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第17話 繁盛、そして襲来?

「はい、丁度頂きます。お買い上げありがとうございます」


 出て行く最後の客に深々と頭を下げる真也。


「お、終わりか?」


 後ろからルードが声を掛けてくる。その声は何となくかすれている。


「ええ、店じまいをしましょう……」


 二人は手早く店を閉め椅子に座り込む。その姿は燃え尽きたおじさんである。今はルードの店が新装開店してから三ヶ月目。


「どうしてこうなった……」


 真也は思わず呟く。では、これから三ヶ月の軌跡を振り返ってみよう。



 ルードの店の滑り出しは順調だった。少しずつ来客数を増やし一週間後には利益の目処が出せる程度にまで客足が回復した。何だかんだ言いながら二週間手伝っていた真也はもう良いかと全てをルードに任せて素材採取の生活に戻る。終わるとき手伝いの給料をルードは渡してきた。真也も何も言わずに受け取った。


 真也は採取のついでに楓と桜を連れて狩りを行うようになった。楓と桜の最初はぎこちなかった狩りも二週間もすれば連携攻撃で大牙猪を狩ることが出来るようになった。身体の大きさも五十cm程度に成長したが、黒山犬は二mの大きさが平均なので速いか遅いかは真也には分からない。森羅が使う魔法を見て二匹とも軽い魔法を使えるようになったのでこれから頼もしい戦力になってくれると真也は期待している。

 一応楓と桜の瞳の色は、変化させている真也に合わせて変えている。これは使役魔の瞳の色は主と同じになるからだ。


 たまに真也は素材売却の途中でルードの店を覗いていたが繁盛しているようなので邪魔をせずにそのまま帰っていた。町の魔道具店にとても形が似た光の魔道具が陳列されたが値段は五十万A。誰が買うんだと思いながら店を出た。


 夏が来るということで素材採取の傍らで商売替えの為に魔道具の研究を行い、冷房空調機を完成させた。ちなみにこの世界での涼み方は魔法で氷を出すか、風を起こすのが一般的でわざわざ高価な魔道具を使うものはいない。空気を冷やすとか、熱を奪うとかの発想は無いようだ。


 真也は冷房の魔道具を安く上げるために複雑な機構にしないで単純化した。使用した核は四種類各三組の計十二個だ。


 まず室内の空気を取り込み、吐き出す機能。もちろん風量調整付。次に取り込んだ空気から熱と湿気を奪い冷媒に使った水に熱と湿気を渡す機能。


 これは熱を奪うだけだと魔力回復が追いつかなかった事と、後は内と外の大気で直接やり取りする事が簡単に出来なかったからだ。試作品では起動するとまず魔石全体で熱を吸い取り、その後全体で放出する様になる等、問題があったので直接は断念した。


 次は冷媒の水を浄化、循環させ水量を調節する機能。最後は循環する水から熱を奪い外の空気に放出する機能。

 浄化機能は森羅の魔法を組み込んだ。細菌等は繁殖できないとは思うが念のためだ。核の作成者が森羅なので術理魔法も調整は利かなくなるが組み込める事がこれで分かった。


 この冷房には水を媒体にした各核間の連携機能が搭載されているため、風量調整して水の熱量が変動すると各核の作動効率が同じく変動するようになっている。これで全体の制御を行う事が出来るようになった。


 どこが単純と思うかもしれないが、空調機の原理を大雑把に再現したものなので十分単純だ。冷媒も水を使い冷却性能も魔法に頼っている。


 で、真也は完成した冷房を元倉庫で風通しが悪いルードの店で試用してもらうために一月ぶりにルードに会いに店に尋ねて行った。丁度気温も上がり初めだったので良いだろうと思ったのだ。

 ちなみに魔道具は製作者の発想によって大きくばらつきが出るのが当たり前なので原理が分からなくても誰も疑問に思わない。過去に製作されて現在再現不可能な魔道具はそこらじゅうに溢れているのだ。それにこれは全てこの世界の材料と技術で作ることが出来る魔道具なので世に出すのにためらいは無い。


 真也が店に入ると客が複数いて繁盛していた。声を掛けようとルードを見ると、実に良い笑顔のルードに捕まり臨時店員として働くことになった。繁盛してくると今度は手が足りなくなったのでルードは店員を探そうとしているところだった。


 冷房の試用もあるし見つかるまで良いかと軽い気持ちで真也は了承したが、これが地獄の始まりだった。まず冷房を店内に設置した。壁に穴を開けることになったが丸穴二つだけで塞ぐ事は簡単なのでルードは了承し、調子に乗って真也は二台取り付けた。扉のところには空気の熱量のみを遮断する障壁の魔道具を取り付け、外気の熱を遮断した。


 ルードは手伝ってもらう真也に店員として甚平のような服を制服として与えている。もちろん出所は真也だ。給料もきちんと出している。こう言う事はいいかげんにすると碌なことは無いという意識は二人とも共通だったので問題なく済んだ。


 設置して一週間程経つといい加減に暑くなったので冷房を起動する。実験は大成功できちんと店内を冷却することに成功した。驚いたのは客の方だ。店内が驚くほど涼しく快適なので口コミで一気に店の事が広まることになった。


 ただでさえも手が足りていないのに客が増える。どんどん増える。真也もルードも休む暇が無くなり、最近では売れ筋の売り物が売り切れると店を閉める事が続いた。作る時間も取れなくなってきたので商品自体が足りない状態が続いている。そして最初に戻る。


「ルードさん、誰か良い店員は見つかりましたか?」


「……いや、なんか勘違いしているやつしか来ないらしい」


「らしい?」


 ルードの曖昧な答えに真也は聞き返す。


「商業ギルドに出した求人はお前に紹介されたアランに任せているんだが、たとえば直前まで他店の元店員とか、魔術士とか、見習い職人とかしか来てないと言っている」


アランには真也が最初にギルドに行った時に世話になったので丁度良いとルードに紹介したのだ。仕事が出来るのは実感済みである。


「ちなみに断った理由は何と言っていました?」


 見習いなら良いのでは無いかと思い真也は理由を聞いてみる。


「元店員はまあ、この店の売り方を盗むために来ているからすぐやめる。魔術士は魔道具目当て。見習いはここで習えば王都で活躍できるようになると勘違いしているとのことだ」


「ああ、なるほど……。確かに勘違いな人しか来ていませんね。求めているのはこの町に根を下ろして長く勤めてくれる人なのですから。まあ、求人を直接ではなくギルドに出して正解でしたね。この忙しさでそんな人の相手をしていられません」


 理由を聞いた真也は納得する。一気に評判になったから余計変なのが寄ってくるのだろうと推測した。


「けれどこのままではまずいですよ。忙しいからと品質を落とせば確実に客は離れてしまいます。とりあえず今のところは一日置きの開店で何とか量を確保していますが、肝心のルードさんの休む暇がありません。一日開けて二日休むことにしますか?」


 一般的な店は六日開けて一日休むを繰り返している。今のルード服店は一日置きの変則週休三日だ。それを真也はルードの休む時間を確保する為に週休四日にしようとルードに提案してみる。


「……さすがにそれは駄目だろう。あと一月もすれば涼しくなってくるからそうすれば多少は落ち着くんじゃねえか?」


「落ち着いても過剰であることに変わりはないです。やはり販売店員を早急に確保する必要があります」


「そうは言っても無いものねだりの堂々巡りだぞ……」


「そうなんですよね……」


 二人は揃ってため息をつく。まさかここまで人が来ないとは思わなかった二人だった。ちなみに来ない原因は真也の推測した事の他に給料が安いということもある。と言っても一般的な一時雇いの販売店員よりは高い。ではなぜ来ないかというと、基本的に売り子専属の人はいないからだ。大抵は職人が売り子をしたりしているのでそちらの方で給料が高くなる。つまり全体でみれば安くなってしまうのだ。


 ルードは人を雇ったことがないし、自身が見習いだったときは裏方だったので店に出ることはなかった。真也は元の世界には似たような職種の人がいたので、いないと思っていない。

 なので二人とも来ない原因に気が付いていない。ちなみにアランはそういう人を求めているのだろうと思い探している。二人が勘違いしているとは思っていない。


「それにしても新品の服が意外に売れますね。古着が主流かと思っていましたが」


 今までの来店者を見ていると、くたびれた服を着ている人はあまり多くない。繕ってまで着ないのかと真也は疑問に思うことがあった。


「ああ、もう少し田舎に行けば確かにそうなる。この町は半々といった所か。それなりに金を持つようになると見栄が出てきて古着が恥ずかしいと思う様になる。王都では古着屋の方が少ないんだ。第一新品が売れなけりゃ古着も出ないぞ」


 確かにそうだと真也は納得した。古着を買うのはあくまで節約の為なのだから、それなりに収入があればわざわざ古着を買う必要がない。新品を買って長く使った方が安くつく。


「ところでルードさんは以前探索者をやっていたと言う事でしたが、探索者の方々は何を最終地点にしているのでしょう?」


「唐突だな。ま、いいか。そうだな、大体の奴は強くなって国に雇われるか大物を倒した大金で余生を過ごしたりだな。中には封鎖領域を解放して王になろうとするものもいるが、今のところうまくいったものはいねえな」


 真也はルードの言葉の中にあった封鎖領域について森羅に検索を頼む。資料には余り詳しく載っていないが、それによると封鎖領域とは忌み子を大量に殺す事によって発生する強い魔物が大量に棲む領域の事らしい。大陸が統一されていた末期に忌み子が大量に殺され、世界各地に発生したと記述してある。統一帝国崩壊の引き金になった大異変だ。魔物は領域外にあまり出てこないが、出てきたときは自然災害と同じ規模の被害が出るため各国は砦を築いて魔物が外に出ないように封鎖している。この領域の魔物を一掃した者はその土地を治める王として認めると各国間の協定で決まっている。守るかどうかは知らないが。


 そしてもう一つ関連項目として忌み子を調べた。これは特徴として金色の瞳を持って産まれた者をそう呼ぶと書いてある。関わると不幸になるし、殺しても、死んでも呪いを巻き散らかすので関わろうとするものは無く、大体六歳程度まで成長したら野に食料と共に放つのが一般的な対処法となっている。


「そうなのですか、ルードさんなら俺がやってやるとかいって突っ込みそうですね。封鎖領域と言えばルードさんは忌み子に出会った事はありますか。私は無いのでどんなものか教えて欲しいのですが」


「お前は俺を何だと思っているんだ。まったく。……忌み子ね、遠目でなら王都に居たときに孤児院で見た事がある。がりがりに痩せてたな。

 聞いた話じゃ食べ物を与えていない訳じゃないらしい。どんどん勝手に弱っていって死んじまうと言っていたよ。

 こうやって死にかけになった忌み子は近くの屋敷に捨てられるそうだ。その屋敷は誰も近づかない。何でも死の呪いが充満していて護符無しに立ち入ったものを殺してしまうそうだ。本当かどうかは知らん」


 なんとも悲しい話である。話しを聞いた真也は不憫だとは思うが何とかしようとは思わない。そういう事は権力者がやれと思う程度だ。真也は自分を正義の味方と思っているわけではないので、自分の手の届く範囲以外の事柄を何とかしようと思う事は無いし、それを悪いとも思わない。目の前で死に掛けていれば助けるかもしれないが、積極的に助ける事は無い。ちなみにこれでも忌み子に関してはましな考えなのだ。この世界の住人は忌み子が死に掛けていたらなるべく遠くで早く死ねと思うのだから。


「なんとも悲しい話ですね。救いが無い」


 静まり返った室内に重い空気が立ち込める。ルードはこの雰囲気を断ち切るかのように話題を変えた。


「そういえばこの冷やす魔道具が店で売っていたぞ。形はそっくりだった」


「そうですか、ちなみに金額はどの程度でしたか?」


 真也はいつかは模倣はされると思っていたが、どういう概念で作ったのか興味がわく。後で見に行こうと思いながら値段を聞く。ちなみに真也が売るときは一万Aにする予定だ。利益率七十%、安すぎても売れないのだ。


「二百万Aだ。誰が買うんだそんなもの」


 金貨二百枚である。真也は思わずテーブルに頭をぶつけたくなる所だった。苦笑しながらルードの感想に賛同する。


「本当に、誰が買うんでしょうね……」


 自然に会話が途切れる。やはり疲れているのであろう、何をするでもなく二人ともうなだれている。


 二人ともしばらくそのままうなだれている時、店に誰か訪ねて来たらしく扉を叩く音が控えめに聞こえてきた。ルードが動こうとするのを真也は手を上げて自分が行くと合図する。


「はい、少々お待ち下さい。今開けますので」


 真也は小走りに扉に近づき静かに開ける。表には茶色の髪と瞳の十三歳程度に見える小柄な少女が立っていた。


「おまたせいたしました。どのようなご用件でしょうか」


「……あの、ここはルードさんのお店では……」


 少女は真也を見て間違った所に来た時の反応をして、俯いて小さな声で聴いてくる。


「はい、その通りです。間違いありません。お買いものでしょうか?」


 少女の反応を見て真也は用件を狭めてもう一度尋ねる。


「ち、違います! その……、ルードさんに会いに来たのですがいらっしゃいますか?」


 少女は緊張した面持で返事を返す。真也としてはどんな関係かを尋ねても良かったのだが、ガチガチに緊張している少女の声に今それを聞き返せば倒れるかもしれないと思い、悪い子には見えないこともあり中に通すことにした。


「はい、いますよ。中へどうぞ」


 真也は扉の横に避けて少女を中に入れる。中に入った少女は座っているルードを見つけ、緊張に身体を強張らせながら近づいていく。

 真也が扉を閉めて振り向いた時には少女は座ったルードの前にいてお互い見つめ合っている。ルードは困惑しているようだ。


「……で、俺に何の用だ?」


 ルードが短く尋ねる。本人に自覚はないがまるで睨んでいるように感じる表情だ。要するに機嫌が悪いように相手には見える。少女はその様子に視線を外し下を向く。真也には今にも泣き出すかのように見えていたが、少女はなんとか耐えて覚悟を決めたかのように顔を上げ、息を吸い込み大きな声でルードに用件を伝える。


「今度ルードさんの妻になるティリナです! 不束者ですがどうかよろしくお願いいたします!」


 三つ指はつかなかったが九十度の角度で頭を下げるティリナ。ルードは茫然としてそれを見ている。


「……私はお邪魔なようなので失礼しますね?」


「ま、待ってくれ! 一人にしないでくれ!」




 空気を読むことは大事なことだと真也は思う。


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