ホットケーキは最強のサバイバル食
「第7回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」投稿作品。ビバ、モンヌ!
木枯らしの吹く商店街を、自転車でゆっくり走る。もう何年も帰ってない実家を片づけるために、年末だけ戻ってきた。
押し入れの奥から、小さなオルゴールと割れた風鈴、それから古い年賀状の束が出てきた。差出人は全部、同じ名前だ。
『今年も二人舞踏会しよう。合い言葉は、ホットケーキは最強のサバイバル食』
インクのかすれた文字をなぞる。彼はもう、この世にいない。
なんとなく、一枚だけ白いハガキを机に出した。返事を書く相手はいないのに、ペンはするすると動く。
『あけましておめでとう。去年も生きてしまいました』
そこまで書いたところで、急に外がざあっと騒がしくなった。さっきまで乾いていたアスファルトに、冷たい雨が落ち始める。
年賀状をポケットに入れて、自転車でポストまで向かう。途中、アーケードの切れ目で雨宿りをした。軒先には、季節外れの風鈴が一本だけ吊られていて、冬の雨に揺れている。
ふいに、オルゴールの曲を思い出した。六畳間のちゃぶ台に、焼けるだけ焼いたホットケーキを小さな山みたいに積み上げて、二人で曲に合わせてふざけて踊り、「舞踏会」と呼んだ夏の夜。
冷蔵庫はほとんど空っぽで、豪華な食事も未来の見通しも何ひとつなかったけれど、そのホットケーキの山だけはお腹いっぱいになれる約束みたいで、あの時間だけは世界からのギフトみたいだった。
『風鈴が鳴ったら、おかわりの合図ね』
彼がそう言って笑った顔まで、ありありと浮かぶ。
雨が少し弱くなったので、自転車を押して歩く。ポストの前で足を止め、ハガキの裏をもう一度だけ見た。
『今年もきっと、どこかで生きてしまいます』
そう書き足して投函する。赤いポストの口が、ゆっくりと飲み込んだ。
帰り道、雨宿りしていた場所を通りかかると、さっきの風鈴が、ひとつだけ音を立てた。
それを合図に、胸のどこかで、止まっていた舞踏会の続きを、ようやく一人で踊り始めてもいい気がした。




