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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
電子の海と、虚構の王子

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第89話 エピローグ:残されたデータと、次なる予兆

祭りの後の静寂、という言葉がある。

 だが、この場所にあるのは、そんな詩的なものではない。

 墓場の、それも墓石すら粉砕された後の、冒涜的な静けさだ。


 地下鉄廃トンネルの最深部。

 かつてサーバーファームと呼ばれ、数時間前まで「ゼロ」という名の人工知能が神を気取っていたその空間は今、鉄屑のスクラップ置き場と化していた。


 バチッ……。


 天井から垂れ下がったケーブルの切断面で、青白い火花が弾けた。

 その光景を、超高速度カメラで捉えてみよう。

 電圧の行き場を失った電子が、空気中の窒素分子と衝突し、プラズマ化して発光する。

 その光は、瓦礫の山に一瞬だけ影を落とし、〇・〇二秒後には闇へと消える。

 網膜に残像だけを焼き付けて。


 カツ。


 その死の世界に、異質な音が響いた。

 革靴のヒールが、コンクリートの床を叩く音。

 その音は、反響定位エコーロケーションのように闇の中に広がり、崩れ落ちた壁にぶつかって戻ってくる。


 一人の男が歩いていた。

 仕立ての良いスーツ。磨き上げられた革靴。

 ここが産業廃棄物の山であることを拒絶するかのような、完璧な身なり。


 彼は、足元の瓦礫を避けない。

 まるで、汚物が勝手に道を空けるのが当然とでも言うように、直線的に進んでいく。


「……ひどい有様ですね」


 男は、部屋の中央で足を止めた。

 そこには、かつてメインフレームだった巨大な金属塊が転がっていた。

 溶け落ちた外装。剥き出しになった回路。

 それは、腹を裂かれた巨大な昆虫の死骸のようにも見えた。


 男の視線が、その残骸の上を滑る。

 感情はない。

 あるのは、実験動物の解剖結果を確認する研究者のような、冷徹な観察眼だけだ。


(……演算コア、物理的破壊。冷却システム、全損。……ふむ。あの『物理無効』の障壁を、まさか物理(筋肉)で突破するとは。……計算外というよりは、計算式の前提が間違っていたと言うべきか)


 男の脳内で、思考が高速回転する。

 「ゼロ」の敗因分析。

 ジンの戦闘データとの照合。

 そして、今日の夕飯の献立(鴨のコンフィか、それとも寿司か)。

 天才特有の思考の脱線マルチタスク


「……ま、壊れたおもちゃに用はありませんが」


 男は、白い手袋をはめた手で、瓦礫の隙間に手を突っ込んだ。

 ジャリ、という不快な音がする。

 彼が引き抜いた指先には、黒く焦げた小さなチップが摘まれていた。

 メモリーユニットの断片。

 数千テラバイトの情報が圧縮された、電子の墓標。


 彼は懐から、注射器のような形状のデバイスを取り出した。

 先端には針ではなく、鋭利な端子がついている。

 それを、チップの破損したコネクタに突き立てる。


 チュイイイイイイ…………。


 微かな高周波音。

 デバイスのインジケーターが、心拍数のように青く明滅を始める。

 死体から最後の血液を一滴残らず吸い上げる、デジタルな吸血行為。


「……ほう」


 男の瞳孔が、わずかに開いた。

 デバイスの小さなモニターに流れる文字列。

 それは、ただのデータログではない。

 人間の感情、怨念、未練――本来なら数値化できないはずの「魂の叫び」が、バイナリデータとして記録されていた。


「『死者の共鳴レゾナンス』……。サンプルとしては上出来だ」


 男は、うっとりとした表情で呟いた。

 それは、新種のウイルスを発見したマッドサイエンティストの顔だった。


「人の感情を熱エネルギーに変換し、物理法則を書き換える現象。……熱力学第二法則への冒涜であり、実に美しいバグだ」


 彼はデバイスを抜き取り、まるで宝石でも扱うかのように、内ポケットのシルクのハンカチに包んでしまった。


「さて」


 男は踵を返した。

 背後で、バランスを失った残骸の一部がガラガラと崩れ落ちる音がしたが、彼の鼓膜はそれを「無意味なノイズ」として処理し、意識に上げることすらしなかった。


「……次の実験場ステージへ移るとしましょうか。……役者は揃いつつある」


 彼の足音が遠ざかっていく。

 闇に取り残された瓦礫の山は、ただ沈黙してその背中を見送っていた。


 ***


 場面転換カット

 場所は、地上数百メートルの天空。

 ダンジョン都市の中枢区画にそびえ立つ、威圧的な黒い摩天楼――『紅蓮騎士団』本部ビル。


 その最上階にある団長執務室は今、重力異常が発生しているかのような重苦しい空気に支配されていた。


 最高級のマホガニー材で作られたデスク。

 その表面に、ミシミシという悲鳴があがっている。

 主であるガレス団長の指が、分厚い天板にめり込んでいるからだ。


「……報告は、以上か」


 ガレスの声は、地底のマグマのような低周波を含んでいた。

 彼の目の前には、直立不動で震える部下。

 そしてデスクの上には、一枚の報告書。


 『地下サーバー室における戦闘の痕跡』

 『黒鉄ジンとその協力者たちの関与を確認』


 その文字を見た瞬間、ガレスの視界が赤く染まった。

 比喩ではない。

 血圧の急上昇により、眼球の毛細血管が充血し、物理的に視界に赤いフィルターがかかったのだ。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 心臓の音が、ドラムのように耳元で鳴り響く。

 脳裏にフラッシュバックする映像。

 それは、数ヶ月前の屈辱の記憶。


 ――廃遊園地の夜風。

 ――肌を刺すような寒さ。

 ――そして、自分自身の全裸。


(……あの時! あの屈辱! 私の! 尊厳が! あのアングルで! 全世界に!)


 思考がショートする。

 「敗北」という事実よりも、「全裸で放置された」という精神的トラウマが、ガレスの理性を粉砕ミキサーにかけている。

 あの時の風の冷たさ。

 アスファルトのザラザラした感触。

 股間を隠すために拾った新聞紙のインクの臭い。

 五感のすべてが、あの悪夢を鮮明に再生リプレイする。


「……おい、作者」


 ガレスは、充血した目で虚空を睨んだ。


「……その回想シーン、必要か? 私のトラウマを執拗に掘り下げるのはやめろ。シリアスな敵役としての威厳に関わる。尺の無駄だ。次へ行け」


 メタ的なツッコミで精神の崩壊を食い止め、ガレスは大きく息を吐いた。

 フシューッ。

 鼻から蒸気機関車のような排気が出る。


「黒鉄ジン……。やはり奴は危険だ」


 ガレスは立ち上がった。

 その動作だけで、纏っている高そうなマントがバサリと翻る。


「奴は、ただの掃除屋ではない。……我々の崇高なる『計画』にとって、最大のバグだ。ウイルスだ。デリートしなければならない」


 彼は、壁に掛けられた巨大な地図の前に歩み寄った。

 この都市の地下に広がる「ダンジョン」の全貌を記した、極秘の立体地図。

 浅層の迷路から、中層の遺跡群、そして深層の未知領域へ。


 ガレスの指が、地図の上を這う。

 そして、最下端にある「黒い空白」で止まった。


 **『最深部(B100F)』**


 到達不能領域。

 神の領域か、悪魔の巣窟か。


「これ以上、野放しにはできん。……奴が嗅ぎつける前に、我々が到達しなければならない」


 ガレスの瞳に、狂信的な光が宿る。

 それは、使命感というよりは、強迫観念に近い光だった。


「『あの方』との契約を果たすために。……そして何より、私の黒歴史(全裸)を知る者を抹殺するために!」


 ドンッ!

 ガレスの拳が地図に叩きつけられた。

 その衝撃で、地図上のピンが一本、ポロリと床に落ちた。

 それはまるで、誰かの命が落ちる音のように、乾いた音を立てて転がった。


 ***


 場面は再び変わり、夜の屋上へ。

 ダンジョン遺失物管理センターが入居する、ボロ雑居ビルの屋上。

 錆びついたフェンスと、室外機の駆動音ファンノイズだけが支配する場所。


 そこに、一人の男の影があった。

 ジンだ。

 彼はコンクリートの縁に腰掛け、片膝を立てて、夜空を見上げていた。


 指先には、短くなったタバコ。

 先端の火種が、呼吸に合わせて明滅する。

 赤く、小さく、まるで尽きかけの命のように。


 スーッ……。

 彼が煙を吸い込む音。

 ニコチンとタールが肺胞に染み込み、血液に乗って全身へ運ばれていく。

 血管が収縮する感覚。

 脳が僅かに痺れるような酩酊感。


「……ふぅ」


 白い煙が、夜風に流されていく。

 その煙の向こうに、ジンは幻を見ていた。


 ――よお、ジン。サボりか?


 懐かしい声。

 ガードナーの声だ。

 五年前のあの日、ダンジョンの底で消えた、かつての相棒。


(……幻聴だ。ヤクモの言う通り、脳までイカれちまったか)


 ジンは自嘲気味に笑った。

 背中が痛む。

 ズキ、ズキ、ズキ。

 心臓の鼓動と完全にシンクロした痛み。

 それは、背中に張り付いた「死」が、カウントダウンを刻んでいる音だった。


 余命半年。

 180日。

 4320時間。


 長いようで、瞬きするほど短い時間。

 タバコ一本吸い終わるのと、大差ない。


「……十分だ」


 ジンは呟いた。

 強がりではなかった。

 腹の底から湧き上がる、確信だった。


 下の階では、今頃ピコやネオンたちが、馬鹿みたいに騒いでいるだろう。

 あいつらは、俺が思っていたよりもずっとタフだ。

 雑草みたいに踏まれても、勝手に生えてくる。

 

 俺がいなくなっても、きっとあいつらは生きていける。

 そのための「根っこ」は、もう張ったはずだ。


 あとは、俺が俺の「仕事」を終わらせるだけだ。

 過去という名のゴミを拾って、綺麗さっぱり焼却処分する仕事。


 ジンは、胸ポケットに手を入れた。

 指先に触れたのは、真鍮の冷たい感触。

 取り出したのは、古びた懐中時計。

 **『遺失物No.001』**のタグが付けられた、最初の回収品。

 そして、ガードナーの形見。


「……あと少しか」


 ジンは、親指で蓋を弾いた。

 カチリ。

 乾いた金属音が、静寂な夜に響いた。


 文字盤のガラスは割れている。

 秒針は止まったままだ。

 錆びついた歯車は、二度と動かないかもしれない。


 だが。


 チク、タク、チク、タク……。


 ジンには聞こえた。

 止まっていた時間が、再び動き出す音が。

 それは時計の音ではなく、彼自身の心臓の音だったかもしれない。


「待ってろよ、ガードナー。……お前の忘れ物、必ず届けてやる」


 ジンは時計を強く握りしめた。

 その熱で、冷たい金属が温まっていく。

 彼は夜空の向こう――あるいは、この足元の遥か深くにある「最深部」を睨みつけた。


 ビューッ……!


 不意に、強い風が吹いた。

 ジンの前髪を乱し、タバコの灰をさらい、屋上のフェンスをガタガタと鳴らす。

 それは、物語の終幕エンドロールを告げる風であり、同時に、これから起こる悲劇への開幕のベルでもあった。


 ジンの指先から、吸い終わったタバコが落ちる。

 赤い火の粉を散らしながら、暗闇の底へと吸い込まれていく。

 まるで、落ちていく流れ星のように。


 通知の鳴らない夜。

 男の覚悟だけが、静かに、そして熱く燃えていた。


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