第01話 プロローグ
皆様、初めまして。
この小説は下記の諸注意を読んで、了承出来る方のみお読み下さい。
※感想に返信は行いません。
※容姿等、わざと詳しく書いていない部分があります。書かれていない分は自分の好みに妄想して下さい。
※主義主張を笑って許容して下さい。
※戦闘描写はほぼ無い、又は薄いです。期待してはいけません。
※主人公は中年です。行動に若々しさが皆無です。性格も捻くれています。
※現代知識による無双を期待してはいけません。無い訳ではありません。
※この時点で不快になった方は何も言わずにこの小説を忘れて下さい。大体全編このような感じになります。
以上です。それではよろしくお願い致します。
季節は初秋。日の出もだいぶ遅くなってきた午前六時。カーテンが引かれ、薄暗い六畳の部屋にいつもの音が控えめに鳴る。ピ・ピ・ピ……カチッ。目覚まし時計が鳴ると同時に布団から手が伸び、音を止める。
「朝か。……起きよう」
のそりと布団の中から男性が身を起こし、寝ぼけたような目をしたまま布団の上で正座する。しばらくそのまま静止していたが、やがて体を横に動かしテーブルの上にある鏡を手前に動かし覗き込んだ。
「いつも以上にひどい寝癖だ。休日だと思って油断したか?」
鏡にうつる自分の顔を見て、感想を述べる。一人暮らしのためその言葉に反応するものはいない。長く一人で生活しているため独り言が多くなっているが、本人にその自覚はない。鏡の中からは髪が逆立った冴えない平凡な顔が見返している。
「さて、行動開始だ!」
鏡から視線を外し、立ち上がり、背伸びをした後に布団を片づけ、平日と変わらない準備を進めていく。トイレ・朝食・身だしなみ等、ひと通りの行動が終了したのち、普段とは異なる次の行動に移る。
「着替え、OK。食料、OK。筆記用具、OK。……」
そう呟きながら、昨夜のうちに準備していた荷物を大きなリュックに入れていく。
「……ふはははは! この無限収納リュックに入らぬものなどそんなに無い!」
段々調子が上がってきたようで、傍から見れば変な人になっているが幸いここには本人以外誰もいない。さすがに最後の方では普通に戻ったが、変だったという自覚は全く無い。
「……テント、OK。良し、収納確認、固定完了。準備OK」
そう言って中身が満載のリュックを背負う。平均よりやや低めの身長と小太り気味の体型、屋外活動用のポケットが多い丈夫な服。そこに重装備なリュックが加われば、どこから見ても『これから登山ですか?』と聞かれる見た目の完成である。
ある意味、それは間違っていない。彼はこれから登山に行くわけではないが、ある事をするために自然が多く、田舎で人が少ないキャンプ場に行き、貴重な三連休をそれに費やすことにしている。そのある事とは……
「いざ、『突然異世界に迷い込んでしまったさあどうしようツアー』に出発進行!」
……間違っても人には言えない連休の過ごし方である。
時刻は八時前。普段より人通りが少ない道を駅に向かって歩いていく。休日でもこの時間になれば人通りはそれなりにある。おそらく部活に行くのではないかと思われるジャージや制服をきた中高校生達がまばらに見受けられる。その中を歩く完全装備の彼はとても目立っていた。しかし、周囲の視線に気が付くことなく一定の速度で歩み続ける。
「前回は着の身着のままで実行してひどい目にあった。その反省を踏まえて今回は万全の準備を行ったのだから、今回はうまくいくだろう。よし、最初は……」
周囲の注目を集める彼は、計画をおさらいするのに夢中で周りを気にしていない。道があり、建物があり、人がいる。それぞれを認識はしているが、思考するところまでは行かない。傍からみれば、何かぶつぶつ言いながらうつむいて歩く危ない人である。
向かい合う方向に歩いてきたならば相手は確実に距離を置くだろう。幸か不幸かほとんどの通行人は行き先が同じ方向。周囲に微妙な感情を抱かせつつ、目的地へ近づいていく。
さて、ここでいくつか疑問が浮かぶ。まず、通常時の彼ならば自分の格好が目立つことは事前に予想できる。目立つことが好きというわけではない。車を使えば注目されることなく目的地へと辿り着けた。それなのに目立ってしまう方法をとったのは何故かということ。
理由はいくつかある。前回は車で目的地まで行ったが、結果として楽しめなかったので同じ轍を踏みたくなかった。方向音痴のため知らない場所に行くのは難易度が高い。何より運転中に考え事をするのは危なすぎる。これらの理由により移動手段として歩きと電車が選択されたのである。
……まさか格好より独り言によって周囲から浮いてしまうとは全く思っていない彼であった。
次は何故こんな変な事を嬉々として行っているのかということ。
こちらはある意味単純だ。彼は昔から読書がとても好きで色々と読んでいた。特に異世界移動ものがお気に入りで一番量を読んでいたかもしれない。そんな異界物の定番としてあるのが現代知識による無双である。
パンから始まり、味噌、醤油は当たり前、各種デザート、料理、ガラスや鉄の作り方、簡単な黎明期の機械類の構造、時計の作り方等々、小説に出てきた事柄を自分で試し、はまり、こじらせた結果が『コレ』である。
ちなみに悪化したのは就職してお金が自由に使えるようになってから。大人になってこじらせたものは直らないという典型的な例と言える。
最後は本気で異世界に行く準備をしているのかということ。
答えは否。何事もごっこだから楽しい。仕事と遊びのどちらを優先するかと問われれば、遊ぶにはお金がいるだろうと返す程度に正気を保っている。
ちなみに会社の同僚は、誰も彼がもはや手遅れになるまで趣味をこじらせていることを知らない。知られれば生きていくのがつらくなるので完璧に痕跡を消して一般人に擬態している。
そんな色々手遅れな彼は道中事故に遭うこともなく、無事駅前広場までたどり着いた。計画のおさらいを止め、一度立ち止まり腕時計を見て予定通りの時刻であることを確認する。
「八時十分か。たしか八時半の発車だから充分間に合うな」
またもや独り言を呟きながら切符を買うために駅の構内へと歩く。もう少しで構内に入る位置まで来たとき、何の前触れもなく駅前広場の床が不可思議な模様を描いて輝き始める。それを見たとき彼はまず驚き、次に顔をゆがめる。
(まずい、召喚魔法陣だ! 召喚は今までの経験上ろくな事にならない!)
もし、このとき彼を見ているものがいたならば、きっと驚いたことだろう。なぜならば、大荷物を背負い、小太りで動きがとても鈍そうに見える彼が、大部分の人が驚き立ち止まってしまっている現状で、立ち止まらずに今まで歩いていた速度を加えて前に大きく跳躍したのだから。
これがもし成功していたなら、彼はいつも通りの日常に帰り平凡な人生を送ったに違いない。
しかし結果として彼は、一段と輝きを増した魔法陣が消滅した後、この世界から消失していた。彼ばかりではなく、ほかに広場にいた人達もまた、同じく消え去った。
後に残ったものは何もなく、目撃者も少なかったために集団幻覚として片付けられた。誰が、何人消失したかも不明のまま、いなくなった人達については残された家族がおのおの捜索願いを出すだけで、それらが事件に関連付けられることはなく、謎の発光現象として事件は収束し、忘れ去られた。
……ちなみに彼が言った『今までの経験上』とは、ご推察の通り、『今まで読んできた小説の類似物を比較した場合、召喚による世界間移動はまともな扱いを受けることがまずない』の略である。