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第10話 頑固者

 人通りがだいぶ多くなった道を歩いていくとやがて服店や装飾店が集まる通りに入った。

 真也は色々観察しながら紹介された店の前までくると、辺りの同業者との違いに気が付く。


 まず他の店は売り物が外から見えるように飾られている。さすがに種類が多いので、ある程度の見本を出しているのだろう。目の前の店には壁と両開きの引き戸と表札のような看板しか無く、一目では何の店か分からない。ちなみに看板には『ルード服店』と書かれている。


 次に周辺の店には客の出入りが見受けられるが、目の前の店の戸は沈黙を保ったままである。

 真也はこの状況を見て不安になったが、ニフィスからの紹介を信じて店の中に入る。


 店の中は薄暗く、明かりは天井から下がったランプのみ。店内に窓がないために昼とは思えない状態になっている。広さは八m四方程だ。

 部屋の奥に反物や糸と思われるものが棚にあり、中央には作業台と思われる大きなテーブルが置いてある。そのテーブルのそばに髭を伸ばした男性が座り、何かを飲んでぶつぶつ独り言をつぶやいている。

 おそらく飲んでいるのは酒だろう。真也が入ってきた事に気が付いていないようで、俯いたままだ。


 確かに変わっている。事前に言われていなければ、普通の人は回れ右をして外に出て、適当な別の店を選ぶだろう。真也は自分から質問して紹介された所なので一応確認してからでないと駄目だろう、という実に消極的な理由で、逃げずに意を決して話しかける。


「こんにちは。私はノルと申します。薬師のニフィスさんに紹介されてきました。服を購入したいのですが、ルードさんでしょうか」


 その声に男性は独り言を止め、ゆっくり顔を上げ真也を見る。茶色の髪と瞳、がっしりした体型、髭面の中年オヤジの顔を見た真也は張り付いた笑みを浮かべながら見つめ返す。


(見た目はどう見ても小説に出てくるドワーフそっくりだ。ドワーフと言えば細工師か鍛冶師ではなかったっけ? 何故服屋なんだ? ずいぶん寂れた店内だけど、売れないのか? いやしかしニフィスさんが変な店を紹介するとは思えないし……趣味か? まさかわざと売れないようにしているとか……確かに変人だ)


 中々失礼なことを考えながら、真也は男性が動かないので自分から近づいてニフィスの紹介状を男性に渡す。男性は面倒くさそうに紹介状を読むと目を見開き、しばらくしてから顔を叩いて立ち上がり真也を見る。


「悪かったな、俺がルードだ。せっかくの紹介だが見ての通り、ここは潰れかけの三流店だ。わざわざ品質が悪いものを高い金で買う必要はないだろう。他の店にいったほうが良い。通りにある店なら気に入るものも見つかるだろう」


 そう言うとルードは店舗を見渡し、ため息をつく。


「本当は仕事がのどから手が出るほど欲しい。だが、俺の腕は三流だ。粗雑品を渡せば紹介してくれたニフィスの顔を潰すことになる。申し訳ない」


 ルードは頭を下げ、理由を述べる。そこから受ける印象は実直な頑固おやじだ。真也はこれを聞いてここで購入することを決める。彼の言う通り品物はたとえ三流品でも、気持ちよく買えるなら十分と考える。

 今回のように本人から直接拒絶された場合いつもならば確実に手を引く真也だが、知らない場所で初めて世話になったニフィスが紹介した人ということもあり、普段はしないおせっかいを始める。


(『森羅、話術に関する知識の補助をお願い』)


(『了解。共有領域に関連知識を展開。……【その気にさせる話し方】、【思考の誘導】、【詐欺師の手口百選】を主様の意識と同調完了』)


「ルードさん、嘘はいけません。本当に腕が三流と思っている人は昼間から酒を飲んで愚痴をこぼしたりしません。一流という自負があるから評価されない自分に苛立つのです」


「……まるで全部知っているような物言いだな」


 ルードは顔をしかめて真也を睨む。他人の心に土足で上がりこんだ者に対する当然の反応だ。


「私はルードさんのことは何も知りません。ただ同じような人を多少知っているだけです。どうでしょう、愚痴でも構いませんので話を聞かせて頂けませんか」


 ルードはしばらく真也を睨んでいたが、全く動じない真也に諦めたかのように睨むのをやめ、真也に椅子を勧めて着席する。しばらく紹介状を眺めて黙っていたが、やがてゆっくりと静かに話し始める。


「……俺はドワーフの落ちこぼれでな。鍛冶も細工もいいとこ二流半といったところだ。さっぱり上達しないことに苛立って村を飛び出して王都で探索者をしていたんだ。ニフィスはその頃からの知り合いだ。

 あるときふと少しばかり贅沢をしようと思い王都で一番の服屋に行って一着仕立てることにしたんだ。

 最初は相手にされずに言い争いになっていたら奥から出てきた人が自分が作るといってくれてな、大枚をはたいて無事手に入れることができた。最初完成品を見たときは地味でがっかりしたもんだ。けれど着てみるとその評価は逆転して、手放すことが考えられなくなるほど気に入っちまった」


 楽しいことを思い出して、ルードは初めて真也に笑みを見せる。


「すっかり惚れ込んでしまった俺はすぐその人の所にいって弟子入りをお願いした。今でも後悔はしていないが、何で弟子入りしようと思ったのかは思い出せねえ。とにかくほとんど無理やりのような形で弟子になったんだ。

 その人はそこの店の大旦那様でな、俺はそれこそ一日中大旦那様にへばりついて技術を夢中で憶えたもんだ。弟子になって十年目に一人前になったといわれたときは不覚にも泣いちまったよ。大旦那様が亡くなってもその店にいるつもりだったが、後を継いだ利益重視の若旦那とそりがあわなくてな。元々大旦那様の考え方を若旦那が嫌っていた事もあって首になった」


 真也は話を聞き漏らさないように真剣に聞いている。相槌を打って続きを促す。


「その後貯金もそれなりにあったから店を持とうとしたが王都の賃料は高くてな、比較的大きいこの町に来たわけだ。だが開店したは良いが全く客が来ない。来てもすぐ帰るか他の店のほうが安いといって帰る。まともな客は偶然この町で再会したニフィスだけだ。

 あんたの言う通り、俺は服に関しては一流だと思っている。辺りの服屋は良くて二流だ。中には粗雑な安物を見た目だけ良くして高く売っている所もある。なのに売れるのはあっちだ。

 この店も開店して一年になる。作ったが売れない商品の山を見て、情けない話だが自信がなくなってきたんだ。一人前と言ってくれたのはお情けで、これが本当の俺の実力なのではないかってな。

 そう思っちまう自分が本当に情けなくてな。もうどうしたら良いか分からなくなっちまたんだ。

 ……これが今の俺だ。これでもここから買うつもりがあるか?」


 話を終えたルードは真也を見て問いかける。真也の答えは変わらない。話を聞いた真也には何故売れないのかの予想がついている。おそらくニフィスも気が付いているだろう。親しいからこそ言えないこともあるし、言ったがためにこじれることもある。ニフィスはルードの性格を分かっているから動けないのだろうと真也は思う。


 たとえは悪いが、親しい相手の趣味を本気で否定して元の間柄に戻れると思うか、ということだ。当事者でない者から友達なら言えよと言われる類のことである。実際に喧嘩覚悟で言える者など少数だ。


「もちろんです。話をお聞きして余計に購入したくなりました。ぜひお願いします」


「へっ、嬉しいこといってくれるじゃねか! そうと決まれば採寸させてもらうぜ。なんせ種類があるから寸法がわからねえと山になっちまう。一応聞くが、買うのは既製品だよな? 一品物も製作できるが」


 そう言ってルードは紐を使って真也を採寸していく。その手つきは慣れたもので淀みがない。ちなみに真也にかけられている【幻影】魔法は触覚も騙せるので怪しまれることは無い。


「服の希望を言ってくれ。奥から持ってくる」


「買いたい服は屋外活動用で丈夫な上下一着と、室内用の楽な普段着が上下一着ずつの二組です。予算は千A以内でお願いします。屋外用は手のひらが入る程度のポケットが多くあると助かります」


 とりあえず真也は買い物を済ませることにする。銀貨を十枚取り出しルードに渡す。千Aは奮発しすぎだが、一着あれば複製できる。次回以降は安いものを買うことにし、今回は景気づけの意味を込めて良いものを購入する。ルードの腕と品質確認の意味もある。


「こちらとしてはありがたいが随分豪勢だな。待ってな、今いくつか持ってくる」


 ルードは奥に行き、店の中には真也達だけになる。真也は店を再度見回し問題点を探す。


(まず暗い。汚く見える店はそれだけで敬遠される。次、商品見本がないから店の系統が分からない。いちいち聞くより見てわかる方に流れるのは当然だ。

 次、ルードさんは自覚していないと思うけど、結構見つめられるだけで威圧感がある。視線を隠せれば和らぐだろうが、サングラス……は無いだろうな。

 次、値段はおそらくルードさんが思い描く客層と実際の客層が合っていないのだろう。お金持ちの買う服と庶民の買う服は当然値段も材料も全て違う。王都の一流店で修業したのだから当然顧客は金持ちだろう。いつのまにか感覚がずれてしまっているのに気が付いていないんだ。

 さて、どうするか……。放っておけば早晩潰れることは確実だ。赤の他人ならどうでも良いが、気に入った人が破滅するのはよろしくない。何とかしたいな)


 真也が考えているうちにルードが奥から商品を持ってやってきた。


「またせたな。言われた条件に合うのはこれらだ。良いものを選んでくれ」


 テーブルには六組の衣服が置いてある。外用三着、普段着三着だ。見た時点では悪い所は見受けられない。真也はお勧めをルードに聞く。こういったものは大抵決めて持ってくるものだ。


「私はあまり服に詳しくないのでルードさんが私に一番良いと思う品物を選んでもらえますか」


「おっ、そうなのか。……それならこれとこれだ。

 屋外用のこっちは穴堀蜘蛛の糸で編んである。強靭で、しかも耐水性があるから水を含んで重くなりにくい。中は汗がこもりそうだが、裏地の布が汗を吸収してそのまま外に出すからいつでも快適だ。この蜘蛛の糸は不思議なことに雨は通さないが汗は吸収するんだ。

 普段着はこっちだな。白綿毛で編んであるから肌触りが良いし汗も良く吸い取る。それに丈夫で長持ちする。

 値段としては屋外用が二千A、普段着が五百Aだが、倉庫で腐っていたものだし、これからもひいきにしてくれることを願って二つで千Aで良い」


 実に半分以下の値引きである。どうやって話を切り出そうか悩んでいた真也だったが、思いがけないチャンスに歓喜する。


「ありがとうございます。どちらも大切に使わせて頂きます」


 礼を言って真也はテーブルの品物をリュックに収納し、微笑みを浮かべてルードを見る。

 真也は表面上はにこやかに、押しつけがましくならないように気を付けて話を切り出す。


「ただ、これだけ値引きして頂いたのに何もしないのは心苦しいので、私の知るどこでも使える一般的な商売繁盛の秘訣を少々お教えします」


 昨日正直に生きると決めた真也だが、今回は嘘も方便と考え、原因のすり替えを行うことに決めた。


 ちなみに真也は最初の混乱状態を見て分かる通り、想定外のことが起きた時に思考が固まるタイプの人間である。内心は今にも心臓が飛び出しそうになっているのが現在の状況である。さすがに自分だけではうまく誘導することは難しいので、森羅に補助を頼んでいる。今の真也の気分は熟練の営業マンである。


(こんなこともあろうかと『詐欺師の手口百選』は読破し、すでにイメージトレーニング済みだ!)





 ……何故と聞いてはいけません。


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