(四)巡回兵団
「ふむ。……話は大体分かりました。まず、この子の命が危ないところを、救い出して頂いたことについては、礼を述べねばなるまいでしょう」
そう言って、メルバーユは瞑目すると、カイナに向けて書斎机越しに、深く頭を下げた。
「いえ、当然のことをしたまで。私のこれまでの行いを考えれば、罪滅ぼしと言っても生ぬるいのです」
受けてカイナは、口の端を深くかみしめ、苦しそうに言葉を継いだ。
「なるほど、悔悛の念はあると見えます。では、どうです。この子とその"遺物"を守るためにも、オーセオンの巡回兵団に志願されては」
メルバーユはカイナとアリシアの持つ"遺物"を、それぞれに見た。
「巡回兵団?そのようなものが」
「ええ。警邏のようなものです。国軍直轄ですが、その活動範囲は存外広い。町の警備から、お年寄りの道案内まで、十把一絡げに困りごとの解決を担う──まあ、実のところ、体の良い便利屋ですな、ははは」
メルバーユの声は存外に明るい。カイナを信用すると決めたのだろう。
「ム。……できるでしょうか、私に」
カイナは自信なさげだ。
そこまでを黙って見ていたアリシアは、いきなり声を上げた。
「できますよ、カイナさんなら。……私とこの"遺物"を守るためだと思って、どうか兵団に入ってくれませんか。そうすれば、寝起きする場所も自然とできますし」
穏やかな声だった。
「アリシア。お前はまだ、自分のしたことの申し開きをしていないだろう。何故そんなにぴんぴんしているのだね」
そう言いつつも、メルバーユももう咎める気は失せているようだった。
「しかし、その……アリシアが持っている"遺物"ですが、如何な由来を持つものなのでしょうか……?」
カイナがそれとなく探りを入れる。彼としても、気になるところではあったのだろう。
「そのゴブレットですか。遠く聖杯に起源を持つものなのやも知れませんが……さて、さて。私も詳しいことは。ただ、アリシアの母君が亡くなる時、我が子にこれを、と私に託されたのがこれなのです」
それを聞いたアリシアは、
「母様の、形見……。ええ、確かに、私もそう聞いています。とても大切なもの、だとも。……けれど、それ以上のことは」
そう言って、目を伏せた。
「ふむ。……その謎を解いていくことも、どうやら今後の私の身の振りようと関わってきそうですね」
そう言って、カイナは一礼した。
「急ぎ、巡回兵団に志願してまいります。もしかすると、こちらにお世話になるやもしれませんが、その時はよろしくお願いしたい次第です。どうか、よしなに」
「承知いたした。では、ごゆるりと参られよ」
そう言って、メルバーユは冗談めかして、少しにやと笑った。
会見は、ひとまずの幕となった。
「アリシア、兵団の駐屯地はどこにあるのだろうか。案内してはくれないか」
執務室を後にして、カイナはひとつ少女に頼みごとをした。
「いいですよ!あそこはアイダさんとかシダルさんとか、面白い人がたくさんいるんです。
カイナさんも、きっと気に入りますよ」
少女はふわりと笑って、救貧院の廊下を軽やかに駆け出す。慌てて、カイナもその後を追った。
二人は救貧院を出て、町の内陸側、南東方向に向かった。
人群れも見え始め、街は夜の活気を帯び始めている。
「もうこんな時間か。兵団はまだ開いているだろうか」
「やってますよ。あそこは年中無休です」
さらっと恐ろしいことを言ったアリシアだったが、本人はそれと気付いていないようだった。
「そこ、止まれ!何をしている!!」
と、俄かに大きな声が響いた。
二人が辺りを見回すと、大柄な体格の男が、早くも酔っ払ったのか、
他の通行人に絡んで喧嘩を売っていた。
「ああ?何だよ。ちょっと話をしようってだけじゃあねえか。
なンだ?オッさん、それともアンタが代わりに来るか」
呼ばれ方がカチンと来たのか、注意した男──顎に髭を蓄えた巡回兵らしき人物──は、
額に青筋を浮かび上がらせていた。
「君ね。そんな態度だと、私たちもしょっぴかざるを得なくなるよ」
それでもどうにか感情を抑え込んで、真摯に対応している彼は、立派といえた。
お構いなしの男は、酒臭い息を一つ大きく吐くと、男の顔に向かって突如地面の土をけり上げた。
目潰しだ──逃げる気か。カイナがそう思った矢先には、男は既に駆け出していた。
「ッチィ──!おいアイダ、任せたぞ!!」
目に入ってしまったのだろう土を、懸命に払い出している男は、どこへともなく声をかけた。
「あいよッ──!!」
上だ。カイナがそう思った時には、声の主は、逃げ出した男の目前に表れていた。
「悪いけどね。眠ってもらうよ」
それは、燃え立つような赤毛をし、魔銀の鎖帷子を纏う、まだ若い頃だろう
闊達な女性だった。
"Blast."
彼女はひとつ短く詠唱すると、屈強そうな男の腹部めがけて、
手甲をはめ込んだ右拳を、やにわにねじ込んだ。
男の体が、まるで軽い蹴玉ででもあるかのように宙を舞う。
そのまま家屋の壁に激突した男は、「う、うん」と一声発した後、伸びて静かになってしまった。
「やれやれ。……おいアイダ、ちょっとやり過ぎだ。術式を行使していいとまでは言っていない。
お前、まだ辰術の正式使用許可が下りていないんだからな、俺がよし、と言うまでは待つんだ」
追いついた男──彼が、アリシアの言っていた『シダルさん』だろうか──が、アイダと呼ばれていた
兵団員に声をかけ、それとなく諭した。
「はいはい。んなこと言ったって、ああしなきゃ逃げてたぜ。まあ、始末書は書くけどよお」
そう言って、手をひらひらさせている。
反省しているのかいないのか、甚だ怪しいその態度に、男はひとつ溜め息を吐くと、
「おや、メルバーユさんとこの嬢ちゃんじゃないか。確か、名前は──」
目前で事件に出くわしていたアリシアたちに今頃気付いたのか、こちらに声をかけて来た。
「はい、アリシアです。シダルさん。ええっと、こちら、ですね──」
そう言って、カイナの顔を見上げたのだが、彼の顔はどこか曇っていた。
「辰術士までいるのか──なるほど、最近レングーンが力をつけて来たという噂。確かに、間違いではないようだな」
ひとり何事か呟くと、
「申し遅れた。貴方がアリシアの言っていたシダル殿か。私はカイナ・レイフィールド。この度、巡回兵団に志願しようかと考えている者だ。よろしく頼む」
と、一声の内に畳みかけた。
シダルは目を白黒させると、背筋を正してカイナの顔を窺った。
「カイナさんか。ああ、俺がシダルだ。何だか血色が悪いが──大丈夫か?兵団は結構激務だよ」
そう言うと、再びアリシアの方を見やった。
「見慣れない風体の方だが、またぞろメルバーユさんの紹介か?
あの人のつては広いからなあ」
なるほど、確かにカイナの服装は、冬でも温暖なレングーンの気候にはやや不釣り合いな、
分厚い皮革製のものだった。
「そ、そうです。私のことも助けてくれて」
アリシアが抑えめに話すと、シダルは俄然興味をそそられたようだった。
「へえ、細いなりで結構やるんだな。いいよ、付いてきな。
……おいアイダ、いつまで酔っ払い突っついてんだ!
そいつの気付けしてしょっ引いて、とっとと詰め所に戻るぞ!」
時刻はじきに夜。月が昇る頃合いだ。




