第23話 決断
「……はあ」
「……ふう」
「いや、二人ともなに落ち込んでいるんですか。まだ時間はあるんですから希望は持ちましょうよ」
今は冬の真っ只中、真也達の服装も冬仕様になっている。ルードとティリナが落ち込んでいる原因は、真也が春になったら町を出る事を伝えたからだ。
ちなみに従業員はまだ見つかっていない。なので今でもそれなりに忙しいのに真也が抜けて二人になったら回せなくなる事は確実だ。
「とはいってもよ、半年求人を出して全く見つからないんだぜ? 今更来ると思えるか?」
「そうですよね。本当に見つかるんでしょうか」
二人はそう言うと揃って下を向きため息をつく。真也もまさかここまで来ないとは思わなかったから困っている。足元では真也謹製のファンヒーター位の大きさの温風魔道具が部屋の空気を一定温度に暖めている。これも今では商業ギルドで売り出されている。
通常の暖房は魔石に火の概念を込めてそれを各所に設置するのが一般的だ。効率も良いのでそこらにある魔石で十分熱量を確保できる。
暖房魔道具は誰にでも作れるので売る気は全く無かったが、ルードの店は服屋であり火気厳禁なので温風式を設置したのだ。温風式なら熱源部分が露出せず、風によって空気が攪拌されるので隅に置いても全体を暖める事が出来る。これにも凝り性を発揮して風量調整と温度管理をついでに組み込んだ。
そうしたら設置されている物を見た客が商業ギルドの方に出来たら売ってくれと言って来たのだ。その客はこの店の明かりと冷房が後で商業ギルドから販売されたので、またこれも販売されるのだろうと予約に行ったのだ。
寝耳に水だったのは対応したアランである。丁度受付に出てきた時に魔道具販売と言う事で聞く事になった。いつの間にか担当になってしまったのはご愛嬌だろう。
その場は何とか誤魔化して、いつもの契約書を作ると同僚に後を頼み急いでルードの店に急行した。まだ氷が張る前だったので転ぶことなく店に到着し、そこに居た真也ににこやかな顔で近づいた。
真也は『実に良い笑顔』で近づいてくるアランに恐怖した。逃げなかった事について後で自分を褒めたのは内緒だ。最近はおとなしくしていたし、何かやらかしたっけと危うく何も無いのに土下座するところだった。
店に来たアランは暖房魔道具を見て即座に販売を決断し、契約をその場で交わした。アランも慣れたものである。その場でいくつか納品してもらい、製法も買い取った。分配はいつも通りである。
そのような経緯で発売された暖房魔道具は作りもいたって簡単で、冷房を作った魔道具職人からすれば考えは同じなのですぐ量産された。
かなり売れてまたもや真也の懐は暖かくなった。何故こんな簡単なものが売れたのか真也にはまたしても分からなかった。既存の暖房と風を組み合わせれば同じものが出来るのにと。
答えは手間である。確かに今までもその組み合わせで暖房している所はあった。だが温度調整など出来ないから暑くなったら減らし、寒くなったら増やして管理していた。そもそも大量に入った魔石は重いのだ。
そこに登場したのが真也謹製温風式暖房魔道具である。その温度管理の手軽さと安さであっという間に大人気になった。なんせ置くだけで調度良い温度に固定してくれる。真也にとって当たり前でもこの世界では当たり前ではない一例であった。
それはさておき、落ち込んでいる二人をどうしようと頭を抱えている真也の耳にコンコンと店の扉が叩かれる音が聞こえてきた。これ幸いと飛びつき、扉を開けるとそこには爽やかな笑顔のアランが立っていた。
「ところで、この状況はいったい何なのでしょう」
アランは席に着くと落ち込んでいる二人を見て真也に尋ねる。真也としては笑うしか無い。
「いえ、私が春になったらこの町を出る事を伝えただけです」
「だけじゃねえぜ」
「だけじゃないです」
落ち込みながらも二人とも突っ込む事は忘れない。
「この店がここまで繁盛出来たのもお前のおかげだ。そんなお前と別れるかと思うと……」
「そうですよ。沢山教えて頂いた事にまだ何のお返しもしていないのに……」
ルードとティリナはそろって俯きため息をつく。その息の合った様子に、もう結婚しても良いんじゃないかと真也は思う。ともかくこれではいけないと真也はアランに話しかける。
「アランさん、求人のほうは相変わらずですか?」
「そうですね。さすがにギルドの仲介でいい加減な人物を出すわけにも行かないので。ところでノルさんはこの町を出てからどちらに行くおつもりですか? 差し支えなければ教えて頂きたいのですが」
アランは真面目に答え、にこやかに質問してくる。その言葉に真也は契約もあるし、困る訳でもないから教える事にした。
「この国の王都に行こうと思っています。あそこなら色々資料もあるでしょうし、周りに魔物も沢山いますから」
何故王都の周囲に魔物が多いかと言うと、元々この国の国民は他所から逃げてきた者達が建国した背景がある。追っ手に見つからないように魔物が多いところに逃げてひっそりと建国を宣言したのが約千年前である。
今ではそれなりに大きな国になったが、口の悪い国はこの国を罪人の国と嘲ることがある。ちなみにこの国は現在大陸で一番歴史が有る国である。二番目は五百年と大差を付けられているので貶める輩が絶えないのだ。
アランは真也の回答に少しの間考え込み、再び笑みを浮かべる。
「おや、そうなのですか。……それでしたらルードさんの事も含めて提案があるのですが、聞いて頂けますか?」
「それが今日の訪問の目的ですか?」
真也の問いにアランは頷く。ルードとティリナも顔を上げ、真剣に聞くために椅子にきちんと座り直す。それを確認してからアランは話し始めた。
「実は私は今度の春から王都に異動することになりました。その事を伝えて今後の事を話そうと思っていたのですが、ノルさんの方は解決しました」
アランは笑みを浮かべて真也を見る。真也も同じく笑う。確かに解決している。
「それはおめでとうございます」
「ええ、今回の魔道具販売の功績が認められまして。ノルさんのおかげです。ありがとうございます」
「いえ、こちらも利益がありましたのでお互い様ですよ」
真也とアランは笑い合う。実際今まで真也の事がばれずにいるのもアランの力だと真也は思っている。
「それでですね、ルードさんの方に提案なのですが、はっきり言ってこの町ではルードさんが求める人材は来ないと思うので、いっそのこと王都に店を構えないかという事なのです。どうでしょうか」
にこやかにアランから話を振られたルードは驚いていたが、やがて困った顔をした。
「せっかくここまで繁盛している店を畳んで王都で同じくらい繁盛出来るのか? 言っておくがこの町と違って俺以上の職人は沢山いるぞ。それに王都は賃料が高い。とても払えんよ」
ルードの不安を聞いたアランは実に良い笑みを浮かべてルードを見る。それを見ている真也は『終わったな』と心の中で呟いた。凄腕のアランに純真なルードが太刀打ち出来る訳が無い。心の中で合掌しながら観察を続ける。
「大丈夫ですよ。まず賃料は私の権限で安く出来ます。さすがにここ以上にはなりますが十分支払える範囲に収めます。後は繁盛すれば私がもし居なくなっても大丈夫でしょう」
「だからな、王都には俺以上の職人が沢山居るんだよ。どうやって繁盛させる事が出来るんだ?」
ルードは再び疑問を投げかける。ルードの不安の元は、自分程度の腕では以前の店の再現になると言う恐怖から来ている。そんなルードにアランは変わらない笑顔で爆弾を投下した。
「実は今の王都には腕利きの服飾職人が居ないのです。ですので十分勝算はあります」
「ちょ、ちょっとまて。何で居ないんだ? 三年前まで普通にいたぞ? 何があったんだ?」
ルードが慌てて声を出す。真也もこの情報には驚いた。いったい何があったのかとアランの説明を待つ。アランは真剣な表情になり声音も重いものに変える。
「実は二年ほど前に大手服飾店同士でどちらがより格式ある店かという下らない争いがありまして、他の店を巻き込んで潰しあいをしたんです。その結果、利益だけを見た見栄えばかりの服が氾濫し、欲の無い腕の良い職人はどんどん潰されるか嫌気がさして引退していきまして、残ったのは服作りより金勘定が得意な者ばかりになってしまったんです」
何とも馬鹿な事をしていると、この場の誰もが思った。利益も大事だが技術を無駄の一言で廃れさせたら元には戻らないというのに、欲に目が眩んだ者には分からないらしい。
確かに腕の良い職人は採算を度外視する傾向があるのである程度抑える必要があるが、それにも限度というものはある。何でも削減すれば良い訳ではない。
その話を聞いたルードは腕組みをして真剣な表情で考え始める。そんなルードを見ながら、真也は詳細をアランに尋ねていく。
「アランさん、何故商業ギルドは二年間もそんな馬鹿者達を放って置くのですか? 被害はかなりの金額だと思うのですが」
「商業ギルドが直接戦争を仕掛けた場合、長い目で見ると商業活動が停滞するからです。今回の件は言うなれば各店舗の争いに過ぎないので、ギルドが干渉する訳にはいかなかったのです」
真也の疑問にアランは即座に答える。確かにその通りだ。権力者がいちいち凄んでいたら誰もその部分に触らなくなる。そうすれば後は停滞する未来しかない。物事が活性化するためには緩やかな規制が一番なのだ。駄目だ駄目だばかりになれば新しい事を考えた者すら弾く様になり始め、その産業は成長しなくなり終わるだろう。真也はアランの答えに納得した。
「なるほど、それは分かりました。ですが先程の提案には問題があります。はっきり言ってルードさんにはその手の才能はありません。戦争を仕掛けられたら一発で潰されてしまいます」
真也の言葉に落ち込むルード。その通りと自覚している事でも直接言われるとへこむものだ。そんなルードをティリナが懸命に励ましている。
真也としては心を鬼にしてもこの点はうやむやには出来ない。真っ直ぐなルードでは足元に穴を掘られた事に気が付かないで進み続け、落とされるのが分かりきった事だからだ。
「分かっています。なのでノルさんがオーナーにならないかと思いまして」
「……私がですか? 私は表で目立ちたくは無いのですが」
アランの提案に真也は驚く。いきなりオーナーになれと言われても大変困る。目立てば災難を呼び寄せるからだ。そんな真也にアランは微笑む。
「その辺は大丈夫です。貴族が職人に資金を出している所は結構あります。資金の流れはギルドにしか分からないので誰が後ろにいるか分からなく出来ます。もちろんギルドが洩らす事はありません」
「つまり、店はルードさんが持つが、私がルードさんに融資することで経営に口出しする権利をもらうという事ですか」
つまり株式会社のようなものだと真也は認識した。
「そうですね、その通りです。それに今ならまだ引退した職人を呼び戻せます。おそらくあと一年経てば完全に見切りをつけて別な職業に就くでしょう」
「まだ馬鹿な事をしているのですか?」
「ええ、相変わらずだそうです。今はやめた職人は商業ギルドの下請けで働いているのですが、腕に見合う満足な給料は出せないのが現状です。ギルドとしても負担が大きいのでどうにかしろと何故か私に話が回ってきたので困っていたのです」
アランらしいと真也は思う。利用はするが相手の利益も忘れない。つまりアランは真也が居なくなればルードは店を回せなくなるから一緒に王都で店を開かないかと言っている。ついでに商業ギルドの厄介事も解決する算段だ。
「その馬鹿な店は商業ギルド未加入という事で良いのですね。あとはその店の後ろに貴族などの厄介事は無いのですか?」
「はい。その通りです。加盟店を潰されてお偉い方はカンカンだそうです。背後関係も大丈夫です。誰にも縛られていないからここまで馬鹿が出来ます。貴族の支援する店にも損害を与えているので貴族が動く前に潰さないとまずいのです。そのため正面切ってギルドが動くのは出来ませんが、流石に限度があるのでどこかの店に裏から手を貸そうと言う事になりました」
後ろ盾が貴族の店は商業ギルドに加盟出来ない。これは商業ギルドが元々小さい商店の互助組織として始まったものだからだ。商業ギルドの加盟店と貴族の店が争った場合は双方何もしないという暗黙の了解がある。実力で勝負しろと言う訳だ。
ところが今回はどちらにも所属しない老舗が原因となっている。見栄が大事な貴族は勝負に負けたからと相手に報復すれば社交界の恥さらしとなるので普通何もしないが、現在進行形で争っているなら痺れを切らす可能性がある。なんせ二年経っているのだ。損害を与えられ続けている貴族が面白いと思っている訳が無い。
後ろ盾の貴族の規模によるが、介入されると商業ギルドまでとばっちりを受けかねないので、動く前に解決する必要がある。弱小貴族でも侮ってはいけない。『貴族』を侮る者を同じ貴族は許さないのだから。
アランの言葉によると、今回はギルドの全面支援が期待出来ると言う事になる。面倒な背後関係も無い。真也としては巻き込まれたくないので切り捨てても良いが、せっかく築いたアランとルードとの良好な関係を捨てるのは惜しい。捨てるのは実害が発生してからでも遅くは無いと考えた。
「……ルードさんが王都に行くことを了承するなら、オーナーを引き受けましょう。どうですか、ルードさん」
「……なあ、アランよ、その争っている店の名前は何て言うんだ?」
今まで黙って聞いていたルードがアランに静かに質問する。声は落ち着いているがその顔はいつに無く真剣だ。
「ローラス服店とイハール服店です」
アランの返答にルードは腕を組んだまま目を瞑りしばらく考える。そして『カッ!』と言う音が聞こえそうな勢いで目を開くとこれまた勢い良く立ち上がり、右手を握り締め天井に突き上げる。
「王都に行く。これ以上先代の名を辱める訳にはいかねえからな! この俺が馬鹿野郎に引導を渡してやる!」
その勢いに何故か拍手をするティリナ。その目はルードを見て『かっこいい』と語っている。やはり相性は抜群だ。それを見ている真也とアランは苦笑に近い笑みを浮かべている。ちなみにローラス服店がルードが修行した店である。
全員の意思が統一された所で真也が今後について纏める。
「では春に向けて動き出しましょう。王都についてからすぐに店を開ける訳では無いので貯金は多めにしておいてください。おそらく開店は初夏になると思います。会計を分かりやすくするために店の資金は私が出しますのでルードさん達は生活費を準備して下さい。王都の細かい事はアランさんにお願いします」
「わかった」
「わかりました」
「よろしくお願いします」
ルード、ティリナ、アランがそれぞれ答え、動き出す。真也は静かに暮らしたかったんだがなと思いながらも、やると決めたからには徹底的にやる事を決める。
と言っても目立たず、こっそりの方針は継続する予定だ。しかし、おそらく守られる事はないだろう。騒動はいつも向こうからやって来るのだから。
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