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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
爆裂娘と、見栄っ張りな騎士

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第31話:ロケバスは霊柩車

 旅の恥はかき捨て、という言葉がある。

 だが、俺たちの旅において「恥」はかき捨てるものではなく、燃料ガソリンとしてタンクに注ぎ込み、爆走するためのエネルギー源だ。


 決戦の朝。

 遺失物管理センターの前には、一台の車が停まっていた。


「……ジン。確認だが」


 剣崎レオは、その車の前で立ち尽くし、サングラス越しに絶望的な視線を送っていた。


「我々はこれから、世界の命運……いや、私の騎士生命をかけた重要なミッションに向かうのだよな?」


「ああ、そうだ」


「なら、なぜ移動手段がこれなのだ。……どう見ても『霊柩車』だろう」


 レオが指差したのは、漆黒に塗られたロングボディのバンだった。

 ただし、ただのバンではない。

 屋根には金色の装飾(宮型)が施され、窓には紫色のカーテンが引かれている。

 後部ドアには、金文字で『遺失物管理センター 〜ゆりかごから墓場まで〜』と達筆な文字が書かれている。


「失敬な。これはウチの社用車、『ブラック・スワン号』だ」


 俺、黒鉄ジンは、運転席のドアをポンと叩いた。


「元々は葬儀屋の払い下げ品だが、エンジンは改造済みだ。マシロの趣味で内装も凝ってるぞ」


「あら、素敵じゃない。落ち着くわよ」


 後部座席の窓がスッと開き、マシロが顔を出した。

 彼女は嬉々として手招きしている。


「レオ、乗って乗って。中は広いのよ。棺桶だって3つは入るわ」


「入りたくない! 縁起でもないわ!」


「仕方ねぇだろ。お前の専用リムジンを使うわけにはいかねぇんだ。お忍びなんだからな」


 俺はレオの背中を強引に押し込み、助手席に座らせた。

 自分は運転席へ。

 後部座席には、マシロ(スマホモードでホルダーに固定)、ヤクモ、ツムギがぎゅうぎゅう詰めに乗り込んだ。


「しゅっぱーつ! 進行ぉーっ!」


 ツムギが爆弾入りのリュックを抱えて敬礼する。

 ヤクモは「車酔いの薬(睡眠薬入り)要るかい?」とレオに勧めている。


「……最悪だ。私の伝説の1ページ目が、霊柩車からのスタートとは」


 レオは深く帽子を目深に被り、この世の終わりみたいな顔でシートベルトを締めた。


 キュルル……ブォォォォン!!


 重厚なエンジン音が響き、黒塗りのバンが走り出した。

 目指すはダンジョン中層、『水晶渓谷』への入り口だ。


 ***


 車内は、奇妙な静寂とカオスに包まれていた。

 ラジオからは演歌が流れている(前の持ち主の趣味だ)。


「……それにしても、大変ですねぇ、人気者は」


 後部座席でヤクモが、スマホのニュースを見ながら言った。


「『白銀の騎士、マンネリ化?』『引退説浮上』……ネットニュースも容赦ないね」


「見るな! 今は精神統一中だ!」


 レオが耳を塞ぐ。

 彼は昨日のリハーサルの疲れと、プレッシャーで胃に穴が開きそうになっていた。


「でも実際、どうなんですか? ファンサービスって」


 ツムギが身を乗り出す。


「握手会とかあるんですよね? 手、痛くないですか?」


「……痛いなんてもんじゃない」


 レオは遠い目をした。


「前回の握手会では、オーク並みの握力を持つおば様に指を粉砕されかけた。その前は、プレゼントの中に『婚姻届(血判状)』が入っていたこともある」


「うわぁ……」


「ストーカー被害も日常茶飯事だ。私の捨てたゴミ袋が、翌日にはネットオークションに出品されているのだぞ? 『レオ様の使用済みティッシュ、1万円』でな」


「ゴミまで商品価値があるなんて、エコですね!」


「そういう問題か!?」


 レオの悲痛な叫び。

 輝かしい英雄の裏側にある、ドス黒い現実。


「興味深いねぇ」


 ヤクモがメモを取り出した。


「そのストーカーたちの心理状態と、執着のエネルギー……もしかしたら『呪い』の媒介として使えるかもしれない。ねえレオ君、今度そのゴミ、ボクに売ってくれないかい?」


「断る! 貴様に渡したら何に使われるか分からん!」


「ちぇっ。……あ、ちなみにボクならストーカー対策は万全だよ。部屋に『炭疽菌』をばら撒いておけば、侵入者は即座にバイオハザードだ」


「それが一番の犯罪だろうが!」


 車内は漫才会場の様相を呈していた。

 俺はハンドルを握りながら、苦笑した。

 こいつら、緊張感がない。

 だが、この緩さがレオの張り詰めた神経を少しだけ和らげているようにも見えた。


「……おい、そろそろだぞ」


 俺はバックミラー越しに全員に告げた。

 前方に、巨大なゲートが見えてきた。

 ダンジョンへと続く幹線道路の関所だ。


 だが、様子がおかしい。

 普段ならETCで素通りできるはずのゲートが封鎖され、武装した兵士たちが検問を行っている。


「……チッ。検問か」


「なんだ? 事故か?」


 レオが身を乗り出す。

 俺は目を細め、兵士たちの腕章を確認した。

 深紅の盾に、交差する剣の紋章。


「……いや、違うな。あれは『紅蓮騎士団』だ」


「紅蓮……!? ライバル騎士団じゃないか!」


 レオが顔色を変えた。

 『紅蓮騎士団』。

 レオ率いる『白銀騎士団』とは犬猿の仲であり、常に予算と手柄を奪い合っている敵対派閥だ。

 彼らがここにいるということは、目的は一つ。


「嫌がらせだな」


 俺はブレーキを踏み、減速した。


「お前が今日、ここで配信を行うという情報は漏れている。遅刻させて配信を中止させるか、あるいは些細な違反で拘束して評判を落とす気だ」


「くっ……! 卑劣な真似を!」


 レオが拳を握りしめる。

 このままでは、車内を改められ、レオの正体がバレる。

 変装しているとはいえ、ライバルの目は誤魔化せないだろう。


「どうする、ジン? 強行突破するか?」


 ツムギがリュックからC4爆薬を取り出し、「ゲートごと吹き飛ばしましょうか?」という目で訴えかけてくる。


「バカ、余計に騒ぎになるわ。……落ち着け」


 俺はニヤリと笑った。

 こんな時のために、この『車』を選んだんだ。


「全員、演技プランBだ。……マシロ、BGM頼む。ヤクモ、臭いの準備だ」


『了解。……最高のホラーショーを見せてあげるわ』


 マシロ(スマホ)が不気味に光った。


 ***


 検問所。

 強面の兵士が、停止した俺たちのバンに近づいてきた。

 コンコン、と警棒で窓を叩く。


「おい、窓を開けろ。検問だ」


 ウィーン……。

 俺はゆっくりと窓を開けた。

 そして、可能な限り「疲れ切った、陰気な葬儀屋」の顔を作って見上げた。


「……へい。ご苦労様ですぅ……」


「なんだこの車は。……葬儀屋か?」


 兵士が怪訝な顔で車内を覗き込もうとする。

 助手席のレオは、死んだようにうつむき、帽子を目深に被っている(寝たフリ)。


「ええ、へへ……。急な『仏様』が出ましてねぇ。これから火葬場へお送りするところでして……」


 俺は声を潜め、意味深に言った。


「ただ……この仏様、ちと『ワケあり』でしてね」


「ワケあり?」


「ええ。……ダンジョンの深層で、無惨な死に方をした冒険者でして。……怨念が、凄まじいんですよ」


 その瞬間。


 ヒュ〜〜〜〜……ドロロロロ……。


 車内のスピーカーから、背筋も凍るようなおどろおどろしい効果音(マシロ選曲)が流れ始めた。

 同時に、後部座席のカーテンが、風もないのにバサバサと激しく揺れ動く。


「な、なんだ!?」


 兵士が後ずさる。


「だから言ったでしょう……。たたりですよ」


 俺は青ざめた顔(演技)で兵士に縋り付いた。


「旦那ぁ、早く通してくださいよぉ。……これ以上ここに留まると、憑かれますよ? ほら、後ろに……」


 俺が指差した後部座席。

 その隙間から、シュゥゥゥ……と白煙が漏れ出してきた。

 ヤクモが調合した『死臭スプレー(濃縮タイプ)』だ。

 腐った肉と、線香の匂いが混ざり合った、生理的嫌悪感を催す最悪の悪臭。


「うっ……! くさッ!?」


 兵士が鼻を押さえる。


『……ウラメシヤ……』

『……オマエモ……連レテイク……』


 さらに、マシロがボイスチェンジャーを使って加工した、地獄の底から響くような呻き声が、車のボディを振動させて響き渡る。

 ドン! ドン! と内側から窓を叩く音。


「ひぃぃぃッ!?」


 兵士たちの顔色が変わった。

 彼らも迷信深い人間だ。特にダンジョン関係者は「呪い」を何より恐れる。


「あ、開けるな! 絶対に開けるなよ!」


 隊長らしき男が叫んだ。


「早く行かせろ! ここに疫病神を置いておくな!」


「へい、へい! ありがとうございますぅ……」


 俺はペコペコと頭を下げ、アクセルを踏んだ。

 車は重々しく、しかし滑らかに再発進した。


 すれ違いざま、俺は兵士たちの顔を見た。

 彼らは恐怖に引きつった顔で、塩を撒いたり、十字を切ったりしている。

 レオの顔を確認する余裕など、微塵もなかったようだ。


 ***


 検問を抜けて数分後。

 車内は爆笑に包まれていた。


「あはははは! 見たかあの顔! ビビリすぎだろ!」


 俺はハンドルを叩いて笑った。


「ナイス演技だったわよ、ジン! あのお経のBGM、私の秘蔵コレクションなの!」

 マシロも画面の中で腹を抱えている。


「ボクの死臭スプレーも効果覿面だったねぇ。あれ、服につくと三日は取れないよ?」

 ヤクモが楽しそうにスプレー缶を振る。


 助手席のレオだけが、ぐったりとしていた。


「……寿命が縮んだ。私は騎士団長だぞ? なんで死体のフリをして検問を突破せねばならんのだ……」


「結果オーライだろ。……ほら、着いたぞ」


 俺は車を停めた。

 目の前には、巨大な洞窟の入り口が口を開けている。

 ダンジョン中層への直通ルート、搬入口だ。


 俺たちは車を降り、伸びをした。

 山の空気が美味い。……ヤクモの薬品臭が消えればもっと美味いのだが。


「さて。……ここからが本番だ」


 俺はトランクを開け、機材(撮影用ドローン、爆薬、医療キット)を降ろした。

 レオも変装を解き、純白の騎士団服に着替える。

 その背中に、少しだけ緊張が戻っている。


「……ジン。あれを見ろ」


 ふと、レオが指差した。

 彼が指差した先――搬入口のさらに奥、木陰に隠れるようにして、一台の大型トラックが停まっていた。

 軍用車両のような、無骨な迷彩色のトラックだ。

 荷台には幌がかけられているが、中から微かに獣の唸り声のような重低音が響いている。


「……なんだあれ? 騎士団の車両か?」


「いや、違う。ウチの装備にあんな車両はない。それに、紅蓮騎士団のものでもない」


 レオが目を細める。


「ナンバープレートがない。……もぐりの業者か?」


「……キナ臭いな」


 俺の鼻が、火薬とは違う危険な匂いを嗅ぎ取った。

 あのトラック。ただの輸送車じゃない。

 タイヤの沈み込み具合からして、相当な重量物を積んでいる。

 魔物か? それとも兵器か?


「……関わらない方が良さそうだが」


 マシロ(スマホ)が震えた。

 『……嫌な感じがするわ。あのトラックから、ドス黒い未練……いや、殺意みたいなものが漏れてる』


「マシロが言うなら間違いねぇな」


 俺は高枝切りバサミを肩に担ぎ直した。


「警戒しとけ。……今日の『舞台』には、俺たちが呼んでないゲストが紛れ込んでるかもしれねぇ」


 風が吹いた。

 ざわざわと木々が揺れる音が、まるでこれから始まる惨劇への拍手のように聞こえた。


 俺たちは顔を見合わせ、頷いた。

 役者は揃った。

 舞台ダンジョンも整った。

 あとは、幕を開けるだけだ。


「行くぞ! 作戦開始ショータイムだ!」


 俺たちの影が、ダンジョンの闇へと吸い込まれていった。


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