(八)ところ変わって
「やれやれ。──飛んだ一幕だったぜ」
くたりと、槍を小脇に、その場に座り込んだシダルが、誰にともなくそう零した。
「まあまあ。オッさん──いや、センパイのお陰でアリシアちゃんは助かったんだしサ」
柄にもなく、敬意を表するアイダ。矢張り、行動で示されると違うのだろう。
「そうかい?──……それなら、良いや。ああ、アイダ、お前も、良い飛び出しっぷりだったぜ」
「はは。何だよ、そりゃ。ま、これに免じて、酔っ払いに辰術ブチ込んだ件は大目に見てくれ」
二人が戯れ合っていると、
「あ、あの──……シダルさんアイダさん、それにカイナさん。本当に──ありがとうございました!!」
特大の声で、お礼が飛んで来た。
二人が目を白黒させていると、納刀したカイナが少女の傍らに歩み寄り、ぽん、と、その頭を叩いた。
それは称賛半分、窘め半分のものだったが、少女の心には、確かに強く響いた。
「未熟ながらに良い献策だった、アリシア。君には、将としての資質があるのかも知れない」
そう言うと、今度はその髪をわしゃわしゃと撫でしだいた。
「わ、わ……!えへへ、こんなに褒めて貰ったの、久しぶりです」
場の空気は、どうやらどうにか、和やかな方へ。
いつの間にか、事態を遠巻きに眺めていた、街の人々も群がり始めていた。
「凄かったぜ、蒼い眼のあんちゃん!あんた、うちで大道芸やらないか?」
「おいおい巡回兵のオッさん、あんたもやる時ゃやるんだな!見直したよ」
などと、口々に勝手なことを言って回る者もいる始末。
「やれやれ……こう煩くなっては、敵わない。何処か、静かに落ち着ける場所は無いものだろうか」
カイナがそう言うと、アリシアが「閃いた!」とでも言うかのように、右手を天高く突き上げた。
「取っておきの場所があるんです!ちょっと後戻りにはなりますが……良ければ、案内しますよ」
それを聞いた面々は、誰にともなく頷き合い、アリシアが歩き始めるのに続いた。
そこは、有り体に言って廃墟──否、遺跡だった。
「オーセオンにこんな場所が……いやはや、ロマンチックだね」
アイダが、茶化す訳でもなく快声を揚げる。
それもそのはず。
遺跡の中央に据わった祭壇の、丁度真ん中に、今まさに海に沈もうかという夕日が、折良く鎮座していたのだ。
「ふむ。──さながら、"渚の庵"か」
カイナが、独りごちるように呟いた。
「良いですね、その名前。──……"渚の庵"、かあ。今度から、そう呼んでみます」
アリシアが肯んじた。
しかし、庵というには、それはどうやら、些か大きいようだった。
側辺には大理石の円柱が列と並び、存在しない天蓋を支えている。
床面は、これもまた大理石で、四角いタイル状のものが、ぴっしりと並んでいる。
「ほう。──俺ぁ歴史なんてものには縁遠い男ですが、こいつ、どうして中々──美しいじゃあ、ないか」
シダルが、感心したような吐息を零した。
「ね、良い場所でしょう──?あの祭壇の所まで、行ってみましょうよ」
アリシアが誘う。
祭壇の中央には、海龍と思しきレリーフが刻まれていた。
「これ、何て書いてあるんだ?」
アイダが、その下の、やや掠れてぼやけた、楔形文字を指で無造作になそった。
「わわ、駄目ですよアイダさん。大事な遺跡なんですから、おいそれと触ったりしちゃあ──……あれ?」
アイダが碑文に触れた刹那。
アリシアの首元に再び戻ったゴブレットが、淡い夕日色の耀きを放ち始めていた。




