第12話 調査、検討
昼食を食べ終えた真也はさっそく商業ギルドに行き、魔物の肉を換金することにした。建物の中に入り受付に行くとアランがいたので声をかけた。なにやら中が慌しいが大丈夫だろう。
「こんにちはアランさん、昨日はお世話になりました。親切な方を紹介して頂いて助かりました」
「こんにちはノルさん、ありがとうございます。そう言って頂けると仕事の励みになります。今日はどういったご用件でしょうか」
昨日と同じくにこやかに応対するアラン。隣では受付の若い女性が潤んだ目で、ちらちらとアランを見ている。それを見て真也は当然、『爆発しろ』と思っているが同じく微笑みを浮かべて用件を告げる。
「素材を卸したいのです。査定して頂けますか」
「わかりました。ではあちらの部屋へお願いします」
アランは受付から出てきて昨日とは別の部屋に真也を案内する。部屋の中には大きな器が置いてある引出し付きのテーブルがあり、二人は向かい合って椅子に座る。
「買い取る品物は何でしょうか」
アランは引き出しからファイルを取り出し真也に尋ねる。
「大牙猪の肉ですが、どうでしょうか」
「……それなら大丈夫です。魔物の肉は常に需要があるのでいつでも受付しています。値段も他の素材と違い、買い叩かれることがありませんからそれなりに出ます」
「そうなのですか? 探索者ギルドでも買取しているので余りそうに感じるのですが」
向こうの方が取り扱い量が多いはずと推測していた真也は意外に思い質問する。
「探索者達は換金するより自身の強化に使用するので、肉は中々手に入らないのです。強くなれば楽に仕事がこなせるようになり、結果として裕福になりますから。それに客層の違いもあります。探索者ギルドは主に平民を相手にしています。私共商業ギルドは主に貴族を相手にしているので住み分けが出来ているわけです。供給が中々ないので、数量は多少多くても引き取ります」
「なるほど、わかりました。ではこちらが品物になります」
説明を聞き、納得した真也は大牙猪の肉をリュックから一頭分のブロックを取り出し、テーブルの入れ物に入れる。大牙猪の肉は一頭分でもかなりあり器いっぱいに山盛りになる。
アランはすぐ査定に入り、金額を告げる。相変わらず優秀だ。
「とても良い状態ですね。これなら色をつけて全部で千二百Aになります」
にこりとさわやかな笑顔で金額を真也に言う。真也に異論はないのでこれで決める。
「ではそれでお願いします。支払いは口座にお願いします。ついでに税金等の支払いも口座から自動で行う様に手続きをお願いします。」
「了解しました。ありがとうございます」
「それと追加であと四頭分売却したいのですが、よろしいですか?」
笑顔が固まったアランを見た真也はしてやったりと思いながら微笑みを返した。
「ではこの上に腕輪をのせて下さい。……はいもう大丈夫です。口座に六千A入金致しました。ご確認ください」
真也はアランに渡されたプレートのようなものを腕輪につけ金額を確認する。きちんと口座にあることを確認してアランにプレートを返す。
アランはあの後すぐに復帰して手続きを開始した。保管箱を持ってきて一頭ずつ査定して箱に入れ、一緒に持ってきた魔道具で入金を行った。
一度に五頭は目立つが、一頭ずつ狩って保管しておいたならそんなに変なことではない。収納バッグがあるからやろうと思えば簡単に出来る事だ。なのでアランは旅の間に溜めておいたのだろうと思っている。当然繰り返せば不審に思われるので、真也はもう一気に売るつもりはない。
取引が終わり、帰ろうとする真也にアランは声を掛ける。
「ノルさん、大牙猪の毛皮と牙はまだ換金せずに手元にお持ちでしょうか。もしあるならば先程の五頭分を売ってほしいのですが」
「……ありますが、これは特に急いで換金するつもりはありません。個別に売って利益を高くする予定なので」
真也は一応断りを入れる。こういう切り出し方をする場合、買い手がすでにいる場合が多い。なので念のためよくある副音声で憶えていた言い方を練習も兼ねてしてみた。ちなみにもう売る気になっているので提示された金額で売るつもりだ。なお副音声は『個別に売るより高く買い取るなら売るよ』という単純なものである。アランがこれに気が付かないはずがない。
「わかりました、では一頭二千A、計一万Aでどうでしょう」
アランは迷わず金額を提示する。真也は相場を知らないので分からないが、大体個別売りの二割強の色が付いた金額である。通常時のギルドの買取が千Aであることを考えれば破格である。
「それなら良いですよ。……これが品物になります」
真也は即答し品物を五頭分取り出す。アランは品質を確認し、保管箱に収納する。その後入金処理をして、真也に確認をしてもらうためプレートを渡す。
「……千A程多いと思うのですが?」
「品物の状態が大変良かったので上乗せさせて頂きました。
……実は大口取引先から緊急に明日の朝までに五頭分必要だとつい先程ノルさんが来る前に知らせが入りまして、一頭だけなら何とかできるのですが、さすがに五頭となるとどうしようもなく難儀していたのです。おかげで信頼を失わずに済みます。ありがとうございました」
「そうでしたか。ちなみに普通はどの程度の期間で入荷するのですか?」
「いつもですと大体月に一頭といったところでしょうか。探索者ギルドにはもっと入りますが、傷で使い物にならなくなる部分が多いのです。その点でも助かりました。あの品質のものは中々出回らないのです」
「お役に立てて良かったです。ではこれからもよろしくお願いします」
真也とアランは握手を交わし商談を終えた。
真也は次の目的地に歩きながら今後の行動を考える。
(結構まとまった収入があったからしばらくお金の心配をしなくて済む。後は探索者ギルドで資料を調べてからだな。明日は薬草採取とまだ狩ったことのない魔物のところに行ってみよう)
考えているうちに探索者ギルドに到着し、中へ入る。受付で資料の閲覧を申し込み、銀貨一枚を支払う。資料室に入ると薄暗く、本独特の匂いが充満している。十畳ほどの部屋に本が押し込められているのでかなり狭く感じる。真也は他に利用者が居ない事に感謝して調べ始める。
(『森羅、片っ端から記録していって。手早くお願い』)
(『分かりました。記録を開始します』)
森羅はリュックの上から浮かび上がり端の方から記録を開始する。薄暗い部屋に光る記録時の輝きは結構目立つ。何か対策を考えねばと真也は思いながら、本を探していく。
夕方まで篭って情報を集める。結局誰も来なかったので全部の本を記録できた。見つかった本から得られた情報の主なものは次の通りである。
暦は一日約二十四時間、七日で一週間、四週で一月、十三ヶ月で一年である。つまり地球より一年が一日短い。七年に一度最終月の週が五週になり暦が修正される。
地理は大雑把に言って、ここは大陸北東部になる。国名はコーナ王国、中規模の国だ。大昔に大陸が統一されて長く統治されたので言葉や通貨は大陸中で共通である。
古代に統一されていた国名はシーヴァラス帝国。二千年前に起きた大異変によって一夜にして滅んだと云われている。大異変によって記録が五百年程途絶しているので今では伝説の帝国である。
魔法は念じるだけで誰でも使うことができる。イメージが鮮明であるほど必要魔力量が小さく、効果も大きい。そのため自己暗示の一種として呪文を唱える者もいる。魔力の大小は個人差があり、普通の人はそれなりにしか使えない。人を一撃で殺せる程度の魔法を使える者は魔術士と呼ばれる。普通の人と魔術士の割合は大体千人に一人程度。
魔道具は魔力を帯びた素材を核としてそこに概念を込めたもの。概念の込め方は人それぞれで念じて入れる人もいれば文字を書く人、絵を描く人もいる。
誰でも手軽に作成できるが、一度概念を込め終わった素材に対して概念の修正や更なる追加は出来ないので複雑なものほど作成が難しい。同じ文字で概念を込めても人によって違いが出る。素材に内包する魔力量までの魔法しか発現できない。よく使われる魔力密度の低い魔石はどこにでも落ちているが、魔力密度の高い魔石は理由は不明だが強い魔物の体内で発見されている。
この世界にいる種族は獣の特徴を持ち個人の戦いに長けた獣人、美しいエルフ、器用なドワーフ、そして個々は弱いが集団で強い人間の四種族である。これを総称して人と呼ぶ。
国としてはエルフで一国、ドワーフで一国、獣人で二国、残り人間で人間が一番勢力が大きい。
魔物が多いので国家間の戦争はほぼ起きない。戦争が起きた土地には魔物が増えるので酷いときは国がなくなることもあった。色彩に関しては資料が特に無かった。
使役魔とは飼い馴らした魔物の総称。魔力で糧を得るので食料が掛からないが飼い馴らした主以外には懐かないので譲渡できない。
飼い馴らし方は魔物の額に手を当てて魔力を流し、魔物の赤い瞳が使役者の色になれば完了で、使役魔に出来るものと出来ないものがあるので注意が必要。
飼い馴らす時間は個人差と個体差があり、多く飼い馴らしている者は時間が掛かるのが確認されている。そのため余り多く飼い馴らすのは良くないと言われている。普通は多くても三頭程度。
使役魔は主の魔力の余剰分をもらい成長する。主によって同種族でも異なる成長をする。若い個体の方が弱いが成長しやすいので通常はそちらを狙う。ある程度まで成長すると上位種族に変化する。
ただ捕獲が難しいのと役に立つ所が限られるので使役魔を持つ者は思ったより多くない。その他この近辺に生息している魔物の情報や、生産物など沢山の情報を得た。
真也はなかなか有益な情報を得ることが出来たと喜んでいる。森羅が記録してデータベース化してくれたおかげで知りたいことが書いてある本を読むことが出来た。その森羅は真也に褒めてもらって何となく嬉しそうである。
調べ終えた真也は帰るときに木材を扱っている店に行き、大きさ三十cm角、長さ二mの木材を買い込み家に帰る。
「さて夕食の前にひと仕事してしまうか」
真也はリュックから木材とノートとペンを取り出し、ノートに図案を書いていく。
「まずは皿か。箸やスプーンはあるからお玉や菜箸を作ろう。平皿、深皿、小皿、お椀、蓋、どんぶり、シチュー皿、コップ、受皿、お玉、菜箸、テーブル、椅子、こんなものか」
真也は次々と創りたい品物をノートへ図案を描いていく。これもやはり速く写真のような出来栄えである。作成した図案を見て首を傾げるが、なぜこんなにうまく書けたのか理由を思いつくことは出来なかった。
まあいいかと真也が材木を加工しようとした時、珍しく森羅から話しかけてくる。
「主様、【設計図】を元に【改変】の魔法で作成すれば時間が掛からず、【設計図】通りの品物が作成でき材料も無駄な部分がでません。作成しますか?」
真也はその提案に驚き森羅に聞き返す。
「……今言った内容は分かるけど、とりあえず設計図って何の事?」
「先程主様が作成していた図案のことです。【作図】で作成した設計図は『知の泉』にも記録されますので私の方で閲覧、利用が可能です。描かれていない詳細の設計は主様の記憶の中にあるものと同じですので問題ありません」
真也は森羅と図案を交互に見て、やっと何故こんなに正確に速く描けるかを理解した。特殊技能の説明を受けたときに、地味だったのでしばらく使わないだろうと思い検証をしていなかったのだ。そして森羅が優秀すぎるためすっかり特殊技能の事を忘れていた。
「ああ、すっかり忘れていたよ。ありがとう、お願いするよ。食器と調理器具と椅子は各四つ、テーブル一つだ」
真也は笑いながら森羅に加工の実行を伝える。作る事は嫌いではないが、趣味でもないので楽をできる部分は手を抜くことにためらいはない。森羅は頷き魔法を木材に対して実行する。
「わかりました。改変術式起動、対象、設計図選択、数量指定、実行」
森羅の声と共に木材が光を放ち、形を変えていく。一分も掛からずに作成を終え、床には余った木材とテーブル、椅子が置かれ、テーブルの上に皿などが置かれていた。
真也は作成された品物を見て感心する。特にテーブルと椅子には継ぎ目がなく、一本の木から切り出されたような出来である。確かにまだ部品までは考えていなかったなと真也は理由を思いつく。これも売り物になりそうだと喜んだ。さすがにこのままでは目立つので売るなら継ぎ目も考えたものにするが売り物が増えるのは良いことだと後での販売を検討することにした。
余った木材は真也が考えていたよりずっと多い。端材が出ない分無駄がないからだろう。
「実にすばらしい。ありがとう森羅」
「はい、どういたしまして」
森羅はお辞儀をする。まだ無表情だが嬉しそうなのは真也にも何となくわかった。気分が良くなった真也はその勢いのまま突き進んでいく。暴走を止める者は、今の所誰もいない。
「よし、これなら最後の大物も問題なく作成できる。早速作成だ! 森羅、頼りにしているぞ!」
「はい、お任せください」
いきなり大きく手を振り回し奇妙な踊りを踊る真也に、森羅は全く動じる事無く返事をする。
普通の人ならこの時点で何歩も後ろに後退り、最後には居なくなってしまう。今まで実際そうだった。この手の事は気が緩んでいる時にポロリと突然現れるので、気を付け様が無い。
しかし森羅はそんな事はしない。森羅にとって主の役に立つ事は、如何なるものにも変える事が出来ない程嬉しい事だからだ。その際行われる主の奇妙な行動など気にする必要がある事ではない。
真也の突発的な行動に動じる事無く付き合える森羅は、本当に良い子だと誰もが思うだろう。どんな事でも、理解ある相手と前振りはとても大切なのですよ。