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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥棒猫と、変態ドクター

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第53話:鑑定結果は「特級呪物」

「――負け犬の遠吠え、という言葉がある」


 ダンジョン都市の地下深く、湿っぽいカビの臭いと、焦げたオイルの残り香が充満する『遺失物管理センター(B3F)』。

 壁のないリビング(ブルーシート張り)の中央で、俺、黒鉄ジンは、ボロボロになって半分に折れたモップの柄を杖にして立ち尽くし、天井の雨漏りのシミを見上げながら独白した。


「だが、今の俺たちの状況は『遠吠え』すら許されない。……なぜなら、喉が渇いて声が出ないからだ。あと、単純に金がなくて水も買えないからだ」


「ジン、かっこつけてないで手を動かしなさい」


間髪入れずに、絶対零度のツッコミが飛んでくる。

 声の主は、テーブルの上に置かれたスマホの画面からジト目を向けている幽霊秘書、マシロだ。彼女は画面の中で腕組みをし、SDキャラ特有の二頭身ボディで精一杯の威圧感を放っている。


「あのあと、意気揚々と追跡を開始したまでは良かったわよ? でも、開始5分で霊柩車のタイヤがバースト、サスペンションが破断、さらにガス欠で立ち往生って……。レッカー移動でドナドナされて帰ってくるなんて、コントでもやらないわよ」


「仕方ねぇだろ! ツムギが最後に花火(爆弾)を乱射したせいで車体にガタが来てたんだ! 俺のドライビングテクニックでも、タイヤのない車は走らせられねぇよ!」


「はいはい、言い訳はそこまで。……ほら、さっさとそのモップ捨てて。……見てるだけで、あの泥棒猫にコケにされた記憶が蘇って腹が立つのよ」


「……分かってるよ。雰囲気作りだろ、雰囲気。敗北にはそれ相応の『演出』が必要なんだよ」


 俺は深く、重いため息をつき、手にしたモップの残骸をゴミ箱へ放り投げた。

 カラン、と乾いた音が、俺たちの「完敗」を告げるゴングのように虚しく響く。


 深夜二時。

 遊園地からの決死の脱出劇を経て帰還したセンターは、お通夜のような静けさ……ではなく、泥沼のような疲労感と、やり場のない苛立ち、そして物理的な寒さに支配されていた。


 ヒュオォォォォ……!


 容赦ない隙間風――いや、直撃風がリビングを吹き抜ける。

 かつて壁があった場所には、ホームセンターの特売で買った安っぽいブルーシートが、ガムテープと画鋲で無理やり固定されているだけだ。

 それが夜風に煽られ、バタバタバタッ! と、まるで敗走した軍隊の旗のように貧乏くさい音を立てて暴れている。


「あーあ。最悪ですぅ……」


 ボロボロのソファの上で、爆弾娘こと栗花落ツムギが、死んだ魚のような目をして天井を仰いでいた。

 彼女の自慢の巨大リュックはペシャンコに潰れている。中に入っていた大量のC4爆薬、対戦車地雷、そして彼女の夢と希望は、すべて遊園地の夜空に花火として消えた。


「私の……私の可愛いC4ちゃんたちが……。あんな無駄遣いさせられるなんて……。もっとこう、芸術的な『発破』に使ってあげたかったのに……」


「生きて帰れただけマシだろ。……それに、お前が最後に見境なくばら撒いたおかげで、霊柩車のサスペンションがイカれたんだぞ。修理費の見積もりが怖くて直視できねぇ」


「うぅ……。修理費、給料から天引きですか……? 来月のご飯、もやし生活確定ですぅ……」


「当たり前だ。もやしがあるだけ感謝しろ。……おい、そこのカエルもだぞ」


 俺は視線を床に向けた。

 そこには、リビングの一角を占拠する巨大な水槽(粗大ゴミ置き場から拾ってきた洋風バスタブ)の縁に、緑色の塊が濡れ雑巾のように張り付いていた。


「……おいヤクモ、こいつ生きてるか?」


「ギリギリだねぇ」


 キッチンの方から、白衣を泥と謎の粘液で汚した薬師寺ヤクモが、ビーカーに入った怪しい色の液体(たぶんコーヒーではない。泡立っている)をガラス棒でかき混ぜながら答えた。


「脱水症状に加えて、過度なストレスによる自律神経の崩壊。……あと、さっき車内で揺れた拍子にボクのメスがお尻に刺さったショックで、魂が半分ほど口から出かかってるよ」


「半分なら戻るだろ。……おいレオ、起きろ。反省会だ」


 俺がつま先でレオの脇腹ヌルヌルしているをつつくと、彼は「ピギッ」とゴム人形のような奇妙な鳴き声を上げて跳ね起きた。


「……はっ! ここは!? 天国ケロか!?」


 レオが飛び出しそうなほど大きな目玉をギョロギョロと動かす。

 鮮やかなアマガエル色の肌。指の間の水かき。そして呼吸するたびに膨らむ喉元の袋。

 かつて「白銀の騎士」と呼ばれ、国民的英雄だった男の成れの果てがこれだ。


「地獄だよ。借金地獄の三丁目だ」


「ジ、ジン……! 生きてたケロ……! よかったケロ……!」


 レオが涙目(カエルの目だが)で俺の足にすがりついてくる。その手は冷たく、そして不快なほど湿っていた。


「怖かったケロ……! 遊園地のアトラクションより、あの霊柩車の運転の方が怖かったケロ……! 走馬灯が三回くらいループして、途中から編集版ディレクターズ・カットが流れ始めたケロ!」


「マシロのドライビングテクニックに感謝しろ。お前が生きてここでハエを狙えるのも、あの暴走運転のおかげだ」


「……ハエ、いないケロか?」


 レオの舌がチロチロと動く。

 こいつ、完全に騎士としての誇りを両生類の本能に上書きされてやがる。


「……はぁ」


 俺はレオを引き剥がし、テーブル(脚が一本折れて雑誌『月刊筋肉』で補強されている)をバンッ! と叩いた。

 その音で、全員の視線が集まる。


「状況を整理するぞ。……いいか、よく聞け。俺たちは負けた」


 俺は苦虫を噛み潰したような顔で宣言した。


「完敗だ。……アリスにしてやられた。俺のハサミは盗まれ、依頼品である『銀のオルゴール』も奪われた。当然、成功報酬の300万もパーだ」


「……うっ」

「……胃が痛いです」


 300万。

 その数字が持つ重みが、鉛のように室内の空気を押し潰す。

 それがあれば、壁も直せた。レオの治療費も払えた。俺の借金も少しは減ったはずだった。

 それが全部、あの泥棒猫の「頂き♡」の一言で消え失せたのだ。


「残ったのは、車の修理費と、治療費と、精神的慰謝料という名の負債だけだ。……ヤクモ、今の俺の借金総額は?」


「えーとねぇ……」


 ヤクモが楽しそうに電卓を叩く。

 タタタッ、ターン! という軽快な音が、俺の処刑宣告のように響く。


「前回の繰越分と合わせて、締めて一千三百五十万円だね。……おめでとう、過去最高記録更新だよ」


「……殺せ。いっそ殺してくれ」


 俺はその場に崩れ落ちそうになった。

 腎臓を二つ売っても足りない。心臓と眼球をつけても怪しいラインだ。


「だが、一番の問題はそこじゃねぇ」


 俺はギリリと奥歯を噛み締めた。

 金の問題じゃない。プライドの問題だ。

 掃除屋として、そして大人として、あんなガキに手玉に取られたまま引き下がれるか。


「俺の商売道具ハサミだ。……あれは、俺が泥の中から拾い上げて、5年かけて研ぎ直した相棒なんだ。それを……あんな風にオモチャにされた挙げ句、持ち逃げされたままで終われるかよ」


 脳裏に浮かぶのは、遊園地のゴンドラの上で、俺のハサミを抱きしめていたアリスの顔。

 『おじさんの匂い……安心するの』と言った、あの寂しげな、それでいて挑発的な瞳。


「リベンジだ。……あの泥棒猫を見つけ出して、俺のハサミを取り返す。ついでに、ケツの毛までむしり取って、教育的指導をしてやる」


「賛成です! 私、あの子の爆破センスには物申したいことが山ほどあります!」


 ツムギが復活し、拳を握りしめる。


「遊園地の観覧車を爆破するなら、もっと美しく、左右対称シンメトリーに崩れるように柱を折るべきでした! あんな雑な倒し方、構造物への冒涜です!」


「そこかよ。……まあいい、戦力にはなる」


「僕もだケロ! 騎士団長を気絶させて放置するなど、万死に値するケロ! ……それに、あのままじゃ僕の尊厳が……」


「あんたの尊厳は、その姿になった時点で手遅れよ」


 マシロが冷たく切り捨てる。


「でも、どうやって探すの? あの子、煙みたいに消えちゃったわよ。痕跡トレースも、あの遊園地の爆発で完全に途切れてるし」


「……そうだな。だが、手がかりはある」


 俺はポケットから、クシャクシャになった一枚の紙を取り出した。

 あのフクロウが運んできた、アリスを誘き出すための偽の依頼書だ。


「ヤクモ。……鑑定の結果はどうだ?」


「ああ、出たよ。……興味深い結果がね」


 ヤクモはビーカーを置き、懐から一枚のレンズ(ルーペ)を取り出して、依頼書と同封されていた「写真」を覗き込んだ。

 写真に写っているのは、アリスが盗んでいった『銀のオルゴール』だ。


「まず、この依頼書。……書いたのは『紅蓮騎士団』の関係者で間違いないね。インクに含まれる魔力定着剤の成分構成が、彼らの公文書に使われるものと一致したよ」


「やっぱりな。あの襲撃のタイミングといい、最初から俺たちとアリスをぶつけるためのマッチポンプだったってわけだ」


 俺は吐き捨てた。

 紅蓮騎士団。レオのライバル組織であり、手段を選ばない過激派集団。

 奴らは俺たちをハメて、遊園地ごと葬り去ろうとしたのだ。


「問題は、こっちさ」


 ヤクモが、ピンセットで写真を突っつく。


「アリスちゃんが盗んでいった、この『銀のオルゴール』。……ジン君、君はこれをただのアンティークだと思っていただろう?」


「あ? 違うのか? マシロは『中身が空っぽ』だと言ってたが」


「そう。空っぽ。……でもね、それは『まだ何も入っていない』という意味さ」


 ヤクモは、まるで珍しい病原菌を見つけた時のように、目をぎらつかせた。

 その笑顔には、純粋な好奇心と、底知れない悪意が混ざり合っている。


「これ、古代の魔道具の一種でね。『吸命箱ライフ・ドレイン・ボックス』って呼ばれているんだ」


「……吸命?」


 不穏な単語に、レオが喉を膨らませて反応する。


「簡単に言えば、持ち主の生命力オドを吸い取って、魔力に変換して蓄積する装置だよ。……そして、容量がいっぱいになると――」


 ヤクモは、両手を広げて「ドカン」というジェスチャーをした。


「爆発するんだ。……持ち主の命ごとね」


 シン……。

 リビングの空気が凍りついた。

 ただでさえ寒い部屋の温度が、さらに数度下がった気がした。


「ば、爆発……!? 爆弾ってことですか!?」


 ツムギが悲鳴を上げる。彼女にとって「爆弾」とは神聖なものだ。それをこんな陰湿な罠に使うなど、許せるはずがない。


「そう。それも、極めて悪質な『呪いの時限爆弾』だ」


 ヤクモは淡々と解説を続ける。


「この箱には、強力な『認識阻害』と『所有欲増幅』の呪いがかかっている。一度手にしたら、持ち主はそれを手放せなくなる。……そして、蓋を開けた瞬間、契約が成立する。内部の歯車が回り出し、美しい音楽と共に、持ち主の命をストローで吸うようにすすり始めるのさ」


「……待て」


 俺の喉が渇く。

 嫌な汗が背中を伝う。


「あの泥棒猫……アリス。あいつ、これを『戦利品』として持ち帰ったよな?」


「ああ。……しかも、彼女は『音』に執着していたね。『綺麗な音がする』と言って」


 俺の脳裏に、アリスの姿が浮かぶ。

 嬉しそうにオルゴールを抱え、まるで宝物のように頬ずりしていた、あの無邪気な笑顔。


「もし、彼女が好奇心でその蓋を開けてしまったら……」


 ヤクモは、首を横に振った。

 その動作は、患者に余命宣告をする医師のように、残酷なほど冷静だった。


「その時点で、彼女の命はカウントダウン開始だ。……アリスちゃんのような魔力の高い個体なら、吸い尽くされるまで半日も持たないだろうねぇ」


「……ッ!」


 ガタッ!!


 俺は立ち上がった。

 椅子が倒れる音が、静寂を切り裂く。


「……ふざけんな」


 俺の声が震えた。

 怒りか? 焦りか?

 自分でも分からない感情が、腹の底から湧き上がってくる。


「爆弾だと? ……あんなガキに、そんなモンを握らせたのか? 紅蓮の連中は、最初からあいつを『生きた爆弾』として利用する気だったのか!?」


「先輩……」


 ツムギが、青ざめた顔で俺を見る。

 彼女の目にも、怒りの火が灯っていた。


「許せません……! 爆弾を……純粋な破壊のエネルギーを、そんな陰湿な罠に使うなんて……! 爆弾への冒涜です! 爆発は、みんなを笑顔にするための花火であるべきなんです!」


「論点はそこじゃないけど、同意よ!」


 マシロがスマホの画面を赤く明滅させて叫ぶ。


「あの子が死ぬって言ってるのよ! ……ジン、どうするの!? 放っておくの!?」


 俺は拳を握りしめた。

 爪が皮膚に食い込み、痛みで頭が冴える。


 アリスは敵だ。

 俺のハサミを盗み、俺たちを陥れた泥棒猫だ。

 自業自得だ。勝手に盗んで、勝手に自爆するなら、それも因果応報だろう。

 悪党には悪党の末路がお似合いだ。


 ……本来なら、そう割り切って、寝ちまえばいい。


 だが。


『おじさんの匂い……安心するの』


 遊園地のゴンドラの上で、俺のハサミを抱きしめていた彼女の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

 孤独で、飢えていて、誰かの温もりを求めていた、あの目。

 俺のハサミに触れて、初めて「自分の居場所」を見つけたような、あの安堵した表情。


(……クソッ。なんで俺は、あんなガキの顔を覚えてやがる)


 5年前の自分と重なるからか?

 何もかも失って、ガラクタの山の中で膝を抱えていた、あの頃の俺と。


「……チッ」


 俺は舌打ちをした。

 大きく、盛大に。


「……知るかよ」


 俺は吐き捨てるように言った。

 視線は、虚空を彷徨っている。


「泥棒の末路としちゃ、妥当だろ。……人のモン盗んだ報いだ。神様ってのは意外と見てるもんだな」


「ジン!」


 マシロが非難の声を上げる。

 だが、俺はそれを遮って続けた。


「だがな……」


 俺は、空っぽになったロッカー――俺のハサミがあった場所を睨みつけた。


「俺の『所有物ハサミ』を持ったまま死なれるのは、迷惑なんだよ」


「……へ?」


 マシロがキョトンとする。


「あいつは俺のハサミを持ってる。……もしあいつが爆発したら、俺のハサミまで木っ端微塵になっちまうだろうが!」


 俺は理屈をこねた。

 無理やりな、子供みたいな、誰が聞いても言い訳にしか聞こえない理屈を。


「俺は掃除屋だ。……自分の道具を粗末に扱われるのが、一番ムカつくんだよ! ましてや、俺の相棒が誰かの血で汚れるなんて、生理的に受け付けねぇ!」


「……ふふっ」


 マシロが、呆れたように、でも少しだけ嬉しそうに笑った。


「素直じゃないわね、あんたは。……最初から『助ける』って言えばいいのに」


「助けるんじゃねぇ! 回収だ! 俺の所有権を主張しに行くだけだ!」


 俺は叫び、ヤクモに向き直った。


「おいヤブ医者! そのオルゴールの場所、特定できるか?」


「おや、やる気だねぇ。ボクとしてはアリスちゃんの爆死体も検分してみたいけど……」


 ヤクモはもったいぶって白衣のポケットを探った。


「もちろんさ。そのオルゴールには、微弱な発信機代わりの魔力が込められている。ボクの特製レーダーなら、半径10キロ以内なら特定可能だよ」


 彼はタブレットを取り出し、地図アプリを起動した。

 画面上の赤い点が、点滅している。


「場所は……ダンジョンB3F、廃棄区画『鉄屑の墓場』。……ふむ、彼女のアジトかな?」


「よし。……ツムギ! 残ってる火薬はあるか!?」


「あります! リュックの底に、非常食用の『タコさんウインナー製造爆竹』と、湿気った花火が少々!」


「十分だ! 工夫して使え! 壁の一枚くらいなら吹き飛ばせるだろ!」


「了解です! 知恵と勇気と爆発でなんとかします!」


 ツムギが敬礼し、目を輝かせる。彼女にとって、爆弾を使えるなら理由はなんでもいいらしい。


「レオ! お前は……」


 俺はカエルを見た。

 彼は、バスタブの縁に手をかけ、プルプルと震えながら立ち上がろうとしていた。

 その緑色の肌は乾燥してカサカサになり、足腰も立たない状態だ。


「……僕は、行くケロ」


「足手まといだぞ。ここで留守番してろ」


「それでも行くケロ! ……騎士として、か弱いレディが死ぬのを黙って見ていられるかケロ!」


 レオが胸を張る(カエルの胸だが)。

 その瞳には、かつての「白銀の騎士」としての矜持が、確かに宿っていた。


「それに……あの泥棒猫。僕を気絶させた借りを、まだ返してもらってないケロ! 直接文句を言ってやるまでは、死なせはしないケロ!」


「……フン。言うようになったじゃねぇか、両生類」


 俺はニヤリと笑った。


 こいつら、どいつもこいつもバカばっかりだ。

 金にもならない、命の危険しかない人助け。

 しかも相手は、自分たちをコケにし、陥れた泥棒だ。


 普通なら、見捨てる。

 関わらない。

 「ざまあみろ」と笑って、布団に入って寝るのが正解だ。


 だが、ここ『遺失物管理センター』に集まる連中に、「普通」なんて言葉は通用しない。

 俺たちは、社会からはみ出した「ガラクタ」の集まりだ。

 だからこそ、同じように捨てられ、利用されようとしているガラクタ(アリス)を見捨てられないのかもしれない。


「ヤクモ。……レオを一時的に人間に戻す薬、あるか?」


「おや、無理難題を言うねぇ。……『完全な解毒剤』はまだできてないよ」


「不完全でもいい。数分……いや、数秒でもいいから、こいつが剣を振れる状態にできれば十分だ」


「……ふむ」


 ヤクモは顎に手を当て、少し考え込んだ後、白衣の奥から一本の小瓶を取り出した。

 中には、鮮やかなピンク色の液体が入っている。


「試作品『人魚の口づけ(改)』だ。……DNA情報を強制的に書き戻す劇薬だよ。ただし、効果時間は極めて短い。およそ3分間」


「3分……カップラーメンかよ」


「それに、副作用がある。効果が切れた時のリバウンドで、カエルどころか『オタマジャクシ』まで退化するリスクがある」


「オタマジャクシ!?」


 レオが絶叫する。

 手足がなくなる。水の中でしか生きられない。それは騎士としての死を意味する。


「嫌なら置いていくぞ」


「……くっ、上等だケロ!」


 レオは小瓶をひったくった。


「3分あれば十分だ! カップ麺ができる間に、悪党どもを成敗してやる! それがヒーローというものだケロ!」


「その意気だ。……行くぞ! 総員、再出撃だ!」


「おう!」

「アイアイサー!」

「はいはい、残業手当弾むんだよ?」


 俺たちは再び動き出した。

 疲労困憊の体に鞭を打ち、ボロボロの装備をかき集める。

 これが今夜最後の仕事だ。


「マシロ、車のエンジンをかけろ! まだ動くか!?」


「ギリギリよ! タイヤが一本パンクしてるし、エンジンから異音がしてるけど、根性で回すわ!」


「上等だ! ……待ってろよ、泥棒猫」


 俺は心の中で呟いた。

 高枝切りバサミの代わりの武器――物置から引っ張り出した『鉄パイプ』を握りしめる。


「勝手に死ぬなよ。……テメェの命の使い道は、俺が決める」


 俺たちは夜の闇へと飛び出した。

 目指すは、死のカウントダウンが刻まれる、孤独な少女の隠れ家。


 アンラッキー・カルテットの夜は、まだ終わらない。

 むしろ、ここからが本番だ。


(……待ってろ、相棒。すぐに迎えに行くからな)


 俺の右手が、失われたハサミの感触を求めて、冷たい鉄パイプを強く握りしめた。

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