(七)その一投は、光陰の如く
「槍投げの逸話──あったなあ、あの名にし負う、クランの猛犬──光の御子、クー・フーリン様の伝説にもよお」
シダルが、場違いに夢を見るかのような声を出した。
「いいぜ──やってやる。やってやるよ。シダル・コムトック様、一世一代の晴れ舞台だ。……でも、ハズしてカイナさんに当たったりした時は、そん時は嬢ちゃん──君の辰術の出番だ。それでいいな」
けれど最後は、存外に落ち着いた声色に戻っていた。
「はい。──どうか、カイナさんをよろしくお願いします。シダルおじ様」
何だってアイダも俺のことをオッさん扱いするんだろうな、髭か、髭がいかんのか?などとぶちぶち零しながら、それでもシダルは、槍を構えた。
「──え?お、おい。シダルのオッさん、全体何をしようってんだよ。お嬢ちゃんも」
一人はらはらと、双剣と鎌の剣舞を見守っていたアイダが、二人の異変に気付き、声を掛けた。
「止めないでください、アイダさん。これは──シダルさんの、けじめでもあるんです」
けじめぇ、とアイダが頓狂な声を上げる。
「そんなこと言ってる場合かよ。おいおい、あのお兄さんに任せておけば、きっと──」
「それじゃ、駄目なんです。これは、私の──……私たちの、戦いですから」
真剣そのものの、アリシアの眼差しに、アイダも束の間、黙り込んだ。
「──いいぜ。アタシにできることは、何かあるか」
「ゴブレットが弾かれたら、地に落ちる前に受け止めてください。アイダさんの素早さなら、きっと何とかできます。それで、それで──私の首も、きっと繋がるんです」
アリシアは、柄にもなく物騒なことを言う。
「首、ねえ。そういや、あの魔女も、そんなことを言ってたよな。何だよ、これはそういう──遊戯なのか?」
アイダが、場を和ませようと茶化す。
「まあ、向こう様がどう考えているかまでは分かりませんが、少なくとも──私達は、真剣です」
アリシアは、ふ、と、柔らかな微笑みをアイダに見せ、そして、頬を引き締めた。
「狙いを」
アリシアがシダルに命ずる。
「あいよ。南無八幡大菩薩──は違うか。こういう時は、あれだな。<◯>様に祈るに限る」
シダルは大きく息を吸うと、朗々たる美声で詠唱を始めた。
"空に誓えよ人の子よ、その身を賭して祈りを立てよ。
天に唾せよ神の子よ、降り落つ先には汝あるのみ"
そして、大きくその身を引き絞ると、小さな的──ゴブレット目掛けて、古馴染みの、名も無き槍を、金輪際無いくらい、勢い良く投擲した。
その狙いは過たず。
槍先は、ゴブレットの、ボウルの底に到達し。
カイナとシュリエ、二人の頭上から、その黄金の器を、勢い良く奪い去った。
「「!」」
打ち合いを続ける二人に、僅かな揺らぎが生じる。
「今です!アイダさん」
赤毛の淑女は、短距離走の要領で、勢い良く駆け出すと、そのまま、地に落ちるはずだったアリシアの首──否、に掛かっていた、ゴブレット──を、確と掴み込んで、地面に伏臥した。
「おのれ──、やりおったな!!」
だが、言葉とは裏腹に、シュリエの口調は楽しげだった。
「まあ、良い。佳い余興となった。──ではな」
そう言うと、鎌"蛇の舌"の穂先を地面に垂直に付け、
"OpenSesame!"
と一言、朗と吟じた。
すると、緋色の月ルレイナから、一筋の光が差す。
彼女は束の間、主だった観衆に、腰を深く折って一礼すると、
「また会おう!──誉高きオーセオンの諸君!」
と言って、大仰な所作で、光の内に歩み行った。
すると、まるでそこに幕でもあったかのように、シュリエの姿は掻き消えてしまった。
さしものカイナも、これには呆気に取られ、目を瞬いている。
そして、皆が我に返った頃には、魔の月ルレイナの、その禍々しき姿も、宵空から消え去っていた。




