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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥棒猫と、変態ドクター

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第49話:ミラーハウスの幻影

「――発車オーライ! 地獄行き特急便だよ!」


夜空に響くアリスの掛け声と共に、俺、黒鉄ジンの足元で鉄のレールが悲鳴を上げた。

ゴゴゴゴゴ……!!

重低音が近づいてくる。

前方から、無人のジェットコースター車両が、猛スピードでこちらへ突っ込んでくる音だ。


現在地、地上20メートルのレールの上。

足場は幅30センチ。

右を見ても左を見ても、落下すれば即死の暗闇。

そして正面からは、質量数トンの鉄塊が時速100キロで迫っている。


「……上等だ。スリル満点のデートじゃねぇか」


俺はモップを構え直し、迫りくる死のコースターを見据えた。

逃げ場はない。

飛び降りれば死ぬ。留まれば轢かれる。

ならば――。


「『床掃除・第七工程』――跳躍洗浄ハイジャンプ・クリーニング!」


俺はタイミングを計った。

コースターの先頭車両が、俺の鼻先数メートルまで迫った、その瞬間。

俺はレールを蹴り、真上へ跳んだのではない。

コースターの「フロントバンパー」に向かって、モップの柄を突き出したのだ。


ガギンッ!!


硬質な衝撃。

モップの柄がしなり、折れる寸前まで曲がる。

俺はその反動と、コースターの突進エネルギーを利用して、棒高跳びの要領で空へと身体を弾き飛ばした。


「うらぁぁぁッ!!」


宙を舞う。

眼下を、轟音と共にコースターが通り過ぎていく。

風圧でコートがバタバタと暴れる中、俺は空中で体勢を立て直し、最後尾の車両の屋根へと着地した。


ダンッ!


「……ふぅ。危うく挽肉になるところだったぜ」


俺は揺れる車両の上で膝をつき、冷や汗を拭った。

前方を見れば、レールの上を軽やかに走って逃げるアリスの姿がある。

彼女はこちらを振り返り、キョトンとした顔をしていた。


「あはっ! 生きてる! おじさん、ゴキブリ並みだね!」


「褒め言葉として受け取っておく。……待て、泥棒猫!」


俺は車両の上を走り、先頭車両へと移動する。

だが、アリスはニヤリと笑い、レールの分岐ポイントにあるレバー(本来は整備用)を蹴り倒した。


ガシャン!


「バイバーイ! おじさんはあっちへ行ってて!」


ポイントが切り替わる。

俺の乗ったコースターは、アリスのいる本線から外れ、奈落へと続く「廃棄レール」へと誘導された。

その先にあるのは、途切れたレールと、虚空だけ。


「チッ、詰んだか!」


俺はコースターが宙に投げ出される寸前で、横の鉄骨支柱へと飛び移った。

背後で、無人のコースターが夜の闇へとダイブし、数秒後にガシャァァァン!! という盛大な破壊音が地上から響いてきた。


「……まったく。ガキの遊びにしちゃハードすぎるだろ」


俺は鉄骨にしがみつきながら、下を見下ろした。

アリスはすでに地上へ降り、極彩色のネオンが輝く一角へと駆け込んでいくのが見えた。

建物の入り口は、巨大なピエロの口の形をしており、毒々しい看板にはこう書かれている。


『マジック・ミラーハウス 〜真実の姿、見えますか?〜』


「鏡の館か。……めんどくせぇ場所に逃げ込みやがって」


俺はスルスルと鉄骨を滑り降り、地上へと急いだ。


                ***


地上にて、俺たちは合流した。


「ジン! 無事だったのね!」


マシロ(スマホ)が安堵の声を上げる。

ツムギとヤクモ、そしてバスタブに入ったレオ(台車付き)も一緒だ。


「ああ。だが逃げられた。あそこだ」


俺はピエロの口を指差した。


「ミラーハウス……。古典的なトラップだねぇ」


ヤクモが興味深そうに呟く。


「鏡というのは、古来より『異界への入り口』とされることが多い。精神汚染系の魔術と相性がいいんだよ。中で自分のドッペルゲンガーを見て発狂する、なんて話はよくあるね」


「脅かすな。……行くぞ。鏡ごとき、叩き割れば済む話だ」


俺たちはピエロの口の中へと足を踏み入れた。


                ***


内部は、平衡感覚を狂わせる迷宮だった。


床も、壁も、天井も、すべてが鏡張り。

どこまでも続く無限の回廊。

一歩進むたびに、無数の「自分たち」が四方八方からこちらを見つめ返してくる。


「うわぁ……。目がチカチカしますぅ」


ツムギが目を回してふらつく。

彼女の背負ったリュック(爆薬入り)が鏡にぶつかり、ゴチン、ゴチンと乾いた音を立てる。


「おい、気安くぶつかるな。そのリュックが爆発したら、破片ガラスの嵐で俺たちはミンチだぞ」


「大丈夫ですよぉ。安全装置はかけてますから!」


「おっと、ストップ! ツムギ、もっと右だ! バスタブが角に引っかかってる!」

「無理です先輩! これ以上傾けたらレオさんがこぼれちゃいます!」

「こぼれるとか言うなケロ! 僕は液体じゃないケロ!」


ガコン、ゴゴゴ……。


俺たちは慎重に、かつシュールに進んだ。

鏡張りの迷宮を、台車に乗せた巨大なバスタブを押して練り歩く集団。あまりにもマヌケすぎて、鏡に映る自分たちの姿を直視できない。

だが、どれだけ歩いても出口は見えず、アリスの姿もない。


ただ、どこからか「キャハハハ……」という嘲笑うような声だけが反響して聞こえてくる。


「……おい。なんか変だぞ」


最初に異変に気づいたのは、レオだった。

彼はバスタブの中から顔を出し、周囲の鏡を凝視していた。


「鏡に映る僕の姿……。なんか、違わないかケロ?」


「あん? ただの緑色のカエルだろ」


「違うケロ! よく見るケロ! 鏡の中の僕、笑ってるケロ!」


言われて見ると、確かに鏡の中のレオ(カエル)は、ニタリと邪悪な笑みを浮かべていた。

本物のレオは不安そうに眉をひそめているのに、だ。


「……幻影魔法ファンタズムか」


俺が構えようとした瞬間、鏡の中の像が勝手に動き出した。


『ケケケ……。哀れだな、元・英雄』


鏡の中のレオが喋った。

その声はレオのものだが、底冷えするような悪意に満ちている。


『見ろよ、その無様な姿。緑色の肌、ヌルヌルの手足。それがお前の本性だ。騎士の皮を被った、ただの化け物さ』


「や、やめろ……! 僕は化け物じゃないケロ!」


『いいや、化け物だ。国民はお前を英雄だと崇めているが、中身はただの臆病な爬虫類だ。……ハエでも食ってろよ』


鏡の中のレオが、長い舌を伸ばして嘲笑う。


「うわぁぁぁぁッ!! 見るな! 僕を見るなァァァッ!」


レオが錯乱し、バスタブの中で暴れ出した。

精神攻撃だ。

この鏡は、見る者のトラウマやコンプレックスを増幅して映し出す『心の鏡』らしい。


「悪趣味な仕掛けだ。……おいツムギ、ヤクモ、大丈夫か?」


俺は仲間たちを振り返った。

だが、そこでもカオスな状況が展開されていた。


「ひぃぃぃッ! 私が……私がいっぱいですぅ!」


ツムギが頭を抱えて蹲っている。

彼女の周りの鏡には、無数のツムギが映っているが、その全員が火炎放射器やロケットランチャーを構え、凶悪な笑顔でこちらを狙っていた。


『ヒャッハー! 爆破しましょ!』

『全部燃やしちゃえ!』

『世界なんて更地にしちゃえばいいのよ!』


鏡の中のツムギたちが口々に叫ぶ。

それは彼女が普段抑圧している(あるいは解放している)破壊衝動の具現化だ。


「や、やめてください! 私は平和主義者です! ただの掃除好きな一般市民ですぅ!」


「説得力ゼロだぞツムギ!」


「うわぁぁぁん! 自分が怖いですぅ! ……こうなったら、全員まとめて爆破して黙らせるしかありません!」


ツムギがリュックからC4爆薬を取り出し始めた。


「待て待て待て!! それが一番危険だ! 自爆する気か!」


俺は慌ててツムギの手を押さえた。

こいつのトラウマへの対処法は「物理的破壊」一択らしい。タチが悪すぎる。


一方、ヤクモは――。


「ほう……。美しいねぇ」


彼は鏡に張り付き、うっとりとした表情で「鏡の中の自分」を見つめていた。

鏡の中のヤクモは、血まみれの白衣を着て、両手にメスを持ち、狂気に満ちた笑顔でこちらを見ている。


『キヒヒ……。切りたい……切りたいねぇ……』

『その内臓の色、素敵だよ……』


「うんうん、分かるよ。ボクもそう思う。……ねえ、君のその右目の充血具合、素晴らしいね。解剖して網膜の裏側を見てみたいよ」


ヤクモは鏡の中の自分に向かって、熱烈なラブコールを送っていた。


『……え?』


鏡の中の幻影が、一瞬引いたような顔をした。


「君の肝臓の数値も気になるな。自分自身を解剖するなんて、最高の贅沢だと思わないかい? さあ、こっちへおいで。一緒に互いを切り刻もう」


ヤクモがメスを取り出し、鏡をカリカリと引っ掻く。

そのあまりの狂気に、鏡の中の幻影の方が『ヒッ……』と怯えて後ずさりした。


「……勝ったな」


俺は確信した。

ヤクモの変態性は、呪いすらも凌駕する。

こいつに関しては放っておいても大丈夫そうだ。


問題は、俺だ。


「……さて。俺には何を見せてくれるんだ?」


俺は正面の鏡を見た。

そこに映っていたのは、現在の俺(掃除屋の姿)ではない。


5年前の俺。

黒いコートを纏い、漆黒の剣を背負った『黒の剣聖』の姿だった。

足元には、無数の死体が転がっている。

それは魔物の死骸ではなく、かつての仲間たち――ガードナーたちの死体だった。


『……お前だけが生きてて、いいのか?』


鏡の中の俺が、冷たい目で問いかけてくる。


『みんな死んだのに。お前だけがのうのうと息をして、不味いコーヒーを飲んで、パチンコで笑って……。それが「贖罪」か? 偽善者め』


「……ッ」


胸が痛む。

古傷が疼くような感覚。

これは効く。レオやツムギのような単純な恐怖じゃない。

俺が毎晩、夢の中で繰り返している自問自答そのものだ。


『死ねよ。……お前もこっちへ来い』


鏡の中の俺が、剣を抜き、首元に突きつけてくる。

俺の右手が、勝手に動こうとする。

自分のモップの柄で、自分の首を絞めるように。


ミシッ……。

安っぽい木の柄が、悲鳴を上げた。さっきから鏡を叩き割り続けて、もう限界なんだ。

(クソッ……折れるか? ここで武器を失ったら……!)


「……ジン!」


マシロの声がした。

スマホの画面が強く発光し、俺の視界を白く染める。


「惑わされないで! それはただの『映像』よ! あんたの記憶を勝手に編集して再生してるだけの、悪趣味なムービー!」


「……分かってるよ」


俺は歯を食いしばり、動こうとする右手を左手で押さえつけた。


「分かってるが……画質が良すぎるんだよ。4Kリマスター版かよ畜生」


「ジン!」


「……マシロ。アリスはどこだ?」


俺は冷や汗を流しながら聞いた。

このままじゃジリ貧だ。精神が削りきられる前に、元凶を叩くしかない。


「探してるわ! ……でも、鏡の反射で霊波が乱反射してて……位置が特定できない!」


「クソッ、万策なしか!」


「キャハハハッ! どうしたのー? みんな楽しそうだね!」


天井から、アリスの声が降ってきた。

姿は見えない。声だけが反響している。


「自分自身と遊ぶのって楽しいでしょ? 一生そこで遊んでなよ。餓死するまでね♡」


「……上等だ。根比べってわけか」


俺はモップを構え直した。

だが、どこを攻撃すればいい?

鏡を割っても、また新しい鏡が現れるだけだ。

この空間そのものが、アリスの支配下にある。


その時。

俺のポケットの中で、何かが振動した。

スマホ(マシロ)ではない。

もっと硬質で、微かな振動。


俺はポケットに手を突っ込んだ。

指先に触れたのは、小さな金属片。


(……ああ、そうか。こいつは……)


いつかハサミを研いだ時に出た、調整用のネジと研ぎクズだ。作業着のポケットの奥に、ずっと残っていたゴミ。


だが、こいつには染み付いているはずだ。俺が5年間、毎晩のように込めてきた魔力と、手垢の匂いが。


(……待てよ)


俺の脳裏に、ある仮説が浮かんだ。

アリスは言っていた。『このハサミには、おじさんの技術スキルの匂いが染み付いてる』と。

そして、彼女はその『匂い』に執着している。


だとしたら。

この迷宮の中で、彼女が唯一「見失わないようにしているもの」があるはずだ。

それが、俺のハサミだ。


「マシロ。……霊波探知レーダーの設定を変えろ」


「え?」


「『アリス』を探すな。『俺のハサミ』を探せ」


「ハサミ?」


「ああ。あいつは俺のハサミを持ってる。そして、あのハサミには……俺が5年間使い込んだ『手垢(=俺の魔力)』がたっぷり染み込んでるはずだ」


俺はニヤリと笑った。


「所有者(俺)の魔力なら、この鏡の乱反射の中でも特定できるだろ?」


「……! なるほど、自分の『落とし物』を探すってわけね!」


マシロが即座にモードを切り替える。

スマホの画面が切り替わり、複雑なレーダーチャートが表示される。

ノイズだらけの画面の中に、一点だけ、赤く点滅する光が現れた。


「あった! 3時の方向、距離15メートル! 壁の向こうよ!」


「壁の向こうか。……隠し部屋だな」


俺はモップを短く持ち直し、指定された方向――何の変哲もない鏡の壁に向き直った。


「ツムギ! 仕事だ! 正気に戻れ!」


「は、はいっ!? 爆破ですか!? 今すぐ全員爆破します!」


ツムギが涙目でC4を構える。


「違う! あそこの鏡だ! 『指向性爆破』で一点突破しろ!」


「えっ、あそこですか? ただの鏡に見えますけど……」


「いいからやれ! 壁ごとぶち抜け!」


「了解です! 一点集中、貫通ペネトレーションモード!」


ツムギが鏡に爆薬を貼り付け、退避する。


「3、2、1……ブレイク!」


ドォォォォォン!!


爆音と共に、鏡が粉々に砕け散った。

そして、その奥にあったコンクリートの壁までもが崩れ落ち、ぽっかりと穴が開いた。


「ビンゴだ」


穴の向こうには、操作盤のような機械に囲まれて座り込む、アリスの姿があった。

彼女は目を丸くして、こちらを見ている。


「うそ……!? なんで分かったの!?」


「言っただろ。俺は『遺失物管理センター』の職員だ」


俺は煙をかき分けて穴をくぐり、アリスの前に立った。


「自分の持ち物の場所くらい、匂いで分かるんだよ」


「……変態」


アリスが顔を引きつらせて後ずさる。

彼女の手には、しっかりと俺のハサミが握られていた。


「さあ、鬼ごっこは終わりだ。……年貢の納め時だぜ、泥棒猫」


俺はモップを突きつけた。

幻影は消え、レオもツムギもヤクモも、正気を取り戻して続々と穴から入ってくる。


「よくも……よくも僕にトラウマを見せてくれたなケロ……!」

レオが怒りに震えながら(まだカエルだが)迫る。


「私のアイデンティティを揺るがすとは……許せません! 爆破します!」

ツムギが起爆スイッチを構える。


「君の脳みそも解剖してみたいねぇ。どんな構造で幻影を作っているのか……」

ヤクモがメスを舐める。


完全に包囲されたアリス。

万事休すかと思われたその時。


「……ちぇっ。つまんないの」


アリスはふてぶてしく舌打ちをした。

そして、手元のレバーをガコン! と引いた。


ガゴゴゴゴ……!!


床が揺れた。

俺たちの立っている床が、エレベーターのようにせり上がり始めたのだ。


「なっ!?」


「まだ終わりじゃないよ! 次は『空中戦』だ!」


アリスが高笑いする。

天井が開き、俺たちはそのまま屋上――さらにその上にある、巨大な『観覧車』のプラットホームへと押し上げられていった。


夜空が広がる。

寒風が吹き荒れる地上50メートルの世界。


「……マジかよ。次は高所作業か」


俺はうんざりしながら、ハサミを抱えて観覧車のゴンドラへと飛び乗るアリスを睨みつけた。

泥棒猫の逃走劇は、まだ終わらないらしい。


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