1 灰の残響
――風が鳴いた。
焼け焦げた土の匂いが肺を刺す。
体温を奪う灰色の空気の中、ルシアン・ヴェイルは声を張った。
「撤収だ。全員、引け!」
「でも、伍長が――!」
「走れ。今は生き延びろ!」
返事は砲声にかき消された。
倒れた影が一つ、また一つと沈む。
呼びかける声は遠ざかり、夜の底に呑まれていく。
視界の端で、若い兵が地に伏した。
ルシアンは足を止めかけ、しかし一瞬で判断する。
「……行くな。今は助けられない。前へ!」
仲間を引きずる兵に向かって叫ぶ。
「泣くな。足を動かせ。家族のもとへ帰るんだ!」
その声が届いたかどうか、もう確かめようがなかった。
風が唸り、爆ぜる音がすべてを覆い隠す。
闇が落ち、炎だけが空を照らした。
◇
――時間が経った。
戦は終わり、灰だけが残った。
瓦礫の中で、ルシアンは膝をついていた。
腕の中の兵士の頬は、もう冷たかった。
「……ちくしょう……」
掠れた言葉は、夜の底へ静かに沈んでいった。
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目を開けた時、声は出なかった。
ルシアンは勢いよく上体を起こした。
額を汗が伝い落ち、胸の鼓動だけがやけに大きい。
砲煙の残響が、まだ胸の奥にこびりついていた。
金の髪を乱暴にかき上げ、手で顔を覆う。
「……まだ、俺は囚われているのか……」
薄明の窓の向こう、遠くで汽笛が鳴った。
街は新しい一日を始めようとしている。
だが胸の奥では、まだ灰が燻り続けていた。




