38 雪都の動乱
早朝の摘発からわずか数時間。
王都オルドンは、まるで巨大な巣が突かれたかのようにざわめいていた。
霧のかかる通りには、いつものパン屋の煙よりも先に、新聞を求めて押し合う市民の声が響いている。
「軍務省が関わっていたって本当か?」
「封蝋を偽造しただと……?」
「王立裁定院が告発したらしいぞ」
朝刊を手にした者は皆、紙面を隠すように胸に抱え、しかし目だけは周囲の反応を伺っている。
馬車通りでは、御者たちが新聞の見出しを叫びながら客を拾い、
商人街では店主たちが開店もそこそこに、互いに記事を読み上げあっていた。
――〈軍務省関係者、大規模摘発〉
――〈裁定院、告発声明〉
その文字が目に入るだけで、人々の表情は一瞬固まる。
衛兵詰所には、報告を抱えた若い隊士たちが駆け込み、各省庁の窓には、まだ朝だというのに厚いカーテンが落とされた。
川沿いの石橋では、通勤の紳士たちが立ち止まり、濃い霧の奥にそびえる軍務省庁舎を、不安げに、あるいは疑わしげに見つめていた。
「まさか、こんなことが……」
「いや、前から噂はあった」
「だが“ここまで”とはな……」
市場では、露天商たちが商品を並べる手を止め、口々にささやく。
「犯人が捕まったってだけじゃないだろ。
本当に怖いのは……“この後”だ」
「王国が揺れるかもしれないな」
どの声にも共通しているのは、“何かが動き出した”という、肌の奥を刺すような感覚だった。
王都オルドンは、雪の下で静かに沸騰していた。
まるで、さらなる波乱の前触れを告げるかのように。
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王都の中央官庁街の一角にそびえる、重厚な黒灰石の庁舎。軍務省本部。
百年前の防衛戦争期に建てられたため、宮殿というより“巨大な要塞”に近い。
軍務卿室には、薄い霧と雪の白を映す大窓と、弱々しく燃える暖炉。
過度な装飾はなく、使い込まれた大机――ところどころに補修の跡が残る。
その机の前で、軍務卿アルフレッド・ハートレーは書類を押し出し、静かに言った。
「……静観だ。
何も言うな。
だが、守ると決めたものは死守しろ」
「御意」
部下はそれ以上言葉を発さず、敬礼だけを残して退室した。
訓練された足音はほとんど響かない。
ぱちり、と暖炉の火が爆ぜた。
アルフレッドはゆっくりと息を吐いた。
震えは、その息が形になったときにだけわずかに見えた。
恐怖か、あるいは――武者震いか。
その答えを知る者は、この部屋にはいない。
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軍務卿室から出た若い将校が、階段の踊り場でふと足を止めた。
下階から上ってくる男がいたからだ。
黒い短髪。
氷を削ったように澄んだ灰の瞳。
長身だが華奢で、軍人にしては静かすぎる気配。
将校は反射的に背筋を伸ばし、深く敬礼した。
だが、彼はその礼を薄い視線で受け流しただけで、歩を緩めなかった。
それだけで、空気がわずかに冷えた気がした。
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扉を開けると、暖炉は小さな火が控えめに灯り、鈍い青灰色の敷物が薄く床に敷かれている。
男は椅子に身を沈め、机に置かれた朝刊を指先で引き寄せた。
机上に広げた新聞の記事。文字の一点を指でさす。
――《レイブンズ法務官 声明》。
「若造が……」
火の明かりが、彼の口元に浮かんだ笑みを照らす。
「国家の秩序維持のためだ。
誰も罪に問えはしない。
――君も薄々気づいているだろうに」
エイドリアン・レンドールは、わずかに口角を上げた。




