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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
爆裂娘と、見栄っ張りな騎士

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第40話 決算報告書

天国と地獄は、案外近くにある。

例えば、パチンコで大勝ちした直後に財布を落とすとか。

あるいは、命がけで世界を救った直後に、自分の家の壁がないことに気づくとか。


「――た、ただいまぁ……」


深夜。

ダンジョン都市の片隅、地下駐車場の奥深くにある『遺失物管理センター』に、俺たち『アンラッキー・カルテット』+カエル一匹が帰還した。


「うへぇ……。やっぱり家が一番ですねぇ……」


栗花落ツムギが、空になったリュックを放り出して床に寝転がる。

彼女の顔は煤だらけだが、その表情は「やりきった」という満足感に満ちていた。


「素晴らしいデータが取れたよ。トロール用興奮剤の副作用で、カエル化現象が起きるなんてねぇ。学会で発表したら除名処分ものだ」


薬師寺ヤクモは、カエル姿のレオをペタペタと触りながら、不気味に笑っている。


そして、俺、黒鉄ジンは。


「……壁がねぇ」


リビングの中央で立ち尽くし、寒空を見上げていた。

いや、分かっていた。分かっていたさ。

出発前に、ツムギが対戦車地雷の実演販売みたいなノリで吹き飛ばしたんだから、直っているはずがない。


だが、改めて「帰宅」してみると、その破壊力メンタルへのダメージは凄まじかった。


ヒュオォォォ……!


「……寒ッ!!」


容赦ない隙間風――いや、直撃風がリビングを吹き抜ける。

かつて壁があった場所には、ホームセンターで買った安っぽいブルーシートが張られているだけだ。

それが夜風に煽られ、バタバタバタッ! と、まるで敗北の旗のように貧乏くさい音を立てている。


外からは、野良犬の遠吠えや、酔っ払いの怒鳴り声、遠くを走る暴走族のエキゾースト音がダイレクトに聞こえてくる。

プライバシー? そんな高尚な概念は爆風と共に消し飛んだ。


「あー……やっと帰ってきたのに、俺のサンクチュアリが……。これじゃあ野宿と変わらねぇじゃねぇか」


俺は膝をついた。

麻酔が切れてきたのか、ヤクモに無理やり縫合された背中の傷がズキズキと痛み出す。

満身創痍。疲労困憊。

今の俺に必要なのは、温かい風呂と、フカフカの布団と、そして何より心の安寧だ。


「……寒いケロ。乾燥するケロ……死ぬケロ……」


足元では、緑色の毛布にくるまったレオが、ガタガタと震えている。

カエルは変温動物だ。この寒さは命に関わる。

彼の皮膚はすでに乾き始め、ひび割れた餅のようになっている。


「……ま、とりあえず生きて帰れたんだ。良しとするか」


俺は気を取り直し、パンパンと手を叩いた。

寒かろうが壁がなかろうが、俺たちにはまだ、やるべき重要な儀式が残っている。


「さて! これより『祝勝会』兼『報酬授与式』を執り行う!」


俺の言葉に、全員の視線が集まる。

特に、今まで無言で電卓を叩いていたマシロの目が、暗闇の中でギラリと光った気がした。


「レオ。……約束のモノ、頼むぜ」


俺はレオの前に手を差し出した。

レオはヌルヌルした手で懐(作業着のポケット)を探り、湿った小切手帳を取り出した。


「……分かってるケロ。約束は守るケロ。僕は騎士団長だケロ、二言はないケロ」


彼が震える手でサインペンを走らせる。

水かきのついた指だと書きにくそうだが、そこは気合いでカバーしたようだ。


「はい、これ……ケロ」


差し出された一枚の紙切れ。

俺はそれを、聖遺物でも扱うかのように両手で恭しく受け取った。

カエルの粘液で少し湿っているが、そんなことは些細な問題だ。重要なのはそこに書かれた数字だ。


『受取人:黒鉄ジン殿』

『金額:¥7,000,000』


「ななっ……七百万んんんんんッ!!??」


俺の絶叫が、壁のないリビングから夜空へと突き抜けた。


「す、すげぇ……! ゼロがいっぱいある! これ本物か!? 銀行ごっこの紙幣じゃねぇよな!?」


「失礼なケロ! 騎士団長の直筆サイン入り小切手だケロ! どの銀行でも即現金化できるケロ!」


「うひょぉぉぉぉッ!!」


俺は小切手に頬ずりをした。

脳内で、黄金色の未来予想図が高速で展開される。


(七百万……! これがあれば、まずヤクモへの借金五百万を返しても二百万残る! 二百万あれば、壁の修理なんて余裕だ! 最高級の断熱材を入れてやる!

 さらに、俺の折れたデッキブラシ……次はオーダーメイドだ。ミスリル合金の柄に、ユニコーンの毛を使ったブラシヘッド!

 残った金で『限定版・魔法少女フィギュア』をコンプリートして、あそこのパチンコ屋の新台を朝から晩まで打ち倒して……!)


「勝った! 俺の人生、大勝利! 今日から俺は富裕層だァァァッ!」


俺が小切手を持って小躍りしていると、背後から冷ややかな声が降ってきた。


「……浮かれるのは早いわよ、成金なりきん


振り返ると、マシロが空中に浮き、電卓と分厚い帳簿を構えていた。

その眼鏡(伊達メガネ)が、キラーンと冷酷な光を放つ。


「え? なんだよマシロ。お前も嬉しいだろ? これで高級プリンの海で泳げるぞ」


「嬉しいわよ。……でもね、ジン。入ってくるお金があれば、出ていくお金もあるのが世の常よ」


マシロは指を鳴らした。

パチンッ!

すると、部屋の隅に積まれていた書類の山が、ポルターガイストによって宙に舞い、俺の目の前に整列した。

一枚一枚が、死刑宣告書のように重々しい空気を纏っている。


「さあ、現実を見なさい。『今回の作戦にかかった経費』の精算会よ」


「……け、経費?」


俺の背筋に、冷たいものが走る。

嫌な予感がする。喉の奥がヒュッと鳴った。


「まずは、これ」


マシロが無慈悲に一枚目の請求書を突きつける。


『請求書:栗花落火薬店』

・特注C4爆薬(5kg): ¥500,000

・対戦車地雷(3個): ¥900,000

・テルミット焼夷剤(業務用): ¥600,000

・各種花火・演出用発煙筒: ¥200,000

・早朝・深夜割増料金: ¥300,000


『小計: ¥2,500,000』


「に、にひゃくごじゅうまん……!?」


俺の目が飛び出る。


「高ぇよ! なんだそのボッタクリ価格! 花火大会でもやったのか!」


「やりましたよー! 最後の大爆発、綺麗でしたよね! 私、感動しちゃいました!」


ツムギがニコニコとVサインをする。悪気など微塵もない、純粋な笑顔だ。


「感動してる場合か! 爆薬なんて、そこらへんのドンキで花火セット買えば十分だろ! なんで軍用グレードなんだよ!」


「失礼な! 先輩、爆発を舐めないでください!」


ツムギが頬を膨らませて抗議する。


「ドンキの花火じゃ、あの『命の輝き』みたいな閃光は出せません! 私が調合したのは純度99.9%の最高級火薬ですよ? 色艶、音の抜け、そして衝撃波のキレ……全てが一級品なんです! これでも『社員割引』で勉強させてもらってるんですから!」


「勉強しすぎだ! 俺の財布が爆発するわ!」


「次」


マシロは俺の悲鳴を無視して、次なる紙を提示した。


『請求書:薬師寺医院(無認可)』

・トロール用興奮剤「緑汁」(特注): ¥1,500,000

・筋肉弛緩剤(ゾウ用): ¥500,000

・レオ氏への応急処置・蘇生術: ¥1,000,000

・深夜往診料: ¥500,000


『小計: ¥3,500,000』


「さ、さんびゃくごじゅうまん……ッ!?」


俺は膝から崩れ落ちた。


「おいヤクモ! てめぇ、あの緑色の汁、一本150万もすんのかよ! 中身メロンソーダじゃねぇだろうな!」


「心外だねぇ。原材料のマンドラゴラは、満月の夜にしか採れない希少種だよ? それにトロールの肝臓エキスだって、新鮮なものをボク自らが狩って抽出したんだ」


ヤクモは涼しい顔でコーヒー(ビーカー入り)を啜っている。


「それに、あの薬がなければレオ君は死んでいたし、作戦も失敗していただろう? ボクの技術料プライスレスを考えれば、破格の安ささ」


「頼んでねぇよ! 俺は『元気が出る薬』って言ったんだ! カエルになる薬なんて頼んでねぇ!」


「副作用はご愛嬌さ」


「次」


マシロが無慈悲に続ける。もはや彼女は死神に見える。


『請求書:機材レンタル・その他』

・撮影用ドローン(5台): ¥500,000

・映像編集ソフト・通信費: ¥100,000

・センター壁修繕費(見積もり): ¥800,000

・マシロへの精神的慰謝料(残業代含む): ¥100,000


『小計: ¥1,500,000』


「……」


俺は電卓を叩く手が震えて止まらなかった。

カチカチという音が、カウントダウンのように響く。


250万 + 350万 + 150万 = 750万円。


収入: 700万円。

支出: 750万円。


「……マイナス、50万?」


俺は呆然と呟いた。


「はい、正解」


マシロがニッコリと微笑む。悪魔の微笑みだ。


「嘘だろ……? あんなに働いて……命がけで戦って……。なんで借金が増えてるんだよォォォォッ!!」


俺は床を転げ回った。

理不尽だ。あまりにも理不尽だ。

俺の輝かしい富豪生活は、ユニコーンの毛のブラシも、限定フィギュアも、全て幻と消え、元の極貧生活へと逆戻りした。


「……まだ終わってないよ、ジン君」


そこへ、ヤクモが追い打ちをかけるように口を開いた。


「ん? なんだよ……まだ何かあるのかよ……。俺の腎臓でも売る気か……」


「忘れているようだね。……レオ君の『治療費』を」


ヤクモが指差したのは、緑色の毛布にくるまって震えているカエル男だ。


「彼を人間に戻すには、特製の解毒剤が必要だと言っただろう? その材料費と調合代……締めて100万円だ」


「ひゃ、ひゃくまん……!?」


俺とレオの声が重なった。


「払うケロ! 払うから早く治してくれケロォォォッ!」


レオが泣き叫ぶ。

だが、彼の手元にはもう小切手帳はない。

彼の全財産へそくりは、さっきの700万で底をついているのだ。

騎士団の経費? あんな大赤字の作戦の後で、これ以上引き出せるわけがない。


「……ジン。貴様、払ってくれるよな? 友よ……」


レオが潤んだ瞳(カエルの目)で俺を見上げてくる。

その姿はあまりにも哀れで、そして滑稽だった。


「払えるわけねぇだろ!! 俺も赤字なんだよ!」


「そ、そんな……! じゃあ僕は一生このまま……? 騎士団長室でハエを主食にして生きていくのかケロ……?」


レオの口から、絶望的な未来予想図が語られる。

円卓会議で長い舌を伸ばしてハエを捕食する騎士団長。

部下たちがドン引きする絵が容易に想像できる。


「……はぁ。仕方ねぇな」


俺はガシガシと頭を掻きむしった。

このままコイツを見捨てるわけにもいかない。

腐れ縁だ。乗りかかった船だ。

それに、なんだかんだ言って、コイツには助けられた。


「ヤクモ。……ツケだ。出世払いで頼む」


「おや、気前がいいねぇ。……いいよ、契約成立だ」


ヤクモは嬉々としてカルテに書き込んだ。


『黒鉄ジン:借金総額、更新。……担保として、死後の内臓提供の誓約書にサインをもらおう』


「死なねぇよ! しぶとく生きて完済してやるわ!」


俺は立ち上がり、空っぽになった財布を逆さまにして振った。

チャリン、と100円玉が落ちる。

これが、俺の全財産だ。


「……あーあ。結局、元通りか」


俺はため息をつき、ボロボロのリビングを見渡した。

壁はない。金もない。

あるのは、借金と、変人たちと、カエル一匹。

吹き込む夜風が、身に染みるほど冷たい。


だが不思議と、絶望感はなかった。

むしろ、清々しいくらいだ。


「ねえ、ジン」


マシロが俺の隣に降りてきた。


「お金はないけど……『食材』ならあるわよ」


彼女が指差したのは、キッチンに置かれたクーラーボックスだ。

その中には、ヤクモが回収してきた「マンティスの肉(毒抜き済み)」と、ツムギが採取(爆破)した「月光ダケ(黒焦げ)」が詰まっている。


「……食えるのか、これ」


「ワンさんが言ってたわ。『毒さえ抜けば、魔物は極上のジビエ』だって」


ワン・チャン。

中華鍋を背負った胡散臭い料理人だ。

『スライムはのど越しネ!』と言って踊り食いしていた彼の教えが、こんなところで役に立つとは。


「……やるか。焼肉」


俺の一言に、全員の顔が輝いた。


「やったー! 焼肉ですね! 炭火は任せてください! C4の燃焼温度を調整して、遠赤外線効果を狙います!」

ツムギが飛び跳ねる。


「いいねぇ。肉の組織変性を観察しながら食べるとしよう」

ヤクモがナイフとフォーク(メスとピンセット)を構える。


「水……! まずは水をくれケロ……! そのあとに肉だケロ!」

レオが干からびた声で訴える。


俺たちは、壁のないリビングで七輪を囲んだ。

夜風が冷たい。

でも、燃え上がる炭火と、こいつらの騒がしい声が、少しだけ温かかった。


ジュゥゥゥ……。


網の上で、紫色の繊維質だったマンティスの肉が、火を通すにつれて食欲をそそる狐色に変わっていく。

香ばしい、海老のような、それでいて濃厚な獣肉のような香りが立ち上る。


「……乾杯」


俺は30円の発泡酒(賞味期限切れ)を開けた。

レオは水。

マシロは線香の煙。


「乾杯ーっ!!」


グラスがぶつかる音。

肉が焼ける音。

そして、バカ話に花を咲かせる笑い声。


「……んぐっ」


俺は焼けた肉を口に放り込み、噛み締めた。

弾力のある歯ごたえ。噛めば噛むほど、濃厚な脂がじゅわりと溢れ出す。

少し焦げ臭くて、硬くて、でも、悔しいくらいに美味い。


「……生きてるから、いっか」


借金まみれで、明日の暮らしもままならない。

社会の底辺で、泥にまみれて生きる「アンラッキー」な俺たち。

でも、この肉の味と、こいつらの笑顔があるなら、まあ悪くない。


こうして。

史上最悪の「英雄プロデュース計画」は、大赤字という結末で幕を閉じた。

だが、俺たちの物語はまだ終わらない。

借金がある限り、そしてこの世界に「未練」が溢れている限り、遺失物管理センターは営業を続けるのだ。


「……さて。明日は何のゴミを拾いに行くかな」


俺は、壁のないリビングから夜空を見上げ、ニヤリと笑った。

都会の空にしては珍しく、星が綺麗だった。


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