第18話 標準化という名の救済
王都からの書状は、厚かった。
封蝋は三重。
文面は丁寧。
だが、余白がない。
「……来ましたか」
エルナが、静かに言う。
アルノルトは、無言で頷いた。
予想していた。
だからこそ、重い。
会談の場に現れたのは、三人だった。
前回の監督官セルジオ。
中央ギルドの代表。
そして――王都法務局の文官。
肩書きだけで、目的が分かる。
「結論から言います」
セルジオは、前置きを省いた。
「あなたの管理手法を、
標準化したい」
その言葉は、
提案ではなく宣言だった。
「作業者制度」
「階層制限」
「日当制」
「封鎖判断」
彼は、淡々と並べる。
「これらを、
王国内ダンジョンの
暫定共通指針としたい」
中央ギルド代表が続く。
「冒険者の死亡率を下げる」
「無謀な深層突入を減らす」
「ギルドとしても、
無視できない成果だ」
どれも、否定できない。
「……条件は?」
アルノルトは、短く問う。
セルジオは、一瞬だけ視線を伏せた。
「管理者の現地常駐」
「判断権限の明文化」
「数値基準の提出」
「異変時の
即時上位報告義務」
そして。
「最終判断権は、王都に置く」
室内の空気が、凍る。
エルナが、思わず息を呑んだ。
「それは」
アルノルトは、ゆっくり言う。
「現場判断を、否定する制度だ」
「いいえ」
法務局の文官が、冷静に返す。
「責任の所在を、
明確にする制度です」
「事故が起きた時、
誰が責任を負うのか」
「それを、
個人に背負わせない」
その言葉は、
善意に満ちていた。
「属人的管理は、
再現性がありません」
セルジオが、重ねる。
「あなたがいなくなれば、
崩れる」
「だからこそ、
制度に落とす必要がある」
正論だった。
あまりにも。
「……一つ、聞かせてください」
アルノルトは、静かに言った。
「五層の結晶は、
どう扱いますか」
セルジオは、即答する。
「危険因子として、
除去します」
「管理対象では?」
「標準化できません」
「異常個体は、
排除が原則です」
その言葉に、
アルノルトは目を閉じた。
「それが、
王都の答えですか」
「ええ」
セルジオは、はっきり言った。
「分からないものは、
制度に入れられない」
しばらく、沈黙。
やがて、アルノルトは口を開く。
「……この管理は」
一言ずつ、噛みしめるように。
「覚悟を、前提にしています」
「誰かが死ねば、
私が引き受ける」
「判断を誤れば、
私が止める」
「その責任を、
分散したくない」
「制度にすれば、
誰も“決めなくなる”」
「誰も“引き受けなくなる”」
中央ギルド代表が、眉をひそめる。
「それは、感情論だ」
「ええ」
アルノルトは、頷いた。
「だから、管理です」
「数字では、
迷宮は生きません」
「規則でも、
止まりません」
「向き合う人間が、
必要なんです」
セルジオは、深く息を吐いた。
「……理解はします」
「ですが」
視線が、鋭くなる。
「王都は、
あなた一人に賭けられない」
それが、最終回答だった。
会談は、
保留という形で終わった。
だが、
時間は、味方ではない。
夜。
エルナが、震える声で言う。
「……どうしますか」
アルノルトは、窓の外を見る。
作業者たちが、
今日も無事に帰ってきている。
「教えない、という選択は」
エルナが、続ける。
「許されないかもしれません」
「分かっている」
アルノルトは、静かに答えた。
「だが」
拳を、軽く握る。
「壊れる制度を、
広めるわけにはいかない」
五層の結晶は、
その夜、
変わらず静かに光っていた。
排除されるべき異常か。
対話すべき反応か。
その答えを、
制度は持たない。
アルノルトは、はっきりと覚悟した。
次に来るのは、
説得ではない。
選択だ。
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