(一)廃墟の谷で
ここはレングーン国のオーセオン市。
街を南北に分ける河が中央を貫いて、北に旧市街がある。
その旧市街の廃墟の群れの只中を、一人の少女が散歩している。
否、これは彼女にとっては散歩などではない──立派な冒険だった。
少女の名はアリシア・ハスペル。
二親を早くに失い、この街の救貧院で暮らしている。
真っ直ぐの絹のような灰金色の髪を肩ほどまで伸ばし、瞳は琥珀色だ。
背は年相応に低く、成人男性の三分のニくらい。
纏う衣服はごく質素だが、丁寧に扱われていることが窺える。
そして無論、こんなおいしい獲物を、廃墟などに棲まう破落戸が放っておくはずもなく。
果たして、二人組の風体の悪い男が、少女の行く先に立ちはだかった。
「嬢ちゃん、こんな所に一人で何の用だ」
背の高い方の男が、不機嫌そうに声を掛ける。仮に彼をノッポとしよう。
「私、冒険をしているの」
少女は不敵に、けれど飽くまで無邪気に笑ってなどみせる。
「ふぅん。じゃあ、冒険に危険は付き物だってこと、知ってるかい」
少女と大して背丈の変わらない男が、やや陽気に言ってみせた。こちらはチビだ。
それを聞いた少女は、顎に手を当て、思案げに考え込む仕草をした。
「そうね……もしかしたら、そういうこともある……かも」
言っている途中で怖くなって来たのか、少女は不安そうに辺りを見回した。
「あの、おじさん達。帰り道……どっちか、知ってる?」
それを聞いた二人は、顔を見合わせてにやと笑うと、俄かに血色を変え、声を合わせてこう言った。
「「そこはお兄さん達──だろッッ!!!」」
そして、チビが素早く背後に回り込み、懐から縄を取り出すと、少女の両手を後ろ手に縛った。
「へへっ、一丁上がりだぜ」
そう言って、彼女をノッポの方へ突き出す。
「きゃっ」
声を上げてふらついた少女は、勢い余ってノッポの腹にぶつかった。
「悪いな、嬢ちゃん。俺らもこんなことは不本意なんだが…」
そう言って、ノッポが徐ろにアリシアを担ぎ上げようとした時。
「その子を離せ」
凛とした声が、廃墟の谷に響き渡った。
「誰だ」
「出てきやがれ!」
思い思いに怒声を上げる、ノッポとチビ。
しかし、声が二度響くことは無かった。
幽鬼の如くやつれた男が、チビの背後に音も無く現れる。
髪は烏羽、肌は白皙。そして瞳は──透き通るような、空色。
男は、チビが振り向く間もなく、手にした双剣で、その後頭部を強かに打った。
「峰だ。安心しろ」
気絶したチビを背に、誰にともなく、男は吐き捨てた。
が、その炯々と耀く瞳は、ノッポをひたと捉えて離さない。
「その瞳……耳にしたことがある。"緑陰の声"の子飼いに、そういう腕の立つ双剣使いがいた、と。だが──」
随分と困憊しているようだ、と内心ノッポは安堵していた。
相手が十全であれば、自身など容易く処されてしまっていただろう。
だが、この様子では、いかな元"緑陰の声"の手練れとはいえ、人質を取った己を相手取ることは難しい──
そう、彼は踏んでいた。
しかし──その、肝心の人質はどこにいる?
男の出現に気を取られたノッポが我に帰った時には、あろうことか、アリシアは既に彼の元へ駆け寄っていた。
「無事か」
「は、はい!」
二人は咄嗟のやり取りをする。
(不覚…!チビのやつでもないだろうに、俺としたことが)
ノッポは内心の動揺を表に出すまいと、携えていた槍を構え、男に向き合った。
それを見て、男は初めて笑みを浮かべた。
「長物では不利だが──それを推して来るか。良い覚悟だ」
ノッポの腋下を、嫌な汗が伝う。
「やらせるかよ!俺は元・百人隊長の、シルバリオ様だぞッッ!!こんなところでッ!!!」
猛り吠えたノッポは、槍を大きく振り被り、男目掛けてそれを──投擲する。
男はそれを見切っていたため、難無く捌くつもりで悠と構えていた。
だが、それが災いした。
「危ない!」
少女が槍と男の間に割って入る。
さしもの浄眼の持ち主も、視野に無い所の動きまで察することは難しい。
故に、間に合わなかった。
キィン、と甲高い音がして、ノッポの投げた槍が弾かれる。
そして、少女の服の裂け目から、燦然と耀く"遺物"が現れた。
「ッ!」
男もノッポも、束の間、目を奪われた。
それほどに、その"遺物"は強い神気を帯びていた。
「そいつを──寄越せええええッッ!!!」
目の眩んだノッポが二度吠え、少女に向かって突進した。
男は舌打ちして、双剣の右方を水平に構え、切先を相手に向けた。
「やれるか──良し」
誰にともなく、男が確かめる。
そして。
「"巨鬼の双牙!"」
と、怒気を孕んだ一声を放った。
光の奔流が、辺りに束の間横溢する。
暫くして、ようやく視力を取り戻したアリシアが目にしたのは、黒焦げになったノッポの骸だった。
少女はそれを目にするなり、気を失った。




