第19話 思わぬ落とし穴
「ありがとうございました。またの来店をお待ちしています」
ティリナは軽く頭を下げ、買い物を終えた客を見送る。それを見ていた真也がティリナを褒める。
「かなり板に付いてきましたね。これならもう一人で大丈夫でしょう」
「あ、本当ですか。ありがとうございます」
ティリナは嬉しそうにはにかんで下を向く。今のティリナの服装は簡単に言えば和装ウエイトレスで、頭に大きめの白いリボンを結んでポニーテールにしている。作ったのはルードだが出所は当然真也である。ちなみにリボンはヘタらないようにわざわざ芯を入れてあるこだわりの一品だ。ちなみに今はあの騒動から八日経っている。そろそろ閉店時間で客もいなくなった。
騒動の帰りがけにティリナが働くときの制服をどうするかとルードに聞かれ、早く帰りたかった真也はとあるレストランで採用されていた和装をちょっと変えて図案を書いた。その図案には矢絣模様の服と大きなリボンを描いたのだがまさか再現出来るとは思っていなかったので服の模様は好きにして良いと言っておいた。
六日後に描いたそのままの制服が出来上がった時には真也は思わずルードに何故そのまま?と聞いてしまった。
「あの模様が一番似合っていたんだ。さすがに売っていないから自分で機を織って作った。リボンもそうだな。まさか結び目を飾りにするとは今まで考えつかなかった。似合っているだろう?」
ルードの返事はある意味まっとうな答えだ。真也は職人のこだわりに感服してしまった。
さて、真也は今日までティリナに接客を教え込んでいた。最初はぎこちなかったが、対応する人数が多いので大分上達して今ではルードより客が付いている。やはりむさい男よりかわいい女性の方を選ぶのはどこでも同じという事だろう。
「……俺の時よりずいぶん優しいじゃねえか」
「当然です。胸に手を当てて考えれば答えは出ると思いますよ?」
真也の反論?にそっぽを向くルード。何があったかを語る必要はないだろう。
「おっと遊んでいるうちにまたお客様が来ましたよ。ティリナさん、よろしくお願いします」
「はい、いらっしゃいませ。今日はどのような商品をお求めでしょうか」
真也の言葉にすぐ接客に入るティリナ。ルードは肩をすくめて奥へ行こうと踵を返す。真也は見本品の確認に移動する。
「あ、ルードさん待ってください。お客様です」
ティリナの声にルードと真也は振り返る。そこには丁寧に頭を下げる商業ギルドのアランがいた。
「お久しぶりです。お忙しい所申し訳ありません」
「お久しぶりです。アランさん」
「お、なんだ。将来有望なエリートがこんな所まで来るなんていったいどんな騒動があったんだ?」
真也の挨拶に会釈で答え、ルードの冗談にアランは苦笑する。
「ええ、色々ありまして、閉店後に時間を頂きたいのですが大丈夫でしょうか」
アランの言葉に真也とルードは顔を見合わせる。
「私とティリナさんはいない方がよろしいですか?」
「いえ、秘密の話という訳ではありませんから大丈夫です」
アランの返事に真也は一応話を聞いておくことにする。今のルードの店は真也が半分作ったようなものだからだ。
「じゃあ、ちょっと早いが店を閉めるか。ティリナ、アランにお茶を出してくれ」
「はい、分かりました」
「申し訳ありません」
真也とルードで店を片付けている間にティリナは店内のテーブルに椅子とお茶を用意した。アランは椅子に座って店内を見回している。
やがて片付けを終えた真也とルードが席に着き、ティリナもルードの隣に座る。
「で、用件は何だ? 従業員が見つかったか?」
「いえ、そちらはまだ見つかっておりません。用件は、率直に言うとこの店の魔道具を作った方を紹介してほしいのです」
それを聞いたルードは困った顔をしてちらりと真也を見る。言っても良いものか決めかねたからだ。なんせ作った本人が目の前に居るのだから当たり前だ。
「アランさん、何故紹介してほしいのか理由を教えてください。さすがに何も考えずにはいどうぞとはいかないでしょう」
真也はルードに目配せをして話を引き継ぐ。ルードはほっとした顔をしている。
それを見たアランは真也を向き説明を始める。
「全部はかなり長くなるので省略しますが、結論から言えばわがままな貴族が噂を聞きつけてどうにかして手に入れろと商業ギルドに言ってきたのです」
「商業ギルドが貴族程度の脅しに屈するとは思えませんが。それに類似品ならこの町の魔道具店にありましたが、それでは駄目なのですか?」
真也の質問にアランはため息をつく。
「ええ、脅し自体は気にしないのですが、今回はちょっと弱みがありまして。実は先程の店からもう購入済みで、その結果全く役に立たなかったのでうちにねじ込んできたんです。購入した店はもぬけの殻だったのでギルドが代わりに弁償しろと、それか代わりをよこせと。あの店は商業ギルド所属店なので貴族を放っておくと悪評を広めかねないのですよ」
「ん? 二十日くらい前に見たときは開いていたぞ?」
ルードが首を傾げながらアランに確認する。真也はそういえば最近見に行ってなかったと思った。
「目撃情報によりますと十日程前にはもう居なかったそうなので、売れた直後に逃げたようです。今ギルドの信用を貶めたとして探していますが、見つかるかどうか分かりません。どの道先方は待ってくれないのでギルドの中で担当したことのある私がこちらにお願いに行く事になったという訳です。
これが褒められた行為ではないことは承知しております。当ギルドでもこれから出来るだけ便宜を図りますので紹介して頂けないでしょうか」
アランはそう言って頭を下げる。ルードはどうすんだ?という目で真也を見ている。真也は思わぬ騒動にため息をつきそうになった。
(まさか堂々と詐欺行為を働くとは予想外だ。知り合いが良い人ばかりだったから判断が甘くなっていたかもしれない。さてどうするか……。表に出るのは論外だ。となると次善の策である大樹の陰作戦を行うか。便宜も図るといっているし、よし、そうしよう)
「アランさん、この店に魔道具を持ってきたのは私なんですよ」
「ノルさんがですか?」
「ええ、知り合いから連絡用の魔道具を預かりまして。交渉や騒動が面倒だから全部やってくれるなら利益の半分をやると」
「……それはずいぶん変わった方ですね」
真也とアランは笑みを浮かべる。
「目立つのがとにかく嫌だと言っていたので、こっそり売ろうと考えていたのです。しかし予想より大変な騒動になっているようで私としても巻き込まれるのは御免です。もしギルドが全面的に販売委託を請け負って頂けるなら、お願いしたいと思うのですがどうでしょうか」
アランは真也の申し出ににこやかに頷く。
「なるほど、確かに現状で製作者が分かれば無理を言うものが出てくることは確実でしょうね。分かりました。こちらからお願いしたのですから出来るだけ良い条件で委託をうけましょう。細部の打ち合わせはギルドの方でよろしいですか?」
「はい。丁度明日は店が休みでそちらに朝早くから素材を売りに行きますので、その時に詳細を決めましょう」
「分かりました。では明日お待ちしています。今日は無理を聞いて頂きありがとうございました」
アランは皆に挨拶をして店を出ていった。真也はアランの姿が見えなくなるとため息をついて椅子に座る。その様子にルードとティリナは顔を見合わせる。
「どうした? 誤魔化してうまく行きそうに見えたが、違うのか?」
「そうですね。さすがノルさんと感心しましたけど……」
ルードとティリナの言葉に真也は頭を振って先程の事を説明する。
「アランさんは私が製作者と気が付いていますよ。要するに利益を折半でいいから面倒事はギルドで処理してくれというこちらの要求にアランさんが了承したというだけです」
「……あの会話で何故分かるんだ?」
「そうですよね」
ルードとティリナは顔を見合わせ首を傾げる。
「最初のルードさんに向けた会話に対する反応でです。ルードさんは返事はしませんでしたが、アランさんくらい鋭い人なら視線の動きだけで分かります。
まあ、その時点では関わりがあるのは私の方程度の認識だったかもしれませんが、その後私が自分の取り分が半分と言ったことで確信したはずです。何故かと言いますと、普通仲買人が自分の取り分を取引先に教える事は無いからです。なのであえて言った私の取り分はギルドとの取り分だとなる訳です」
「……駄目だ、分からん」
「……私もです」
ルードとティリナは仲良く頭を抱えている。
「だったら何で隠すような物言いをしたんだ? 気づかれるようにしたのなら隠す必要は無いだろう?」
「あのようにしておけばアランさんは知らないでいることが出来るんです。もし逆らえない誰かから強制されたとしても、アランさんは正直に知らないと言えます」
「でもよ、お前さんが仲買人をしているのは知っているから今度はそっちに行かないのか?」
再びルードは質問する。真也は頷いて疑問に答える。
「その通りです。ですが私は流れ者です。そんな事をすれば契約は確実に解除します。そうなるとギルドに金が入りません。
入る金額が少量ならば情報を売る者が出るかもしれませんが、今回は折半なのでまずギルドが手放す理由がありません。それでも目先の利益で売ろうとするものが居たとしても、害虫はギルドが潰すでしょう。
ルードさんは十分利益が得られる仕事を潰そうとする者を商業ギルドが放っておくと思いますか?」
「……ああ、何となく分かったような気がする。俺には腹芸は無理だな」
「……私も無理です。そんな複雑な事を考えると頭がおかしくなりそうです」
ルードとティリナは同じように頷く。それを見ている真也は笑いながら話を終わらせる。
「まあ後は私とギルドとの問題なので、こちらに迷惑が掛かることは無いと思います。では私はこれで失礼します」
「おう、気を付けてな」「お疲れ様でした」
二人と挨拶を交わして真也は店を出る。帰る途中で魔道具店を見てみたが確かにもぬけの殻だった。家に到着してまず留守番していた楓と桜を堪能した後に夕食と風呂を片付けていつも通りの検討に入る。楓と桜は真也が帰ってきてから何故か始終ご機嫌だったが真也は特に気にしなかった。
(しかし参った。まさか別方向から騒動がやってくるとは思わなかった。やっぱり知らず知らずの内にやりすぎていたか。一応ギルドを隠れ蓑に出来るようだけれど、これからはより注意が必要だな。今回の物は珍しいで済むかもしれないけれど、戦闘に使えるようなものは作らないようにしよう。
こうなると最初に変装していて正解だったな。本格的に状況が悪くなったら一からやり直すことにしよう。何にしても明日か)
考えている内に眠くなった真也はそのまま眠りに落ちる。森羅は懐に、楓と桜は両側に寝そべっている。
一応両手に花状態と言えるが、うらやましいかは人それぞれだろう。そして真也はこの時点で重要な事を忘れていた。騒動の種を自ら蒔いてしまった事に気が付くまでは安らかに眠れるだろう……。