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滅びかけ領地の問題ダンジョンを、冒険者じゃなく作業員で回してみた結果 ―命を賭けないダンジョン経営録―  作者: 山奥たける


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第9話 五層までの距離

 十層を止めた翌日から、町は静かだった。


 反発が消えたわけではない。

 ただ、声にする者がいなくなった。


 人は、死の前では言葉を失う。


「……五層まで、ですか」


 エルナは、書類から顔を上げた。


「はい」


 アルノルトは、短く答える。


「三層は安定した。

 四層と五層を調べる」


「作業者は?」


「入れない」


 即答だった。


「危険です」


 エルナは、正直に言った。


「中層に近い。

 構造歪曲の兆候も、過去にあります」


「分かっている」


 アルノルトは、装備を確認する。


 重すぎない鎧。

 最低限の回復具。


 英雄の装備ではない。


「一人で行く気ですか」


「ええ」


 ドグラスが、無言で立ち上がった。


「止める気は?」


「……ない」


 彼は、苦く笑った。


「これは、

 領主の仕事だ」


 四層。


 三層とは、明確に違った。


 空気が重い。

 魔力が、流れていない。


 溜まっている。


「……嫌な感じだな」


 ドグラスが、低く呟く。


「進む」


 アルノルトは、足を止めない。


 魔物は、出なかった。


 それが、かえって不気味だった。


 通路の壁に、細かな亀裂。

 床に残る、不自然な摩耗。


「ここは……」


 アルノルトは、目を細める。


「使われなくなった層だ」


 五層への階段。


 封鎖はされていない。

 だが、誰も降りていない。


「……境界だな」


 ドグラスが、剣に手をかける。


 五層。


 踏み込んだ瞬間、

 足元の感覚が変わった。


 地面が、わずかに揺れる。


「構造が、生きてる……?」


 アルノルトは、息を呑んだ。


 魔力の流れは、乱れていない。


 むしろ――

 調整されているように見える。


「……止めたから、か」


 十層を封鎖した。

 人の流れを断った。


 その結果、

 深層へ流れ込んでいた魔力が、

 上で滞留している。


 魔物が、現れた。


 だが、群れない。

 こちらを囲まない。


 様子を見ている。


「……」


 アルノルトは、剣を抜かなかった。


 ドグラスも、同じだ。


 魔物は、一定距離を保ったまま、

 やがて引いた。


「……今の、見たか」


「ああ」


 ドグラスの声が、震えていた。


「逃げた……いや、

 退いた」


 アルノルトは、静かに言う。


「ダンジョンが、

 管理を学習している可能性がある」


 ドグラスが、苦笑する。


「……そんな話、聞いたことがない」


「だからこそ、慎重に扱う」


 五層の奥で、

 素材を一つだけ回収する。


 中層相当。

 だが、危険な変異はない。


「……これなら」


 アルノルトは、呟いた。


「管理すれば、使える」


 地上へ戻る途中。


 アルノルトは、一度だけ振り返った。


 五層の通路は、

 崩れていなかった。


 むしろ――

 待っているように見えた。


 夜。


 帳簿の前で、エルナが目を見開く。


「……生還、ですか」


「ああ」


「五層で?」


「調査のみだ」


 アルノルトは、素材を机に置く。


「……これは」


 エルナの声が、わずかに弾む。


「中層級。

 市場価値は高い」


「だが」


 アルノルトは、被せる。


「まだ使わない」


「え?」


「先に、管理計画を作る」


「人は入れない」


「数字と、規則が整ってからだ」


 エルナは、深く頷いた。


「……本当に、管理者ですね」


「それしか、できない」


 アルノルトは、疲れたように笑った。


 五層。


 誰もいない通路で、

 魔力が、静かに脈打つ。


 まるで――

 様子を見る相手を選んでいるように。

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