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ハズレくじにも意味がある

作者: 山田マイク
掲載日:2026/03/25


 例えばここに100分の1で当たるくじがありまして。

 それを1回100円で引けるとして。

 それを10回引いたとして。

 それが全部ハズレた場合。

 人は無意味だったといいます。

 意味がなかったと言うと思います。

 

 しかし、僕はその考え方が嫌いです。

 卑怯だと思うからです。

 くじの醍醐味は「当たる」ということではありません。

 100%当たるものはくじではありません。

 当たるとは限らないから「くじ」なんです。

 つまり、くじの本質は「当たること」にはない。

 「当たるかもしれない」というところにあるんです。

 「当たるかもしれない」というエンターテインメントなんです。


 くじをひいてハズレた人は、この「当たるかもしれない」というエンターテインメントをしっかり享受しておいて。

 「意味がなかった」といってるわけです。

 くじの醍醐味をたっぷりと味わってるのに。

 「意味がない」という。

 それは詭弁だと感じるんですよね。

 つまり、自分が何にお金を払っているのか、が分かっていない。


 要するに。

 くじの「ハズレ」にも意味があるんです。

 もちろん「当たり」にも意味はありますが。

 それと同じだけのエンターテインメントが、「ハズレ」にもある。

 ハズレにも「お金を払うべきサービス」が含まれているわけですね。


 だから僕たちが何か決断した時。

 それが上手く行かなかったとき。

 挫折したとき。

 そこにも意味はあるわけですね。

 人生はギャンブルです。

 くじです。

 選択の連続です。

 そこで間違いの方を選んでしまったとき。

 ハズレを選択してしましまったとき。

 やるんじゃなかったと愚痴を言うのは詭弁です。

 意味がなかったというのは卑怯です。

 それはつまり「人生の本質」が分かっていないということです。

 「何のために生きているか」が分かっていないからです。


 人生においては。

 「くじを引く」という行為にこそ、その醍醐味があるわけですね。

 


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