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第11話 嘘も方便

「商売繁盛の秘訣?」


 ルードが訝しげに聞き返す。疑念が怒りに変わる前に真也は話を続ける。お前は馬鹿だと言われて怒らない人はまずいないからだ。


「ええ、どんな所にでも使える汎用性のあるものですが、これが意外に気が付かないのです。言われれば簡単なことなのですが、理解して実行している人は中々居ません」


 真也は『気が付かないのが当たり前』と刷り込む。人は多数に所属すると安心するものだ。


「旅をしていて世話になった店にこの秘訣を教えることが稀にあるのですが、皆さん売り上げが上がったと喜んでくれました」


 当然嘘である。ここで真也は『あなたにだけ特別に教えます』『みんなが成功した』と思い込ませる。藁にすがるしかない人は特別とみんなに弱い。普通の人はまず無視する言葉にルードは見事に釣られた。

 知り合いに紹介されたということもあるだろうが、本職ではない真也の話術に釣られる程限界だったということだろう。


「ほう、それはすごいな。良いのか教えてもらっても」


「ええ、お世話になったお礼にぜひ受け取ってください」


 ルードは嬉しそうに笑う。『私がしてあげたい』、『自分は損しない』実に甘い毒である。今回は不利益をもたらすわけではないから毒ではないが。


「そうか、じゃあ聞かせてくれ」


 見事真也は『こちらから言い出したこと』を『相手から求めた』にすり替えることに成功した。第一段階終了である。まだ心臓の鼓動は速いまま、次の段階へ進む。


「ええ、それは『清潔感と開放感、分かりやすく朗らかに、全てのモノは適材適所』です」


 真也は言いたいことを簡潔に、そして覚えやすい形に組み直した標語をルードに示す。長く、覚えにくいものではそのうち忘れるからだ。


「それだけか?」


 ルードは予想外という表情だ。秘訣というからには分かりにくいものだと思っていたので拍子抜けした形だ。


「これだけです。これだけですが、誰も気が付かないのです。今から説明しますね」


 真也はテーブルの上に手を組んでにこやかに話を続ける。


「まず『清潔感』ですが、これはそのままです。汚く見える店に客は来ません」


「……それは大丈夫だな。毎日掃除をしているからきれいなもんだ」


 ルードは自信ありげに言う。真也は内心引っかかったと喜んでいたが、申し訳なさそうな声で相手に事実を伝える。


「必要なのは『清潔である』ことではなく、『清潔に見える』ことなのです。いくら店が清潔でも、清潔に見えなければ無意味です。この店は日差しが入らないためどうしても外から入ると薄暗く感じるので、その結果店内が汚く見えるわけです」


「な、なるほど……」


 店が流行らない原因を目で見える形で提示されたルードは勝手に納得する。実際は室内が暗すぎるからだが、外が明るいからと言われれば原因は別にあったと思い込む。


「次に『開放感』ですが、これも似たようなもので狭く感じる部屋に長く居たいとは思いません。どうしても広い屋外から暗い室内に入ると圧迫感があり、感覚で狭いと思ってしまうのです」


 ルードは頷きながら聞いている。


「次の『分かりやすく朗らかに』ですが、客はどんな店か見ただけで分からない所には入りませんし、知らない人より知っている人を選びます。

 この町の人はルードさんが一流の腕を持っていることを知らないし、来ないのですからとても親切であることも知りません。だから二流半でも知っている店にいくのです。

 それに同じ物なのに個人毎に購入金額が異なれば信用を失いかねません。きちんと原価を押さえて定価を決める事が大切です」


 『自分が』宣伝をせず悪い対応をしているではなく、『町の人が』知らないから来ないに変える。正常な時ならばこんな子供だましには引っかかることは無い。しかし、すでに事前の指摘で納得する下地ができているルードは騙されてしまう。ある意味素直と言える。


「最後の『全てのモノは適材適所』は、十Aを持っている客には十Aの物を売り、千Aを持っている客には千Aの物を売るということです。十Aの客に千Aの物は買えませんし、千Aの客は十Aの物に見向きもしません。適切な物を適切な人に提示しなければ商品は売れないのです。この町にいるほとんどの人は王都と違いお金持ちではありません。たとえ商品が良くても買えない物しか置いていない店に客は来ないでしょう。」


 最後にだけ真也は『自分が悪い点』を混ぜる。最初に否定されていれば以降全て警戒して聞かれてしまうが、『自分のせいでは無い』と暗に肯定されて聞く態勢になっている今ならば受け入れてしまう。そして人は全部肯定または否定されると逆に怪しく思うものだ。

 

「……確かにその通りだな。どんなに良いものでも金がなければ買わないのは当たり前だ。俺は今までこの町ではなく王都の感覚で商売していたのだな……」


 無事に誘導が終了できた真也は心の中でほっと息を吐く。今回は偶々ルードが求めていたことが分かりやすかったためうまくいったが、それでも綱渡りであることに変わりはない。


「これを元に店を改良すれば徐々に上向いていくことでしょう。以上が秘訣の説明になります。値引き分のお礼になったでしょうか」


「いや逆にもらいすぎた。ありがとう。心の靄が晴れたようだ。……そうだ、何か俺にできることがあったら遠慮なく言ってくれ」


 ルードは明るい声を出す。表情も最初とは比べ物にならないくらい明るい。それを見た真也は最後の仕上げにかかる。これまでの説明ですり替えたことを真実にしなければまた逆戻りだからだ。運よくルードの申し出があったので、今回はそれに乗ることにする。


「それでは、実はこの店の改装案をいくつか思いついたので検討してほしいのです。どうでしょうか」


「そんな事で良いのか? その程度では礼にならないと思うが」


 ルードは意外な提案に首を傾げる。実はこの時点で目的は達成したも同然なのである。まず金銭が直接絡まないので拒否感が少ない。次にルードにとって苦労する事ではなく、何をすれば良いか考えついていない現在、むしろ提案は好都合である。最後はその道の権威が示す『都合の良い提案』を受け入れない素人はまずいない。

 受け入れてしまえばその事を決めたのは自分になるので、金銭がある程度動いても必要経費と思ってしまう。普通の人には信じられない事だが、現実には騙されていると思っていても金を払う人がいる。

 つまり、すでに真也の案が実行される公算が極めて高い状態になっているということだ。


「ええ、十分です。では大きめの紙を何枚かと書くものを貸して頂けますか」


「わかった。すこし待ってくれ」


 ルードはテーブルの上を片付けて奥から一m四方の紙とインクと羽ペンを持ってきて真也に渡す。


「ありがとうございます。では少々お待ちください」


 真也は羽ペンを持ち、頭の中に思い描いているこの店の姿を紙に書き写していく。その速度はかなり速い。羽ペンが通過した所には下書きもなくきれいな図案が描かれていく。まるで印刷しているかのような速度だ。

 ルードはその速さに驚愕し食い入るように見つめている。これで飯が食えるような事なのだから当然である。


 真也は三十分ほどで書き上げ羽ペンを置く。出来たものは平面図と四方の展開図が一枚ずつ、表のイメージ図と店の手前と奥から見たイメージ図を一枚ずつ、服を着たルードの四方イメージ図の計六枚。


 自分自身で驚きながらも、その出来に満足した真也はルードに図案を見せる。当初は大雑把なものにする予定だったが、腕が勝手に動いているかのような感覚に身を任せた結果、写真のような出来になっている。


「これが思いついた改装案です。どうでしょうか」


「……あ、ああ。……すごいな、これは」


 未だに驚いていたルードだが、真也に促されて図案を見ていく。白黒だが文字ではなく絵で表現されたそれは一目で出来上がりの様子が分かる。


「まず店を明るくするために光の魔道具を多く天井と壁に配置します。現在の天井と壁ではせっかくの光が吸収されて狭く感じてしまうので、意匠も兼ねて白い布をゆったりと張り、光を柔らかく反射させて暗くなる部分を消して広さを錯覚させます」


 真也は図案に込めた意図を説明していく。ルードは図案を見ながら説明を聞き、頷いている。


「普段は外から店を見ることができるように扉を開けっ放しにして、ぶしつけに覗かれないように目線の高さに切れ目を入れた布を上から吊るします。これは暖簾といいます。

 店内には見本を何個か吊るしてそれに材質とそれの利点と欠点、値段を記入します。こうすれば物と質と値段を訪れた客は一目で理解できます。

 店の表には大きな彫り込み看板を設置しここが服屋であることを周知します。扉の脇には立て看板で何ができるかとそれにかかるおおよその費用を記入して客の興味を引きます。こうすれば客は自分で予算を確認してくれます。店はこんな感じです」


 頷きながら聞いていたルードは図案から顔を上げ、感想を興奮気味に伝える。


「店の方は良く分かった。どれも良く考えられていると思う。というか俺にはこれ以上の事は思いつかないだろう。

 ……ところでこれは俺か?見たこともない服だが何に使うんだ?」


 一転して困惑した声で真也に最後の一枚を見せて尋ねる。


「ルードさんにはその服を自分で作り、それを着て接客をして頂きます。何故かというと、まず目を引きます。一度店に来た人は見ただけでこの店のことを思い出します。周りの人に聞かれれば店のことを勝手に広めてくれます。

 次にルードさんが作ることによりその腕前を見せつけます。その服は変わっていますがおかしい訳ではありません。何もしなくても注目され、評価してくれます。

 最後に、似合っていませんか? 私はとてもルードさんに似合っていると思います」


 ちなみに描いた服の見た目は『問屋のご老公』である。髭で小柄なルードが着れば実に似合うと真也は確信している。それに服の方に客の興味が行くので無駄な圧迫感を感じなくなる。


「そうか……。わかった、ここまで素晴らしい案をだしてもらったのに、自分のわがままで台無しにする訳にはいかねえ。よし! 俺も覚悟を決めた。この案を使って変わって見せる!」


 ルードは声に気合を入れて立ち上がる。真也はそれを見てやっと緊張を解く。慣れない事をし続けたので、汗で背中に服が張り付いてしまっていた。


「それでは必要な材料の打ち合わせをしましょう。善は急げと言いますし」


「おっ、良いことを言うじゃねえか。よし、始めるか!」


 二人はテーブルに紙を広げて細かい打ち合わせを行っていく。





「それでは四日後にまた来ます」


「おう、よろしくな!」


 細かい打ち合わせを終え、材料がそろってから改装を始める約束を交わし真也は店を後にする。


「長かった……。とりあえず昼食にしよう……。予定では午前中の内に買い物が終わるはずだったのにどうしてこうなった……。まあ、二人とも良い人だったし、有意義な時間を過ごしたと考えておこう。

 ……そういえばお金を思わず多く使ってしまったから肉をいくつかギルドに卸そう。」


(『森羅、知識補助はもう良いよ。ありがとう』)


(『はい、どういたしまして。同調解除しました』)


 真也は昼食を食べるために一旦家に帰ることにした。





 ……いまさらながら、話術知識の中で【詐欺師の手口百選】が一番役に立っていたと感じるのは気のせいだろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 矢張り一番説得力の有ったのは真也の示した技術では? 一流の職人は一流の技能は見れば判るからね! こんな技術を持ってる真也の話は信用するよ?職人なら そこまで技能を高めるのは一朝一夕では無理と…
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