第2話 誰も期待していなかった階層
ダンジョンの入口に立った瞬間、視線が集まった。
「……本当に潜るのか?」
声に混じっているのは、驚きよりも困惑だった。
集まっているのは、腕利きとは言えないが経験はある冒険者たち。
だが、その顔には共通点がある。
期待していない。
「三層までだ」
アルノルトが告げると、何人かが顔をしかめた。
「三層?」
「一層二層は、訓練用だろ」
「三層も、せいぜい初心者の稼ぎ場だ」
隠そうともしていない失望。
ドグラスが、低く言った。
「……だから、誰も潜らなくなった」
一層。
石畳の通路は整っており、天井も高い。
出てきたのは、小型のスライムだった。
「ほらな」
冒険者の一人が、剣で簡単に斬り裂く。
「これじゃ、飯代にもならん」
アルノルトは何も言わず、倒れた魔物を見つめていた。
素材は、確かに安い。
だが――崩れていない。
二層。
湿った空気。
苔むした壁。
ゴブリンが現れたが、数は少なく、連携もない。
「……妙だな」
前衛の男が呟く。
「増援が来ない」
「逃げもしない」
ドグラスが、周囲を見回す。
「湧きが、抑えられてる……いや、違う」
「整ってる」
その言葉に、皆が黙った。
三層に降りた瞬間、空気が変わった。
重苦しさはない。
むしろ、澄んでいる。
「……ここ、本当にダンジョンか?」
誰かが、冗談めかして言った。
通路の脇には、石棚の名残。
崩れかけた木箱。
まるで、作業場の跡のようだ。
魔物は出た。
だが、群れない。
突発的な増援もない。
戦闘というより、処理に近い。
「……死ぬ気がしねえ」
ぽつりと、誰かが言った。
その言葉は、誰も否定できなかった。
素材を回収する。
質は均一。
魔力のムラも少ない。
「加工向きだな」
後衛の女魔術師が言う。
「武器には向かないけど、
薬や道具なら安定して作れる」
「安いが……」
別の男が続ける。
「外れもない」
アルノルトは、そこで初めて口を開いた。
「死なずに、確実に持ち帰れる」
その言葉に、全員がこちらを見た。
「それだけだ」
冒険者の一人が、鼻で笑う。
「それが、何になる」
「英雄にはなれん」
「名も売れん」
それは、この世界では正しい。
地上へ戻る。
誰も怪我をしていない。
装備の損耗も、ほとんどない。
「……つまらなかったか?」
アルノルトが問う。
冒険者たちは、答えに詰まった。
「……いや」
一人が、言葉を選びながら言う。
「楽じゃなかったが、楽だった」
矛盾した感想。
だが、誰も笑わなかった。
夕方。
回収した素材を並べる。
量は少ない。
だが、質は揃っている。
エルナが、帳簿を見ながら言った。
「……赤字ではありません」
アルノルトは、目を細めた。
「大儲けでもないな」
「はい」
「だが」
彼は、素材から目を離さずに言った。
「これは、仕事になる」
冒険者の一人が、ぽつりと呟く。
「……毎日これなら」
すぐに、首を振った。
「いや、言うまい。
笑われる」
アルノルトは、その様子を見逃さなかった。
誰もが気づき始めている。
だが、口に出せない。
英雄譚にはならない。
自慢にもならない。
だが――
死なない。
借金もしない。
明日も潜れる。
「……まだ名前はないな」
アルノルトは、静かに思う。
だが、確かにここには、
今まで誰も価値を与えなかった階層があった。
そしてそれは、
この領地にとって――
唯一、現実的な希望だった。
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