25 白雪の下に隠された文書
エドガーが机に包みを置き、紐を解こうとした瞬間、ルシアンがその手首を掴んだ。
「待て。開けて大丈夫なのか? 送り主に心当たりは?」
エドガーはゆっくりとルシアンを見る。
「僕がフェルンウォルドに行くという話はマッケンジー夫人にしかしていないし、彼女にも宿は伝えていない。
だけど、僕の居所を簡単に突き止めた上で、こういう事ができる人は一人しかいない」
包みから出てきたのは大量の書類。見たところ、ルシアンには読めない言語がびっしりと書き込まれている。
「暗号?」
ルシアンが呆れ半分に呟く横で、エドガーは数枚をめくった途端、机に両手をつき、肩を落とした。
「……これ全部暗号だ。
こんな事ができる人なんて一人しか僕は知らない」
「だから、それは誰?」
「……マルコム・ヘインズ卿」
つぶやくような声。
「マルコムさん?」
「多分怒ってるんだ……」
「なぜ……?」
ルシアンは嫌な予感がして眉をひそめる。
「お、お前、“休暇”はどうやってもらったんだ? まさかマルコムさんを脅したりしていないよな?」
エドガーは腕を組み、目を閉じて言い切った。
「ルシアン、人にはね、目的のために多少強引に事を進めなきゃいけないときもあるんだよ」
「つまり脅したんだな!?
お前、マルコムさんには散々世話になってるだろうに」
「それとこれとは別だ。
僕は明日も暗号解読だ。寝る。おやすみ」
エドガーは暗号の山を机に置きっぱなしにしてベッドに潜り込み、ルシアンは、呆れ、驚き、そして少しだけ心配を混ぜた視線でその背中を見つめた。
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翌朝。
ルシアンが潜入用の道具や衣服を買いに走っている間、エドガーは机にかじりつき、マルコム直送の暗号と格闘していた。
古アルストリア語を織り交ぜた暗号は、マルコムが好む手法だ。
手癖もよく分かっている。
だが、いかんせん――
「量が多い……! やってもやっても終わらないじゃないか」
「マルコムさんを怒らせたんだ。仕方ないだろう。甘んじて読め」
買い出しから戻ったルシアンは、肩をすくめて笑っていた。
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マルコムからの暗号には、機密情報がこれでもかと詰め込まれていた。
最新の補給コードと旧コード一覧に、補給拠点の座標一覧。軍監査局の発行コードリストなど。
FW–N11“フェルンウォルド北区N-11”は、エドガーがおおよそで灰羽隊駐屯地跡だと特定していたが、最新の補給コードでも灰羽隊駐屯地跡を示していると判明した。
しかし、“高地区画G-3”については、はっきりとした情報は得られなかった。意図的に隠されていると言わざるを得ない。
しかも“座標G3付近で数年前に消えた軍監査官の記録”が残されていた。
―― “軍監査官テオ・ハルツ、業務中行方不明(所在不明のまま捜査終了)”
「監査官まで……」
暗号を解き終わった紙束の一文を目で追いながら、エドガーは息を飲んだ。
暖炉の音が、一瞬だけ止まったように感じる。
「なぁ、エドガーは、“影を歩く人”にもう目星は付けているのか?」
エドガーは、目線だけをルシアンに向ける。
「……つけている」
紙束を膝の上に置き、小さくため息をついた。
「それは誰だ?」
エドガーは首を振った。
「本当に、こればかりは踏み込まない方がいい」
「……そうか。
――これ、着てみてもらえるか? 潜入するにあたって、俺は灰羽隊時代の軍服を着る。お前にもそれに似たものを用意した」
渡された外套を羽織ると、エドガーは眉を上げた。
「……意外と重いんだね」
「お前は……なんていうか、軍人にならなくてよかったな」
「似合ってないってこと?」
「人には向き不向きがある」
「……浮いてるってことか。なるほど。
ロンドンの名探偵は変装の達人だが、僕は彼にはなれないようだ」
ルシアンは堪えきれずに笑い、小さく肩を揺らした。
「ルシアン。マルコム卿からの暗号文には私信も含まれていた」
「なんて書いてあった?」
「“終わったら妻の手料理を食べに来なさい。ルシアン君も連れてね”って」
「あの人には何もかもお見通しなんだな」
「本当に……尊敬できる人だよ」
エドガーは再び紙束に向き合った。
潜入まで時間は少ない。
今のうちに、使える情報は全て頭に叩き込む必要があった。
窓の外では、今日も雪が静かに降り続いていた。




