第21話 知られざる功労者
あの後、真也は懸命に拝み倒して楓と桜に許してもらった。その姿はまさしく駄目亭主のようだった。現在の時刻は商業ギルドとの商談を終えた日の午後である。
実は謝る真也の後ろで、追いかけて来た森羅が楓と桜に身振りで機嫌を直すようにと伝えていた。楓と桜にとって小さい頃から世話をしてくれている森羅は親みたいな存在なので、言う事を聞くのに抵抗は無い。その事に真也はもちろん気が付いていない。当然森羅もわざわざ言う事はしない。
そんな事が有り、真也は楓と桜のご機嫌をとるための豪勢な昼食を終えた後、早速遊びを兼ねた狩とついでに素材採取を行うために虫の森に来たのだ。
ここは探索者が滅多に来ない上に薬草や魔石が豊富で他の場所より単位時間あたりの金銭効率が高く、町からも近いので真也の主な採取場所となってる。
当然防御等は森羅が全て行い、真也は基本立っているだけだ。楓と桜は連れ立って狩りに行っている。今はどちらも魔法の腕が上がり、この辺りの魔物では傷一つ負わない位になっている。
試しに真也が空間収納の魔法の概念を楓と桜に教えた所、見事に自分の影の中に空間を作る事に成功した。これによって狩った獲物を楽に運ぶ事が出来るようになった。
参考までに普通の黒山犬はここまで賢くない。真也との繋がりと命名された事によって著しく成長しているのだ。もちろん真也は気が付いていない。気が付いても気にしないが。
「お、魔石見っけ。ふむ、やっぱり魔石の分布には一定の偏りがあるな。それに一度全部採取した場所でも一週間程度で表面に転がっているようになる。生えてくる訳でも無かろうに、いったいどんな原理で出て来ているんだ?」
真也は採取した魔石を弄りながら疑問を口にする。
「推測ですが、魔石は世界に漂う魔力が定着したものとした場合、一定時間あれば再び出現するのは不思議な事ではありません。
現在までの分布を見ると魔物が多く棲む場所により多く存在しています。魔石と一括りにしていますが材質は一定ではないので、定着する物質によって密度が異なるものになるのではないかと思われます。
それと薬草類の分布も似たような傾向があります。おそらく地中の魔力濃度の違いが生育の違いとして現れるのではないかと考えられます」
森羅の返答に真也は成程と頷いて採取を続行する。魔石は商業ギルドと提携したのでいくらあっても困らない。リュックにいくらでも収納出来るので置き場所に困る事も無い。
「と言う事は魔力密度の高い材質のみで構成されていれば、より密度の高い魔石が出来る訳か。森羅、魔石を粉にして材質ごとに分類した場合は核として使えるのか?」
「使えません。粉にした時点で魔力が拡散してしまいます。おそらく魔石となった時点で繋がりが出来ているのだと思われます。そのため一定の大きさ以下になると魔力を維持出来なくなるようです。【改変】を使用した時点で選り分ける事は可能ですが、分量的に効率が悪くなるだけだと思います」
真也はその言葉にがっかりした。もし効率良く抽出出来るのならば普通の魔石を原料にして密度の高い物が作成出来るからだ。ちなみに真也は【改変】の魔法で材質を変更することを禁止している。何故かと言うと、そのうち必ず調子に乗って暴走するからだ。木材を良質な物にしたり、化学変化で出来るものは禁止していないが、例えば石ころを金塊に変えたりする事はしない。
現在人工魔石の技術は真也の知っている範囲では存在しないので自己満足のために研究を続けているのだ。もちろん成功しても公開する気は一切無い。今のところはと但し書きが付くが。
「資料によると宝石など優秀な魔石として採掘された事のある物を、同じ場所に埋めても魔石にならないらしいし、研究者も少ないから一向に解明される事がない。……本当に中途半端に満足出来る環境があると発展しないんだな。まあいいか、関係ない事だし」
この世界に貢献する気が無い真也はあっさり見捨てる。満足しているのだから良いだろうと言う訳だ。
「それにしても、この辺りではもう珍しいものが見つからなくなったな。魔物素材で核に出来るものは熊以外ではもっと強い魔物のようだし、そもそも人里近郊にいないから手に入れる事も出来ないな。素材採取はあくまでも生活のためだし、今の所人里を離れて一人で暮らす理由も無いからな。まあ魔道具作成は趣味みたいなものだし、良いか」
真也の独り言を森羅は黙って聞いている。今では自分の推測を自主的に話すようになっているが基本的には静かにしている。
こうして真也が考えている間も森羅は周囲を警戒し、寄って来る魔物を真也が知らないうちに倒して素材をリュックに収納している。収納口は都度下ろして入れるのが面倒という理由で探索中は常に開放され、森羅が入れる事になっている。リュックは真也の背中に背負われているし、入れても重量が変化しないので真也は気が付かないのだ。
なのでリュックの中には真也が認識している以上の素材が詰め込まれている。ますます駄目亭主ぶりに磨きが掛かっているように感じるが、たぶん気のせいだろう。
「主様、楓と桜が帰ってきました」
真也が森羅の指し示す方向を見るともう目の前まで来ていた。来るまでに物音ひとつ立てないのだからある意味恐ろしい。楓と桜は影から獲物を取り出し山積みにする。その目は『褒めて』と訴えている。
「おお、さすがだなお前達。これからも頼りにしているぞ」
そう言いながら楓と桜の頭を真也は撫でる。両者の尻尾はブンブンと振るわれている。森羅はその間に素材を分類して収納し、余りは埋めた。
「……さて、戦果も上々と言う事だから、そろそろ……、別のところに行って訓練でもするか!」
午前中の商談でかなり疲れたので、そろそろ帰りたかった真也はそう言おうとしたところ、楓と桜に悲しそうに見つめられて行動の選択を余儀なくされる。優秀な女性は言葉ではなく目で男を操るとは誰の言葉だったろう。ちなみにもっと優秀な女性はそもそも操られていると男に認識すらさせない。
果して駄目亭主の真也に明るい未来はあるのだろうか。
夕方近くまで訓練?をしていた真也達は家に帰る途中で木材と鉄鉱石を多めに購入した。ついでに既存の荷車を観察し、参考資料として高い魔力密度の魔石を一つ購入する。町に居る間は楓と桜には隠蔽障壁を掛けているので目立つことは無い。
家に到着していつも通り魔物肉入りの食事を済ませる。毎日食べているので大分力が付いている。試す機会がそんなに無いのと上昇が緩やかなので真也は自覚していない。森羅は知っているが、身体能力が上昇すると前に伝えてあるので都度報告したりはしない。楓と桜も食べているので普通の成長以上の力を身につけている。
そもそも探索者と言えど精々週一回食べる事が出来れば良い方なのだから、毎回の食事で食べている真也達の方が変なのだ。
食事と風呂を終わらせて居間に集合する。遅い時間なら寝室だが今日はまだ早いので真也は居間で作業することにしたのだ。
「さて、そろそろ次に移動する算段を始めるか。……来年の春かな、ルードさんの店もあるし、魔道具の事もある。その位には落ち着くだろうからそのつもりでいるか。
そうなると移動手段を考えなければな。歩きは遅いし疲れる。と言う訳で楓と桜に荷車を引いてもらいたいのだがどうだろう? 嫌なら別の使役魔を捕ってくるけど」
真也は楓と桜に確認する。最初からそのつもりで使役魔を獲得したのだから、そのまま何も聞かずに引かせても良かったが、楓と桜があまりにも賢いので嫌なら別の使役魔を見繕うかと思っている。
楓と桜は躊躇無く尻尾を振って了承の意思を返す。ご主人様の意向に逆らう気も無いが、何よりこれ以上増えればご主人様が構ってくれる時間が更に減る……と考えたかは定かではないが、大丈夫の様なので真也はそれで荷車を設計することにする。
基本構造は『技の礎』に記載してあるので悩むことは無い。まずは大きさを決める。これは寝泊りすることを考えると大きなものにしたいが、あまり大きいと目立ってしまう。
「森羅、収納バッグのような空間拡張は生命体は駄目だっけ?」
「いえ、収納バッグの場合、ある程度以上の生命が駄目なのは時間停止を含むからです。物質は問題なくても精神は耐えられない様です。理由は不明です」
「森羅が入っても無理なの?」
「私は中に入ると生命体ではありませんので時間停止の影響を受けてしまいます」
真也の質問にいつも通り答える森羅。言われるまで忘れていたが、そういえば森羅は本だったと質問したことを真也は後悔した。森羅自身は気にしていない。元からそう言う存在と自身を認識しているからだ。真也は謝るのも変なので話題を進める事にする。
「……ええと、と言うことは空間拡張のみならば問題ないと言う事で良いのかな?」
「はい、荷車そのものを拡張する場合は内部の材質に気を使う必要があります。そうなると実用的ではないので、あらかじめ作成した空間の入口を荷車の出入り口に設定するほうが楽だと思います。拡張空間は一定密度以上の魔石があれば維持出来ます。残念ながら明かりの様に切り替えることは出来ませんから、この部分に関しては出費が必要です。万が一核が破壊されてしまった場合は出口から押し出されます」
「なるほど、じゃあこの買ってきた魔石で足りるかな?」
真也は今日購入した魔石を森羅に示す。これで駄目なら拡張は一時棚上げする事になる。森羅は魔石を解析して今までの情報から作成出来る大きさを算出する。
「この位ですと大体一辺五m程度の空間が設定可能です。空間拡張以外を設定した場合はそれに合わせて小さくなります」
「拡張空間内に別の魔道具を起動させる事は問題無いかい?」
閉鎖された空間に魔道具を設置しても魔力を補給出来ないのであれば、そのうち使えなくなるので意味が無い。
「大丈夫です。作成した空間も世界の一部なので、世界に満ちる魔力は問題無く循環します。意図的に遮断しない限り無くなる事はありません」
真也は森羅の回答で空間拡張の魔道具内に各種生命維持に必要な魔道具を入れる事にする。風呂と台所とトイレは今の所は魔法で片付ける。どう考えても魔石で高くつくからだ。
さて、この世界でも収納バッグとして多く利用されている空間拡張技術を建物に利用しない訳が無く、当然過去に同じ発想の元作成された事がある。結果は大失敗。理由は閉鎖空間と通常空間の違いが分からなかったから。
通常空間では内部で熱が発生しても時間が経てば壁や隙間を伝わって外気温と同じになる。閉鎖空間は熱の逃げ場が存在しないので上昇すればそのままの温度が保たれる。氷を作り出しても焼け石に水だ。明かりのためのランプや人の体温は気が付きにくいが意外に熱量は大きい。結果として上昇し続ける室温に耐えられなくなり、失敗となった。これが一つ。
もう一つが酸欠である。現代人ならば当たり前の知識もこちらではそうではない。経験則として分かってはいるが理由までは分からない。最初何事も無く過ごしていたのに徐々に息苦しくなり、気が付いた時には身体が動かなくなっていて逃げ出せずに死亡する例が多発したため、空間拡張技術は入れ物のみに用いられる事になったのである。
真也はそれを知っていて生命維持を組み込もうと思った訳ではない。単に快適な空間を常に作りたかったという事と、万が一外に毒などが充満したとき中で安全に過ごせる様にと考えたのだ。考えていなくても症状が出れば気付いたはずだが、既にその可能性は潰されていて気が付かないので、自分がやろうとしている事がどの程度の物なのかを把握出来ない。これでまた見せることが出来ない品物が誕生することになった。
「それなら中身はどうとでもなるから荷台の屋根は幌屋根で良いか。人数も四人分程度の容積にして、後ろの荷台は偽物にしておこう。
御者の所にはきちんとした屋根をつけて左右正面に風雨をしのぐ障壁を付ける。その後ろに入口を付ければ御者をしていてもそのまま空間内に入ることが出来る。となるとお決まりの振動軽減も御者席だけで済むな。
ふむ、検問と泥棒対策として入口に魔道具で鍵を付けるか。普通に開けると御者用の寝台が出るようにすれば大丈夫だな。音声だと聞かれてしまうから指紋認証のようなものにするか。森羅、自由登録型の魔道具は作れると思うか?」
「現状では作成時の事前登録が精々だと思われます。主様が言われた事を行う場合はコンピュータのような構成にしなければ出来ないと推測します。そうなりますと魔力密度の大きいものでなければかなり巨大なものになります」
森羅の答えに真也は黎明期のパソコンはとにかく巨大だったと納得する。
「ふむ、そうなると空間拡張の方に直接組み込むより鍵と空間拡張の二つに分けたほうが良さそうだ。そうすれば増えた場合や変更する場合に鍵だけ取り替えれば済むからな。空間拡張と鍵との間のやり取りは人が認識出来ない物にすれば真似されることもない。よし、これで行こう」
真也は忘れていたがこの家にも魔道具の鍵が施されているのである。種類は違うが、考えることは皆同じという事だ。
「後は何が有ったかな……。タイヤでも付けるか、素材のあては有るし、難しい事でもないだろうからこの程度は公開しても良いだろう。そうとなれば実験しよう」
真也はリュックからこの世界における不人気素材であるまだら鬼蜘蛛の糸袋を取り出す。この世界の蜘蛛は糸の原料を液体の状態で袋に保管している。この液体は空気に触れると硬化するので糸を取り出す時は針で穴を開けて搾り出すと糸状に硬化するのだ。この素材の特徴は水を弾き、色褪せない。丈夫で実は弾力も硬化ゴム程ある。それに結構大きい。要するに何と反応して硬化するかが分かればその用途はもっと広くなる素材なのだ。
真也は森羅に解析と空間制御をお願いして実験に入る。まず簡単に空間の水分を抜いてその中に出してみると硬化時間は長いが一応硬化する。次に湿度を一%ずつ上げて観察する。結果は水分量で硬化時間が変わる事がとりあえず分かった。そして湿度が三%の時が最も塊で成形した時の性能が高いことが判明した。全く水分が無くても硬化したことから他にも要因はあるだろうが、品質と加工出来るだけの時間が確保出来れば十分なのでこれで終了する。
出来た材質はタイヤのゴムより優れた性能を持っていた。水を通さず劣化しない、割れない、適度な弾力と剛性など、用途は幅広いだろう。
あまりにも簡単に出来た事で真也は何故誰も気が付かないのかが分からなかった。これにはいくつか理由がある。
まず普通に開けた場合、瞬時に硬化してしまうので成形出来ない。糸と違い塊の場合は弾力も無いためすぐ割れてしまう。
糸は瞬時に水分が行き渡るが塊はむらが出る。その差異によって弾力が失われるのだ。粉物に一気に水を入れるとダマになってしまうが、静かに入れると綺麗に混ざるのと考え方は一緒である。
次に湿度の概念がかなり曖昧な事だ。雨の日などは感じても晴れた日の湿度四十%程度では全く気が付かない。実験では湿度が二十%でも硬化時間に変化は無かった。十%でようやく固まらなくなったのだから気が付けというのが無理なのである。
概念が無ければ魔道具も作られる事は無いし、そもそも作られても人間の快適な湿度になるものしか作られないだろう。
一番はわざわざ苦労して不要な素材を研究する物好きが居ない事だが、これは他にも言える事だ。このような理由から誰も発見する事が無かったのである。
「まあ、良いか。二番煎じでも広く知られていない以上十分売り物になる。これは湿度を一定に保つ魔道具を作るだけで良いだろう。後は製法を売って稼がせてもらう事にしよう。単独で売ると絶対良からぬ輩が来るからな。……アランさんに後で頼んでこよう」
アランが聞いたら胃を押さえたくなる事を考えながら次に進む。
「とりあえずこんなものか。魔道具は後で取り付けるとして全体設計通りに作って見よう。不具合調査はそれからだな。森羅、お願い」
「分かりました。改変術式起動、……終了しました」
森羅の魔法によって瞬時に荷車が材料から組みあがる。
まず大きさは一般的な四人乗り程度の幌付きの荷車だ。特徴として御者席の上に大きく屋根が張り出している事と車輪が六輪である事、車輪に白いタイヤが装着されている事だろう。
車輪が六輪なのは一輪外れても支障が無いようにしたのと、いざと言う時に荷台を切り離し、二輪車として動くためだ。御者席と荷車は連結器で結ばれているので、何かあれば即座に身軽になれる。
タイヤは糸袋の中身の成形品だ。ひと工夫として金属糸が入れられている。金属糸は主に防具に使われている既製品を改良した。購入時には技術発展のバラバラ具合に頭が痛くなったものだ。幌はせっかくなので糸袋を材料として使った。既製品より軽く汚れないので適しているのだ。
真也は荷車を試しに押して見たが、かなり重い。楓と桜が成長しても重いようなら軽量化の魔法を掛けようと思った。他に見ても特に不具合は見当たらなかったので、仕上げとして腐らないように防水塗料を塗っていく。これも普通に売られている物だ。塗るのは当然森羅の魔法を使用した。
最後に魔道具を配置すれば完成だがこれは後回しにする。記録は当然行っている。一通り作業を終えた真也は背伸びをして大きなあくびをする。もう結構遅い時間になっている。
「後は糸袋原料の試作品を適当に作って後で商業ギルドに売ってこよう。おそらく小遣い程度にはなるだろう。森羅、荷車をしまって置いてくれ」
「はい、分かりました」
森羅は重い荷車を魔法で浮かせてリュックの中にしまい込む。大きい荷車がリュックの口に吸い込まれていく光景は中々見ごたえがある。
「さて、寝るか。明日も手伝いがあるしな」
居間にいるみんなに言って寝室に移動する真也に森羅と楓と桜は黙って付いて行く。今の真也の背中には午前中の駄目具合は欠片も存在していなかった。
実は真也が内心安堵していた事は森羅以外は知らない。当然真也は森羅に知られている事を知らない。今回の騒動の一番の功労者は誰にも知られる事なく主の懐で眠りに付いた。




