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第14話 惨劇とその後

 朝になり出発の準備を終えた真也は巣がある地域に直進せず、わざと回り込むように移動する。これは先行する集団と鉢合わせしないようにするためだ。

 距離があるため【探索】魔法では詳細に相手の位置が把握できないが、大雑把には分かるので昼頃には目的地に到着することができた。


「……で、何があったんだろう?」


 山の岩肌には洞窟があり、黒山犬の巣であったのだろうと推測される。何故推測かと言うと、洞窟の周囲には地面が焦げた跡や、抉られたような跡があり、バラバラになった魔物の死骸や血がそこらじゅうに飛び散っているからである。真也がここに来た時には灰狂犬の群れが死骸を漁っており、森羅が灰狂犬を始末した後に残ったのがこの現場である。


 臭いが酷かったのですでに周囲一帯に【浄化】をしたが、それでもまだ臭う。


「先行した集団が戦闘したのは間違いないだろうが、ずいぶんひどい状態にしたもんだ。遠距離からの魔法で先制した後で出てきた黒山犬を順次殲滅といった所か。で、取れる素材をとって後は放置して引き上げる。血の匂いにつられて灰狂犬が来て、こうなった。といったところか」


 真也は現状から考えられることを推理する。


「依頼内容はなんだったのかな? 黒山犬は人里まで来ることは無いから駆除依頼は考えにくい。素材採取にしては攻撃方法が過激だ。火を使えばせっかくの毛皮が駄目になる。後は使役魔にするためだと思うけど、もしかしたら捕えてこいが依頼かな。それならこの惨状も納得だ。強い個体を倒して弱い個体を捕まえる。依頼の達成だけを考えれば間違った選択じゃない。お近づきにはなりたくないけど」


 真也の推理は大体あっている。そもそも資料に同様の捕まえ方が載っていたので、探索者にとってはこれが当たり前の方法なのだ。


 真也は攻撃の起点であろう場所を見てみる。周囲の草が荒らされ、食い散らかされた何かの一部が見える。すぐに目をそらし、ため息をつく。


「犠牲者がいたようだが、火力が足りなかったのか? それとも洞窟から出ていた黒山犬の別働隊にやられたか、灰狂犬が寄ってきたかして不意を突かれたのかもな。

 何にしても死んだ者は放置か。あまり感心できないな。まあ良い、森羅、周囲を探索。生き残りが居ないか調べてくれ」


「わかりました。……人の反応はありません。魔物は弱い反応を検知しました。あちらに五百m程です。他には反応はありません」


 森羅が指差した方向は真也が来た方向の逆だった。真也はその方向に首を傾げながら向かう。戦闘の生き残りにしては距離が離れている。逃げたような痕跡もなく、そんなものがあれば襲撃者が見逃すはずがない。

 草を掻き分けながら進んだその先には大きな木があり、その根元にはぽっかりと穴が開いている。


「その穴の中に反応が二体あります。大きさは二十cm程度で徐々に反応が弱くなっています」


「障壁で包んで逃げられないようにしてから取り出してくれ」


「はい、障壁術式起動、元素術式起動」


 森羅は対象を障壁で包み込み、風で持ち上げて穴から取り出す。出てきたのは毛も生えそろわない未熟児の黒山犬の子犬だ。産まれてすぐ放置されたらしく身体は血と羊膜で汚れ、半分乾いていた。魔物だからその生命力で今まで生きながらえてきたが、普通の動物では産まれてすぐに死ぬだろう。この子犬たちももはや弱く息をするのみとなっている。


「……何で子犬がこんな所にいるんだ? 普通産むなら巣の中だろうに。はて、襲われてから来ることは出来ないから、初めからここに居て襲撃に驚くか何かして早産してしまった。産んだ後母親は群れを襲う襲撃者達に戦いを挑み殺された……か? 前提条件に無理があるな」


 種を明かすとまず情報として黒山犬は満月の光を浴びると徐々に毛並が灰化して最後には灰狂犬になる。この子犬達の母犬は先日の満月を浴びて半ば灰狂犬になっていた。なので巣穴から離れてここにいたのだ。そして襲撃の音を聞き戦いに行くとき、邪魔な物を排出して出て行き探索者を後ろから襲撃して何人かを道連れに殺されている。


「まあ、良いか。時間もないし始めよう。森羅、障壁を融合して子犬に直に触れるようにしてくれ。念のため二匹とも拘束はしておいて」


 真也は子犬達を見て飼い馴らしをすぐ行う事にした。魔物は魔力でその命を維持するわけだから飼い馴らしのために魔力を子犬達に流せば回復すると考えたのだ。


「はい、障壁術式変更、元素術式変更。……完了しました」


「ありがとう。さて飼い馴らし方は額に手を当てて魔力を瞳の色が変わるまで流すだったな。……森羅、どうすれば魔力を相手に流せるんだ?」


 真也はその場に胡坐をかき、子犬達を抱き寄せ片手で額に触れ、さあ魔力を流そうとした所で魔力の流し方を知らないことに気が付いた。一番重要なことを今まで気づいていなかった真也は慌てて森羅に聞く。なんせ魔力を流す行為はお話の中ではありふれたことだったので何故か自分も出来ると思い込んでいたのだ。馬鹿である。


「主様は魔法は使えませんが魔力を直接放出することは出来ます。今も全身から少しずつ放出していますので、それを束ねて手から放出するイメージを持ってください。一時的に主様の魔力の流れを活性化します。魔力を認識しやすくなりますので放出するイメージに役立つと思います。強化術式起動、活性化開始」


 真也は目を閉じ、手から魔力が流れ出すイメージを思い浮かべる。身体の中、鳩尾の辺りに何やら温かくなったものを見つけ、そこから出る【力】を手から放出するように思い描く。


「お、大丈夫そうだ。森羅、終わるまで補助をよろしく」


「わかりました。共有領域に魔力経路を設定、同調開始します」


 真也はそのまま魔力放出のため集中に入る。その集中は深く、時間が経つのも忘れて子犬達に流し続ける。

 森羅はその間、周囲の警戒と子犬に魔力を流す作業を補助していた。具体的には真也と繋がっている共有領域に新たに子犬達への経路を設定し、魔力が流れやすいようにした。何かを狙って行ったわけではないが、これによって子犬達と真也の間に魔力経路がつながった状態で固定され、普通の使役魔とは違う状態になってしまった。





「強化術式解除、同調終了。主様、もう大丈夫です。先程この子達の存在情報が書き換わりました」


 森羅の言葉に真也は集中をやめ目を開ける。手元を見れば先程と違い、少し大きくなり黒々とした毛が生えた子犬達が眠っていた。その姿に多少驚いたが、弱々しかった呼吸が安定しているのを見てほっと息をついた。安心して顔を上げると、周囲は暗く、多少空が明るいだけの状態だった。


「……まずい! 野営の準備をしなければ! 森羅、この辺で野営できそうな所に案内たのむ!」


 真也は慌てて子犬達を抱きかかえて立ち上がる。暗い森を歩くのは無謀だが、明かりと森羅の案内があれば問題ない。そう考え真也は森羅に指示を出した。


「もうじき夜が明けますので、それから移動した方が安全です。野営地までは距離があるのでここで仮眠をとってはどうでしょうか」


「……へ? もしかして徹夜した?」


「はい。今は出発してから三日目の朝です」


 通常はここまで時間が掛かる事は無い。今回は変則的な方法を使ったので子犬達は途中で使役魔に似ているが全く違う存在になった。そのためここまで時間が掛かっている。


 森羅の答えを聞いて真也はその場にまた座り、子犬達を触りながら今後の予定を考える。


「……仮眠をとって今日は野営地まで行き、明日町に帰る。これしかないか。……はて、何か忘れている気がする。なんだっけ? 薬草も十分採取したし、使役魔も確保した。やり残しはないはず……」


「明日はルードさんとの約束の日です」


 呟きながら考える真也に森羅は首を傾げて予定を伝える。それを聞いた真也は思い出して顔を青くする。


「ま、まずい、確実に間に合わない。……いや、今日夜通し歩けば何とか……。何か良い方法はないか」


 無い時間を取り戻すべく、真也はかなり無茶なことを考え始める。いくら森羅がいるから大丈夫といっても夜の森の闇は深い。それに体力は人並みなのだから夜通し歩いても真也の速度では朝までに辿り着ければ良い方だ。


「……駄目だ、どう考えても間に合わない。どうしよう……」


 自分の都合で一方的に約束を破ることになってうなだれる真也。元の世界と違い、連絡する手段がないのでこうなるとどうしようもない。うなだれる真也を見て森羅は首を傾げて提案をだす。


「主様、早く町に戻る手段として転移門があります。家にある水絨毯等は私が直接維持していますので、遠隔操作を行って術式を組み換え門を作れば一度だけ短い時間ですが跳ぶことができます。ただ、組み替えた後は水を維持できませんので家中水浸しになり、すぐ操作を行っても外に漏れると思われます。」


 今までは真也が自分の足で移動することを楽しんでいると感じていたので森羅は別の移動手段があっても何も言わなかった。しかし今は早く帰りたいようなので最速の移動手段を提案した。

 他の移動手段として隠蔽して空を飛ぶ等があり、夕方までに町につければ良いのでこちらの方が選択としては正しいのだが、そこまではまだ森羅の考えは至らない。それでも初日に比べれば随分早い成長と言える。

 真也にしても森羅に聞くことを忘れて自力で何とかしようと考えていたのでどちらが悪いかと言えば真也の方だろう。


 真也は示された手段のデメリットを考えたが、目を瞑ることにする。まだ早朝だし町外れなので誰もいない事を期待する。いきなり家から水が溢れてきたら目立たないはずがない。


「……背に腹は代えられない。転移する。森羅、やってくれ」


 真也は立ち上がり、いつでも移動できるように準備する。子犬達は落ちないように懐の中に入れた。


「わかりました。元素術式を時空術式に変更、転移門構築……完了。開門」


 森羅の言葉と同時に真也の目の前に高さ二m、幅二m程の光るアーチ型の門が現れる。真也はすぐに飛び込み、森羅もそれに続く。残された門は二人が消えた後、すぐ消失した。


「時空術式解除、元素・浄化術式起動」


 真也の耳に森羅の声が聞こえる。周囲は暗く、良く見えないがどうやら居間の所に転移したようだ。外に出て確認しようとした時、周囲が明るくなり真也は目を細める。


「主様、家の術式を再構築しました。予想通り大分外に水が漏れていましたがすべて回収し痕跡は消しました。家の周囲に人はいません」


 森羅の報告に真也はほっと息を付き、念のため外を見て誰もいない事を確認する。外はまだ暗くさすがにまだ誰も起きていないようだ。


「どうやらうまくいったようだ。ありがとう森羅、助かった。……安心した所で寝よう」


 真也は靴を脱ぎ寝室に移動して子犬を取り出すと、新たに森羅が作った水クッションに入れタオルをその上にかける。森羅に【浄化】をかけてもらい自分と子犬達の汚れを落とすと水クッションに横になり目を閉じる。やはり疲れていたのかすぐ意識は闇に飲まれて眠ってしまった。


 森羅はそれを見届けてから明かりを消し、真也の懐に潜り込む。




 目覚めが腹時計だったのはご愛嬌だろう。一日何も食べていなかったのだから。

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