第16話 初めての来客
「ルードさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
朝早くにルードの店に来た真也は寝不足の顔をごまかして元気に挨拶する。楓と桜は留守番だ。
「おう、おはよう。こちらこそよろしくだ。さっそくだが準備したものを確認してくれ。打ち合わせ通りの物を揃えたが、一応な」
挨拶もそこそこに二人は改装の打ち合わせに入る。ルードが用意したのは壁に張る白い布と固定する金具、天井から吊り下げるフック、外の大看板と立て看板と暖簾に入口の庇、それとルードが着る服と真也が提案した小物や内着類だ。
「さすがですね。特に問題ありません。この大きな白い布は値が張ったのではないですか?」
真也が尋ねたのは壁と天井に使う予定の布の事だ。一辺五mはある大きな一枚物で白く光沢がある。手触りもつるりと良く真也の目には安物に見えなかった。
「ああ、それか。それは服屋泣かせの布でな、用途があまり無いからすごく安いんだ。まずそれはまだら鬼蜘蛛の糸で出来ている物だ。見ての通りとても美しく手触りも上質だ。だが欠点があってな、水を全く吸わないんだ。染料もはじくから染めることも出来ない。汗をかいても吸わないからとても着心地が悪く、防水に使おうにも糸の隙間から水が入ってくる等、服としては使えない布なんだ。その代わり劣化しないからいつまでも綺麗に見える。かなり丈夫だからこの欠点さえなければ高級品だな。
確か今は見栄えだけのドレスや冬の外套の裏地とかに使われているはずだ。俺は使わないからあまり知らんが。
布問屋に行ったら喜んで値引きしてくれたぞ。たぶん年単位で在庫していたんじゃないか?だから心配無用だ」
ルードの説明に納得する真也。要するに無数に細かい穴の開いた雨合羽のような布なのだ。今回の事でもしかしたら需要が出来るかもしれない。
「で、どこから手をつける? ギルドには許可をもらっているから心配いらねえぞ」
「ではまず壁と四隅、天井の順に布を取り付けていきましょう。壁はピンと張る様に取付けします。四隅は丸く角を隠すように。天井は壁面側は垂らして上部を目隠しして中央部は止め具で押し上げて曲面が出来るように弛ませて固定していきます」
「天井や四隅を丸くするのは何でだ? まっすぐ付けた方が楽だろう?」
図案を見て一度説明は受けているが、理由がいまいちわからないルードは真也に質問する。
「こうすると光が拡散反射するので直線的な影が出来にくいのです。影が出来ない分明るく広く感じられます。後は意匠ですね。丸みがある方が柔らかく感じられます。まあ見てみれば実感できると思います。始めましょう」
二人は黙々と布を張り付けていく。表に出る端部は折り返して綺麗に見えるようにしたりと手を抜かずに作業していく。最後に天井面に吊り下げる金具を取り付け作業はとりあえず終了した。
「あまり変わった様には見えねえな」
周囲を見てルードは感想を漏らす。確かにその感想は今現在では合っている。何せ今の光源はテーブルに置いたランタンのみ。元々暗いのと光の色温度も低いので明るく見えないのだ。実際は反射が増え多少明るくなっているが徐々に変化したので分からないのだ。
「大丈夫ですよ。では今から光の魔道具を吊るして行きますね」
真也はリュックから魔道具を九つ取り出し台座に乗って金具に吊り下げていく。大体天井から五十cm程だ。
「ずいぶん変わった形をしているな。自分で作ったのか?」
「はい、苦労しましたが何とかものに出来ました」
この世界の光源の一般的な形はランタンのような単一光源が主である。今真也が取り付けているのは木で出来た二重丸の円と円の間に挟むように握りこぶし大の球形の石を六つ対称に取り付けた形のもので中心にフックを掛けて吊るす形のものだ。
何故木製なのかというと金属を使うと加工が大変面倒になるのと重量の問題、それと原価が木に比べてものすごく高くなるからだ。それに木製品ならば素人でもそれなりに加工できる。つまり魔法を使った加工を誤魔化しやすい。
すべて取り付けると真也は紙を取り出しルードに渡す。怪訝な顔をするルードに真也は説明を開始する。
「それでは、点灯を行いたいと思います。ルードさん、その紙に書いてある一番上の合言葉を大きな声で言ってください」
「ん、これか? ……ふむ、よしいくぞ! 『明かりよ灯れ』!」
ルードの声と同時に全ての魔道具が光を放ち始める。光っているのは六つある核の内二つだけだが全ての魔道具の光が合わさって十分な光量を確保している。大体曇りの日中より明るい程度だ。
光の質は日光と同じであり、複数の光源からの光を白い布が乱反射して影が出来ないので実際より明るく見えている。
ルードはその光景を言葉も無く見つめている。
「うん、明るさはこれで十分ですね。この魔道具は見ての通り六つの核を持っていますが通常使うのは二つだけです。そして一定時間毎に二つずつ点灯する核が切り替わります。光が消えた核は魔力の回復に入り、次に点灯する時までには完全に回復するように交代時間を配分しています。
さらにこれより明るくすることも可能です。最大の明るさで交代時間を算出していますので好みの明るさに気兼ねなく調整出来ます。点灯、消灯、調光を音声で設定できるので一度に全ての魔道具を操作出来ます」
これが昨日真也が思いついた工夫だ。『足りないなら交換してその間に回復すれば良いじゃない』を自動で行う。作り方は簡単だ。まず必要な光量の最大値を決め持続時間と魔力回復時間を計測する。後は魔力回復完了時間に間に合うように組み合わせ個数を決めたのだ。ちなみに自然の回復では個数が多くなったので魔力吸収を思いついて追加している。これによって約十倍の速さで回復するようになった。自然回復の時は約六時間掛かっていたので四十分程度で回復出来るのだ。
最大光量の時は三十分で消えるので回転時間は二十五分に設定してある。つまり三組あれば魔力切れを起こす事無く点灯し続ける事が出来る。
交代するときは光量が変化しないように二組を一分間調光して切り替わる細かさもある。
魔力密度が大きい魔石は元々の回復量が大きいので普通の魔道具では消費魔力に見合った物を使う。だから良い物の値段は高くなる。競争相手もいないから工夫しない。そもそも魔力を強制的に回復させるという発想自体が無い。そのため他の者が作った場合、形は似せても中身は全く違うものになるだろう。
ちなみに今ある光の魔道具で同じ光量を得たときは二時間持つ。但し値段は四倍では済まない。少なくとも五十倍は掛かる。
ルードは真也の説明を聞きながら店を見回している。今変わっているのは明かりが点灯しただけだ。なのにルードには全く別の場所としか思えない。図案を見て分かった気になっていたが、ここにきて真也が言っていた事が感覚で理解できた。今の状態を知ってしまえば前の店は暗すぎたことが分かる。
そして自分の視野がいかに狭くなっていたのかも実感した。これくらいであれば他の店と比べれば簡単に分かることだからだ。
「……ああ、すばらしいよ。俺はいったい今まで何を見ていたんだろうな。自分を殴りたくなった」
涙ぐむルードに真也はうまくいったと笑みを浮かべ、わざと大きな声で次を促す。
「では次ですが、ルードさんの服ですね。手早く着替えましょう」
「……本当にこれを着るのか? 何かこの店だけで十分なように思うんだが」
真也の声に我に返ったルードは服を持ちながらどこと無く恥ずかしそうに真也に問う。そんなルードに真也はにこやかに返答する。
「駄目です。綻びは小さな所から発生しますし、どうせやるなら徹底的にやらなければ後悔します。やらずに後悔するよりやって後悔しましょう」
「……後悔するのは確定なのか?」
何だかんだ言いながら着替えるためにルードは服を持って奥へ行く。今ルードが抱いている羞恥の感情は普通の現代日本人が和服で外を歩けと言われたのと同じ感情だ。変ではないが確実に注目される。
真也はルードが居ないうちに周囲の布を手直ししている。全体を見て予想より布の乱反射がやわらかで、けっこう丈夫なので壁紙代わりに使えると思っていた。こっそりと森羅に記録させたのは内緒だ。
「おう、どうだ。変じゃないか?」
戻ってきたルードが真也に問いかける。真也が振り返るとそこには見事なご隠居様がいた。
「大丈夫です。とても良くお似合いですよ。珍しいから目立つだけなので宣伝には適しています」
真也の嘘の無い褒め言葉にルードは気を良くする。
「ん、そうか。着心地は結構良いから着ておくか。まあ俺が心を込めて作ったんだから当然か」
自画自賛するルード。着替える前のためらいは置いてきたらしい。
「では次に行きましょう。大看板と庇は取り付け済みなので、立て看板と暖簾を出して開店しましょう。服の見本は開店してから設置で良いです。今日は顔見せ程度なのでいきなりお客さんは来ないでしょうし」
「よし! やるか!」
号令と共に作業に入る二人。入口を全開にし、ルードは暖簾を掛け、真也は立て看板を出す。
「よし、ルード服店、新装開店だ!」
ルードの声に拍手で応える真也。二人は見本を出すために店内に入る。丁度歩いていた通行人達はその様子を目を丸くして見つめていた。
「まず見本の置き方ですが、大物は店の中央には置かないで壁に金具を付けて何点か種類毎に吊るす形にします。こうすれば歩く邪魔になりません。また小物は中央に胸高程度の棚を置いてそこに収納します。こうすれば自然と来たお客様を目的別に分散出来ます。そしてよく出る小物を中央に置くことで外から見やすくします。棚はこれを使います」
真也は昨日ついでに作った木棚をリュックから取り出す。高さ百二十cm幅と奥行三十cm、仕切り四段の棚を十個床に置く。一番下の段は引き出しになっている。
「こんなものも作ったのか。たいしたもんだ」
ルードは感心しながら金具の取り付けと棚の設置を始める。元倉庫なので他の店より広い利点を生かした配置だ。
しばらく作業を行い何点か見本を出していると森羅がちょんちょんと真也を呼んだ。真也は森羅を見て指差す方向を見ると一人の若い女性が入口から顔を覗かせている。見た目は十五歳位に真也には見える。
「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。今日はどのような衣服をご用意いたしましょうか」
にこやかに真也は応対する。そういえばルードに接客方法を教えていなかったと思い、見本にしようと真也は森羅とルードに目配せをして対応を開始する。ルードは真也の声に驚いてあわあわしている。絶賛混乱中だ。
「え! えと、す、すみません! ただ興味があって覗いただけで、その、買う気はなかったというかですね……」
こちらも突然の接客に混乱中だ。真也は女性をざっと見回し、金属の胸当てを着て剣を腰から下げている所から彼女は一般人ではなく探索者か警備員などの戦闘職種と判断した。
「大丈夫です。それでは何点か当店の商品を紹介させて頂きます。もし気に入るものがあれば気が向いたときにご友人等に紹介お願いします」
「あ、は、はい、わかりました」
「まずこちら、足に履く靴下ですが吸湿性が良く、肌に馴染むので従来の物より長時間の行動等の時に疲労感が違います。どうぞ、今の物と履き比べて見てください」
「え! 良いのですか? それでは失礼します……」
女性は真也が差し出した見本を手に取り、用意していた椅子に座って試着をする。立ち上がって歩きだした女性は履き心地の違いに驚いた様子だ。その後、名残惜しそうに靴下を脱いで返却する。
次に真也が勧めたのは鎧の内着だ。
「こちらは鎧の内着です。従来品は柔らかい皮が主流ですが、こちらは特殊な編み方をした布になります。見ての通り厚いですが十分伸縮します。また吸湿性も良いので蒸れません。どうぞこれも試着してみてください」
そう言って女性を奥へ案内し着替えさせる。戻ってきた女性はその内着が大変気に入ったようだ。
「どうでしょう、当店自慢の品ですが、気に入って頂けたでしょうか」
「は、はい、どちらもとても着心地がすごく良くて……。けど、その、私はこんなに良い物を買えるだけのお金を持っていないんです。すみません」
彼女は実に残念そうだ。ちなみにルードは現在複雑な顔をして黙っている。
「そうですか。初めに申し上げた通り、紹介して頂けるだけでもありがたいので大丈夫ですよ。ああ、うっかりしていました、これらの品物の値段ですが、靴下が一足十A、内着が二百Aとなります」
「え、そんなに安いのですか? 私は内着で五百Aはすると思っていたのですが」
ちなみに参考物価として宿一泊五十A、貸家で月五百A、一月暮らすのに宿でなければ二千Aあれば十分暮らせる。
「ええ、ここの店主のルードは王都で腕を磨いた一流の職人ですので他の職人と同じ素材を使ってもこれだけの違いを出すことが出来るのです。素材で誤魔化すことをせずにその技で着心地を高めるのが当店の品となります」
「はー、すごい人なんですね」
真也が店にいるルードを紹介する。彼女は尊敬の眼差しをルードに向けている。ルードは恥ずかしそうだ。
「今、当店では先程紹介した内着を二着ご購入されたお客様には靴下を十足おまけで付けさせて頂いています。ただ、数に限りがありますのでお早めにお越しくださいますようご紹介者には言伝お願いいたします」
「う……、やっぱり買います。内着を二着下さい! 一着はこのまま着ていきます」
「はい、お買い上げありがとうございます。では今お包みしますので少々お待ちください」
支払いを終え、女性は嬉しそうに出て行った。ルードは呆れたような表情で真也に声をかける。
「たいしたもんだな。まさか本当に内着を二着買っていくとは思わなかった。なんであのお嬢さんは気が変わって二着も買っていたんだ? 予想では五百Aで買えないと思ったものをたとえ二着でも四百A出さないと思うんだが」
「簡単なことです。まず原価ぎりぎりの高品質な靴下で興味を引き、次に利益が出る内着を勧める。予算は最大で六百Aと見立てたのでそれに合う内着を選びました。おそらく今まで着ていた内着と大差ない金額のはずです。
こちらの本命は内着ですが彼女の本命は靴下です。今まで着ていた内着より着心地が良い物を二着買えば十足も無料で手に入れる事が出来る。靴下は消耗が激しいですからね。たくさんもらえるのは嬉しいでしょう。内着は替えにしても良いし仲間に売っても良い。つまり彼女の中では無料で十足の靴下を手に入れたような感覚なのです」
「……全然簡単じゃあねえぞ。大体予算の見立てはどうやったんだ?」
「適当ですよ。普通の人なら普段着る服は買える値段の物を選ぶものです。つまりその人が着ているものと大体同じ価格で高品質なものを出せば大抵の人は食いつきます。
余っていれば買わないでしょうが、今だけのおまけで数量限定、次来た時に無いかもしれないと暗に煽ったので余計買う気になったという訳です。人は限定に弱いですからね。このやり方も憶えてもらいますよ」
真也の言葉に悲壮感を漂わせるルード。今にも泣き出しそうだ。真也が今言った事はそう簡単に出来ることでは無い。真也にしても森羅がいなければまず無理だ。それを考えれば中々酷い事を言っている。
「大丈夫ですよ。そもそも品質が悪ければ成立しない方法なのですから。自信を持ってください」
ルードは真也の言葉に頷きながら店内の準備に戻る。多少嬉しそうだ。計画通りと真也が思ったかは定かではない。
その会話を聞いている森羅はいつも通り、無表情のまま隠れて真也の肩に乗っている。客が来た時に真也の意識に同調した接客話法や詐欺百選等の資料は今のところそのままである。
使えるものは使うのが真也の信条である。




