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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
電子の海と、虚構の王子

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第64話 プロローグ:落下する星たち

現代社会において、人が「死ぬ」瞬間とはいつか。

 心臓が止まった時? 脳が機能を停止した時? あるいは、誰からも忘れ去られた時?


 ノン。

 答えはもっとシンプルで、デジタルだ。


 すなわち――『送信エンター』キーを押し間違えた瞬間である。


 ***


 午後八時。

 ダンジョン都市の夜空を、無数の「電子の星」が飛び交っている時間帯。

 その一角にある高級タワーマンションの最上階で、一人の少年が「処刑台」に立っていた。


 部屋は、完璧に演出されていた。

 背景には、計算し尽くされた角度で配置された観葉植物と、知性をアピールするための(一度も開いたことのない)洋書。

 照明は、肌の欠点を飛ばし、瞳の中に「天使のリングライト」を宿らせるための特注品。

 そして何より、カメラの前に座る少年――ピコ・デ・ガマ自身のビジュアルが、神懸かっていた。


 ミルクティー色のふわふわな髪。

 子犬のような垂れ目。

 そして、画面越しに全人類を抱擁するかのような、聖母のごとき微笑み。


 動画配信サイト『D-Tube』において、チャンネル登録者数300万人を誇るトップ配信者。

 『国民の弟』、『奇跡のショタ王子』、『彼氏にしたい(養いたい)男ランキング1位』。

 それが、ピコという虚構アイドルの正体だ。


「――というわけで! 今日はみんなに、僕のモーニング・ルーティンを紹介しちゃいました!」


 ピコは、カメラに向かって小首を傾げた。

 その角度、15度。あざとさが致死量に達する黄金角だ。


「みんな、いつも応援ありがとう! 辛いことがあっても、僕の動画を見て元気出してね? 僕はいつだって、君たちのそばにいるからさ。……愛してるよ!」


 ウインク。

 バチコーン! という効果音が聞こえてきそうなほどの、破壊力抜群の一撃。


 コメント欄が、光速で流れる。


『キャアアアア! ピコくん尊い!』

『今日も顔面が国宝級! 保護して! ユネスコ動いて!』

『生きる希望をありがとう……(スパチャ¥50,000)』


 画面を埋め尽くす称賛と、投げ銭の嵐。

 ピコは、それを満足げに見つめながら、手元のストリームデッキにある『配信終了』ボタンを押した。


 プツン。

 画面上のプレビューウィンドウが消える。


 その、0.5秒後。


「……あー、キッショ」


 ピコの顔から、聖母の微笑みが剥がれ落ちた。

 代わりに張り付いたのは、般若も裸足で逃げ出すような、侮蔑と倦怠に歪んだ悪鬼の形相だった。


 彼は椅子の背もたれにふんぞり返り、足を行儀悪くデスクの上に投げ出した。

 そして、あろうことか小指を鼻の穴に突っ込み、グリグリとほじり始めたのだ。


「なーにが『愛してる』だバーカ! 鏡見てから言えよ養分どもが! お前らのスパチャなんざ、俺の高級ブランド服のボタン一つにもなりゃしねぇんだよ」


 ピコは鼻クソを弾き飛ばし、サブのタブレット端末を手に取った。

 開いたのは、SNSの裏アカウント(鍵付き)。

 そこは、彼のどす黒い本音を吐き出すための、唯一の掃き溜めだ。


「今日の豚どももチョロかったなw 適当にウインクしとけば金投げるんだから、錬金術より楽だわw あーあ、早く引退して南の島で暮らしてぇ」


 悪態をつきながら、ミネラルウォーター(一本1,000円)をラッパ飲みする。

 プハーッ、とゲップを漏らし、再びモニターを見た。


 そこには、まだ配信ソフトの画面が映っていた。

 『LIVE』の赤いランプが点滅している。


「……ん?」


 ピコの動きが止まる。

 終了ボタンは押したはずだ。

 だが、ランプは消えていない。

 それどころか、プレビュー画面には――


 足を机の上に投げ出し、鼻をほじりながら「豚ども」と悪態をついている、現在のピコの姿が、鮮明に、高画質4Kで映し出されていた。


「…………は?」


 思考が停止する。

 機材トラブル? ラグ?

 いや、そんなチャチな問題ではない。


 ゆっくりと、視線をコメント欄に移す。

 そこは、先ほどまでの「称賛の嵐」とは打って変わり、時が止まっていた。


『……え?』

『今、なんて……?』

『豚? 養分?』

『鼻ほじってね?』

『ピコくん……嘘だと言って……』


 そして、せきを切ったように、阿鼻叫喚のコメントが溢れ出した。


『最低! 信じてたのに!』

『金返せ! 詐欺師!』

『裏の顔怖すぎワロタwww 鼻クソ飛ばすなwww』

『幻滅しました。ファン辞めます』

『拡散希望! 国民の弟の正体は、国民のクズでした!』

『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』


 炎上。

 それは、火種がくすぶるような生ぬるいものではない。

 ガソリンスタンドに核ミサイルを撃ち込んだような、爆発的な大炎上だった。

 同接数が、逆の意味で爆発的に伸びていく。野次馬たちが集まってくる音(足音)が聞こえるようだ。


「……あ、あ、あ……」


 ピコは震える手で、マウスを握ろうとした。

 だが、手汗で滑り、マウスが床に落ちる。


「ち、違う! これは演技だ! 役作りの練習で……! ああっ! 切れろ! 切れろよこのポンコツPC!」


 彼は錯乱し、モニターを拳で殴りつけた。

 バキッ! と液晶が割れる。

 だが、配信は止まらない。

 築き上げた虚構の城が、音を立てて崩れ落ちていく。


 ***


 同時刻。

 都市の反対側、薄暗いネットカフェの個室ブースでも、もう一つの「星」が墜落しようとしていた。


 『Access Granted』

 『Download Complete: Akashic_Record.dat』


 画面に表示された緑色の文字。

 ボサボサの黒髪に、瓶底のようなグルグル眼鏡をかけた少女――七色なないろネオンは、勝利のガッツポーズをした。


「やった……! 見たか国家保安局! 私の『絶対迷宮ラビリンス』の前では、お前らのファイアウォールなんて紙くず同然よ!」


 彼女は、ネット界では知らぬ者のいない天才ハッカー『NO-NAMEノーネーム』。

 「神」を自称し、あらゆるサーバーを遊び場にしてきた電脳の支配者。


 だが、その勝利の余韻は、わずか一秒で絶望に変わった。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 突然、スピーカーから不快な警告音が鳴り響き、画面が真っ赤に染まったのだ。


『Warning: Trace Detected』

『逆探知完了。位置情報を特定しました』

『実働部隊を派遣します。到着まで、あと3分』


「……は?」


 ネオンの動きが凍りついた。

 逆探知? 特定? 実働部隊?

 画面上の地図には、このネットカフェのある区画が、禍々しい赤色でマーキングされていた。


「う、嘘でしょ……!? 私のIPは世界中のサーバーを65535回経由してるのよ!? 特定できるわけがない!」


 ウゥゥゥゥゥゥゥ――!!


 窓の外から、サイレンの音が聞こえてきた。

 近づいてくる。

 パトカーだ。いや、国家機密レベルなら、装甲車かもしれない。


「……ひっ」


 ネオンの喉から、空気が漏れた。

 特定された。

 リアル(現実)の居場所が。


「む、無理無理! リアルは無理! 警察とか自衛隊とか、コミュ障にはハードル高すぎるからぁぁぁ!」


 ネオンはパニックになり、PCの電源ケーブルを引き抜いた。

 彼女はリュックにノートPCを放り込み、一番大事な食料――徳用サイズのグミ袋――をわし掴みにした。


「逃げなきゃ……! どこか、電波の届かない……誰も私を見つけられない場所へ!」


 ガチャリ。

 個室のドアノブに手をかけるが、廊下からは店員と警察の話し声が聞こえる。

 詰んだ。

 いや、まだだ。


 ネオンは振り返り、窓を見た。

 ここは一階。

 窓の外は、雨の路地裏。


「……い、行くしかない!」


 彼女は窓の鍵を開け、泥だらけの地面へと飛び出した。

 ビシャァッ!

 冷たい雨と泥が、引きこもりのひ弱な身体を打ちのめす。


 ***


 雨の路地裏。

 そこは、光り輝く表通りから弾き出されたゴミたちが流れ着く、都市の排水溝だ。


 バシャッ、バシャッ!


 二つの影が、泥水を跳ね上げて走っていた。


 一人は、高級ブランド服を泥だらけにし、顔をフードで隠した少年――ピコ。炎上で家がバレ、マスコミと元ファンの群れから逃げてきた。

 もう一人は、ジャージ姿でPCを抱きしめ、眼鏡を雨で濡らした少女――ネオン。黒塗りの車から逃げてきた。


 二人は、逃げていた。

 居場所だった「電子の海」から弾き出され、冷酷な「現実リアル」という名の荒野へ。


「……ハァ、ハァ! クソッ、どっちだ! どこに行けば撒ける!?」

「……ヒッ、ヒッ! 来ないで! 私のIPアドレスを見ないで!」


 運命の交差点。

 T字路の角で、二つの落下星は激突した。


 ドンッ!!


「ぐえっ!?」

「ふぎゃっ!?」


 物理的な衝突。

 二人は盛大に吹き飛び、水たまりの中に転がった。


「いったぁ……! どこ見て歩いてんだこのメス豚ァ! 俺の顔は商売道具なんだぞ!」


 ピコが反射的に罵倒した。

 その口調は、もはや王子の欠片もない。


「……なっ、なによその口の利き方! 私を誰だと思ってるの!? ネットの神よ!? あんたの個人情報なんて3秒で特定して社会的に抹殺してやるわよ!」


 ネオンも負けじと噛み付く。

 お互いに泥まみれで、最悪の第一印象ファーストコンタクト


 だが、喧嘩をしている暇はなかった。

 路地の向こうから、複数の足音と、懐中電灯の光が迫ってくる。


「……ッ! あっちだ!」


 ピコが指差した先。

 路地裏の最奥に、古びた看板がバチバチと頼りなく点滅していた。


『ダンジョン遺失物管理センター(B3F)』

『※どんなゴミでも引き取ります』


 ゴミでも引き取る。

 今の自分たちには、それ以上ない魅力的なキャッチコピーだった。


 二人は顔を見合わせることもなく、転がり込むようにその錆びついた鉄扉を潜った。


 ***


 ギィィ……。

 重い扉が開くと、そこにはカビと埃と、安っぽいコーヒーの匂いが充満していた。


「……はぁ、はぁ……た、助かった……?」


 ピコは膝に手をつき、荒い呼吸を整えた。

 とりあえず、追っ手は撒けたようだ。


「……おい」


 不機嫌そうな低い声が降ってきた。

 顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。


 ボロボロの作業着。

 無精髭。

 死んだ魚のような濁った目。

 そして、その手には、凶器のように黒光りする「モップ」が握られている。


 黒鉄ジン。

 この掃き溜め(センター)の主。


 ジンは二人をゴミを見るような目で見下ろし、深くため息をついた。


「……閉店だ。ゴミなら分別して外のコンテナに捨てろ」


 取り付く島もない、絶対零度の塩対応。

 だが、ピコが注目したのは、ジンの態度ではなかった。

 彼の目線は、ジンの着ているTシャツに釘付けになっていた。


 首元がヨレヨレに伸びきり、謎のシミがついたグレーのTシャツ。

 それは間違いなく、量販店『ユニクロ』で、しかもワゴンセールで500円くらいで売られている型落ち品だった。


(……マジかよ)


 ピコの中で、何かが崩れ落ちた。

 自分は天下のピコ・デ・ガマだぞ?

 年収数億、着ている服はすべてハイブランドのオートクチュールだった男だぞ?


 それが、こんな吹き溜まりに逃げ込み、あまつさえ、ユニクロのセール品を着た薄汚いオッサンに命乞いをしなければならないのか?


「……終わった」


 ピコはガクリと項垂れ、絶望に満ちた声で呟いた。


「俺の避難所シェルター……底辺レベルが低すぎる……」


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