人かいたが誰も真也達を怪しむ者はいなかった。


 家の中に入った真也は女の子の外套を取り去り布団を出して寝かせる。戻ってきた森羅に看病をお願いして真也はリュックを持って台所に行き砂糖水を作成する。出来た砂糖水に塩を少し入れてハンカチとニフィスの所で購入した回復薬を持って戻る。


 横に座って抱き上げ、腿の上に横抱きしてハンカチに砂糖水を湿らせて女の子の口に持っていく。僅かずつだが口に含む事が出来た様なので、回復薬と砂糖水を交互に含ませる事を繰り返し行う。しばらくすると女の子は真也の腕の中で眠りに付いた。どちらかというと気絶したような落ち方だった。


「森羅、解析結果は?」


「異常はありますが生命力の低下は緩やかになりました。栄養と水を僅かですが補給したので見つけた時より回復しています。このまま目覚めない程ではないので、次に目を覚ました時に補給を行えば安全域まで到達すると思います」


「そうか、まだ安心は出来ないが焦る程でも無いと言ったところか。最初の状態が酷かったから心配したけれど、まだ猶予があったと言う事だな。……ところで、砂糖水と回復薬はどっちが効いていたか分かった?」


 真也はその報告に安堵して手に持っていた道具を床に置く。栄養補給と脱水症状改善のため砂糖水を飲ませたが、魔法の産物である回復薬はどうだろうと思いついて一緒に飲ませたのだ。ただ効果が分からないので解析していた森羅に尋ねたと言う訳だ。


「どちらも重要です。例えですが、砂糖水は生命力の最大値を少しずつ回復させ、回復薬は生命力の量を急激に回復させました。片方では減少に対して追いつかなかった可能性がありました」


「なるほど、偶然とはいえ最善手を打った訳か。さすが俺。冗談は置いといて、こりゃ魔法薬も研究対象にしたほうが良いかもな。効果がいまいち分からないのは気分が悪い」


 真也は女の子を布団に寝かすと背伸びをして、外を見に行く事にした。そろそろ野営している頃だろうと思ったのだ。


「森羅、野営地の結界はまだだろ?」


「はい、今は楓と桜が代用しているはずです」


 それを確認するために二人で外に出る。外は既に暗くなり始めていて、荷車は街道からそれた所で停車していた。楓と桜は荷車から離れて周囲に結界を張っている。


「楓、桜、ありがとう、もう良いよ。後は森羅が結界を張るから中で休んで」


 周囲を警戒していた楓と桜は、真也の指示を聞いて結界を解除すると身体を魔法で小さくしてから荷車の中に入る。楓と桜の魔法の腕前も随分上がっている。森羅はその後に結界を周囲に張り巡らせて中に入った。


 軽く食事と風呂を済ませて、真也は砂糖水と回復薬を追加で準備してから女の子の隣に布団を敷いて横になる。


「森羅、申し訳ないけどこの子を見ていてくれるかな。この子が気が付いたら起こして。栄養を補給するから」


 まだ時間は早いが今夜は満足に眠れないだろうと予想して、真也は細切れでも眠る事にした。


「分かりました。主様、お休みなさい」


「ああ、お休み」


 真也は目を閉じるとすぐに意識は眠りに付いた。その後何度か夜中に目を覚ました女の子に栄養を補給し、都度眠りに付く。その甲斐もあって朝になる少し前には女の子の容態は安定していた。


 解析結果から次の食事からは自分で直接摂取出来るだろうと森羅は診断している。その報告にほっと胸を撫で下ろした真也だった。


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