表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥棒猫と、変態ドクター

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/101

第59話 全裸のマント騎士

「――撃て! 何をしている、早く撃てェェェッ!!」


 紅蓮騎士団の副隊長が、飛び散る唾も構わず絶叫した。

 場所は、ダンジョンB3Fの廃棄区画『鉄屑の墓場』。

 無数のコンテナが迷路のように積み上げられたその広場は今、魔法の閃光と、怒号と、そして何とも言えない「困惑」という名の粘着質な空気に包まれていた。


 彼らが対峙しているのは、軍隊ではない。

 ドラゴンでも、凶悪な魔獣でもない。

 たった一人の、男だった。


 爆煙を背負い、逆光の中に浮かび上がるそのシルエットは、神々しいまでに完璧だった。

 黄金の髪は夜風にさらさらとなびき、宝石のような碧眼は鋭い眼光を放ち、ギリシャ彫刻も裸足で逃げ出すほどの均整の取れた筋肉美が、月明かりを弾いて白磁のように輝いている。

 その立ち姿は、まさに絵画の中から抜け出してきた英雄そのものだ。


 ただし。

 その身にまとっているのは、腰に巻いた真紅のマント一枚のみ。

 それ以外は、生まれたままの姿――すなわち、全裸フル・ヌードだった。


「待たせたな! ここからは僕の独壇場だ!」


 男――剣崎レオは、敵陣のど真ん中で仁王立ちし、高らかに宣言した。

 そのポーズは英雄的でありながら、露出狂としての風格も漂わせている。

 マントが風にはためくたびに、敵兵たちの視線が「見てはいけないもの」を見ないように、必死に泳ぐ。


「ひぃッ! こっち向くな!」

「目が! 僕の純潔な網膜が汚されるぅぅ!」

「隊長! 照準が合いません! モ、モザイクが必要です! 誰かモザイク魔法を使える奴はいないのか!?」


 騎士団はパニックに陥っていた。

 彼らは訓練された精鋭だ。ドラゴンだろうがキマイラだろうが、眉一つ動かさずに迎撃できるだけの胆力を持っている。

 だが、「全裸のイケメンが光速で突っ込んでくる」という事態に対する対処法マニュアルは、軍規のどこにも、いかなる戦術書にも載っていなかったのだ。

 未知の恐怖。

 あるいは、生理的な拒絶反応。


「フハハハッ! どうした、攻めてこないのか?」


 レオは不敵に笑い、地面に落ちていた敵の剣を足先で器用に跳ね上げ、空中でパシッと掴んだ。

 その動作一つとっても、無駄がなく洗練されている。

 だが、その背中には、冷や汗がびっしょりと流れていた。


 (……あと2分! 残り時間あと2分だケロ! 早く終わらせないと、この姿のまま魔法が解けて、伝説の変態として末代まで語り継がれてしまうケロ!)


 彼の内面では、騎士としての高潔なプライドと、社会的な死への恐怖が、核融合のような激しさでせめぎ合っていた。

 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。

 今すぐ穴があったら入りたい。いや、穴を掘って埋まりたい。

 だが、今の彼に穴を掘っている時間はない。

 あるのは、この恥辱を「速度」に変換し、誰の目にも止まらぬ速さで敵を殲滅することだけだ。


「来るぞ! 魔法部隊、一斉射撃! あいつを蒸発させて、この悪夢を終わらせろ!」


 副隊長の号令と共に、数十人の魔導士が杖を掲げた。

 炎、雷、氷。

 致死性の魔法弾が、雨あられとレオに降り注ぐ。

 逃げ場はない。防御する鎧もない。

 普通なら、消し炭になる場面だ。


 だが。


「甘いッ!」


 レオは地を蹴った。

 その初速は、音速を超えていた。


 ヒュンッ!!


 魔法弾が着弾するより早く、レオの体は既にそこにはなかった。

 彼は爆風の中を突っ切り、炎の幕を切り裂いて疾走する。

 その動きは、まるで風そのものだ。


「なっ、速い!?」

「バカな! 鎧も着ていない生身で、なぜこれほどの機動力が!?」


「その通りだ! 今の僕は……『空気抵抗ゼロ』なのだからなッ!」


 レオは独自の(そして科学的に微妙な)理論を叫びながら、戦場を駆け巡った。

 重い鎧を脱ぎ捨て、衣服による摩擦係数を極限まで減らした究極のフォーム。

 風が肌を滑る。

 全身から噴き出す冷や汗が極上の潤滑油となり、空気の壁をするりと抜けさせる。


 速いのではない。

 「見えない」のだ。

 なぜなら、敵兵たちが無意識に「直視すること」を避けているからだ。

 人間の脳は、あまりにも衝撃的な映像(全裸の突撃)を捉えた時、自己防衛のために視覚情報をシャットダウンする機能がある――のかもしれない。


「『白銀流・絶対不可視領域センサー・オフ』ッ!」


 ズバァッ!

 すれ違いざまの一閃。

 レオが通り過ぎた後、数秒遅れて衝撃波が発生する。

 魔導士たちの杖が、そしてベルトが、次々と切断されていく。


「あ、あれ? ズボンが……」

「キャーッ! 私のローブが!」

「パンツ! パンツだけは斬らないでぇぇ!」


 魔法部隊が崩壊する。

 レオは止まらない。

 彼は戦場をスケートリンクのように滑りながら、次々と敵を無力化ストリップしていく。

 殺しはしない。

 ただ、自分と同じ「恥辱」を味わわせることで、戦意を喪失させていくのだ。

 これぞ、騎士道精神に則った(?)慈悲深い戦法である。


「見るな! 僕を見るなァァッ!」


 叫びながら剣を振るうその姿は、羞恥心と闘争本能がカクテルされた、一種の芸術的な狂気だった。

 腰のマントが、物理法則を無視した動きではためく。

 めくれそうでめくれない。

 見えそうで見えない。

 そのギリギリの攻防が、敵に極限のストレスを与え、精神を摩耗させていく。


「ええい、らちが明かん! 接近戦だ! 囲んで叩き潰せ!」


 業を煮やした重装歩兵部隊が、盾を構えて突進してくる。

 巨大なハンマーや斧を持った、パワータイプの騎士たちだ。

 彼らは目を閉じ、あるいは薄目を開けて、決死の覚悟で包囲網を縮める。


「囲んだぞ! もう逃げられん!」

「観念しろ、変態!」


 四方八方からの同時攻撃。

 逃げ場はない。

 いかに速くとも、物理的に空間を埋められれば回避は不可能だ。


 だが、その時。

 戦場の隅、コンテナの上から、楽しげな声が響いた。


「おやおや、寄ってたかって野蛮だねぇ。……ボクも混ぜてくれないかい?」


 見上げれば、そこに白衣の男――薬師寺ヤクモが立っていた。

 ガスマスクを装着し、手には毒々しい色の液体が入ったフラスコが握られている。

 そのレンズの奥の瞳は、実験動物を見るような冷酷な光を宿していた。


「変態のサポートには、これがお似合いだね」


 ヤクモがフラスコを投げつける。

 ヒュルルル……ガシャン!

 レオの足元で瓶が割れ、ピンク色の煙が爆発的に広がった。


「な、なんだこの煙は!?」

「甘い……? 桃のような匂いがするぞ……?」


 騎士たちが煙を吸い込む。

 その瞬間、彼らの表情から殺気が抜け落ちた。


「……あ、あれ? なんか……力が抜ける……」

「お花畑が見える……。あそこで死んだ婆ちゃんが手招きしてる……」

「うふふ、うふふふふっ! あー、なんかもう、戦争とかどうでもよくなってきたぁ~」


 武器を取り落とし、へたり込む騎士たち。

 彼らは地面に転がり、空を見上げてキャッキャと笑い出した。

 戦意喪失。

 思考停止。

 そして、括約筋の弛緩。


「『ハッピー・ガス・タイプC(脱力系)』さ。吸うと脳内のセロトニンとドーパミンが過剰分泌されて、世界が平和に見えてくるんだよ。……ついでに、社会的な尊厳も垂れ流しになるけどね」


「貴様ァッ! 味方ごと巻き込む気かケロ!?」


 レオも煙の中にいたが、彼は平気だった。

 なぜなら、彼の中の「羞恥心」というストレスがあまりにも強大すぎて、薬物の多幸感を完全に相殺していたからだ。

 変態的な精神力が、化学兵器を無効化した瞬間である。


好機チャンスだ! 今のうちに片付ける!」


 レオは煙の中を疾走した。

 ラリって踊っている騎士たちの間を縫い、的確に急所(鳩尾や顎)を打撃して気絶させていく。


 ドカッ! バキッ! ズドン!


「うへぇ、星が綺麗だぁ……」

「ママ……おっぱい……」


 次々と沈黙していく騎士たち。

 数分後。

 そこには、幸せそうな顔で折り重なって眠る、数十人の半裸の男たちの山が出来上がっていた。

 地獄絵図ならぬ、天国絵図だ。

 ある意味、これ以上ない平和的解決(?)かもしれない。


「……はぁ、はぁ……」


 レオは剣を杖にして立ち尽くし、荒い息を吐いた。

 全身汗まみれだ。

 マントはボロボロになり、もはや腰巻きタオル程度の面積しか残っていない。

 だが、彼は勝った。

 たった一人で、一個中隊を壊滅させたのだ。


「……見たか、ジン。これが……僕の、騎士道だ」


 彼は前髪をかき上げ、キメ顔を作った。

 月明かりが彼の筋肉を美しく照らし出す。

 その姿は、神話の英雄そのものだった。

 全裸であることを除けば。


 だが。


 ドクン。


 心臓が、嫌な音を立てた。

 胸の奥で、時を刻んでいた魔法の砂時計が、最後の一粒を落とした音。


「……ッ!?」


 全身の血管が、冷水を流されたように収縮する。

 視界が明滅し、手足の感覚が遠のいていく。

 骨が軋み、細胞が悲鳴を上げる。


「ま、まさか……時間か……!?」


 レオは腕時計(腕が太くなりすぎて引きちぎれて地面に落ちていた)を見た。

 針は、残酷にも3分を経過しようとしていた。


「嘘だろ……! まだ……まだカッコいいところを……アリスに見せて……」


 ボシュッ!!


 レオの身体から、大量の蒸気が噴き出した。

 それは変身解除の合図。

 シンデレラの魔法が解ける音。


「う、うわぁぁぁぁッ!! 縮む! 縮むケロォォォッ!!」


 レオの悲鳴が、蒸気の中で甲高い鳴き声に変わっていく。

 黄金の筋肉が萎み、白い肌が緑色に変色し、骨格がメキメキと音を立てて圧縮されていく。

 リバウンド(反動)。

 無理やり引き伸ばされたゴムが、バチンと戻るような衝撃。


 そして。


 ポスッ。


 地面に落ちていたマントの中に、何かが落ちた。

 蒸気が晴れる。


 そこに立っていた英雄の姿は、もうなかった。

 残されていたのは、地面に落ちた真紅のマントと、その中でモゾモゾと動く、小さな膨らみだけ。


「……ケロ……?」


 マントの隙間から、ひょっこりと顔を出したのは。

 カエルですらなかった。


 黒く、ぬるりとした、流線型のボディ。

 手足はある。だが、それはあまりにも短く、貧弱だ。

 そして何より、背中には立派な「尾びれ」が生えていた。


 オタマジャクシ(変態途中)。


 ヤクモの予言通り、急激なリバウンドによって、彼はカエル以下の存在へと退化してしまったのだ。

 もはや陸上生活すら危うい、水生生物。


「……ピ、ピギィ……(終わった……)」


 レオ(オタマジャクシ形態)は、涙目で天を仰いだ。

 口から、小さな泡が出る。

 彼は悟った。

 今日この日、白銀の騎士は死に、新たな伝説――「全裸で戦い、最後は魚類になった男」が爆誕したことを。


 遠くで、また新たな爆発音が響く。

 コンテナの方角だ。

 どうやら、もう一人の「掃除屋」が、仕事を終えたらしい。


「……ピギッ(あとは頼んだぞ、ジン……)」


 レオは力尽き、マントの中で丸まって気絶した。

 その顔は、やりきった男の(魚類の)安らかな寝顔だった。

 ただし、あと5分以内に水に入れないと干物になる運命にあるが、それはまた別の話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ