第16話 見に来た人々
最初に来たのは、使者ではなかった。
正式な書状も、王都の印もない。
ただの馬車が一台、
昼過ぎに町へ入ってきただけだ。
「……視察?」
エルナが眉をひそめる。
「はい」
門番からの報告は、簡潔だった。
「隣領の代官だそうです。
“話を聞きたい”と」
アルノルトは、少しだけ考えた。
「通せ」
拒む理由は、なかった。
現れたのは、三人。
代官と思しき中年の男と、
若い文官、
それに――武装した護衛。
表情は、警戒と困惑が半々だった。
「突然の訪問をお許しください」
代官は、丁寧に頭を下げた。
「我々の領地にも、
ダンジョンがありまして」
その一言で、
何を見に来たのかは分かった。
「……死亡事故が、続いています」
代官は、苦い顔で言った。
「封鎖すれば、領地が死ぬ」
「開けば、人が死ぬ」
「正直……
どちらを選べばいいのか、
分からなくなりました」
その言葉は、
かつてのアルノルト自身だった。
「それで」
アルノルトは、静かに促す。
「我々が、
“浅層を使っている”と聞いた」
「ええ」
代官は、正直に頷いた。
「最初は、冗談かと思いました」
「冒険者を、
作業者と呼び分ける」
「深層を止める」
「五層を、
使わずに管理する」
若い文官が、
半信半疑のまま言葉を並べる。
「……正直、
意味があるとは思えなかった」
「それでも、
来た理由は?」
アルノルトの問いに、
代官は少し黙った。
そして。
「……人が、残っていると聞いた」
その言葉は、重かった。
案内されたのは、
ダンジョンではなかった。
市場だ。
作業者が、道具を買い。
商人が、素材を受け取り。
子供が、走り回る。
「……静かですね」
若い文官が、ぽつりと呟く。
「はい」
エルナが答える。
「死に急ぐ人が、少ないので」
三層入口。
作業者たちが、
点呼を受けている。
「……あれは、冒険者ですか?」
「元は、そうでした」
アルノルトが答える。
「今は、
“戻ってくる仕事”をしている」
五層手前。
結晶は、まだそこにあった。
縮み、
安定し、
静かに光っている。
「……壊さないんですね」
代官の声は、低い。
「壊せます」
アルノルトは、即答した。
「だが、
壊す理由がない」
視察が終わった後。
代官は、深く息を吐いた。
「……分かりません」
正直な言葉だった。
「正解だとは、
まだ思えない」
アルノルトは、否定しなかった。
「ですが」
代官は、続ける。
「羨ましいとは思いました」
人がいる。
仕事がある。
そして、誰も走っていない。
「同じことは、
できないでしょう」
若い文官が言う。
「事情が違う」
「規模も違う」
アルノルトは、頷いた。
「同じでなくていい」
「真似をしろとは、言いません」
「ただ――」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「止めるという選択肢が、
存在することを
知ってほしい」
代官は、静かに頭を下げた。
馬車が去った後。
エルナが、少し不安げに言う。
「……広まりますね」
「広まる」
アルノルトは、肯定した。
「良くも、悪くも」
それは、
評価され始めた証ではない。
困っている人が、
見に来たというだけだ。
だが。
その一歩は、
確実に世界を揺らし始めていた。
遠くの迷宮で、
魔力が、ゆっくりと流れを変える。
この管理が、
特別ではなくなる日を――
まだ、誰も知らない。
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