ハズレくじにも意味がある
例えばここに100分の1で当たるくじがありまして。
それを1回100円で引けるとして。
それを10回引いたとして。
それが全部ハズレた場合。
人は無意味だったといいます。
意味がなかったと言うと思います。
しかし、僕はその考え方が嫌いです。
卑怯だと思うからです。
くじの醍醐味は「当たる」ということではありません。
100%当たるものはくじではありません。
当たるとは限らないから「くじ」なんです。
つまり、くじの本質は「当たること」にはない。
「当たるかもしれない」というところにあるんです。
「当たるかもしれない」というエンターテインメントなんです。
くじをひいてハズレた人は、この「当たるかもしれない」というエンターテインメントをしっかり享受しておいて。
「意味がなかった」といってるわけです。
くじの醍醐味をたっぷりと味わってるのに。
「意味がない」という。
それは詭弁だと感じるんですよね。
つまり、自分が何にお金を払っているのか、が分かっていない。
要するに。
くじの「ハズレ」にも意味があるんです。
もちろん「当たり」にも意味はありますが。
それと同じだけのエンターテインメントが、「ハズレ」にもある。
ハズレにも「お金を払うべきサービス」が含まれているわけですね。
だから僕たちが何か決断した時。
それが上手く行かなかったとき。
挫折したとき。
そこにも意味はあるわけですね。
人生はギャンブルです。
くじです。
選択の連続です。
そこで間違いの方を選んでしまったとき。
ハズレを選択してしましまったとき。
やるんじゃなかったと愚痴を言うのは詭弁です。
意味がなかったというのは卑怯です。
それはつまり「人生の本質」が分かっていないということです。
「何のために生きているか」が分かっていないからです。
人生においては。
「くじを引く」という行為にこそ、その醍醐味があるわけですね。




