表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥棒猫と、変態ドクター

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/102

第58話 掃除用具の正しい使い方

(……プツン)


 世界から、雑音が消えた。


 直前まで鼓膜を叩いていた紅蓮騎士団長ガレスの嘲笑も、遠くで響く爆発音も、足元で蠢く瀕死の少女の呼吸音さえも。

 すべてが遠い彼方へと退き、代わりに脳内を支配したのは、絶対零度の静寂と、冷徹な計算式タスクだけだった。


 目の前には、巨大なゴミ(男)。

 足元には、破損した清掃用具ハサミ

 そして、この空間に蔓延する、不快な悪意という名の汚れ。


 ――あーあ。散らかってやがる。


 俺、黒鉄ジンは、右手に握りしめた鉄パイプの感触を確かめた。

 冷たく、錆びついた鉄の棒。

 だが、今の俺にとっては、それは単なる「投擲とうてき用のゴミ」でしかなかった。


「……消毒の時間だ」


 俺がそう呟いた瞬間、ガレスが眉をひそめた。

 俺の顔に張り付いた、感情の一切ない笑顔。

 それが、歴戦の猛者である彼の本能に、警報を鳴らさせたのだろう。


「……虚勢を張るな、ドブネズミ。武器も持たぬ貴様に何ができる?」


 ガレスが鼻を鳴らし、腰の大剣に手をかける。

 その動作は洗練されており、隙がない。

 だが、遅い。

 今の俺の目には、彼の動きがコマ送りの映画のように、酷く緩慢に見えていた。


「ゴミの分別もできねぇのか。……教育が必要だな」


 ヒュンッ!!


 予備動作ゼロ。

 俺は脱力した状態から、手にした鉄パイプを弾丸のように放った。


「ぬっ!?」


 狙いは、ガレスの眉間。

 殺気さえ込めない、ただゴミ箱に空き缶を放り投げるような無造作な投擲。

 だからこそ、ガレスの反応がコンマ一秒遅れた。


 ガギンッ!!


 ガレスは咄嗟に首を捻り、鉄パイプを回避した。

 パイプは彼の頬を掠め、背後のモニターを粉砕する。

 ガラスの破片が飛び散り、火花が散る。


 その一瞬。

 視界が塞がれ、意識が逸れた、その刹那の空白。


 俺は、既に走っていた。


 床を蹴る音さえ置き去りにする、超低空の疾走。

 狙うはガレスの首ではない。

 その足元に転がる、俺の半身。


「小賢しいわッ!!」


 ガレスが激昂し、大剣を振り下ろす。

 風を裂く轟音。

 だが、その刃が俺の頭蓋を割るより早く、俺の身体は床を滑っていた。


 ズザァァァッ!!


 野球のスライディングのように、摩擦熱で膝が焼けるのも構わず滑り込む。

 伸ばした指先が、冷たい金属に触れた。


 カチャリ。


 その感触。

 5年間、何万回と握りしめてきた、ゴム製のグリップの感触。

 歪んでいる。プラスチックのカバーは割れ、フレームも曲がっている。

 だが、その芯にある「魂」は、まだ死んじゃいない。


「……おかえり」


 俺は愛おしむようにハサミを握りしめ、そのままの勢いで回転し、ガレスの股下をすり抜けた。


 ドガァァァン!!


 直後、俺がいた場所に大剣が突き刺さり、床の鉄板を豆腐のように両断した。

 凄まじい破壊力。

 だが、当たらなければただの空気の振動だ。


「……チッ。逃げ足だけは速いな、掃除屋」


 ガレスが大剣を引き抜き、ゆっくりと振り返る。

 俺は距離を取り、ボロボロになった『高枝切りバサミ』を見つめた。


 酷い有様だ。

 持ち手のカバーは粉砕され、剥き出しになった金属が痛々しい。

 刃先も欠け、噛み合わせがズレてしまっている。

 これじゃあ、枝一本切るのも難しいかもしれない。


 普通なら、ゴミだ。

 スクラップ行きの、ただのガラクタだ。


 だが。


「……あーあ。噛み合わせがズレちまった」


 俺は指先で、刃についた泥と、ガレスの靴底の汚れを拭い取った。

 優しく。丁寧に。

 まるで、傷ついた子供の頬を撫でるように。


「ごめんな。……痛かったろ」


「……は?」


 ガレスが呆れたような声を出す。


「貴様、正気か? そんな壊れた玩具に話しかけて……。恐怖で頭がイカれたか」


「イカれてるのはテメェの眼球だ、三流」


 俺はゆっくりと顔を上げた。

 その時、俺の中でカチリと音がした。

 掃除屋としてのスイッチが、完全に固定された音だ。


「こいつは壊れてねぇ。……ただ、少し『機嫌を損ねてる』だけだ」


 俺はハサミを開いた。

 ジャリ……と、砂を噛む嫌な音がする。

 だが、俺には分かる。

 こいつはまだ、切りたがっている。

 俺の手の中で、獲物を求めて震えている。


「ふん。戯言を。……そのガラクタごと、微塵切りにしてくれるわ!」


 ガレスが咆哮し、大剣を構えた。

 全身から赤い闘気オーラが噴き出し、室内の空気が震える。

 紅蓮騎士団長の全力。

 まともに受ければ、装甲車すら蒸発するだけの一撃必殺の構え。


 対する俺は、ハサミをだらりと下げたまま、棒立ちだった。

 構えなんていらない。

 掃除をするのに、武道の型なんて必要ないからだ。


「死ねェッ!!」


 ガレスが踏み込む。

 床が爆ぜる。

 音速を超えた斬撃が、俺の胴体を薙ぎ払う軌道で迫る。


 速い。重い。鋭い。

 だが。


(……雑だ)


 俺の目には、その剣筋に付着した「汚れ」が見えていた。

 力任せの遠心力。

 殺意による重心のブレ。

 そして何より、道具(剣)への愛着のなさからくる、微細な不協和音。


 ――そんなナマクラで、俺の相棒ハサミに勝てるわけがねぇだろ。


 俺は動かなかった。

 刃が鼻先数センチに迫るまで、微動だにしなかった。


 そして。


 トン。


 最小限の動き。

 半歩だけ前に出る。

 回避ではない。「前進」だ。

 剣の威力は、切っ先が最も強く、根元に近づくほど死に体になる。

 俺はあえて、死の暴風雨の中心へと飛び込んだ。


「なっ!?」


 ガレスの目が驚愕に見開かれる。

 大剣の刃が、俺の背後の空気を切り裂く。

 俺の体は、ガレスの懐――剣の柄を握る手首の、さらに内側にあった。


「……ここだな」


 俺はハサミを持ち上げた。

 狙うのは、首でも心臓でもない。

 ガレスが身に纏う、分厚い深紅の鎧。

 その肩口にある、直径わずか数ミリの「留めボルト」。


 かつて5年前。

 ダンジョンの最深部で、俺はあらゆる魔物の構造を学び、解体し、そして喰らった。

 生物だろうが機械だろうが、構造あるものには必ず「継ぎ目」がある。

 そこさえ外せば、どんなに強固な城壁も、ただの積み木崩しだ。


「『床掃除・分別解体スクラップ・ジョブ』」


 俺の手首が返る。

 ハサミの刃先が、ボルトの隙間に滑り込む。

 噛み合わせの悪さ? 関係ねぇ。

 俺の握力と、このハサミの「意地」で、無理やりねじ伏せる。


 パチン。


 戦場には似つかわしくない、軽快な金属音が響いた。


 それは、庭師が小枝を剪定せんていするような。

 あるいは、美容師が前髪を整えるような、日常的な音だった。


「……え?」


 ガレスが間の抜けた声を漏らす。

 直後。


 ガシャァァァァァン!!!!


 ガレスの右腕を覆っていた重厚な肩アーマーが、まるでパズルのピースが崩れるようにバラバラになり、床に落ちた。


「な、なんだと……!?」


 露わになった無防備な腕。

 ガレスは己の身に起きたことが理解できず、後ずさる。


「いい鎧だな。ミスリル合金製か?」


 俺はハサミをチャキッと鳴らし、冷ややかな視線を向けた。


「だが、手入れがなってねぇ。……関節部分に油泥が詰まってるし、ボルトも錆びついてる。これじゃあ動きが鈍るのも当然だ」


「き、貴様……何をした!?」


「何って……掃除だよ」


 俺は一歩、踏み出す。

 ガレスが、反射的に一歩下がる。

 恐怖。

 目の前の男が、剣を持った戦士ではなく、得体の知れない「職人」に見えたからだ。


「『燃えないゴミ(鉄屑)』と『生ゴミ(お前)』を分別してやっただけだ。……感謝しろよ。リサイクルしやすくしてやったんだからな」


「ふ、巫山戯ふざけるなァァァッ!!」


 ガレスがプライドを傷つけられ、顔を真っ赤にして吼える。

 彼は大剣を振り回し、暴風のような連撃を繰り出した。


「死ね! 死ね! みじん切りになれェッ!」


 だが、もう遅い。

 俺の目は、すでに彼の「全身の分解図」を捉えていた。


 右肘の結合部。

 腰のベルトのバックル。

 膝当ての留め金。

 兜の顎紐。


 そこには、赤いマーカーで『切断箇所』と書かれているようにさえ見えた。


「……リズムが悪い」


 俺は踊るようにステップを踏んだ。

 大剣の軌道を紙一重で躱し、そのすれ違いざまに、ハサミを走らせる。


 パチン。

 カチン。

 チョキン。


 軽快なリズム。

 殺し合いの場とは思えない、小気味いい切断音の連続。


「ぐっ!? 肘が……!」

「な、何だ!? 腰が……ズボンが!?」


 ガレスが剣を振るうたびに、彼の装備が剥がれ落ちていく。

 籠手が飛び、脛当てが落ち、マントが舞い、そしてズボンのベルトが切れて下半身が涼しくなる。


 それは戦闘ではない。

 一方的な「皮剥き」だった。


「ほらほら、どうした? 動きが鈍いぞ」


 俺はハサミをくるくると回し、ガレスの周囲を旋回する。

 攻撃はしない。肉は切らない。

 ただひたすらに、彼が身に纏う「虚飾プライド」という名の鎧を、一枚ずつ丁寧に剥ぎ取っていく。


「や、やめろ……! 近づくな! 来るなァァァッ!!」


 ガレスの悲鳴が変わる。

 怒りから、純粋な恐怖へ。

 そして、もっとも屈辱的な「羞恥」へと。


 数分後。

 そこには、奇妙な光景が広がっていた。


 床一面に散らばる、かつて最高級品だったミスリル製の鎧の残骸。

 そしてその中央で、ハート柄のトランクス一丁になり、ガタガタと震えながら自分の身体を隠しているおっさん(元・紅蓮騎士団長)。


「……か、風邪を引く……」


 ガレスが涙目で呟く。

 その威厳は、トランクスのゴムと共に伸びきって消滅していた。


「……掃除完了」


 俺はハサミを畳み、ふぅ、と息を吐いた。

 額の汗を拭う。

 いい仕事をした後のような、妙な爽快感があった。


「さて」


 俺はハサミの切っ先を、震えるガレスの鼻先に突きつけた。


「分別は終わった。……次は『焼却処分』の時間だが、心の準備はいいか?」


「ひぃッ!?」


 ガレスが腰を抜かしてへたり込む。

 勝負ありだ。

 だが、俺の目的はこいつのいじめじゃない。


 俺は視線を、部屋の奥へと向けた。

 そこには、呪いに蝕まれ、今にも消えそうなアリスの姿がある。


「……待たせたな、泥棒猫」


 俺はガレスを無視して、アリスの方へと歩き出した。

 だが、その背後で。

 指揮車の外から、新たな轟音と、絶叫が響いてきた。


「ギャァァァァッ!! め、目がぁぁぁ!!」

「変態だ! 新手の変態が来たぞォォォッ!!」


「……あ?」


 俺は眉をひそめた。

 どうやら、外の掃除も佳境を迎えているらしい。

 それも、俺とは違うベクトルの、もっとタチの悪い「精神汚染」によって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ