7 隠されたものの気配
エドガーが法務官室に戻ると、ストーブの前にルシアンが立っていた。黒い外套と同じ色の書類ケースが床に無造作に置かれている。落ちた雪が溶け、点々と濡れた跡が残っていた。
「今日も寒いな」
「うん」
エドガーは書類を机に置き、椅子に腰を下ろした。
ひとつ息を吐き、ルシアンを見上げる。
「――ヴァイナス商会のほう?
それとも灰羽隊か」
そう言いつつ、エドガーは書類の端を指で弾き、そっと裏返した。見せたくないというほど露骨ではないが、視線の外に置いた。
ルシアンはその気配に気づいた様子もなく、書架を漫然と眺めながら息を吐く。
「すまん、あまり進んでいない。ただ……気になったことがあってな。先に話しておこうと思った」
群青の瞳が彼を促すように静かに見つめる。
ルシアンは短く頷き、言葉を続けた。
「灰羽隊の上官――ヨアヒム・クラウス少佐。資料では“死亡”としか書かれていなかったが……不審死だ。遺族には何の説明もなかったらしい。遺品もほとんど返されていない」
エドガーは手元の書類をじっと見つめた。
「そうか……。
となると、彼が汚職に関わっていた、あるいは巻き込まれた可能性もある……か。
軍が“軍事機密”に分類する理由としては……」
彼は言葉を切り、書類の裏面をゆっくり指でなぞった。
――本当にそれだけか?
――戦後の混乱に紛れた不正が原因、そう処理されてしまうような案件ではない。
――第一、調査停止命令が“早すぎる”。
――鍵は、ヴァイナス商会そのものにあるのではないか?
「少佐は正義感が強くて、公平で……そんな人だった。汚職なんて、するはずがない」
ルシアンの眉間に影が落ちる。
「ルシアン。五年あれば、人は変わる」
「だが――!」
ルシアンの声を遮って、エドガーは静かに立ち上がった。
「でも、僕は君の勘を信じている」
その横顔に、雪明かりが淡く差す。机上に落ちた影は薄く灰色だった。
エドガーは机に置いていた、マルコムに押し付けられた書類を持ち上げ、ルシアンに向けて掲げた。
「僕も、たった今“手を引け”と言われたばかりなんだ」
「……え」
ルシアンの琥珀の瞳が揺れる。
白い羊皮紙は外の雪光を反射して文字は読めない。 エドガーはそのまま書類を机に置き、再び裏返した。
「ヴァイナス商会の件は、“よくある未払い事件”じゃない。……僕はそう思っている」
「エドガー、お前……まさか本当に“手を引く”なんて言わないよな」
群青の瞳がルシアンを見据えた。
雪の光を映して、静かに光る。
「――やれるだけ、やってみよう。引き続き、ヴァイナス商会の調査を頼む」
ルシアンはわずかに口角を上げた。
「……任せろよ。サー」
エドガーは短く頷き、窓の外に視線を投げた。
雪が音もなく降り続いている。
まるで王都のすべてを白く塗りつぶし、真実を隠そうとするかのように。




