表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥棒猫と、変態ドクター

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/102

第44話:爆弾娘のアルバイト奮闘記

「金がない」という事実は、人の心を荒ませる。

だが、「金がない上に、借金取り(マッドドクター)が同居していて、毎日利息の計算を耳元で囁かれる」という状況は、人の心を通り越して「悟り」の境地へと誘うものだ。


「……あー。ダメだ。これもダメだ」


遺失物管理センター、昼下がりのリビング。

俺、黒鉄ジンは、テーブルの上に広げた求人情報誌『週刊ダンジョンワーク』をめくりながら、死んだ魚のような目で呟いていた。


「『ダンジョン内・荷物運び募集。※ただしオーガの餌になっても文句を言わない方』……ブラックすぎるだろ」

「『魔導実験の被験者募集。日給5万。※溶解・爆発のリスクあり』……ウチの日常と変わらねぇじゃねぇか」


ろくな仕事がない。

このダンジョン都市において、まともな職に就こうと思ったら、それなりのコネか資格が必要だ。

俺にあるのは「清掃員」の肩書きと、「借金王」の不名誉な称号だけ。


「先輩、またため息ですか? 幸せが逃げちゃいますよ?」


その時、横から明るい声が掛かった。

栗花落つゆりツムギだ。

彼女は、いつもの爆破作業用エプロンではなく、どこか清楚な白ブラウスにスカートという、見慣れない「一般人」風の格好をしていた。


「ツムギか。……なんだその格好。コスプレか? 爆弾魔の偽装工作か?」


「失礼ですね! 面接用の勝負服ですよ!」


ツムギは胸を張り、くるりと回ってみせた。

背中のリュック(中身は多分C4)がなければ、普通に可愛い女子大生に見えなくもない。


「面接? お前がか?」


「はい! 先輩だけに苦労はさせられませんから! 私、こう見えても計算は得意ですし、接客だって笑顔でこなせます!」


ツムギは「ニパッ☆」と効果音がつきそうな笑顔を見せた。

確かに、黙っていれば愛想はいい。黙っていれば。


「……まあ、やる気があるのはいいことだが。どこ受けるんだ?」


「駅前のコンビニ『ダンジョン・マート』です! 『明るく元気な方、大歓迎』って書いてありました!」


「コンビニか……。まあ、爆発物は扱わないだろうし、大丈夫か?」


一抹の不安はある。

こいつの思考回路は「問題解決=爆破」で固定されている。

だが、レジ打ちや品出しなら、爆破する要素はない……はずだ。


「行ってきますね、先輩! 初任給が出たら、最高級の火薬をプレゼントしますから!」


「いらねぇよ! 米を買え、米を!」


ツムギは元気よく手を振り、センターを飛び出していった。

その背中は希望に満ち溢れていた。

……この時の俺は、まだ甘かったのだ。

「爆弾魔」という人種が、どれほど「日常」と相容れない存在であるかを、過小評価していた。


                ***


3時間後。


バンッ!!


センターのドアが乱暴に開かれた。

入ってきたのは、全身煤すすまみれで、髪の毛がアフロのようにチリチリに焼け焦げた、ボロボロの少女だった。


「……ただいま、戻りましたぁ……」


ツムギだ。

白いブラウスは黒く汚れ、スカートの裾は焦げている。

その目からは、ハイライトが消えていた。


「……おい。何があった」


俺は求人誌を閉じ、戦慄した声で聞いた。

戦場帰りか? それとも、テロリストと遭遇したのか?


「……クビに、なりました」


ツムギはその場に崩れ落ち、シクシクと泣き出した。


「早すぎるだろ! まだ3時間だぞ!? 面接で落ちたのか?」


「いえ……即採用で、そのまま研修に入ったんです。店長さんも『元気でいいね!』って褒めてくれて……」


「順調じゃねぇか。で、何をやらかした」


俺は核心を突いた。

ツムギがビクッと肩を震わせる。


「……その、レジ打ちの練習中に、お客様がお弁当を持ってきたんです。『幕の内弁当』を」


「おう。よくあるな」


「で、マニュアル通りに聞いたんです。『こちら、温めますか?』って」


「完璧だ。何も間違ってない」


「お客様が『ああ、頼む』って言ったので……私、張り切っちゃって」


ツムギが顔を上げ、遠い目をした。


「『分かりました! 芯までホッカホカに加熱ヒートしますね!』って言って……電子レンジの出力ダイヤルを回したんです」


「回した?」


「はい。……『最大出力フルパワー』の、その先まで」


「……は?」


「私、家電の改造癖があって……レンジの出力リミッターを解除しちゃったみたいで……。あと、温めムラが嫌だったので、お弁当の中に少量の『テルミット粉末』を隠し味として……」


「馬鹿野郎!!」


俺はツッコミを入れた。

テルミット反応。酸化鉄とアルミニウムの粉末が反応すると、約3000度の高熱を発する。

それを、電子レンジの中で?


「スイッチを入れた瞬間、ボンッ! って……。レンジの扉が吹き飛んで、お弁当がプラズマ化して……天井に穴が……」


「テロだ! それは温めじゃなくて『焼却処分』だ!」


「店長さんが『ギャァァァ! 店が! 俺の店がぁぁ!』って泡吹いて倒れちゃって……。それで、即日解雇です……うぅぅ……」


ツムギが突っ伏して号泣する。

俺は頭を抱えた。

予想の斜め上を行く破壊力だ。コンビニ弁当を兵器に変える才能なんて、誰も求めていない。


「……賠償金は?」


「……お給料と相殺ってことで、許してもらえました。店長さん、いい人でした……」


「いい人すぎるだろ。二度と近づくなよ」


俺はため息をついた。

これで、ツムギの稼ぎという線も消えた。

やはり、地道に働くしかないのか。俺が。この社会不適合者の集まりを養うために。


「……ケロ」


部屋の隅、バスタブの中から湿っぽい声がした。

レオだ。

カエルの姿のまま、水面から顔だけを出して、泣いているツムギを見つめている。


「……泣くなケロ、ツムギ」


「レ、レオさん……」


レオはバスタブの縁に手をかけ、ヌルリと身を乗り出した。

その緑色の顔は、奇妙なほどに慈愛に満ちていた。


「失敗は誰にでもあるケロ。……僕なんて見てみろケロ。国の英雄から、一転して両生類だケロ。これ以上の転落人生があるかケロ?」


「……うぅ、レオさん……」


「君はまだ若い。爆破の失敗なんて、青春の1ページだケロ。……元気出すケロ」


レオが、水かきのある手でツムギのアフロを撫でる。

ヌメヌメしているはずだが、ツムギは嫌がる素振りも見せず、感動で目を潤ませた。


「レオさん……! 優しい……! 私、レオさんがこんな姿になっても、中身はイケメンなままだって分かります!」


「……そうかケロ? へへっ、照れるケロ……」


レオが鼻の下を伸ばし(物理的に伸びた)、照れ笑いを浮かべる。

美しい友情のシーン……に見えるかもしれない。

だが、俺の目は誤魔化されない。


レオの視線が、ツムギの涙ではなく、彼女の髪に止まっているハエに向いていることを。

舌がチロチロと動いているのを。


(……こいつ、慰めるフリしてハエ狙ってやがるな)


俺はジト目で見たが、ツムギは気づいていない。


「ありがとうございます、レオさん! ……私、お礼がしたいです!」


ツムギがガバッと顔を上げ、リュックをまさぐった。


「落ち込んでいるレオさんに、最高のリラックスをプレゼントします! ……これを使ってください!」


彼女が取り出したのは、野球ボール大の、ピンク色の球体だった。

甘い香りが漂っている。


「……なんだケロ、これ?」


「『特製バスボム』です! お風呂に入れると、シュワシュワして気持ちいいですよ!」


「おお! それは気が利くケロ! ちょうど入浴剤が切れてたんだケロ!」


レオが嬉々として受け取ろうとする。

だが、俺の「鑑定眼(掃除屋の勘)」が、そのピンク色の塊から危険なオーラを感じ取った。


「……おいツムギ。それ、成分は何だ?」


「え? 重曹とクエン酸、アロマオイル……あと、発泡力を高めるために『ニトロセルロース』と『C4(プラスチック爆薬)』を少々」


「爆弾じゃねぇか!!」


俺は叫び、レオの手からバスボムを叩き落とした。


「入れるな! その水槽バスタブが爆心地になるぞ! 『シュワシュワ』じゃなくて『ドカン』だろ!」


「えぇー? 微量ですよ? 血行が良くなる程度の衝撃波です!」


「内臓破裂するわ! レオを殺す気か!」


「ひぃッ!? ば、爆弾!? 殺す気かケロォォォッ!!」


レオがバスタブの底へ逃げ込み、震え上がる。

せっかくのイイ話が、一瞬でテロ未遂事件に変わった。


「……はぁ。本当に、一秒たりとも気が抜けねぇ」


俺はバスボムを慎重に回収し、ため息をついた。

金はない。

バイトはクビ。

同居人は爆弾魔とカエル。

そして、この家の主導権を握っているのは、今は外出中のマシロ(スマホ)とヤクモだ。


「……詰んでるな」


俺が天井を仰いだ、その時だった。


バササッ!!


「うおっ!?」


突然、壊れたままの窓(ビニールシートで塞いでいたが、隙間だらけ)から、黒い影が飛び込んできた。

鳥だ。

カラス……いや、フクロウか?


漆黒の羽毛を持つフクロウが、無音で舞い降り、テーブルの上に音もなく着地した。

その足には、一通の封筒が括り付けられている。


「……なんだ? ハリー・ポッターか?」


俺は警戒しながら近づいた。

フクロウは金色の目で俺をじっと見つめ、足を差し出してくる。

「取れ」ということらしい。


「焼き鳥にしますか!?」


ツムギが即座にバーナーを構える。


「やめろ。……郵便屋かもしれん」


俺はフクロウの足から封筒を解いた。

ずしりと重い、上質な羊皮紙の封筒。

表書きには何も書かれていないが、封蝋シーリングワックスには、見覚えのない紋章――『三日月と猫』のマークが押されていた。


「……怪しいな」


俺はペーパーナイフ(ヤクモのメス)で封を切った。

中から出てきたのは、一枚の便箋と、一枚の写真。


便箋を開く。

そこには、流麗すぎて逆に読みづらい筆記体で、簡潔なメッセージが記されていた。


『依頼書』

『ターゲット: 奪われた家宝「銀のオルゴール」』

『場所: ダンジョンB2F・貴族屋敷エリア』

『報酬: 3,000,000円(成功報酬)』

『期限: 今夜中』


そして、同封されていた写真には、古びた銀色のオルゴールが写っていた。

精巧な彫刻が施された、いかにも高そうなアンティーク品だ。


「さ、さんびゃくまん……!?」


俺の声が裏返った。

今の俺たちにとって、その数字はただの金額ではない。

「生存権」そのものだ。


「すげぇ……! これだ! これさえあれば、今月の利息も、レオの薬代も、壁の修理費も……全部払ってお釣りが来る!」


俺の手が震える。

地獄に垂らされた蜘蛛の糸。いや、極太のロープに見えた。


「……でも先輩、ちょっと変じゃないですか?」


ツムギが写真を覗き込み、首を傾げる。


「差出人の名前がないです。それに、このフクロウ……本物じゃないですよ」


「あ?」


よく見ると、テーブルに止まっているフクロウの目が、時折「カシャッ」と機械的な音を立てて絞りを調整している。

魔導生物ホムンクルスか、あるいは精巧なゴーレムか。


「それに、このオルゴール……。なんか、見てるだけで寒気がしますぅ」


ツムギが身震いをする。

確かに。写真越しでも、その銀色の箱からは、どこか不吉な、粘着質な気配が漂っているような気がする。


「……ただの迷子探しや、落とし物拾いじゃなさそうだな」


俺は直感した。

これは「裏」の仕事だ。

正規のギルドを通せない、訳ありの依頼。

300万という高額報酬が、その危険度を物語っている。


ガチャリ。


その時、玄関のドアが開いた。

外出していたマシロ(スマホ憑依中)と、買い出しに行っていたヤクモが帰ってきたのだ。


「ただいまー。……あら、何その鳥?」

「おや、珍しい客だね。解剖していいかい?」


二人がテーブルの上の依頼書に気づく。


「依頼書……? 300万?」


マシロがスマホのカメラで文面をスキャンし、眉をひそめた。


「……怪しいわね。この『三日月の紋章』、どっかで見たことあるような……」


「ボクもだよ。確か、裏社会で噂の『怪盗』が使っているマークに似ているねぇ」


ヤクモがニヤリと笑う。


「怪盗ファントム。……彼(彼女?)からの挑戦状、あるいは罠かもしれないよ?」


「罠……?」


俺はゴクリと喉を鳴らした。

怪盗。罠。危険なダンジョン。

普通なら関わらないのが一番だ。俺は平穏を愛する清掃員なんだから。


だが。


俺の脳裏に、ヤクモの電卓の音が蘇る。

『借金総額、一千二百五十万円』。

『腎臓売る?』


「……やるぞ」


俺は依頼書を握りしめた。


「え?」


「罠だろうが怪盗だろうが関係ねぇ! 金だ! 金になるなら悪魔のパンツだって洗濯してやる!」


俺の目は血走っていた。

背に腹は代えられない。

腎臓を抜かれるよりは、怪盗と鬼ごっこする方が百倍マシだ。


「総員、出撃準備だ! この300万は、俺たちが頂く!」


「了解です! 爆破準備よし!」

ツムギが敬礼する。


「やれやれ、また面倒なことになりそうだねぇ(歓喜)」

ヤクモがメスを磨き始める。


「僕も行くケロ! 騎士として悪は見逃せんケロ! ……あと、ついでに美味い虫も捕まえるケロ!」

レオがバスタブから飛び出す。


「……はぁ。もう、どうなっても知らないから」

マシロが諦めたようにため息をつく。


センターに、久々の活気が戻る。

それは希望への活力というより、破滅へ向かう暴走列車の加速音に近かったが、今の俺にはその違いを聞き分ける余裕はなかった。


こうして。

俺たちは、まんまとその『蜘蛛の糸』にぶら下がった。

その糸の先で、手ぐすね引いて待っている「泥棒猫」と、もっとドス黒い「悪意」の存在になど、気づきもしないで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ