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第20話 取引とすれ違い

 次の日の朝早くに商業ギルドを訪れた真也は、アランと挨拶を交わして小部屋に移動する。形ばかりの素材取引を行い、早速本題に入る。実は朝出るときに楓と桜が中々離してくれなかったので真也としては早く帰ってやりたいのだ。森羅はもちろん付いて来ている。


「最初に取引の方法について決めましょう。ノルさんはどのような形をお望みですか?」


 人の好い笑みを浮かべるアランの言葉に真也は昨夜の内に考えていた事を思い出しながら静かに話し始める。


「そうですね、私としては注文を受けて作るのではなく、商品をギルドに納付して売れた分だけ支払いを受け取り、余った分は引き取る形が良いのです。

 何故かと言うと、それだけに追われたくないという事と、好きな時に好きな様に行動したいからです。注文ですと間に合わない場合信用問題になりますからね。

 もちろん希望は聞いて納品しますし、納品出来ない期間は事前に連絡するようにします。それと契約の即時解除を双方共一方的に出来るようにして下さい」


 これは作成依頼による縛りつけを回避するためだ。通常の商取引では注文を受けた時点で納品の義務が発生する。間に合わない場合は当然違約金を支払うことになる。真也は金はともかく縛られずにいられる方法としてこれを提案した。ギルドの利点は在庫を抱えずに済む事、欠点はある分しか売る事が出来ない事だ。


「大体の納品数と事前に納品出来ない期間を言って頂けるのでしたら問題ありません。何せ無理を言っているのはこちらですから、この程度は大丈夫です。契約解除は双方共でよろしいのですか?」


 取引方法の方は多少変則的だが悩むほどではなかったのでアランはその場で了承する。それよりも契約解除の方が気にかかり確認を行っている。普通は自分に有利になるようにするものだ。


「はい、私はこれを生活の糧にするつもりはありませんから」


 アランは多少驚いた顔を一瞬浮かべた。試算される利益を考えれば普通の商人ならば手放すことなど考えないからだ。真也としては特に裏を考えずに平等にしておけば軋轢は生まれないだろう程度の気持ちだった。アランは違う解釈をした。アランには現在の力関係から『気に食わないことがあったらすぐ止める』と聞こえた。それは大変困るのでよりきめ細かい対応をすることにした。


「分かりました。では次に配分を決めましょう。本当に折半でよろしいのですか? 七・三でも通りますが」


「はい。面倒をかけるので折半で構いません。支払は口座入金と現金払いを半分ずつでお願いします」


 アランは折半ではギルドの取り分が多く、後で不満が出る事を懸念して念のため提案したが、真也としては儲けに執着していないので折半のままにした。支払については現金を持っておけばいつでも逃げだせるからだ。当然アランもその意図に気が付いている。資金の分散は商人の基本だからだ。


「分かりました。ではそのように致します。売値の希望はございますか?」


「いえ、特には。私より目の肥えたそちらで査定したほうが適正な金額を算出出来るでしょうからそちらで決めて下さい」


 アランは顔には出さないがこの発言に驚いた。普通は材料原価と製作労務それに利益を足したものが卸値になる。こちらに全てを任せた場合、損をする可能性があるにも拘らずこちらで決めて良いと言うのだから。


 真也は自分が売る場合の金額を決めてはいるが、折角この世界の商人が売ってくれると言っているので任せたほうが安すぎず、高すぎない金額をはじき出すだろうと思っているだけだ。実質、核の原価はほぼ零なのだから真也にとっていくらで商品が売られようが損はしないのだ。


 アランからすればお手並み拝見と言われたようなものなのだが真也は気が付いていない。ちなみに今日は森羅を連れて来てはいるが知識の同調を行っていない。取引の知識はあっても具体的な経験が無いので、それなら今のうちに素のままで経験を上げようと考えたのだ。


「分かりました。では後日こちらで売値を決定致します。その他要求事項はございますか?」


 アランは内心で汗をかきながら尋ねる。取引を行いたくないのかと疑念を抱くが、莫大な利益を得る機会をわざと逃す商人はいないと考え、商談を続ける。


「製作できる分量ですが、こちらで全て作成する場合は明かりは二日で一つ、冷房は週一つが精々でしょう。核だけの場合は明かりで一日一つ、冷房は三日で一つは大丈夫です。ただ大量になりますと魔石が足りなくなります。最初の買い手は貴族でしょうから、それを考えると外側はギルドで作成した方が良いと思います」


 実際はもっと作ることは出来る。一日百個作ることさえ可能だ。しかしそんな事をすれば異常性が目立ち、確実に悪い方向へ向かう。かといって少なすぎてもギルドに旨味が少なくなるのでこれも危険だ。なので真也は心持少ないという程度に生産量を抑えることにしたのだ。


 外側を任せる理由は少しでもギルド独自の負担があれば切り捨てる速度が遅くなる事と多様性を出すためだ。一人で考えられる種類は驚くほど少ない。


「なるほど、それではノルさんには核だけ納品して頂く形に致しましょう。後で外側の構造と注意点を教えてください。数量はとりあえず明かりを週四つ、冷房は一月程週二つ、その後は週一つお願いしたいのですが大丈夫でしょうか」


 真也の提案にまるで事前に打ち合わせていたかのようにアランは決めていく。アランとしては初動で多く商品を出してしまいたいので核のみの納品を元から提案する予定だった。それに構造を把握出来れば万が一の時に複製を作る事が不可能では無くなるし、原価を抑えることも出来る。それを考えれば外側の製作は大した負担ではない。そんなことは知らない真也はその決断の速さに下手な駆け引きは身を滅ぼすと改めて思った。


「ええ、大丈夫です。納品は素材売買の時に持って来ることにします。それと条件に売買の責任は商業ギルドが全てを負う事を入れて下さい。後は契約は一年更新で更新しない時は失効として下さい」


 契約失効は必ず入れなければならない事項、責任の所在を明確にするのは当たり前だ。万が一真也に子供が出来て真也が居なくなった場合、自動更新では身動きが取れなくなる可能性がある。即時解約はあるが、逃げ道は複数用意するものだからだ。


「責任は当ギルドで負うのは大丈夫です。更新は継続ではなく失効にするのですか……」


 アランはこの時点で真也は取引自体を本当に望んでいないと確信する。何故かと言うとギルドに有利な条件を駆け引きではなく提案してくる事と、契約解除の条件に簡易なものを要求しているからだ。


 真也はこれまた単純に利益があれば何も言わなくても守ろうとするだろうと思い提案している。アランは真也の態度に対して今までの経験からギルドが取引相手として妥当かどうか値踏みされていると判断した。


 そしてこう言う場合、求められているのは利益ではなく信用であると経験が教えてくれた。これによって騒ぎが波及すれば迷う事なく真也はギルドを切り捨てると確信出来たのだ。実際その通りである。その通りではあるが、真也がそこまで複雑に考えていない事まではアランは分からなかった。

 

「はい。万が一という事がありますから」


「……分かりました。ではそれで行きましょう」


 当然この『万が一』も真也は自分が対象だ。アランには今までの流れから商業ギルドの事に聞こえる。アランは内心でため息をつき、利益に興味を示さない相手との交渉の難しさを実感していた。


 その後、細かい事柄をお互い確認して契約を交わした。真也は特に情報漏洩についての取り交わしをしなかった。これは利益を守るために商業ギルドは秘密にするだろうし、広まってしまえば何をしていても同じことだからだ。


 しかしアランにとっては目立ちたくないと言っていたのに、その事に一切触れないと言う事は真也から無言の圧力を掛けられていると同じ事だった。


 これは商人が守らなければならない一番の事柄は、書面の契約ではなく『口約束』だからだ。文章にしなければ『守らない』者と取引したがる商人はいない。アランは久しぶりに胃が痛くなった様な気がした。


 アランに必殺の一撃を放っている自覚の無い真也は裏技を使っても歴戦の商人には敵わないと思っているので、自分の要求がすんなり通って逆に何か落とし穴があったかと内心恐怖に震えている。もちろん表に現れない様に注意して、顔には笑みを貼りつけている。そんな風に思っていたのでご機嫌取りのために魔道具の核をこの場で多く渡す事にした。


 アランとしてはこの程度なら十分許容範囲なだけである。今回の取引は最初から対等な物では無いのだから、真也からの要求はむしろ都合が良すぎてアランを不安にさせている。


「では、とりあえず初回分を納品します。面倒なので今の在庫を全て出しますのでしばらく足りなくなることは無いと思います」


「ありがとうございます。数量はどの程度でしょうか」


 アランの予想では今まで作っていたとして明かりが三十組、冷房が十組程度だ。真也はリュックから次々と核を取り出していく。最初はにこやかだったアランの顔が徐々に山になっていく核を見て引きつってくる。


「ええと、これで全部です。明かりが五百組、冷房が二百組です。売り方を考えていたら年単位の歳月が過ぎていまして、これだけ溜まってしまいました。これだけあれば多分しばらく大丈夫でしょう」


 真也としては一度に作った方が無駄が出ないので、余る事も想定して作った量だった。おかげで今までため込んでいた魔石も大分少なくなった。


「……ええ、そうですね。……一応納品は最大数で一月ほどお願いします。この場合、追加で余った分はこちらで買取いたします。私の予想ではむしろ足りないと思いますから」


 即座に立ち直ったアランの言葉に凄腕は考えている大きさが違うと真也は恐怖する。この量で足りないと平然と言ってくるのだから。当然アランの動揺には気が付いていない。


「……ええと、これが外側の図案と、はめ込む核の種類と起動文言です。特に冷房は間違えると大変なことになるので注意して下さい」


「ありがとうございます。……ずいぶん丁寧に描かれていますね。これならすぐに製作できます」


 アランは図案の精密さに驚いた。はっきり言ってこれだけでも売る価値がある。それを無償で与えるのだから、やはり対応をしっかりして信用を損なわないようにしようと再度心に刻む。


「それでは後はよろしくお願いします」


「はい、今日は無理を聞いて頂きありがとうございました」


 真也はアランと挨拶を交わして家路に着く。時刻は昼前なのに一日働いたかのように疲れているのは気のせいではないだろう。早く帰って最近は一mにまで大きくなった楓と桜に癒されようと早足で家に向かう。


「ただいま! ……あれ?」


 いつもなら扉を開けると駆け寄ってくる楓と桜がいない。


「……まさか、あまりのかわいさに誘拐された?」


 真剣な表情で馬鹿な事を呟きながら、真也は急いで中に入り居間に急行する。そこには楓と桜が仲良く寝そべっていた。それを見た真也はほっと胸を撫で下ろした。


「何だ居たのか。返事が無いから心配したぞ。ほら、おいで」


 真也の呼びかけに、楓と桜は一瞥して顔を背ける。その仕草に真也は激しく動揺する。


「あ、あれ? おーい、どうした? 何か悪いものでも食べたのか? 調子が悪いのか?」


 真也は一抹の不安を抱きながら楓と桜に笑顔で手を伸ばしながら近づいていく。すると二匹は立ち上がり、真也を見ることなく寝室に続く扉を魔法で開け、部屋を出て行った。真也は笑顔で手を前に出した格好で固まっている。


「な、何で?」


 真也は訳が分からないという声を出す。それに応えたのは最近少しばかり感情が表に出るようになってきた森羅である。


「最近構ってくれないので拗ねているのだと思われます」


 真也は『ギギギ』と音の出そうな動きで肩にいる森羅を見る。まだ笑顔のままだ。もちろん森羅はそんな変な真也を一切気にしないで詳しい推測を伝える。


「最近はティリナさんの指導でずっとルードさんのお店に詰めていましたし、夜もすぐ眠っていました。今日は休みということで前から出かける約束をしていたのに仕事に出たからではないかと推測します」


 それを聞いた真也は突然走りだし、楓と桜の元へ向かう。森羅は真也の突然の挙動に肩から転げ落ちている。


「楓~、桜~、俺が悪かったから機嫌を直してくれ~。お~ね~が~い~だ~!」


 まるで愛しの妻から三行半を叩きつけられた駄目亭主のような真也の絶叫が奥から響いている。その大きさは確実に近隣に響きまくっているだろう。


 だが安心して欲しい。出来る子森羅が前もってこんなこともあろうかと家全体に遮音結界を構築済みだ。


「主様、安心して絶叫して下さい。近隣対策は完璧です」





 一人残った居間で、どこか誇らしげに胸を張る森羅。落とされた事はいつもの事なので全く気にしていない。何かが間違っているが、それに気が付く日は来るのだろうか。


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