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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
電子の海と、虚構の王子

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第69話:バグだらけの交差点

朝、目が覚めた瞬間に「あ、これ終わったな」と悟る瞬間がある。

 二日酔いで頭が割れそうな時。

 目覚まし時計が、セットした時間の二時間を過ぎて止まっている時。

 あるいは――六畳一間の薄汚い事務所に、むさ苦しい「同居人」が増えている時だ。


「……おい」

「んぅ……あ、おはようございますぅ、視聴者の皆様ぁ……」

「誰が視聴者だ。起きろクソガキ、俺の足元で寝るな」


 ジンは、自身の右足に絡みついている「何か」を無造作に蹴り飛ばした。

 ふぎゃっ、という情けない悲鳴とともに、布団の塊が部屋の隅へと転がっていく。

 埃っぽいソファの上で身体を起こすと、全身の関節がバキバキと悲鳴を上げた。背中の古傷が痛むのは雨のせいか、それとも昨日、調子に乗ってドローンを叩き落としすぎたせいか。


 視界が悪い。

 薄暗い事務所の中は、まるで徹夜明けのゲーム開発部のような、えた臭いと電子機器の排熱が充満していた。

 原因は、昨日転がり込んできた二人の「新入り」だ。


「……あー、あー。マイクテスト。本日は、えー、私の不祥事により……あ、ここもっと悲壮感出したほうがいいかな? 『反省してます』って顔で上目遣いしたほうがスパチャ飛ぶ?」


 蹴り飛ばされた布団から這い出てきたのは、ボサボサのミルクティー色の髪をした少年――元トップ配信者、ピコ・デ・ガマだ。

 彼は寝起き一秒で手鏡を取り出し、自身の「謝罪動画」のシミュレーションを始めている。着ているのはジンの古びたジャージ(サイズが合わず、萌え袖になっているのが腹立たしい)だが、その表情だけはプロのそれだった。


「……まだやってんのかお前。反省の色が透けて見えるぞ、透明クリアすぎて見えねぇけどな」

「うるさいなオッサン! これは『演出』なの! 大衆ってのはね、真実よりも『それっぽいストーリー』に金を払うんだよ。……あ、今の角度、スクショ映えしそう」


 ピコは鏡に向かってキメ顔を作り、ニカっと笑う。その瞳の奥が完全に死んでいるのを見て、ジンは深いため息をついた。

 そして、視線をもう一人の同居人へと向ける。


 事務所の奥。かつて掃除道具と予備のトイレットペーパーが詰め込まれていた「押し入れ」は、一夜にして異界へと変貌していた。

 ふすまは取り払われ、中には青白く光るサーバーラックが積み上げられている。無数のケーブルがスパゲッティのように床を這い回り、その中心で、ジャージ姿の少女が膝を抱えて体育座りをしていた。


「……ヒヒッ、ヒヒヒ……」

「おい引きこもり。朝だぞ。光合成しないとカビが生えるぞ」

「……んぁ? ……光? 無理、光毒フォト・トキシシティで溶ける……。ここが私のサンクチュアリ(聖域)……Wi-Fiの電波だけが私を優しく包んでくれるの……」


 七色ネオン。世界を敵に回したハッカーは、完全に「巣作り」を完了していた。

 彼女の周囲には、栄養補給用のグミの袋が散乱し、額には熱暴走オーバーヒート防止用の冷却シートが貼られている。眼鏡の奥の瞳は、ディスプレイの光を反射して怪しく回転していた。


「……最悪だ」


 ジンは頭を抱えた。

 昨日の夜は、勢いで「拾ってやる」などと啖呵を切ったが、冷静になるとこれはいけない。

 承認欲求モンスターと、対人恐怖症のハッカー。そして、空中をふわふわと浮遊しながら「ねーねー、私の朝ごはんはー? お線香? それとも高級メロン?」と騒ぐ幽霊少女マシロ。

 ここは遺失物管理センターではない。カオス管理センターだ。


「朝飯だ。……と言いたいところだが、冷蔵庫にはマヨネーズと納豆しかねぇ」

「えー! 信じらんない! 育ち盛りの美少年に納豆食わせんの!? 肌荒れたらどうしてくれんの!」

「文句があるなら出て行け。あと、俺のジャージで手を拭くな」


 ジンは欠伸を噛み殺しながら、愛用のデッキブラシを手に取った。

 武器ではない。単に、買い出しのついでに近所の掃除をするためだ。これが彼の日課ルーティンであり、精神安定剤でもあった。


「コンビニ行くぞ。お前らも来い。引きこもってると根腐れするからな」

「え、僕も? 外とかマジ勘弁なんですけど……炎上してるし、石投げられるし……」

「……外、怖い。太陽、敵。人間、もっと敵……」


 嫌がる二人(と一匹)を引きずり出し、ジンはセンターの重たい鉄扉を開けた。

 錆びついた蝶番が、キィィィ、と不快な音を立てる。

 その音が、世界の崩壊を告げる合図だとは、まだ誰も知らなかった。


 ***


 ダンジョン都市・東京、午前八時。

 通勤ラッシュのピークを迎えるこの時間、渋谷のスクランブル交差点は、世界で最も多くの人間が交差する場所として知られている。

 だが、今日の渋谷は、何かが違っていた。


「……は?」


 最初に異変に気づいたのは、嫌々ついてきたピコだった。

 彼は「変装用」という名目で、最新式のスマートグラス(AR機能付き)を装着していた。外界の情報を遮断し、自分への称賛コメントだけをフィルター表示するためだ。

 だが、そのレンズ越しに見えた世界は、称賛どころではなかった。


「な、なんだこれ……!?」


 ピコが絶句し、足を踏み出した瞬間。

 ジュッ、という音が聞こえた気がした。

 足元のコンクリートが、赤黒く脈打ち、ドロドロに溶解していたからだ。


「う、うわあああああああ! マグマだ! 地面がマグマになってるぅぅぅ!」


 ピコの悲鳴が、喧騒を切り裂いた。

 いや、彼だけではない。

 交差点を行き交うサラリーマン、学生、観光客。

 スマートグラスやコンタクトレンズ型デバイスを装着しているほぼ全員が、同時に悲鳴を上げた。


「熱っ! 熱いぃぃぃ!」

「道がない! 足場が崩れるぞ!」

「モンスターだ! 空からドラゴンが来てるぞぉぉぉ!」


 パニックは伝染する。

 一人が叫べば、十人が振り向き、百人が逃げ惑う。

 AR(拡張現実)によって上書きされた渋谷は、一瞬にして地獄のダンジョンと化していた。


 ビルボードの広告塔からは、巨大な一つ目巨人サイクロプスが身を乗り出し、交差点の信号機を引き抜いて振り回している(ように見える)。

 自動販売機は鋭い牙を持つミミックに変貌し、近づく者を喰らおうと待ち構えている(ように見える)。

 そして空からは、翼長二十メートルを超える紅蓮のドラゴンが、口から灼熱のブレスを吐き出しながら降下してくる(ように見える)。


 視覚、聴覚、そして脳への直接干渉。

 高度に発達したARインフラが、悪意あるハッキングによって「凶器」に変わった瞬間だった。


「ひぃぃぃ! 無理無理無理! 死ぬ! 僕みたいな可愛いショタがこんなところで死んだら、世界の損失だぁぁぁ!」

「……エラー、エラー……情報過多……ファイアウォール突破された……これ、大規模な『視覚ジャック』……」


 ピコは腰を抜かしてアスファルト(に見えるマグマ)の上を転げ回り、ネオンは真っ青な顔でガタガタと震えている。

 街中が阿鼻叫喚の地獄絵図。

 誰もが「見えない炎」に焼かれ、「いない怪物」に怯え、逃げ場を失って将棋倒しになっていく。


 その、世界の終わりのような光景の中で。

 たった一人だけ、完全に「空気の読めない」男がいた。


「……あ?」


 ジンである。

 彼は首を傾げ、ポケットから取り出したセブンスターの箱を振った。空だ。ちっ、と舌打ちをする。


「なんだ今日は。フラッシュモブか? それとも集団で盆踊りの練習か?」


 ジンの視界には、何も映っていなかった。

 マグマの海? ただの汚れたアスファルトだ。

 サイクロプス? ただの信号機だ。

 ドラゴン? ただの曇り空だ。


 なぜなら、彼は今どき珍しい「完全なアナログ人間」だからだ。

 スマートグラス? 持ってない。

 コンタクトレンズ? 入れてない(視力は両目2.0)。

 スマホ? 未だに二つ折りのガラケー(通称:鈍器)を愛用している。


 最新テクノロジーが作り出した「共有された悪夢」において、時代遅れの彼だけが、皮肉にも「覚醒」していたのだ。


「おいピコ、そこで何ブレイクダンス踊ってんだ。服が汚れるぞ」

「踊ってない! 悶えてるの! 見えないのかよこの地獄が! 足元! マグマ! 靴溶けるぅぅぅ!」

「……溶けてねぇよ。お前の安っぽいスニーカーは無事だ」


 ジンはスタスタと歩き出した。

 ピコたちが「ギャアアア! 死ぬゥゥゥ!」と絶叫して避けているマグマの海を、まるで近所の公園を散歩するように、ズカズカと踏み越えていく。


「ちょ、おま、そこ温度1000度超えてる(表示が出てる)んですけどォォォ!?」

「知るか。今の俺のふところのほうが寒いわ」


 ジンは、見えない何かに怯えて急ブレーキをかけた軽トラックの横をすり抜け、ミミックに見えているらしい自動販売機の前に立った。

 小銭を投入し、ボタンを押す。

 ガコン、と音を立てて、缶コーヒーが落ちてくる。


「……ふむ。ミミックにしては気が利くじゃねぇか」

「食われたぁぁぁ! 今、オッサンが自販機に手首ごと食われたぁぁぁ!」


 ピコの叫びを無視し、ジンはプルタブを開けた。

 プシュッ、という炭酸コーヒーだがの抜ける音が、やけにリアルに響く。

 甘ったるい微糖の味が、ここが現実であることを教えてくれる。


「……おい、ネオン。これどうなってんだ」

「……え、あ、その……」


 ネオンは震える手で、自身の分厚い眼鏡の位置を直した。彼女はハッカーだが、自身のデバイスもハッキングの影響を受けているらしく、視界にはノイズが走っているようだ。


「……大規模なARテロ……。街中の空間認識サーバーが乗っ取られてる……。みんなの網膜に、リアルタイムで『嘘の映像』が合成されてるの……。脳が『熱い』と思い込めば、本当に火傷の症状が出るレベルの……」

「なるほどな。要するに、みんなでVRホラーゲームやってる最中ってわけか」

「……そんな生易しいもんじゃない……! これ、軍事レベルの幻覚兵器……」


 その時だった。

 上空から、轟音が響いた。

 ARのドラゴンが、大きく翼を広げ、急降下してくる。

 その口元には、眩いばかりの閃光――ファイアブレスの予兆が溜まっている。


「来る! ブレス来る! 終わった! 僕の人生、最後は焼死体かよ! 映えねええええ!」

「キャアアア! ジン! 逃げて! あれ霊体じゃないわ! データだけど殺意が高いわよ!」


 ピコとマシロが叫ぶ。

 周囲の人々も、絶望に顔を歪めて地面に伏せる。

 圧倒的な「死」のイメージ。

 最新のグラフィックエンジンが描画する、回避不能の破滅。


 だが。

 ジンだけは、動かなかった。

 彼は缶コーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱(AR上では骸骨の口)に投げ入れると、静かにデッキブラシを構えた。


「……よく出来たCGだ」


 ジンの目は、ドラゴンの極彩色の鱗を見ていなかった。

 そのド派手なエフェクトの奥。

 光の粒子の向こう側に隠れている、小さな「違和感」を見据えていた。


 風のゆらぎ。

 プロペラの回転音。

 そして、希薄だが確実に存在する、無機質な殺気。


「だが、詰めが甘ぇんだよ」


 ドラゴンが口を開き、業火を吐き出した(ように見えた)瞬間。

 ジンは一歩、踏み込んだ。

 炎の中へ。

 熱も、衝撃も、恐怖もない「虚構の炎」の中へ、迷うことなく突っ込んでいく。


「えっ!?」


 ピコが目を見開く。

 ジンは炎を突き抜け、何もない空中に向かって、デッキブラシをフルスイングした。


「そこだッ!!!」


 ガゴォォォォォン!!!


 鈍く、重たい破壊音が響いた。

 次の瞬間、空中の「何もない場所」から、火花が散った。

 ドラゴンの映像がノイズのように乱れ、霧散する。

 代わりに落下してきたのは、全長1メートルほどの黒いドローンだった。その機体には、対人制圧用のスタンガンと、催涙ガス弾が搭載されている。


「……な」


 地面に叩きつけられ、黒煙を上げるドローン。

 それこそが、ドラゴンの幻影アバターを纏い、人々に物理的な攻撃を加えようとしていた「実体」だった。


映像エフェクトに騙されるな。殺気を放ってんのは、あのラジコンだけだ」


 ジンはデッキブラシを肩に担ぎ、鼻を鳴らした。

 周囲の景色が、少しだけ揺らぐ。

 ドラゴンの消滅をきっかけに、局所的にバグが修正され、ただの渋谷の交差点が戻ってくる。


 呆然とするピコとネオン。

 そして、周囲で腰を抜かしていた人々も、何が起きたのか理解できずに口を開けている。


「……あんた……」


 ピコが、震える声で言った。


「あんたの目は節穴か! いや、節穴だからこそ最強なのか!?」

「失礼な奴だな。俺の目はな、ゴミとそれ以外を見分けるために付いてんだよ」


 ジンは、足元でピクピクと動いているドローンの残骸を踏みつけた。

 ガシャリ、とプラスチックが砕ける音がする。


「さて、掃除の時間だ。……このふざけた映像ユメを見せてる映写機、片っ端から叩き壊すぞ」


 混沌とする交差点のど真ん中で。

 時代遅れの清掃員が、ニヤリと笑った。

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