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第15話 毛玉命名

 腹時計のおかげで昼になるかなり前に目が覚めた真也は子犬達がまだ眠っているのを確認してから居間に行き軽く食事をした。一応魔物の肉は毎回少しずつ食べるようにしている。資料によると一度に多く食べても吸収量には限度があり無駄になると書いてあったからだ。


 食事を終えた真也は居間にある水クッションに身体を沈め、子犬達の事を考える。ちなみに森羅は横になった真也の腹の上に座っている。


「やっぱり毛玉は良いな。触り心地が何とも言えない。黒山犬にして正解だったな。さて今後どうするか……。とりあえず名前か? 森羅、あの子犬達はオス・メスどっちだった?」


「どちらも女の子です」


「ふむ、ならそれらしい名前を考えるか」


 真也は手帳に黒山犬の資料を呼び出し、読み始める。一度目に読んだときは流し読みだったので今回は後で困らないように特徴を憶えておく事にしたのだ。


「体長は平均二m程度、稀に三mを超える個体もいる。毛並は漆黒で艶がある。満月の光を浴びていない毛皮は千Aを超える時がある。但し満月の光を浴びると色が褪せていくので、生まれたばかりの個体が狩りの対象となる。満月の光を浴びすぎると灰狂犬になるが、飼い馴らされた個体は満月の影響を受けなくなる。

 頭が良く、毒餌や罠にかからない。常に集団行動をしているので注意が必要。育てれば騎獣として優秀だが、使役魔としては能力が中途半端で捕える苦労を含めると他の魔物に軍配が上がる。ただ、頭は良いので愛玩動物として求める者もいる。

 使役魔としての個体が少ないので確認された成長種類は多くない。魔法は大抵の個体が使えるようになる。上位個体として【黒狼】が確認されている」


 黒山犬は使役魔としては不人気らしい事を知った真也は不思議になる。頭が良くて魔法も使える。十分当たりだと思うがこの世界では違うのだろうかと。


 答えはこうだ。まず、使役魔は最大で三体が通常の運用である。大体の人は二体まででやめる。

 荷車用にする場合はもっと力がある魔物が選ばれる。戦闘用の場合は黒山犬の真価は集団戦闘による連携にあるので少数ではあまり脅威ではなく、普通は個体で強い魔物が選ばれる。

 そして唯一判明している上位個体である黒狼も能力が向上する程度で変化が少なく、その次の上位個体は確認されていない。

 このような理由で大部分の人が求めているものに届かず、捕えるのも一苦労なので人気がないのである。

 ちなみに使役魔にできるのは下位の魔物だけであり、上位体と呼ばれる魔物は飼い馴らすことができない。上位体を獲得するためには下位の魔物を成長させる必要がある。但し上位種に育て上げた者が一目置かれる程度には難しい。


 真也は今の所そのような理由は知らないが、たとえ知っていたとしても答えは変わらないと断言できる。なぜならば、効率を優先するような人間ならば趣味を酷くこじらせることは無いからだ。


「まあどうでも良いか。とりあえず見ながら考えよう」


 真也は森羅を肩に乗せ、子犬達の居る寝室に向かう。中に入りタオルの下で眠っている子犬達を見る。毛並はふさふさつやつや、ぷにぷにの肉球、尻尾はもふもふ。この姿を見て、かわいいのう、かわいいのう、と壊れる真也を責める人はここには居ない。森羅は当然何も言わない。十分程堪能してやっと我に返る。


「……ふう、何をしに来たか忘れるところだった。名前、名前……。女の子だからそれらしい名前……、そうだな、楓と桜にしよう。うん、いい名前だ、響きも良い。……ふっふっふっ。こういう時はやっぱりあれをやらねばな」


 怪しい笑みを浮かべた真也は子犬を一匹取り上げると左腕に抱き、右手の人差し指を子犬の額に当て命名する。


「主たる我、最上真也の名において、汝に新たなる名を授ける。汝の名は『楓』なり」


 もう一匹の子犬にも同じようにして『桜』と命名する。『〇〇〇の名において』の言い回しは中々言う機会が無いものなので、真也は逃すものかと嬉々として実行した。


 子犬を元に戻し視線を向けると、そっくりな二匹だが自然と楓と桜の区別が付いた。


「どうして見分けが付くんだ?」


「その子達の存在情報を無意識の領域で閲覧しているからです。名前等の簡単な情報は情報窓を呼び出さなくても同調し処理しています」


 不思議に思い呟いた言葉に森羅が答える。その答えに感心し頷きながら真也は外出するために部屋を出る。楓と桜はまだ眠っている。

 他の人達は使役魔にわざわざ命名しないということを真也は知らない。名を付けたとしても精々区別のために付けるのみ。これは使役魔の用途がある意味消耗品だからである。大抵の使役魔は上位個体に成長する前に死んでしまうからだ。多少は相棒のような感覚で名をつけるものもいるが、これは区分としてはあだ名のようなものである。

 独自の形式ではあるが儀式によって命名された楓と桜は更に通常とは違う成長をし始める。森羅は真也に害がなければ気にしないし、真也は普通を知らないから気が付かない。実に将来が楽しみである。



 外に出た真也は採取してきた薬草をニフィスに卸すために店に向かっていた。時刻は昼なのでいつもなら人通りが多いはずの店通りにはまばらにしか人がいなかった。いる人も全員武器を携帯しているので探索者だろうと真也は予想する。武器を持たない真也は本来であれば目立つが、今は隠蔽障壁で認識できないようにしているので注目されることは無い。


 ある程度情報収集が終了した事と、先日の黒山犬の件で探索者に対して警戒することにしたので再び隠れる事にしたのだ。解くのは必要があるときのみにしている。認識できなければ因縁をつけられることもない。


 何かあったかなと思いながら歩いていき、何事もなくニフィスの店に到着する。店に入ると同時に森羅が隠蔽を解除し、今日は店にいたニフィスに挨拶する。


「こんにちは、ニフィスさん。表が騒がしいけど何かあったんですか?」


「ノルさんこんにちは。私も良く分からないけれど聞いた話では探索者が町の中に魔物をこっそり持ち込んで逃がしたとかいっていたわ」


 ニフィスの返事に真也はある程度の理由に思い当たる。


「ああ、だから探索者が総出で探しているのですね。身内の恥を晒さないように」


「あら、そうなの。情けないわね。それで今日は何の御用かしら。また薬草を頂けるのなら喜んで買い取るわ」


 ニフィスはあまり魔物の事を心配していない様に真也には見える。そして微笑んで真也に来店の目的を聞いてくる。この様子に真也は魔物の侵入は心配するほどのことでは無いのだと認識する。

 実際はニフィス自身がそれなりに強いので怯えていないだけで、普通の人は家に閉じこもっている。強くなければ自分で薬草を採取することなど出来ないのだから。


「ええ、昨日森に行きまして色々採取してきたので査定してほしいのです。森の中には街道沿いとは違う薬草がたくさんありました。茸も採取したのですが、こちらはどうでしょう」


 真也は薬草類を六百束、茸を三十個取り出してニフィスに見せる。ニフィスは目を丸くしながらも査定を行っていく。


「ずいぶんたくさん採取したのですね。きちんと採取されているので本当に助かります。一日もあればまた生えてきますからね」


 そう、資料を読んで真也が驚いたことの一つが、普通の草と違い薬草類はとにかく成長が早いということだ。根さえ残っていれば簡単に再生する。極端な話、根を引き抜いてもある程度残っていれば再生してしまう。そのため丁寧に採取すれば薬草はいくらでも取ることが出来るのだ。但し、根ごと採取して別の土地に植えても何故か枯れてしまう。そのため採取依頼が絶えることが無いのだ。真也はいつか栽培の研究をしようと種類毎に数株土ごと採取して保存している。


「この茸も買い取りできます。そうですね……、全部で六千五百Aでどう?」


「随分高いような気がするのですが、よろしいのですか?」


 真也の予想ではこの半分程度だったので思わず聞き返してしまう。


「ええ、『虫の森』の薬草と茸は普通の物より効果が大きいから買い取り金額が高くなるの。それに取りに行ける探索者が少なく中々出回らないものだからさらに高くなる訳ね」


 真也は知らずに入った『虫の森』の情報を呼び出して見て冷や汗を流す。さすがに知りませんでしたが通用する場所ではないので『知っていて行ってきた』という態度を崩さないようにする。


「なるほど、分かりました。ではそれでお願いします」


 取引を終え、この間と同じように雑談に入る。


「そういえば、良い店を紹介して頂きました。ありがとうございます」


「どういたしまして。そう言ってもらえると嬉しいわね。あの人は変に頑固だから気に入ってもらえたのならこれからも贔屓にしてくれると助かるわ」


「大丈夫です。すでにそのつもりですから。それに、すでに自分で感覚のずれに気が付きましたのでこれから徐々に盛り返していきますよ」


「あら、そう、……良かった。私が言っても通じないだろうから困っていたの。……ありがとう」


 真也の言葉に安心したニフィスはほっとした表情を見せる。話の切が良かったので、真也はここで店を出ることにする。


「では今日はこれで失礼します。またよろしくお願いします」


 真也は挨拶を交わして扉に手をかける。扉を開ける前にお辞儀をして、ニフィスがお辞儀を返して視線が外れた時に隠蔽をかけてすばやく外に出る。これからは基本このように動くことにしている。


 まだ騒がしい町の中を歩いて家路に着く。もちろん真也は騒ぎを収めるつもりは全くない。たとえ目の前に居たとしても無視しただろう。店も軒並み閉まっていたので何も買わずに家に着く。


 最初に楓と桜の様子を見に行き、眠っている姿を堪能してから魔道具の実験に入る。


 大体の基礎実験は済んだので今度は概念の込め方による効率の違いを調べていく。やり方としては同じ光量、魔力密度の核を作り、作り方による持続時間の違いを測定する。作る方法はまず直接文字を記入した時と設計図の説明で記入した時に違いがあるか測定する。後者は文字が表に出ないので製法が盗まれにくくなる。ちなみに資料には概念のみで作成できれば一流とあった。


 これの結果は直接記入した物より説明文で記入した物の方が効率が良いと分かった。これは直接記入は一度文字を経由して発動するのでその分効率が落ちる為だ。ではなぜ世間では文字入れ魔道具が主流かと言うと、一流以外が概念のみで作成した場合はどうしても雑念が多いため文字より効率が落ちる為だ。


 次に、それぞれ『光』『ひかり』『ヒカリ』『Light』と効果を記入した設計図から核を作成し、同時に発動させて効率を測定する。

 結果は『光』>>『ひかり』>『ヒカリ』>>『Light』となった。これに関してはひとつでは実証できないので他にもいくつか同様に実験した。

 それで分かったのは表意文字は即座に意味が分かるので効率が良く、表音文字は全てそろうまで意味を持たないので効率が悪い。また文字数が多くなると消費魔力が大きくなる事も判明した。


 これらの実験結果から最大効率の核を作成する条件は、概念のみで作成し、込める概念量は少なくする事となる。真也の設計図の場合は、効果は説明文で記入、箇条書きで短く書く事になる。

 この世界の文字は表音文字なので、中々文字を短くすることが出来ない。これも魔道具が進歩しない要因である。


「ここまで分かれば何とかなるか。あの店に必要なのは十分な明るさと持続時間、簡単な入切程度だから、スイッチを付けて明るさを変化出来るように作れば持続時間が調整できる。後は量で補えば大丈夫だ。

 確か、ある地点の明るさは光源からの距離の二乗に反比例するはずだったから、仮に持続時間を二倍にすると明るさは四分の一になるはずだ。

 ふむ、とりあえず持続時間を【解析】で判別して必要量を作ろう。持続時間は十二時間で良いか」


 真也は試作品の作成に取り掛かる。そして壁にぶち当たる。


「……持続時間が足りない。足りるようにすると今度は店中に付けても明るさが足りなくなる。……その辺にある魔石では魔力密度が足りないという事か。

 いやしかし、高価な魔石を使ったら原価がかさんで売り物にならない。……駄目だ、思いつかない」


 真也はため息をついて頭を掻く。傍にいる森羅の頭を撫でながら考え続けるが、良い案は一向に思いつかなかった。森羅は相変わらず無表情で動かずに真也を見ているが心配しているようだ。


「しょうがない、ここは気分転換をしよう。そうすればきっと数ある話にある通り、良い案がいきなり閃くに違いない。うん、そうだ、そうしよう」


 行き詰まった真也は一度気分を変えるために楓と桜の所に移動する。寝室の扉を開けて中に入ると毛玉を堪能するためにタオルの所に行き、座るとタオルの下を覗き込む。


「あれ、いない」


 真也は首を傾げ、周囲を見回そうと顔を上げる。その時左右から黒い塊が真也に体当たりを仕掛けてきた。


「ぐえっ。……何だ、何が……うひゃうひゃひゃ、こら、やめ、止めなさい。ひゃひゃ」


 仰向けに転んだ真也の上に楓と桜が乗って真也の顔をなめまくっている。真也の言葉に楓と桜は一度なめるのを止めるが、今度は交互になめ始める。ちなみに森羅は空中に浮かんで襲撃の回避に成功している。


「疲れたな、疲れたんだな、だから交互にしているんだな。……よっこらしょ。全く、いきなり連携するとは本当に頭が良いな」


 二匹を顔から引きはがして真也は身体を起こす。二匹は真也の腕の中からつぶらな黒い瞳を向けて、ぶんぶん尻尾を振っている。それを見てにやける真也の肩に森羅が着地し座る。


「うんうん、かわいいのう。まさかいきなり連携して時間差の波状攻撃を仕掛けてくるとは予想外だったが、かわいいから許す! しかし惜しい、あと一匹いればジェット何とかが出来たかもな。三位一体の連続攻撃……ロマンだ……実に良い……、ん? 連携……時間差……三位一体……連続……。これだ!」


 漫画であれば頭の上に電球が点灯したような勢いで真也は立ち上がり、走って居間に行き実験の為に設計図を起こし始める。今の真也にはきっと周りが見えていないに違いない。森羅は肩から転げ落ち、二匹は放り出されたのだから。

 放り出された一人と二匹は特に文句を言うでもなく後をついてきて、おとなしく座って真也を見つめている。




 やはり変人には理解者が必須だとわかる一幕であった。


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