37 雪原に刻む告発の朝
廊下の壁に飾られた深紅のタペストリーに織り込まれた金糸が、淡い雪光を弾いている。
黒革のブーツが手織りの絨毯を打つたび、音は深く吸い込まれた。
窓の外は一面の白銀。
雪が音もなく降り、世界を静かに覆っていく。
廊下の突き当たり、ヴァレンタイン家の紋章──銀の星と深紅の薔薇。
――理を恐るるな。
建国王エドワード一世が遺した言葉。
エドガーは足を止め、胸に手を当て、短く瞳を閉じた。
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金文字のプレートが視界に入る。
ノック。返事。扉を開けば、暖気が廊下へ流れ込んだ。
マルコム・ヘインズは机に座り、指を組んでエドガーを静かに迎える。
脇には書記官が控えていた。
「エドガー。できたか」
エドガーは深く一礼し、書類束を差し出した。
「すべて揃っています」
灰羽隊を隠れ蓑にした国家裏切りの証拠。
マルコムは素早く書類へ目を走らせ、机に並べて確認する。
机の奥から承認印を取り出し──
ダンッ。
朱が紙へ滲む。
「……もう戻れない。
覚悟はあるか」
エドガーはわずかに口角を上げた。
「はい」
マルコムは書類を整え、書記官へ渡す。
「至急、治安監察局へ通報を」
「はい」
マルコムは視線だけでエドガーを見た。
「告発の準備は」
「すべて手配済みです」
マルコムは満足げに笑い、鋭い瞳を細めた。
「存分に戦え」
「はい」
そのとき、冷え切った窓枠がカタリと鳴った。
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夜明け前の王都・裏門。
黒外套の治安監察官たちが、馬車列の前に整然と並んでいた。
「六時三十分より一斉突入を開始する。標的──
イーヴリン商会関連施設、灰羽隊名義倉庫群、第三港湾積荷管理棟」
「了解!」
一斉に敬礼が上がる。
蹄音が、白い夜明けの石畳を震わせた。
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「治安監察局だ! 全員その場を動くな!」
重い扉が破られ、職員たちの悲鳴がこだまする。
押収される帳簿、偽造された紋章、焼印コード。
「隊長! “偽装名簿”原本、発見!」
「港へ連絡! 積荷管理棟の方も不正の痕跡あり!」
怒号、報告、連行される男たち。
蒼白な顔。崩れる足元。
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【新聞 王都速報】
――〈特報〉軍務省関係者の大規模摘発、裁定院による告発声明 ――
治安監察局は今朝、王都およびフェルンウォルドにて
“軍務省名義の印章を不正使用した密輸組織”への一斉摘発を実施した。
逮捕者は二十名以上に及ぶ。
今回の摘発は、王立裁定院法務官エドガー・レイブンズによる証拠提出を受け、監察局が独立して行動したもの。
《レイブンズ法務官 声明》
『軍務省に巣食う腐敗に対し、王立裁定院は法の名において調査を開始する。
いかなる権力も法の上には立てない。
これは個人の告発ではなく、王国の“理”を守るための行為である。』
軍務省は「事実確認中」とのみ回答している。
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新聞を丁寧に折り、机に置く。
エドガーは窓際に立った。
霧と雪の向こうに、街の尖塔がかすかに浮かぶ。
馬車が走り去り、轍を刻む。
しかしその痕跡も、雪が静かに覆い隠していく。
「さぁ……レンドール侯」
群青の瞳がわずかに光を帯びる。
「──これは“開幕”にすぎませんよ」
エドガーはゆるやかに、だが確かな意志で微笑んだ。




