24 凍土に集う断片
ルシアンが外から戻ると、暖炉の前で羽根布団を頭からかぶったエドガーが震えていた。
「……何してる」
「……寒いんだ」
暖炉の火は、小さく、心細いほどに弱っている。
「……薪は足したか?」
布団の中から、群青の瞳がゆっくりとこちらを向く。明らかに弱気だ。
「……薪を……足す?
……ああ、……自分で?」
ルシアンは深く息を吐き、荷物を床に置いて部屋を出た。
すぐに追加の薪を抱えて戻ってくると、慣れた動作で暖炉へ焚べ、空気穴を調整する。火がぱちりと音を立て、勢いを取り戻した。
「……すごいな、ルシアンは何でもできる」
「お前が生活力がなさすぎるんだ!」
両手で顔を覆いながら、ルシアンはぶつぶつ言った。
「これだから使用人に囲まれて育った貴族のボンボンは……」
エドガーはただ横で申しわけなさそうに笑っている。
「俺が悪かったよ。一人にしちゃいけなかった」
「……でも暗号は解読できたよ。僕だってやればできる」
「辺境じゃ、火を守るのも大事な仕事なんだ」
「……覚えるよ」
ルシアンはジャケットと手袋を外し、マフラーから雪を払った。
「雪を落としたら飯だ。戻ったら、お互いの情報を擦り合わせる」
「……うん」
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ランプに明かりを灯し、カーテンを閉める。
食事から戻った二人は、それぞれ手帳を手にベッドの縁に腰掛け、向き合った。
「まず俺からだ」
ルシアンは手帳を開き、淡々と報告を始める。
「ヨアヒム・クラウス少佐と、トマス・ベルクの目撃証言があった。
俺たちが来るより前に、この街で聞き込みをしていたらしい」
「……彼らも気づいたんだね。だから口封じされた」
ルシアンは静かに頷いた。
「それから、灰羽隊は俺が退役した直後に解隊されたはずだ。
だがしばらくは“あたかも存在しているかのような動き”が続いていた。
軍人の出入り、馬車の時間、買い付ける食料の量……全部同じだった」
「潜伏部隊だろうね」
「ああ。だが最近その“動き”が急に変わった。
人の数も馬車の時間も違う。密輸ルートを変えたんだろう。
灰羽隊を隠れ蓑にするのはもう限界だったんだ。
少佐やトマスのように嗅ぎつける連中が出てきたから」
ルシアンは手帳を閉じ、次はエドガーを促すように視線を向けた。
「次はお前だ」
エドガーは紙片を取り出す。
《FW–N11:ARA/GNA–3:EID》
「フェルンウォルド北区画N-11──灰羽隊駐屯地跡だね。
そこから“高地区画G-3へ移動せよ”という指令の暗号だった」
「“ルート変更”の証拠だな」
エドガーは鞄から古地図を取り出し、膝の上に広げた。
「高地区画の先には北方港ヘルミナがある。
侯爵家から供出された物資をG-3の中継地に運び、港を介して密輸していると思う」
指先が古地図の上をたどる。
「ただ……僕の資料ではG-3の“座標”までは特定できなかった。
君の経験に頼るしかない」
「任せろ」
ルシアンはエドガーの隣に移動し、地図を覗き込む。
「高地区画はこの辺りだ。そして、中継地にできる場所は多くない。……ここだ」
一点を迷いなく指し示した。
「潜入だな」
「うん。準備をしよう」
エドガーが地図を机に広げ直し、示された地点に印をつけようとしたとき——
「あっ!」
突然の声に、エドガーは肩を跳ね上げる。
「な、何……?」
「やっべ。忘れてた。ちょっと待ってろ」
ルシアンは慌てて飛び出し、数十秒で戻ってきた。
手には、書類ケースほどの大きさの包み。
「受付で預かってた。お前宛だ」
エドガーが受け取ると、ずしりと重い。
片手では持ち上げられないほどだ。
「……なんだこれ」
差出人の名前は書かれていない。
だが、この重さと、この無言の押しつけ方を知っている男を、エドガーはひとりしか知らなかった。




